透明な夢【短編集】

三塚 章

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小さな輝き

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 むかしむかし、ある小さな村に、姉弟が住んでいました。
 姉のリエットは働き者。いつも元気にくるくると動き回っていました。
 弟のラトはやさしい子で、リエットはその笑顔を見るだけで元気になれるのでした。
 両親は早く亡くなってしまいましたが、周りの人達の助けを借りながら二人仲良く暮らしていました。村の人達も、素直な性格の二人を大好きだったからです。
 そんななか、弟はおもい病にかかってしまいました。
 たくさん咳が出て、少し動いただけでも疲れてしまい、とうとう起き上がれなくなってしまったのです。
 リエットが彼の額に手を当てると、驚くほど熱くなっていました。
「町に行って、薬を買ってきた方がいい」
 弟を診てくれた街のおじいさんはそういいました。
「そうすればきっとよくなるよ」
 リエットは、さっそく買いに行くことにしました。とはいっても、お金なんてありません。
 彼女はタンスの中からたくさんの刺繍がはいったキレイなワンピースを取り出しました。それは、村のお祭りに着ていく、リエット一番のお気に入りのものでした。刺繍の花がキレイで、友達もすてきだと褒めてくれるものです。けれど、弟には代えられません。
 棚の上におかれた、大事な物を入れる箱から、母の形見の指輪を取り出しました。ゴマ粒ほどの赤い宝石がぽっちりとついている物です。
(ラトを助けるためだもの。お母さんは怒ったりしないわ)
 それから、フォークとナイフ。金属なので、これも売れるかも知れません。
 背負い袋ににそれらの品々を入れながら、ベッドで眠るラトの顔をのぞき見ました。
 ラトはすっかり眠っていて、リエットが出かける準備をしていても気づいていません。
 もし、リエットが自分の宝物を売ろうとしていたら、「自分のためにそんなことしないで」と泣いて嫌がるでしょう。
「じゃあ、行ってくるからね」
 小声で語り掛けると、リエットはそっと家を出ていきました。

 村生まれのリエットにとって、町は大きく、人があふれているように見えました。レンガを乗せた荷車を運ぶおじさん、買い物帰りのおばさん、本を抱えたお兄さん。
 町に来たものの、どこで荷物を売ればいいのか、どこで薬を買えばいいのか分かりません。
 優しそうなおばさんに声をかけます。
「ええと、古い道具を買ってくれるお店を知りませんか」
 教えてもらったのは、小さなお店でした。
 中に入ると、薄暗くて目がなれるまで少し時間がかかりました。夏に草をむしったような、不思議な臭いがしました。

 棚の中にはハーブの束や小さな小箱、積み重なった本などか置かれています。カウンターの上ではフクロウのはく製が何もない宙をじっとみすえていました。
 そしてその奥には、フードをかぶったおばあさんがイスに座っていました。
 不気味な雰囲気に少し怖さを感じながら、リエットはおばあさんに近づきました。
「あ、あの……薬を売って欲しいんですが」
 フードの奥から、おばあさんの大きな金色の目がぎょろりとリエットをとらえた。
「弟が病気になっちゃって……熱が出て、それから……」
「おうおう」
 おばあさんは大きな目をますます大きくしました。
「それは緑熱病だねえ。薬はあるよ。値段は……」
 おばあさんが告げた金額は、とてもとてもリエットに払える値段ではありませんでした。 
「じゃ、じゃあ、これを買い取ってほしいのですけど」
 おどおどと背負い袋をカウンターにのせ、持って来た服や食器を並べます。
 たぶん、いや絶対に古道具をすべて売ったとしても薬には足りないでしょう。でも、今は少しだけでもお金が欲しいのです。方法はまだ考え付いてはいませんが、これから何とかして稼いで、ここで手に入れたお金と合わせれば薬が買えるかもしれません。
「あ、あれ?」
 見慣れない物をみつけ、リエットは手を止めました。
 木のスプーンが、背負い袋の底から出てきたのです。柄の先に石がつけられ、ツタの装飾が施された小さじです。
 でも、こんな今まで家で見たことも使ったこともないし、もちろん袋の中に入れた覚えもないのです。
「おや、おやおやおや。まさかまたこれにお目にかかれるとは」
 おばあさんはフードを外すと、腰をかがめて、手元のスプーンをのそき込んできます。
「これは、森の魔法使いが作ったものだよ」
「魔法使いが?」
 おばあさんはシワだらけの手を伸ばすと、スプーンをつまみ上げしげしげと眺めます。
「お嬢さん。これは買い取れないねえ」
 見覚えのない物が、なんで自分の家の中に紛れ込んでいるんだろう。それに、おばあさんはなんでこんなに驚いているんだろう?
 そう考えている間に、おばあさんはそっとスプーンをリエットの手に戻しました。
「これを大事にしておいで。そうすればきっといいことがあるよ」
「でも、これ、私のじゃないわ。いつの間にか袋の中に入っていたの」
 そうだろう、そうだろうというようにおばあさんはうなずいた。
「このスプーンがな、お前さんの所に立ち寄ったんだよ」
「は、はあ……」
 スプーンには足がないのに、立ち寄るってどういうことかしら。
 考えてもリエットには分かりませんでした。
「そうだねえ、またこれがどこかに行くまで、大切にしておくといいよ」
 まるで謎かけのようなおばあさんの言葉です。
「いい物を見せてくれたお礼だよ。少し色をつけて買い取ってあげようかね」

