俺とつくも神。

三塚 章

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第七章 フカヒレのエサ

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 吉原は、タバコをふかしながらテキパキと業者が積荷を運びいれるのを見守っていた。作業は問題なく進んでいて、この分なら日が暮れる前に港を出発できるだろう。一晩海の上で過ごして、明日の朝には葉巻島だ。
「何も、問題なけりゃな……」
 細身の体を包む黒いスーツを、風がはためかせていく。いい風だ、と吉原はもとから細い目を細めた。こういう風が吹くときは、大抵、なにかちょっとしたいい事がある。
そういえば、こんな風に勘が冴えるようになったのは、御法に触れる職業を始めてからだ。やっぱり危険な仕事をしていると、本能というか直観力というか、そういうものがつくのだろうか。そのわりには競馬を当てたことはないけれど。
黒瀬から鎮乃目を手伝うように命令されたが、鎮乃目の元で働いてもこの勘が無くならなけえればいいが。
「おい、なんだありゃ」
 誰かの声に、吉原は我に返った。
 抱えていた布団を下ろして、業者の一人が海を指差している。
 港から数メートル離れている所に、プカッと黒い毛玉が浮いていた。
「あれ、人の頭じゃねえのか?」
 その声が聞こえたのか、毛玉が動いた。長い毛の間から、ほっそりした輪郭と海水で血走った目が覗く。ちょっとしたホラー映画のようだった。
「た、助けてくれ!」
 魚の大群がいるように、浮かんだ頭のまわりがバシャバシャと波立つ。
「やっぱりそうだ!」
 引越屋の面々は荷物を置いて、海ぎりぎりまでかけよった。
「こらこら! 荷物を乱暴に置くな。割れ物多いんだぞ」
 思わず呟いた吉原は、「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」と怒鳴り返された。
「助けなきゃ…… おい、ロープ持って来い! あとハシゴかなんか、なかったか?」
 リーダー核の人間がテキパキ指示を飛ばす。
「やれやれ。俺の勘、鈍ったかな」
どたばたと繰り広げられる救出劇を横目にみながら、吉原は呟いた。
コンクリートの上に引き上げられて、ぐったりコンクリートの上に横になった少年の顔は、何だかとてもカラフルになっていた。顔には薄青い痣がついているし、唇は真っ白になっている。
「どうした、兄ちゃん。一体何が……」
 引越屋の一人が、バケツ一杯の真水を持ってきた。それを布に浸して少年の傷口を洗ってやる。
「あ、あいつらに殴られ…… ガホッ」
「あいつら? あいつらって誰だ? カツアゲでもされたのか?」
「名前は知らない。ラーメン屋の傍にたむろってて」
 渡されたペットボトルの水で口をすすぐと、少年はゼイゼイ荒い息をした。
「君、名前は?」
「和樹」
「そうか。おい、だれか、救急車……」
『救急車』の単語から逃げようとするように、和樹はよろよろと体を起こそうとする。
「やだ。病院は、いやだ!」
「おいおい、寝てろって。そんな体で何言ってるんだ。手当てが必要だろ」
「普通の病院はまずいんだよ。ちょっと、わけありで」
 引越屋は、傷の様子をじっと見つめた。
「ん? 君、どこかで見た顔…… あ~! そうだ。確か、行方不明の……」
 和樹はこっくりとうなずいた。
「わ、わかった。厄介なことに巻き込まれてるんだな」
 引越屋は和樹をかばうようにして、キョロキョロする。
「安心しろ、しばらく警察にも病院にも連絡しないでおいてやるから」
 今まで黙って見ていた吉原が和樹のポケットを調べ始めた。
「怪しい物は持ってねえな。やばい問題に巻き込まれてるんなら、クスリかなんかあると思ったんだが」
