戦国散歩

生活

殿の身の回り

　
　あなたが転生して、城のお庭を掃いていると、向こうの常御殿つねごてんの広縁を殿、或いはお屋形様その人が歩いて行きます。

あなたの目にはどんな姿が目に映るでしょうか。


　寛いだプライベートな常御殿ですから、お屋形様が一人で歩いているでしょうか。
いいえ。残念なことに、お屋形様は一人ではありません。

　お屋形様の前には先払いあるいは、露払いと呼ばれる先導の小姓が、脇差を差して歩いていきます。お屋形様を挟んで後ろには、太刀持ちの小姓がお屋形様の愛刀を持って続きます。もちろん彼も脇差を差しています。
最低でも、お屋形様の周りにはこの人数が侍はべっておいでです。

　お屋形様が寝るときも、二人一組で、不寝番ふしんばんとして侍っています。少し離れた詰所にも馬廻うままわりたちが不寝番で詰めています。

　お屋形様から「人払いを」と言われると、ちょっと離れたところで背中を向けますが、いざという時の為に「背中が耳」になっています。

  いざ！となると、太刀持ちの小姓はささっとお屋形様の元へ駆けつけて、刀を差し出します。
現在、相撲の太刀持ちは袱紗ふくさで鞘の下のあたりを持っていますが、当時は素手で持っています。
また「森蘭丸の図」で、蘭丸が正座して右膝に鐺こじりを置いた姿が描かれていますが、戦国時代は正座はしませんので、その持ち方もしていません。

現在の正座は、戦国時代においては、敗軍の将となり、敵将の前に引き出される時にする「つくばる」と呼ばれる不吉な姿勢です。
いわゆる負けて降伏することを指す「膝を折る」とは、この時の正座から出てきた言葉です。
切腹の時にも、このつくばる姿勢の一種になります。
普通の正座から、つま先立ちになる、あの姿勢です。
 

戦国の座る基本姿勢は、左足から折り膝をついた後腰を下ろし、右膝を立てた跪座きざと呼ばれる座り方です

　そういえば、戦国の動作は何事も左から、です。
褌を締める時も小姓が床に褌を置き、御屋形様は左足で跨またぎます。
小姓も馬廻りも足軽くんも、皆左足で跨ぎます。
着物を着る時も、鎧を付ける時も、左手から通します。

できる限り、右手を空けておく為だそうで、それって足は関係ないんじゃないのかとは思うんですけど、足もやっぱり左からだそうです。


　さて、話は戻りまして、その片膝を立てたその姿勢で、普通に刀の柄つかを持って、右肩に棟と呼ばれるカーブの内側を肩に置いていました。長時間持つので、無理な持ち方は粗相の素ですからね。

室内で「いざ！」という時には、走り寄るのではなく、膝行しっこうが自然なような気がします。
そして刀をクルリとまわし、お屋形様が柄を握ると、鞘を下げて手に残しました。


  さて、お屋形様がお出かけです。

そうなると、騎馬のお付きのものが従います。

　弟の喜六郎秀考公（数えで15、６。満14、５）が単騎でお出かけした時に、守山城主の信次の家臣に無礼討ちされますが、信長公は「端武者のように単騎がけした喜六郎が悪い」と言ったと伝わります。


余談になりますが
この言葉に、信長公の後世言われるような「破天荒さ」はありません。
戦国大名として、自らを処していた理性的な青年像が浮かびあがります。
この時、「真面目、規律正しい大人しい」はずの、実弟、信勝（信行）は守山城を攻めたて、城下町を焼いています。

反対のエピソードなら、イメージ通りですね。

これは後ほど追求するとして。


　さて、でございます。

斯かくして、身分のある者は、ゾロゾロ、従者を連れていないといけません。
小姓も連れて行きますが、馬廻からも何人も連れて行きます。

まず大名の馬には口取りの足軽くんが付いています。
小姓、馬廻には、小者の従者が口取をしています。
馬がいれば、口取りがいます。馬＝口取りです。口取りというのは、馬の口のあたりにかけた紐を持っている人です。運転手がついているみたいな感じですね。


行く場所によっては、騎馬だけではなく、徒歩の馬廻も、御伽衆も、足軽くんたちもいたでしょう。

そうなると、わらわらいて、大変な状況になりますね。

   ただのお出かけではなくて、合戦となると更に人数は増えます。

お屋形様の居られる本陣に詰めるのは

まずは小姓に、馬廻。
祐筆に禅宗のお坊さんの御側衆。
医者もいますし、使番だの、軍奉行だのも側にいます。進退を知らせる鉦や太鼓、法螺貝を持っている人も詰めています。

沢山いますね。
いわゆる近習だけでも、百人、二百人いますからね……


馬廻には、騎馬兵もいますが、歩兵もいます。
馬に乗ってる人には、口取りがついています。
乗りつぶしてはいけないので、替え馬もいて、その口取りもいます。
武将にも、馬廻にも、小姓にも、小姓や家臣がついています。


そして、合戦となると必要なのは、鎧兜に武器です。刀は差しておけばいいですか、弓に槍まで装備するのは、なかなか見栄えも悪いですし、機動力も下がりそうです。

そこで、槍持ち、弓持ち、鉄砲持ちがいます。

鎧兜も具足櫃ぐそくびつ、鎧櫃よろいびつという、仕舞う箱を背負った小者がいます。

　その他に旗持ちがいます。昔は旗差はたさしと言ったそうです。
当初は陣旗といえば家紋旗位でしたが、段々と華やかになり、旗印だの、馬印だの凄いことになっています。
大きな馬印は三人がかりだったそうですよ。
背中に個人で背負う指物も華やかになって、背中に蝶を背負った武将もいて、なかなか壮観だったでしょう。
しかし、風の強い日の大変だったでしょうね。

本陣を守る備《そなえ》と呼ばれる部隊がいます。
そこには、足軽もいますし、正規の侍である弓、鉄砲、槍隊がいます。

合戦中もなかなか、賑やかなお屋形様です。