 おばあさんはそう言ってくれた物の、持ち込んたものは思っていたより高くありませんでした。
 当然、薬は買えません。リエットはとぼとぼと帰路につきました。背負い袋の中は空なのに、なぜか町に向かったときよりも重く感じます。
 村近くの湖に通りかかったときには、日は落ち、すっかり暗くなっていました。
 月の光に照らされ、湖の水面(みな)は静かに揺れています。その周りを囲む木々は黒々と影を落としていました。
 雑草をなびかせる風の中に、草笛のような音を聞いた気がして、リエットは足をとめました。
 ピー、ピー、とかすかな音は、草むらの間から聞こえてきます。
 リエットは、恐る恐る近づいて行きました。
 青い小鳥が、草の上に横たわっていました。
「かわいそうに。病気なのかな。疲れて倒れちゃったのかな」
 鳥は、具合が悪そうに半分目を閉じ、黒いくちばしをパクパクしています。
「喉が渇いているのね」
 リエットは、湖にかけて行きました。両手で水を汲もうとして、ふと気づきました。
 小鳥のくちばしは小さく、手の平からの水では多すぎて溺れてしまうかも知れません。
 リエットは背負い袋からあのスプーンを取り出しました。これならば、細いくちばしの間から水をそっと流し込めるでしょう。
 水面は、波が月明かりを反射して、繊細(せんさい)な銀のネックレスを幾重(いくえ)にも連ねたように輝いていました。
 リエットは、湖のふちにしゃがみこむと水をそっとすくいました。小さなスプーンの中で、映った月と星がゆらゆらと揺れました。
「あれ……?」
 水はちゃんとスプーンに入っているはずなのに、真ん中からぽたぽたと滴り落ちていきます。まるでスプーンに穴が開いているように。
 スプーンの水かさはどんどんと減っていきます。
 カチリと涼し気な音がしました。それは耳を澄まさなければ聞こえないほどかすかな音でした。
 水と一緒に流れ落ちるはずだった月の光が、小さな宝石になってスプーンの底で輝いていました。白銀色の、清らかな光です。
「うわあ!」
 スプーンにのるほどの大きさですが、それでも売ればかなりの金になるでしょう。
 ピイ、と後ろで鳥が鳴きました。
 さっきまで倒れていた鳥が、急に飛び立ったのです。そして、すぐ近くの木にとまりました。
「あ、あれ、もう元気になったの?」
 小鳥は、まるい瞳でリエットを見つめています。その様子は、さっきまでぐったりしていたとは思えないほどです。
 小鳥は少しクチバシを広げました。まるで嬉しそうに笑っているように。
 羽ばたきの音をたてて、小鳥は夜空に飛び立っていきました。月の光に紛れてしまうほどだった小さな影は、一度くるりと回転するとホウキにのった魔女のシルエットになりました。
 
 リエットはその後、その宝石を売って、薬を買いました。その薬のおかげで、ラトは元気になりました。
 リエットは、今まで通りよく働いて、ラトはよくその手伝いをしました。
 またそのスプーンを使えばお金持ちになれたかも知れません。でも、リエットもラトも、それはしませんでした。なんだか、あれは本当に困っている人のものだという気がしたからです。
 二人は、そのスプーンを箱の中にしまい込みました。
 え? それからそのスプーンはどうなったって?
 ある時、家の掃除と整頓のために開けてみたら確かに入れてあったはずの箱から、いつの間にかなくなっていました。
『そうだねえ、またこれがどこかに行くまで、大切にしておくといいよ』
 古道具屋さんのおばあさんはそう言っていました。
 きっとまた、困った人のもとへ行ったのでしょう。
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