上 下
1 / 1

私と彼の奇妙な二人暮らし

しおりを挟む
「ほんとーに、無理」

 私はため息とともに体をベッドに放り投げた。
 疲れた。
 その一言に尽きるのだ。
 夢見て入った幼稚園教諭という職。幼い頃から先生の赤と白のストライプのエプロンが憧れだった。
 でも、もう疲れたのだ。

「なにが新卒1年目だからこれくらい、よ。ならベテランならあの量をこなせるのかっつーの」

 コンビニの白いビニール袋から缶チューハイを取り出し、グイッと喉に流し込む。

「ぷはぁっ!」
 その様子は憧れていた幼稚園の先生の姿とは180度違う姿。世間の荒波とやらにもみくちゃにされて、しわくちゃになったワイシャツみたいな私だ。

「いつもよりペースが早いんじゃないの?」

「そんなこと知るわけないでしょ! だいたいね、あの主任の先生が悪いのよ。きっと老けてきてババァ度が上がったから子どもが逃げてるのよ。それでピチピチに若い私に八つ当たりしているのよ」
 
 あの主任の厚塗り化粧の下は、きっとシワだらけでシミだらけのババァだ。

「それに隣のクラスの先生。あの先生もいい加減よね。新人はこういうことするのが当たり前だったからって、頭硬すぎるんじゃないの? 今が何時代か知らないのかしら」

「疲れているのには甘いものが1番だよ」

 目の前に青くて丸いクッキー缶がコトリ、と置かれる。

「ん?」

 クッキー缶なんて家にあったっけ……?

 それにさっきから声がするのは、もしかして酔っ払っているせいじゃない……?


 視線をゆっくりと上げる。
 そこに居たのは見たことも無い男性の姿だった。

「あ、あんた、誰……。いや、そんなことより不法侵入?? 警察って119だっけ……」

 スマホに手を伸ばそうとしたが、

「まって、話を聞いて欲しいんです」

 スラリとした細くて白い手がそれをさえぎった。

「何よ」

「先日助けていただいたコウモリです」

 何を訳の分からないことを言っているのだろうか。
 たしかに一昨日くらいにコウモリを助けた。園児たちが園庭の隅っこで棒切れでつついて遊んでいたからだ。生き物で遊ぶのは道徳的価値観を養う場である幼稚園に相応しくないと思って止めたのだが……。

「恩返しに来ました」

「お、恩返し?!」

 そもそもなんでコウモリがこんな男性に変わったのかもよく分からない。本当にただの不審者かもしれない。

「疑っているのは分かります。見せればいいんですよね」

 ぼわん、と音がして男性の姿が見えなくなった。その代わり、1匹のコウモリが部屋の中をパタパタと飛び回っていた。
 それからもう一度、ぼわん、と音がして男性の姿がでてきた。

「どうです?わかりましたか?」

 疲れていたからもうどうにでもなればいいと思った。

「好きにしなよ」

 こうして私と男性、いやコウモリの奇妙な二人暮しが始まったのだった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

Lance
2024.06.27 Lance

 お疲れモードの主人公ですが、男を見て案外冷静なのはお酒のせいかなとも思いましたが、男にどこか無害な印象を感じたからかなと思いました。魔法のように人からコウモリへ、そして人へ、姿を変える様子が面白くて微笑ましかったです。続きがあれば読んでみたいと思いました。

解除

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

命姫~影の帝の最愛妻~

一ノ瀬千景
キャラ文芸
ときはメイジ。 忌み子として、人間らしい感情を知らずに生きてきた初音(はつね)。 そんな彼女の前にあらわれた美貌の男。 彼の名は東見 雪為(さきみ ゆきなり)。 異形の声を聞く不思議な力で、この帝国を陰から支える東見一族の当主だ。 東見家当主は『影の帝』とも呼ばれ、絶大な財と権力を持つ。 彼は初音を自分の『命姫(みことひめ)』だと言って結婚を申し出る。 しかし命姫には……ある残酷な秘密があった。 和風ロマンスです!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小説家の日常

くじら
キャラ文芸
くじらと皐月涼夜の中の人が 小説を書くことにしました。 自分達の周囲で起こったこと、 Twitter、pixiv、テレビのニュース、 小説、絵本、純文学にアニメや漫画など…… オタクとヲタクのため、 今、生きている人みんなに読んでほしい漫画の 元ネタを小説にすることにしました。 お時間のあるときは、 是非!!!! 読んでいただきたいです。 一応……登場人物さえ分かれば どの話から読んでも理解できるようにしています。 (*´・ω・)(・ω・`*) 『アルファポリス』や『小説家になろう』などで 作品を投稿している方と繋がりたいです。 Twitterなどでおっしゃっていただければ、 この小説や漫画で宣伝したいと思います(。・ω・)ノ 何卒、よろしくお願いします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。