「なあ、あんた。あの島に、新しいお医者さんが来てるんだろ」
「ああ。いる。腕がいいかどうかは、知らね」
 和樹はまっすぐに吉原の目を覗き込んできだ。
「俺を、そこで治療してくれ! 島なら、ちょっとの間いても迷惑にならないだろ? なあ頼むよ!」
「うう~ん。でも、まだ病院の準備整ってねえからな」
吉原は、タバコの灰を地面に落としている。
「吉原さん。そうしてあげたらどうですか? 島なら、この子も暫く厄介ごとから逃げられるでしょうし」
 運送会社のお兄さんが言う。
「そうだなあ。俺の一存ではなんとも。ちょっと、上に相談してくるわ」 
吉原は船の中に入ると、周りに誰もいないことを確かめた。そしてそっと腕時計のリューズを回す。長針の先端に赤いライトが灯った。
「もしもし? 鎮乃目様ですか? 吉原っす。例のガキ、見つけましたよ。たぶん間違いないと思うんですけどね、ドーゾ?」
 吉原は、しばらく腕時計から聞こえる声に耳を傾けていた。
「マジすか? ホントにやっちゃうの? 鎮乃目さん、あんたもワルですなあ、ドーゾ。 いやいや、『馬鹿か』じゃなくてここは『越後屋、そなた程ではないわ』って言うのがお約束…… ちょ、ドーゾ、ドーゾ? ちぇ、切られちゃったよ」
 リューズをもとに戻すと、何もなかったように船から顔を出した。
「あいよ。鎮乃目先生、診てくれるってさ」
 吉原の報告に、和樹は心底ほっとしたようだった。
「ほらよ。とっとと乗るんだな う!」
 視界の隅に光が舞って、吉原は目を細めた。
「はいはーい、こっちむいてこっち!」
 いつの間に近づいていたのか、灰色メッシュのオレンジ髪というドハデな女がこっちにカメラを向けている。
「ちょっとテメエ、何やってんだよ」
「何って、取材よ、取材!」
 女はにやりと笑った。
「オエライ先生でありながら、島に引っ越す物好きな医者がいるってきいてね。取材しにきたのよ! 地元の皆さんのためにがんばって働いてるってかかれたら、株あがるわよー」
この女、鎮乃目について調べてるのか? 吉原は少し警戒した。厄介のタネが増えたような気がするが、とりあえずは和樹の方が先だ。
吉原はすっかり短くなったタバコを吐き捨て、カメラのレンズを手で覆う。
「見世物じゃねえんだ。撮るんだったら撮影料払えや」
「うう、被写体の俺にも何割か……」
「余裕あるじゃねえか怪我人! ほら、あっち行け!」
 吉原に蹴られそうになって、女カメラマンはようやく退散した。
「さあ、肩を貸すから船に乗って!」
 しゃがんでくれた引越屋の肩に手を添えて、和樹はふらふらと立ち上がった。
「ありがとう。もし俺が引っ越すことになったら、絶対あんたの会社使わせてもらうからな、お兄さん」
和樹はちょっとよろめきながら船の中へ入っていった。
和樹は小学生の時バス酔いした田中君をからかった事を心の底から後悔した。
「まさか、乗り物酔いがこんなに辛いものだとは……」
「大丈夫かい? 顔が真っ青だよ」
 口を開いたらそのまま消化中のラーメンが逆流しそうで、和樹は「うるさい」ということもできなかった。船の揺れに合わせて、胃袋が裏返りそうに引き連れる。少しは楽になるかとぬらしたタオルを額に乗せたが、あまり効果はなかった。
「お、おかしい。酔う体質じゃねえのに」
 ひょっとして、鼓動を読む能力を手に入れたから、振動に敏感になったのかもしれない。 
無理に眠れば楽になるのかも知れないが、これでは致死量の睡眠薬を飲んでも吐き出してしまって一命を取り留めるに違いない。吉原とかいう奴が用意してくれたサンドイッチも食べられなかった。まあ、羽原をさらった奴の食べ物なんて健康なときでも恐くて手をつける気にはならないけれど。
「まあいいじゃないか。うまく敵の本拠地に入り込むことができたんだから。それにしても根性あるね。わざとボコられて海に飛び込むなんて」
