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【74】明後日
しおりを挟む気づくとぐったりと私は、先生の腕に頭をあずけていた。
力が抜けきるどころか、指一本動かない。
そんな私を、先生はぎゅっと抱きしめている。
「がらでもなく、荒くしちゃってごめんね。体、辛い?」
「……」
微苦笑している先生を見ていたら、羞恥で頬が熱くなった。
たしかに最初よりぐちゃぐちゃになってしまった。
見知らぬ液体の感覚がする。伝ってくるのだ。
「先生は」
「名前」
「っ、紫さんは」
「何?」
「巨根の持続力ある絶倫というやつだと思います! そして、テクニシャン!」
「ぶは」
「そんな存在、都市伝説だと思ってました!」
「第一声がそれって、本当に面白いなぁ。怒られるか質問されるか泣かれるか、まぁその辺だと思ってたんだけど――うーん。まぁ、案外言われて悪い気はしないな。ことごとくムードをぶち壊しくてるその勢い。これまで恋心に気づかなくて当然だったのかもね」
「怒る? 泣く? どうしてですか? 質問て?」
「なんで中に出したのか怒るとか、子供できちゃったって泣くとか、出来たらどうするか質問するとか」
「会社に産休があります!」
「――専業主婦になってよ。俺は会社で他の男に会って欲しくないの」
「へ? 専業主婦!?」
「嫌?」
「それは結婚しないとなれません! シングルマザーの場合、ただの無職です!」
「――俺と結婚しないの?」
「え!?」
「なんで驚くの?」
「紫さんはヤリ捨てをするし、明後日には恋人じゃなくなるのに、結婚!?」
「だからこの部屋には普通呼ばないの。そういう場合は。まぁ明後日には恋人じゃなくなっても良いけどね。明後日から奥さんになる?」
「!」
「子供できてたら、その方が良いかもね。これからもしばらくずっと避妊しないし、明日も明後日もやる予定だから。まぁ、君の休暇中には、できるんじゃない。最後になるかもしれないし、煙草吸いなよ。今なら吸っても大丈夫」
「……」
狼狽えたまま私は頷いた。腕を離した先生が煙草をくれた。
先生も銜えてから、両方に火をつけてくれる。
「そんなに子供が欲しかったんですか!?」
「欲しいのは子供じゃなくて君だよ」
「!? 出世のために結婚相手を!?」
「君が素直に結婚してくれるなら出世しなくて良い。それに、出世を持ち出しても反応が薄かったから、さすがに子供ができたらと思ったら、なるほど、シングルマザーときたか。俺は結婚に興味があるんじゃなくて、君を他の人に渡したくないし俺のものだと公的に証明したいので、籍を入れておきたいんです。さすがにそうすれば、君だって俺と暮らすし、俺の恋人の自覚もでるでしょ。いや奥さんか。君は真面目だから、大丈夫。むしろそのほうが君には分かりやすいでしょ」
「……本気で?」
「もちろん。愛してる」
「!」
「このままいくと押しに弱い君は、適齢期にその辺の誰かにお願いされて結婚しそうだし。俺じゃダメ?」
「だめじゃないですけど……」
「じゃ、俺で良いじゃん」
あまりにもの急展開に、必死で考えながら、煙草を吸う。
先生は優しく笑っていた。
そこでパンフレットを渡された。
「どれがいい?」
「指輪ですか? そうだなー? これ素敵です」
「やっぱり趣味良いよね、俺もそれが一番良いと思ってた。ちなみにこれはどう思う?」
先生はパンフレットの上に、一枚の写真(?)を置いた。画像に見える。
「すごい! おおおお! さっきのよりも素敵です」
「気に入った?」
「はい。これ、見てみたいです」
「二ヶ月くらいかなぁ」
「二ヶ月? 展示会でもあるんですか?」
「ううん。これから作ってもらうんだよ。昨日描いたんだ、俺が」
「へ? 先生が描いたの?」
「俺、絵の才能があるらしいって教えたでしょ」
「そうでした! なるほど!」
「今後一生付ける予定だから、やっぱり気に入ったのが良いから」
「そうなんですか?」
「うん。今つけてるのが恋人用のペアリング。パンフが婚約指輪。こっちが結婚指輪」
「!」
「君の家って、結婚するとき結納とかするの?」
「ゆ、結納……! え……そ、その、母方が厳しいので、両親の時は、婚約して三ヶ月後に結納して、さらに三ヶ月後に結納返しして、最終的に一年後に結婚式だったようです。結婚式は両家の地元と東京で三回だったって聞いてます。でも、今は、そう言うの……」
「ええとね、仕事の都合がつかないから、ということにして、そっちの実家に挨拶行った日にそのまま結納。結婚自体をお断りされたら結納せず、駆け落ち。少し待ってくれは、仕事の都合で無理。結納返しは不要。そのまま入籍で行こう。ただし、挨拶しなくても入籍していいなら、このまま明後日。あるいは、明後日して、そのあと挨拶がてら結納の代わりかな。そっちの方が良いか、お断りされないし。両家挨拶はこちらの家族がアメリカにいるから現時点では困難。こちらは不要。機会を見ましょうで行こう」
「……は、はぁ……」
「急遽結婚した理由は、内々に研究でアメリカ行きが決まったから。式はそれが理由で今は無理」
「決まってるんですか?」
「ううん。取り止めになったことにする、後で。式については後で考える」
「なんかこんな風に急に……先生はそれで良いんですか? だって、数日前に恋心とやらに気づいたとか……」
「行動力に定評があるんだ。それにいま押し切らないと君の気が変わる可能性が高い。第一、もう十分よく知ってるし、これ以上結婚を悩むような、君の情報が上がってくるとは思わない。ま、何が来ても今以上は無いし、なんらかの情報で悩む気もしないけど。君自体が面白いんだから。全部込みで」
こんな雑談をしてから、朝方まで過ごし、先生が言った。
「朝食つくるけど、食べられる?」
「あんまりお腹減ってなくて」
「妊婦さんになったら三食だよ」
「……」
「ちょっとだけ、食べてごらん」
こうして先生が朝食を作ってくれた。
「え、え!? 美味しい! なんですか、これ! 料理にも才能が!」
「普通の才能しかない。これは単純に趣味と経験」
「お店で出てきそうです。アメリカってご飯美味しいんですか?」
「色々な国回ってたから、アメリカにいた期間自体は、日本より短いんだ。その観点で行くと、俺はフランスが一番美味しいと思う。アメリカは一番まずかった」
「へぇ! 私にもできるようになりますか?」
「どうかなぁ。食べたい時は俺に言ってくれれば良いのに。大体俺、作れるよ」
「けど専業主婦のお仕事は家事なんでしょう?」
「昼間は執事じゃなくて、女のハウスキーパーさんを雇うので、その人にお願いしましょう。子供がデキたらね」
「そんなことってあるんですか?」
「――海外ではそこそこ普通」
「そうなんですか!」
「子供できるまでは、俺がやる」
「私は何をすれば?」
「妊婦さんは安静に」
「な、なるほど!」
「家建てる?」
「わかんないです!」
「そうだね、ゆっくりで良いか」
その後シャワーを浴びた。私が持ってきたシャンプー類を見て、クスクス笑った先生が、シャワーにあるものを使ってみたらというのでそうしたら、いつもよりもサラサラになった。前もサラサラだと言われたが、今回は、なんだか触り心地がすごく良くなった気がした。体の肌もなんだか違う気がした。そして何より、いい匂いがした。それから先生も浴びて、二人で今度は睡眠を取った。腕枕だった。本当に昼間寝るのだ。
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