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【54】昔話

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「今日は面談は取りやめだ。少し俺の昔話と愚痴を聞いて」
「……は、はい!」
「俺が小学生の頃だった。父方の祖父が首をつった。第一発見者は、俺」
「え」
「非常に明るくて優しい人だった記憶がある。美化が入っているとしても。不思議なことにすごく得意なことと苦手なことがあった。農家なのに農業ができないんだ。具体的には、土壌作りとか、そう言うの。そして、当時の俺の家では、男性はキッチン立ち入り禁止だったのに、料理が大得意。本人は板前さんになりたかったけど、本家だったからダメだったそうだ。仕事ができなくて禁止事項をやりたがるから、周囲からはバッシングの嵐。それでもいつも笑顔だった。誰もがまさか、自殺するとは思ってなかった。けど、死んだ」
「……」
「その次は、俺の叔父。叔父って言っても俺の三つ上だった。叔父が中一の時、川で転落死。事故死として処理されたけど、俺は叔父が日記を書いていたのを知っていたので読んでみた。叔父も非常に明るい性格で、転落する直前まで、家が別だから分かれるまでの間一緒に歩いていた俺は、いなくなっちゃったのが理解できなくて、日記を見たんだ。直近の日記には、あきたあきたあきた退屈だつまらない面倒くさい、そればっかり! さぁ何にあきたのだろうか? 最後の一文。人生がこんなに退屈で面倒だとは思わなかった、とのことだ。俺は大変共感した。だから当時は、遺書だとは思わなかったな。今思えば、おそらくあれも自殺だ。叔父は頭がとっても悪くて何もできないと評判だったけど、絵画だけは、残っているのを今見ても、美術館にあるレベル」
「……」
「次は、母だ。農家の本家にお嫁さんに来て、非常に活発で明るい人だと考えられていた。そして、農家ばっかりの俺の家から、初めて医大に俺が入ったって泣いて喜んでた翌日、車に轢かれた。前日、幸せすぎて死んでもいいと言っていた母は、言葉のとおり、車道に飛び出した。その後一度目を覚ました時にも、幸せだから死んでも良いのとそう言って、もう十分人生を楽しんだのと笑い、翌日亡くなった。母のIQは、後で知ったけど君のお父さんと同じくらいだ。なお俺の父の話によると、前から幸せな時に、もう満足したから死にたいと言っていたそうだ。満足というのとあきるというのは、似たような意味合いでもある」
「……」
「ここまでで、祖父はうつ、叔父は高機能自閉症、母は双極性を疑った。しかしピンとこない。必ず外れる、学部生だから診断ができないのかと考えて、実際に臨床の場に出て何人診ても、違うなという思いが強まるだけだった。それで父と話した。母の三回忌だったから、向こうの親族もいた。話を聞いたら、両方の家系に自殺者が多すぎた。確かに俺の実家は、自殺する人間が多いから呪われていると評判だった。ただの噂だと思っていたら、事実だった。一人も自殺者が出ていない代が無かった。田舎で子供もいっぱい生まれる、というのを考慮しても二人くらいずつ、いっぱい死んでたんだよ、父方。母方は、もうちょっと頻度が少なくて、三十年に一人くらい。それでも平均よりは多い。そして父方の記録は残ってないけど、母方は、比較的その時代にしては珍しく学校に行く人が昔から多かったそうで、調べてみたら、まぁ今よりだいぶ精度も何もかも違うけど、IQを検査した結果的なものが出てきた。全員、高い。特に、自殺者だ。それとなく父にIQを検査する実験の手伝いをして欲しいと言ったら、笑われた。知能検査の結果で呼び出されてしばらくいた会場で母と出会ったそうだ。同じくらいだと言われた。そしてその研究時、祖父も遺伝的な調査で呼ばれ、測定した結果、高かったという。叔父と俺は中学時代に親に言われていた。IQが高い人間が自殺していたんだ。そして、父と話して、特に父が確信した様子で言う。IQと勉強の出来は関係ない。むしろ、出来ることと出来ないことに分かれる。これは、俺が知っている知識とは違った。だけど体感的に父の言葉が正しいことが分かる。可能性として、再度発達障害を疑った。あるいは、学習障害。そうやって調べていたある日、父が言うんだ。頼むから死なないでくれって。もちろん死なないって言った。俺は周囲が自殺しまくっているから、絶対に自分ではやらないと決めていた。そうしたら、その次の日、俺に釘を刺した父が線路に飛び降りた。あとを追うなという意味だったようだね。家に帰ると遺書があり、おそらくだが、という断りつきで書いてあった。少なくとも自分は人生が面倒くさくなって死ぬことにした、特に他に理由はないし、何が面倒なのかも分からない。祖父も叔父も、おそらくそうだ、と。母に関しては少し違うだろうが、俺のせいではないはずだと書いてあった。そして父方の自殺者は、大体、前日まで笑顔で急に死んできたという歴史と、多くの場合、人生に飽きたからか、もう満足したからという理由のみで、死んできたようだと書いてあった。勉強の参考にしてくれ、って。喪主をしながら思ったよ。勉強の参考にしてくれなんて、頭が良い人間が言う? 言わないでしょ。笑いそうになった。それで、俺も面倒になった。なるほど、この感覚かと理解した」