 コンガは、海賊の格好をして海を眺めていた。
 周りはもうすっかり暗くなっていた。海面の近くだけが、ほの白くなっている。貨物用の船だけあって、客室なんて立派な物はない。屋根と壁があるのは操舵室だけで、後は広い甲板だけ。荷物の間に埋もれるようにして、引越屋達が雑魚寝している。
和樹もタオルケットを体にまきつけ、積み重ねられたイスの足元に転がっている状態だ。和樹は目をつぶり、羽原の鼓動を読んだ。鼓動は少しずつ小さくなっているようだった。脈打つ感覚も、いつ探っても、眠っているようにゆっくりだ。間違いなく、彼女は普通の人達よりも死に近い場所にいる。
 焦る気持ちを抑えるために、和樹はエンジンの音に気持ちを集中させた。少なくとも、この音が響いている間は目的地に近づいている。
「さて、そろそろ寝ようかね」
「はいはい、お前も寝るんだ?」
「何を言う。睡眠不足はお肌の敵だよ」
「他の奴には見えないくせに」
 ご丁寧にパジャマ姿になってから、コンガはサッと消えた。
 船を洗う、眠たげなタプタプという音が繰り返し繰り返し暗闇に響く。酔っ払っているせいで気が弱くなっているせいもあるのだろうが、和樹は今世界に一人ぼっちでいるような気がした。海の先には、ただ暗闇があるだけで、陸も動物も人間もなくなっているのではないか。そんなばかげた事を考えながら、和樹は目を閉じた。
 少し寂しくなって、まぶたを閉じたままで軽く能力を解放する。海の上、という頼りない場所にも、意外と生き物がいるものだ。周りにいる引越屋達。床の上を這っているゴキブリ。
(ゴキブリってどこにでもいるよな~ こんな家具しかなさそうなところで何食って生きてんだろ)
「ん?」
 甲板にいたゴキブリが、何かに驚いてサッと逃げていった。和樹はそっと体を起こした。
(なんだあ? いや、別にゴキブリにいて欲しいってわけじゃねえけど、気味悪いな)
 沈没する船からは、いつのまにかネズミがいなくなるそうな。そんな不吉な話が記憶の底から浮かび上がって消えてくれない。
 どこかで堅い靴底が床を蹴った。できる限り静かにしようとしているような足音だった。足音の主の鼓動は、明らかに目的がある様子で移動している。
(誰か、トイレにでも起きたのか?)
 ダンボールの間を縫うようにして、鼓動は和樹の部屋の前までやってきた。
「おやおや。起きていたのか」
 薄暗い廊下にさらに黒々と人影が浮かび上がった。細身のスーツに、高い背。キツネのように細い目。
「お前…… 確か吉原とかいう……」
「シー、さわがないで。ま、もっとも引越屋さんの方々には睡眠薬を盛ってあるから、大声出しても意味ないけどね」
 人差し指を唇の前に立てる代わりに、吉原は銃口を和樹に向けてきた。暗闇に目が慣れていた和樹には、引き金にかけられた指がしっかりと見える。もう大人しく両手を上げるしかない。
強がって必死でにらみつけても、情けないことに奥歯をカスタネット代わりにフラメンコでも踊れそうな勢いで鳴っている。ほんの少し吉原が指先に力を入れるだけで、和樹の胸に穴が開く。よく、ドラマで素手の刑事が銃弾の雨をかい潜るシーンがあるけれど、あれは絶対に嘘だ。普通の神経の奴が、そんなことできるはずがない。できるとしたら、そうとうニブい奴か、悟った奴に違いない。
「かわいそうに。サンドイッチを食べてれば、寝ている間に天国へ行けたのに」
「あれ、なんかおもしろいことになってる?」
 コンガがパッと姿を現した。瞳が楽しそうにキラキラしていた。
「一体、どういうこと……」
 乾いた舌が歯の裏に引っ付いてうまくしゃべれない。
「ミコトお嬢さんを連れ戻しに来たんだろ?」
「……言いたくない」
「どう聞いてもイエスだよな」
