リベラティオ

pome

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1章◆Ac scribere fabula

Primus

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少女視点






初めての一人で任務である。
正直に言うととても心細い。
だがしかし!
役に立つという証明ができるというチャンスに他ならない。


意気揚々と宿屋を出たが、早速少し道に迷う。
どうにか四苦八苦しながら地図とにらめっこをしては唸りながらギルドまで向かってみる。
ようやくたどり着いたギルドの白い建物内部へ入ると、一気に多くの人の視線がこちらに向けられた。
相変わらず欲の孕んだ目と軽蔑の目、それに好奇の目と疑いの目が私に対して一気に注がれる。
相変わらず視線は痛くて、居心地が悪い…。
思わず肩を竦めた。


「あの、何か依頼はありますでしょうか…」


「…え、あ…」


前に受付に居た温和そうな女性はいないらしい。
一番近くに立つ受付の若い女性に声をかけた。
心底驚いた表情を隠そうともしない。
奴隷が主人を連れずに依頼を受けるなんてあり得ないからだ。
これは…依頼を受けるまでにひと悶着あるかもしれない…。


背筋を伸ばし、少しだけ警戒する。
しかし受付の女性は、何故かすぐに青褪めた顔になると、引き攣った笑顔で依頼の紙を持ってきてくれた。


「こ、これしか今はないのですが…よろしいでしょうか……」


「ええと、これは…」


【アーテルブラベンタ討伐依頼】
最近黒光りしたヤツが路地裏周辺に現れた。
近隣に巣があると思われるが未だ見つかっていない。
かなり大きな個体も見たという報告が上がっている。
1人の騎士に依頼を出したが帰ってきていない。
できるなら騎士の安否確認とともに討伐して欲しい。


というものだ。


(ふむ、アーテルブラベンタなら前も討伐したし…金額も高いから…これで良いかな?)


場所はヴェルミクルム聖教国。
国境を超える必要があるが、とても行けない距離ではない。


【ヴェルミクルム聖教国】
北西に位置する聖教国。
表向きは共和制だが、中身は独裁国家。
アビイト教という独自の宗教を信仰している国で、宗教国家でもあり、アビイト教の教皇が全てを取り仕切っている。
最近教皇が変わり、新教皇はいろいろ気難しい人であるらしく、彼の意に沿わなかった者は指名手配の上、投獄や斬首刑に処されるのだとか。

治安は悪くはないが、教会や貴族に目を付けられれば大変なことになるとご主人様に教えて頂いた。
下手に関わらないよう、重々気を付けなければいけない。


「それでは、そちらをお受けします。」


「は、はい…お手続き致します…しばらくお待ちください!」


受付の女性は冷や汗を流して怯えているように見える。
顔色が白を通り越して青くなっている気がするが…大丈夫だろうか?


「…じ、受領できました。任務報告期限は国境を跨ぎますし、時間がかかるかもしれませんので一週間後の夜までに、こちらのギルド支部が閉まるまでです。…本日中でも大丈夫です。お、お願い致します。」

いつも通り、依頼主の家までの簡単な地図と、依頼達成後の報酬が一緒に書かれた紙、ギルドの依頼受諾の紙2枚を受け取る。


先程は「あり得ない!」みたいな顔をしていたのに…
随分と対応が丁寧だ。…思っていることが顔に出てしまってもも、きちんと仕事をこなせると言うのは素晴らしいことだ。さすがプロだなぁ…。


恐る恐るといった感じで紙を差し出す女性。
体調が悪いのだろうか?少し手が震えているので少し心配だ。
家に帰ったら暖かくして寝て欲しい…。
無理はいけない、…とラウルス様も言っていた。


「ありがとうございます。」


会釈をしてギルドの外へ出る。
ここから国境を超えるのはそう遠くはない。
馬車で行けばほんの少しで着くだろうが…
余程でなければこんな奴隷など乗せてはくれないはずだ。


となれば残る道は一つ。

自力で歩いていく他なかった。
もともと体力と筋肉をつける目的もあるため、これは問題ない。


お金を無駄に使わずに済むし、強化に使ったところで、この間行った同種の魔蟲 ワーム種討伐の数…いや、倍としても魔力は余るほどある為、討伐任務も問題なく遂行できる。
魔力で身体強化した走りならば、恐らくそんじょそこらの馬車よりも早く着けるだろう。

トントン、と爪先で地面を軽やかに叩くと魔力を纏って走り出した。








さて、予定していたよりも早くついてしまった。
国境付近で何か売っていたようで少し気にはなったが、今するべきことではないので、ひとまず依頼が最優先だ。
依頼主に会い、書類を受け取る。奴隷の私が一人というのが依頼主の気になったらしく少し怪訝な顔をしていた。 
必要なことを聞き取り、お礼を言うと、微妙な顔で一言。


