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私と彼の奇妙な二人暮らし
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「ほんとーに、無理」
私はため息とともに体をベッドに放り投げた。
疲れた。
その一言に尽きるのだ。
夢見て入った幼稚園教諭という職。幼い頃から先生の赤と白のストライプのエプロンが憧れだった。
でも、もう疲れたのだ。
「なにが新卒1年目だからこれくらい、よ。ならベテランならあの量をこなせるのかっつーの」
コンビニの白いビニール袋から缶チューハイを取り出し、グイッと喉に流し込む。
「ぷはぁっ!」
その様子は憧れていた幼稚園の先生の姿とは180度違う姿。世間の荒波とやらにもみくちゃにされて、しわくちゃになったワイシャツみたいな私だ。
「いつもよりペースが早いんじゃないの?」
「そんなこと知るわけないでしょ! だいたいね、あの主任の先生が悪いのよ。きっと老けてきてババァ度が上がったから子どもが逃げてるのよ。それでピチピチに若い私に八つ当たりしているのよ」
あの主任の厚塗り化粧の下は、きっとシワだらけでシミだらけのババァだ。
「それに隣のクラスの先生。あの先生もいい加減よね。新人はこういうことするのが当たり前だったからって、頭硬すぎるんじゃないの? 今が何時代か知らないのかしら」
「疲れているのには甘いものが1番だよ」
目の前に青くて丸いクッキー缶がコトリ、と置かれる。
「ん?」
クッキー缶なんて家にあったっけ……?
それにさっきから声がするのは、もしかして酔っ払っているせいじゃない……?
視線をゆっくりと上げる。
そこに居たのは見たことも無い男性の姿だった。
「あ、あんた、誰……。いや、そんなことより不法侵入?? 警察って119だっけ……」
スマホに手を伸ばそうとしたが、
「まって、話を聞いて欲しいんです」
スラリとした細くて白い手がそれをさえぎった。
「何よ」
「先日助けていただいたコウモリです」
何を訳の分からないことを言っているのだろうか。
たしかに一昨日くらいにコウモリを助けた。園児たちが園庭の隅っこで棒切れでつついて遊んでいたからだ。生き物で遊ぶのは道徳的価値観を養う場である幼稚園に相応しくないと思って止めたのだが……。
「恩返しに来ました」
「お、恩返し?!」
そもそもなんでコウモリがこんな男性に変わったのかもよく分からない。本当にただの不審者かもしれない。
「疑っているのは分かります。見せればいいんですよね」
ぼわん、と音がして男性の姿が見えなくなった。その代わり、1匹のコウモリが部屋の中をパタパタと飛び回っていた。
それからもう一度、ぼわん、と音がして男性の姿がでてきた。
「どうです?わかりましたか?」
疲れていたからもうどうにでもなればいいと思った。
「好きにしなよ」
こうして私と男性、いやコウモリの奇妙な二人暮しが始まったのだった。
私はため息とともに体をベッドに放り投げた。
疲れた。
その一言に尽きるのだ。
夢見て入った幼稚園教諭という職。幼い頃から先生の赤と白のストライプのエプロンが憧れだった。
でも、もう疲れたのだ。
「なにが新卒1年目だからこれくらい、よ。ならベテランならあの量をこなせるのかっつーの」
コンビニの白いビニール袋から缶チューハイを取り出し、グイッと喉に流し込む。
「ぷはぁっ!」
その様子は憧れていた幼稚園の先生の姿とは180度違う姿。世間の荒波とやらにもみくちゃにされて、しわくちゃになったワイシャツみたいな私だ。
「いつもよりペースが早いんじゃないの?」
「そんなこと知るわけないでしょ! だいたいね、あの主任の先生が悪いのよ。きっと老けてきてババァ度が上がったから子どもが逃げてるのよ。それでピチピチに若い私に八つ当たりしているのよ」
あの主任の厚塗り化粧の下は、きっとシワだらけでシミだらけのババァだ。
「それに隣のクラスの先生。あの先生もいい加減よね。新人はこういうことするのが当たり前だったからって、頭硬すぎるんじゃないの? 今が何時代か知らないのかしら」
「疲れているのには甘いものが1番だよ」
目の前に青くて丸いクッキー缶がコトリ、と置かれる。
「ん?」
クッキー缶なんて家にあったっけ……?
それにさっきから声がするのは、もしかして酔っ払っているせいじゃない……?
視線をゆっくりと上げる。
そこに居たのは見たことも無い男性の姿だった。
「あ、あんた、誰……。いや、そんなことより不法侵入?? 警察って119だっけ……」
スマホに手を伸ばそうとしたが、
「まって、話を聞いて欲しいんです」
スラリとした細くて白い手がそれをさえぎった。
「何よ」
「先日助けていただいたコウモリです」
何を訳の分からないことを言っているのだろうか。
たしかに一昨日くらいにコウモリを助けた。園児たちが園庭の隅っこで棒切れでつついて遊んでいたからだ。生き物で遊ぶのは道徳的価値観を養う場である幼稚園に相応しくないと思って止めたのだが……。
「恩返しに来ました」
「お、恩返し?!」
そもそもなんでコウモリがこんな男性に変わったのかもよく分からない。本当にただの不審者かもしれない。
「疑っているのは分かります。見せればいいんですよね」
ぼわん、と音がして男性の姿が見えなくなった。その代わり、1匹のコウモリが部屋の中をパタパタと飛び回っていた。
それからもう一度、ぼわん、と音がして男性の姿がでてきた。
「どうです?わかりましたか?」
疲れていたからもうどうにでもなればいいと思った。
「好きにしなよ」
こうして私と男性、いやコウモリの奇妙な二人暮しが始まったのだった。
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