 銃口を向けたまま、吉原はゆっくりと和樹に近づく。船のエンジンがやたらと大きく聞こえた。
「鎮乃目様はご立腹だ。自分の娘にたかる悪い虫だとな」
「自分の娘?」
「知らなかったのか? 君の愛しのミコトちゃんは鎮乃目の実の娘だよ。羽原ってのは別れた母親の姓だ」
 羽原の部屋にあった写真が頭に浮かぶ。羽原の肩に手を乗せる、どこか神経質そうな男の姿。あれが鎮乃目。ミコトをさらった男。
「なるほど。それで俺が狙われちまったってわけだ。普通だったら俺みたいなガキが羽原を探していても相手にしねえもんな」
「うっわあ、最悪な作戦を取っちゃったねえ。わざわざこの船に乗り込むなんて」
 コンガの意見に和樹も同感だった。
「なあ、俺の目的が分かったんなら助けてくれよ。姫様を助けに行くナイトを邪魔するなんて無粋だぞ」
「何がナイトだ。親もとから引き離すのを助けるとは言うまい」
「子供を拘束するのを親なんて言わないんだよ!」
「もっともだ」
 軽い笑い声を立てながら、吉原は昼に見た引越屋のようにテキパキと和樹を後ろ手に縛っていく。
「悪く思うな。殺せという命令が出ていてね」
 縄のキツさを確認しながら、吉原はさらりと言った。
「完全犯罪のやりかた、教えてやろうか。夜中に船から落とすんだ。大抵の場合、事故ですむ」
 眠そうに吉原があくびをした。
「ま、不審がられるとしたら手首の縄だが…… サメがなんとかしてくれるだろ」
 和樹の視界が、一瞬暗くなった。気絶しかけたに違いない。和樹はぎりっと唇を噛締めた。
「だ、誰か……」
 まわりを見るけれど、いびきが聞こえるだけで誰か起きてくる気配はない。
このままだと、本当に殺されてしまう。必死で考えようとするが、やたらにうるさい自分の鼓動とエンジンの音で気が散ってしまう。
「そうだ、エンジン!」
 これが動いているということは、操縦している人がいるということだ。つまり、起きている人がいるということ。
 和樹は額の塗れタオルを引き剥がす。そして思い切り操舵室の壁に投げつけた。大きな太鼓を叩いたような音が鳴る。
「なんだあ?」
 操舵室からひょいっと男が顔を出した。
「よかった、おじさん、助けて、殺され……」
 操舵室のおじさんは、和樹を無視して吉原に顔をむけた。
「なんだ。まだ始末してなかったのか。さっさとしろよ」
 そしてまた顔をひっこめる。
「ちょ…… 始末って…… まがりなりにも人間一人殺されようとしてるんですヨ? そんな『早くゴミ捨ててこい』なノリで言われても」
「あのね、和樹君。こっちは色々と手を打ってあるの。船の免許取ってる奴ぐらい、こっちで用意してるの」
 ボーゼンとしている和樹に、吉原があきれたように言った。
「さて。無駄な抵抗も終わったことだし、死んでもらいますか」
 吉原の鼓動は、まったく乱れていなかった。草むしりのとき、引き抜かれて枯れるのを待つ雑草にいちいち心を痛めないように、とっても事務的に和樹の命を消そうとしている。
このままだと、本当に殺されてしまう。必死で考えようとするが、やたらにうるさい自分の鼓動とエンジンの音で気が散ってしまう。
「そうだ、エンジン!」
 これが動いているということは、操縦している人がいるということだ。つまり、起きている人がいるということ。
 和樹は額の塗れタオルを引き剥がす。そして思い切り操舵室の壁に投げつけた。大きな太鼓を叩いたような音が鳴る。
「なんだあ?」
 操舵室からひょいっと男が顔を出した。
「よかった、おじさん、助けて、殺され……」
 操舵室のおじさんは、和樹を無視して吉原に顔をむけた。
「なんだ。まだ始末してなかったのか。さっさとしろよ」
 そしてまた顔をひっこめる。
「ちょ…… 始末って…… まがりなりにも人間一人殺されようとしてるんですヨ? そんな『早くゴミ捨ててこい』なノリで言われても」