「まぁ、期待しないで待っておく。」


そして家の扉がバタリと閉まった。
そのままの足で現地に向かおうとしたが、


…ぐぅ~~~~~~~。


「…ぁ」


どうやらちょうどお昼時らしい。
預けたお金で昼食も食べていいとは言われたけれど、奴隷の私はレストランや食堂にはまず入れない。
何か昼食用の食料を買ってこないと…


「…いらっしゃい。」


「こちらを下さい。」


指差した肉串を見て、店主は眉を上げる。
…な、何だろう…。
ジロジロと品定めする様に見られ、フンと鼻を鳴らした。

「それじゃ、プラトゥム銀貨5枚だ。」

「えっ」

この大陸では共通貨幣が存在する。
一部地域以外は基本的に下記の貨幣で取引を行うのだ。

ラドム《黄銅貨幣》
↓×10
プルム《白銅貨幣》
↓×10
カルム《銅貨》
↓×10 
プラトゥム《銀貨》
↓×10 
オーロム《金貨》

下に行くほど価値が高い。
そして、屋台の串などは市場では比較的安価だ。
普通なら高くてもプルモ8枚がいいところだが…。


「いくらなんでも…高すぎるのでは…」


「あぁ!?ウチの商品にケチつける気かぁ!?」


「ひぇっ…す、すみませんでした…!」


慌てて店から飛び出した。
いくらなんでも高すぎる。
ちゃんとある程度適正価格で買わなければ、必要経費として多めに頂いているとはいえご主人様に預けて頂いたお金を無駄遣いしてはいけない。
こんなことならお弁当でも持ってくればよかった。
次からこういったことがないよう気をつけよう。


「ふぅ…一度他の店を見てみましょう…」


すぐそばのお店を回ってみるも、どこも適正価格とは言えない値段の釣り上げ方だ。
しかも店員はみんな必ずと言っていいほど私の持っているカバンや首元を確認している。


「うーん…どういうことなんでしょう…」


聖教国はほとんどが真っ白な建物でできている。
その中心にそびえ立つのは城にすら見える教皇の住む教会だ。


「そうでした。もう少し中心地の近くなら人の往来も多いし、値段も下がっているかもしれません。」


聖教国はほとんどが真っ白な建物でできている。
その中心にそびえ立つのは城にすら見える教皇の住む教会だ。
そこは中心地ということもあり、賑わっているはずだ。


「よし、ここなら…っと、わわ!」


教会近くの店が立ち並ぶ大通りに着いたが、今日は沢山の人で混みあっているようだ。
どうしてこんなに人が多いんだろう。
よくよく見れば全員礼拝所に入っていく所らしい。


「この国では5日に一度礼拝所でお祈りするんでしたね。」


それでこんなに人が多いのだろう。
さて、この近くで安く買える店はあるのだろうか。
なければもらったお給金から少し返しておこう。
と、思っていたのだが。


「…普通の値段で買えてしまいました…」

ついさっきまで異常に値段を釣り上げられていたはずだが…。
何故か礼拝所の前を通ったあたりから通常の値段で買えた。


「????」

なぜかは分からないが、ちゃんとした値段で変えたので良しとしよう。
それに…やっぱり人の多いところは苦手だ。
人の視線をよく感じてしまう。
女性からは羨望の眼差し、男性からは不躾な好奇の目。
それもすぐに奴隷の証である首輪を見れば、軽蔑の目に変わる。


「…………。」


…どこに行っても、変わらない。
居心地の悪さにぎゅっと体を抱きしめるように腕を組む。
はやく終わらせて、早く帰ろう。



依頼主から前に調査に向かった人が行った場所と、この街で暗くジメジメして人気がない場所を聞いておいて正解だった。
巣はすぐに見つかり淡々とブラックホールで食い込んで処理していく。



…そういえば、ご主人様は随分とあの魔蟲 ワーム種…アーテルブラベンタが苦手らしかった。
誰でも苦手なものがあるものだなと少し笑ってしまう。


「ふふふ、」


そういえば、あの人が私を見る目はなんだか暖かくて…
他の人とは全然違って…何だかくすぐったい様なおかしいような…
だけど、嬉しいような。
不思議な気持ちになる。

あぁ、あの人は私を待ってくれているのだろうか。
冷たい檻ではなく、あの暖かい眼差しが帰る場所なのは、


とても


とても安心できるような気がした。













あーだこうだと難癖をつけられそうになったり、道を間違えたりとひと悶着はあったものの、無事依頼を終えることができた。
ギルドへと戻ると、普通はかなり時間がかかるものだっただけに、結構驚かれたが、きちんとお給金をくれた。
朝に受付をしてくれた女性はいなかったが、何故か私の対応をしてくれている人は朝の人と同じように顔を真っ青にしていた。

…何か風邪でも流行っているのだろうか?
ギルドから出ると、空は夕闇に染まりかけている。


「…ええと、このお金は好きに使えって言われたんでしたっけ…」


今、とりわけ欲しいものはない。
何を買えばいいか、わからない。



私は途方に暮れて空を見上げた───






続く
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