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さよなら、最後だと思っていた私の恋

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 ぱあん、と弾けた音がする。

「バカッ」
 目の前にいる彼の右頬に赤い紅葉模様がつく。彼はそこに片手をあてて、少し顔を顰めた。

「ごめん」

 もうほかの女の子に手を出さないって約束したのに、私だけのあなたでいるって約束したのに、なんでまた。

 悔しくって、悲しくって、それ以上の言葉は出てこなかった。

「でも、本当に一番好きなのは君なんだ」

 彼の手が私の頭に乗る。いつもなら、そのまま撫でてもらえるのを嬉しく受け止めるが、私はその手を払い除けた。他の女の子にもまた同じようなことをしていたその手で、撫でてほしくなんてなかった。

「ねえ、もう泣かないで。泣いている君を見るのは嫌なんだ」

 そうしているのは彼なのに。睨むことしか出来ない。

「話、聞いてくれない?」

「やだ。だって、言い訳じゃん」

 いつだってそうだった。いいように私のことを言いくるめて、他の女の子と遊んで。

 ずっと憧れていた彼と付き合うことが出来て嬉しかったのに、付き合った日々は悔しい思いをしていた日のほうが多かったような気がする。

 私がもっと可愛ければ、私がもっと彼女らしいことが出来たら、私がもっと彼の気持ちに寄り添うことが出来たら。たくさん考えた。できる限りどうにかしようとした。苦手だったお料理も、やったことなかったお化粧も頑張ってそれなりにできるようになった。朝にはおはようって、寝る前にはお休みって毎日言うようにした。

 でも、だめだった。

 ああ、悔しい。力不足な自分が惨めにも思えてくる。彼女の座にいるからだなんて慢心していたことなんて一秒もない。もっと私だけを見てほしくて、もっと私だけを愛してほしくて、ずっと、ずっと……。

 涙は次から次へとこぼれてくる。まるで開けっ放しの蛇口のようだ。

 私だけのことをみてくれると、私だけのことを好きでいてくれると、何度も約束したのに。ミュールの先から出ている桜色のペディキュアが私のことを嘲笑う。

「でもね、本当なんだよ。もう君だけしか見ないから、君以外誰も愛さないと約束するから」

 きっとこの約束もまた、なかったことになるんだ。胸の奥がすうっと凍っていくかのように冷えていくのがわかった。

「いいよ、そんなの。もう、別れよう」

 きっとこのまま恋を続けても、苦しいだけなんだ。だからここでおしまいにしたほうがいいんだ。

 そう思うことしか今の私には出来なかった。

「ごめん、でも最後に一つだけ」

 彼はそう言って紙袋の中からミニブーケを取り出した。淡いピンク色の包装紙で包まれているそのミニブーケには赤いガーベラを中心に、白いカーネーションやかすみ草も添えられている。

「今日、付き合って三年と七ヶ月記念日でしょ。俺の気持ちを伝えたくて」

 ああ、本当にずるい人だ。

 でも、もう元には戻らない。

 さよなら、最後だと思っていた私の恋。
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