「あのね、和樹君。こっちは色々と手を打ってあるの。船の免許取ってる奴ぐらい、こっちで用意してるの」
 ボーゼンとしている和樹に、吉原があきれたように言った。
「さて。無駄な抵抗も終わったことだし、死んでもらいますか」
 吉原の鼓動は、まったく乱れていなかった。草むしりのとき、引き抜かれて枯れるのを待つ雑草にいちいち心を痛めないように、とっても事務的に和樹の命を消そうとしている。
 もう片方の手で、吉原は和樹の両足を持ち上げた。なんの余韻ももったいぶりもなく、和樹はあっさりと海に放りだされた。走馬灯をまわす余裕すらなかった。

 強風のど真ん中を突っ切ったように、耳のそばでゴウゴウと音がした。
暗闇の中に、ぼんやりと光る泡が、銀河のようにうねっている。自分がどっちを向いているのかもわからない。水の冷たさで体全体が、短い針に刺されているようにちくちくと痛んだ。
(あれ? 俺宇宙にいる? 吉原の奴、そうとう強く投げ込みやがったな)
きっと、落ちた勢いで地球を貫通して、そのまま反対側の宇宙に来てしまったのだろう。地球の真中を突き抜けて来たとき燃え尽きなくてよかった。
海面から顔を出して、思い切り息を吸い込む。空に浮かぶ月が視界の隅に見えた。和樹はようやく冷静になって、自分がそれほど深くない所から浮かび上がってきたのだと気がついた。
「ん~! ん~!」
 だんだん離れていく船に必死で叫ぶけれど、当然届くはずはなかった。届いたとしても、戻ってきてくれるはずはない。水面に、長い航跡が残っていた。スクリューに巻き込まれなくてよかったと心からほっとする。
手が縛られているせいで体のバランスがとれない。ウキのように浮いたり沈んだりしながら、思いっきり背をそらせて、少しでも鼻と口を高い位置にあげようとした。水が冷たいのと縛られているので、指先の感覚がすっかりなくなっている。酸素不足で頭の芯が熱い。鼻に詰まっていた水が気管に入って、和樹はしばらく暴れまわった。
 何回目か、深くもぐったときだった。海の闇よりなお暗い影が、足の下を通り過ぎていく。
(そういえば、この海域、サメが出るっていってなかったか?)
 思い出したとき、内臓が周りの海水よりも冷たくなった。
無数の鼓動が、和樹を取り巻いていた。闇からにじみでるように、鈍い銀色の流線型が現れる。
「ん~!」
 和樹は、さるぐつわの奥で悲鳴を上げた。
『え~ サメに襲われたときは、顔、とくに目の近くを殴るといいんですね~』
 どっかの動物バラエティでどこかの教授が言っていた言葉が頭に浮かんだ。
『サメの目や口先には感覚器官が集まっていて、何か衝撃があるとひるんでしまうはずです』
(教授、だったらすぐ来い! 今すぐ来い! そして手本を見せてくれ!)
 裾がまくれ上がってむき出しになった脇腹に、ヌルリとした物がかすめる。
 上げた悲鳴はくらげのような泡になって消えた。
 水面に顔を出して、和樹は思い切り息を吸い込んだ。心臓の動きに合わせて、全身がどくどくと脈を打っているようだった。
周りを囲む鼓動の包囲網がジリジリと狭くなっていく。
(やめろ! 来るな!)
 祈ってももがいても、人よりも早いサメの鼓動は和樹を中心にぐるぐる円を描くのを止めない。
(消えろ! 消えてくれ!)
 足をばたつかせた時何かに引っ掛けたのか、足首に痛みが走った。そう深く切れたわけではなさそうなのに、血が赤い煙のように立ち昇った。
 一際大きなサメが、闇から現れる。何重にも重なった牙が、月の光にほの白く見えた。堅く噛み合わさっていた歯が開く。ゆっくりと、確実に。輪になるまで開ききった口のど真ん中、真っ暗闇の中に、和樹の意識は飲み込まれた。
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