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十六、途切れた歌

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翌日授業後、文芸部室。俺たちは、明日合評会に出す博美の作品をコピーしたものを、折って冊子にしていた。表紙には「落盤前夜」の文字。合評会用の冊子には、伝統的にこのタイトルが付されることになっている。作業中の俺たちの脇では、村上が相変わらず仏頂面をして、そっぽを向きながら座っている。こいつ、何のためにここにいるんだろう。そんなに面白くないのならやめていけばいいのに。冊子作りを終えた俺は、机の上に残っていた「ハルマゲドン」を手に取る。村上のページを開いた。
『村上秀哉。経営学部一年。都大西高校出の一浪。色白ぽっちゃり好み』
広々とした余白の中に、たったこれだけが書かれていた。住所も連絡先もない。何のための「ハルマゲドン」か全然理解していないようだ。それにしてもなんだ「色白ぽっちゃり好み」って…。こんな無愛想な書き方をして、好みの女のタイプだけ記すなんて滑稽で笑えてくる。消えろ、こんなやつ。
「やあやあやあ」
いきなり部室の扉が開き、賑やかな声。坂口先輩が入ってきた。
「おぉ、ハ行トリオに論理、久しぶりだな。連休中はどうしていた?」
先輩、さりげに村上を無視する。
「はい、おかげさまで楽しく過ごせましたです」
文香は先輩に向き直ると、にっこり笑った。なんかふーちゃん、先輩の前ではいい顔して笑うなぁ。俺の前ではニヤーッと笑うのに。そしてまた「すはああっ」と文香のブレス音。
「ひーちゃんやはーちゃんや論理くんと一緒にカラオケ行きました。いっぱい歌えて楽しかったです」
チラリと俺を見るふーちゃん。俺は視線をそらす。あまり思い出したくない。
「そうかそうか、カラオケか。そういえば、はーは合唱部だと言ってたな。さぞかし美声を聴かせたんじゃないのか」
タイミングよく先輩が遥に話を振る。
「あ…、えっ、と…」
また耳まで真っ赤になる遥。俺はそんな遥の脇腹を肘で小突いた。
「いちお…、うまく、歌え…ました…」
「どんな曲を歌うんだ?」
先輩が話を続けてくれる。はーちゃん、がんばりどきだぞ。
「合唱曲…です…。『COSMOS』とか…」
「あぁ、それなら俺も知ってるぞ。高校のとき音楽でやった覚えがある。『なつのくーさーはーらにー』とかいう歌い出しだったろ」
「あ、それですそれです」
遥は嬉しそうに微笑んだ。
「どうだ、はー。この場ではーの歌声を聴かせてくれないか」
「え…、ええ?」
先輩の思いがけない申し出に、ただでさえ赤い顔を一層紅潮させる遥。
「いいだろ。俺、はーの歌聴きたい」
そう言って先輩は、遥の瞳をじっと見つめた。
「わ…、わかり…ました…」
胸の激しい高鳴りを抑えようとするかのように、遥は左胸に両手をやり、何度か呼吸した。
「じゃあ…、聴いて…ください…」
「うむ。拍手~」
坂口先輩が手を叩く。遥は目を閉じ、気持ちを集中させる。そして大きな口を開いた。「はあああっ」とブレス音。お腹が膨らむ。
「なつのくーさーはーらにー、はあああっ、ぎんがはーたかくーうたうー」
部室に遥の歌声が響き始めた。相変わらずの甘々ロリボイス。でも遥、一生懸命だ。好きな人に聴いてもらう歌なんだから、必死にもなるだろう。はーちゃんがんばれ!
「きみのぬーくーもーりはー、はあああっ、うちゅうがーもえーていたー」
脇の先輩を見る。歌う遥を見つめながら、じっと聴いていてくれる。やがてサビ。お腹を精一杯膨らませる遥。
「はああああっ!ひーかりのこーえがそらーたーかーくきこーえるー」
遥の懸命な息継ぎと、必死な歌声。声量はかなりのもので、部室に遥の歌声が響き渡っていく。
「はああああっ!きーみもほしーだよー…」
「あああ、もういい、うるせえっ‼︎」
突然、怒鳴り声。驚いた遥が歌声を途切れさせる。怒鳴り声の主は、村上だった。
「いい加減にしろっ。ここは文芸部室だ。耳障りな歌を聴く場所じゃねえっ!」
村上は怒りをほとばしらせて俺たちを睨んでいる。
「なんだと村上」
坂口先輩が村上を睨み返す。
「いちいち文句つけやがってムカつくな!部室で何やっていようが自由だろうがっ!」
「ケッ、文芸部らしくねぇ文芸部なんぞ糞以下だ。そこの仲良し女どもに付き合う程度のものだってことだな」
「お前に文芸部らしさを説かれる筋合いはない。気に入らないのならさっさと辞めていけっ」
「くっ…!」
睨み合う村上と坂口先輩。先輩の言う通りだ。俺たちがそんなに気に入らないのなら辞めればいいだけだ。やがて村上は、ポケットから煙草とライターをねじり出すと、荒々しく席を立った。
「俺がここを辞めるかどうかは俺の一存だ。何様に口出しされる筋合いもない。文芸部に俺がいる限り、くだらん馴れ合いは許さんからそう思え」
そして村上は部室を出て行った。
「畜生…、何様のつもりだ!」
閉じられた扉を、坂口先輩が睨みつける。その傍らでは、せっかくのチャンスに思わぬ邪魔をされた遥が、悲しそうにうつむいていた。いくらなんでもはーちゃん、これはかわいそうすぎる。
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