「……」
「一人になって、決めた。母方には跡取りがいない。父方は俺しか生きてない。もう、この代で終わらせるべきだ。だから結婚もしないし子供も作らないことにした。それで院で専門医をとってた時に、調べてる最中にこれを見つけて留学した。なるほどなぁって思った。分かってほっとしたのもあったのか、ふと、俺と同じようにそこで支援を受けていた女性と恋に落ちた。帰国する前に、結婚しようか聞こうと思ってた。そうしたら、幸せすぎて満足だからと言って死んでしまったんだよ。実際には、当時は、向こうですらこれだった。あの当時以下なんだよ、日本は」
「……」
「むしろ、精神障害者一級レベルに認定しちゃって保護して欲しいね、俺としては」
「……」
「俺には病気としか思えない。だけど、高知能で対人関係にも問題がいない部分にしか注目されない。あるいは芸術的センスがある変わり者評価とかね。問題はそこじゃない、できない部分への支援と心的支援、この二つだ。教育して才能を伸ばす観点より、生きていてもらうことのほうが重要だと思う俺は、おかしいのだろうか」
「……」
「そう考えて、もう考えるのが面倒くさいから、もう良いんじゃないかなぁ、勉強もよくしたし死ぬか! こう考えて、またハッとした。おかしいのだろうかとか考えながら、生きていて欲しいとか言いながら、自分が死のうか考えてる。そこで、ああ、結局の所、自分が誰かに生きているように言ってもらいたい、つまり死にたくない、なのに死にたいっていうのがあるんだと気づき、だから他人に対してそう言ってるんだと分かって、高校生レベルの分析で良かったのに、どうして複雑に考えていたのだろうかと笑っちゃったよ」
「……」
「理由はきちんとあるんだ。だけど、難しく考えすぎていて、分からないんだよ。単純に辛いとか悲しいとかそう理解すれば良い出来事があった時、それについて複雑に考えすぎて、考えた結果、満足したりあきたり面倒になったり退屈になって、死んでしまうんだ。だけど、考え事の方に集中してるから、悲しいの一言で済むことを、それこそ辞書一冊分くらいの長さにしてしまう。しかも辞書の内容は、悲しさとかについてじゃなくて、出来事についての辞書なんだ。本人も悲しいなどという事が言いたいんだって分かってない。なので明るいまま、死んじゃう。たった一言訴えて、誰かが一言声をかければ、それで良いのに。だけど本人は訴えないし、病気じゃないから呼べないし、打つ手がない」
「……」
「君は、俺に、自分がどうしたら良いかと聞くけどさ」
「……」
「俺こそどうしたら良いのか分からないんだよ」
「……」
「俺はどうやって君の自殺を止めれば良い? いつ死にたくなるかすら分からないし、話を聞いていても、どれが悲しみなのか推測することにも苦労する。君は常に明るい。その笑顔を見るたびに、いつ死ぬのか怖くなる。政宗くんも全く同じだ。あっちは、お子さんが生まれてから全くそれが無くなったのが救いだけど。君が来るたびに、死なないでねと言えば良いの? だけどそんな事したら、君は逆に、自分が死ぬと思われていると感じて、過敏に反応して、死について深く考えてしまう。死についての辞書を作って、考えるのが面倒になって死んでしまうだろう。俺こそどうして良いか分からないんだよ。そしてその結果、俺も同じなわけだから、考えすぎて面倒になって、最終的に死にたくなる。分かる? 分かるだろうね」
「……」
「俺は何回も何回も何回もこれを繰り返してきて、何人も何人も何人も死んじゃった人を知っている。それが支援者だと言われれば、そうなのかもしれないね」
「……」
「さて、君の意見として、俺はどうしたら良いと思いますか? 教えてください」
「……個人的には」
「うん」
「先生は、理由が無い自殺が無いってことを前提に考えてるけど、それが間違いだと思います」
「……うん?」
「鯨だって陸に激突して自殺しちゃうらしいし、他のお魚も!」
「……」
「私はそれについての専門家じゃないので、勝手な意見ですけど。あのですね、人間には、一定数病気の人が生まれます。そして、一定数、IQの高い人が生まれます。どちらも、人間という種族を発展させることもありますが、不要な場合もあります。あんまり多くは必要ないので、そういう人は、死ぬようにできているんだと私は思います」
「……」
「つまり、理由は、人類の繁栄に、いらないから!」
「……」
「頭が良ければ、それを無意識に理解できるから、死ぬんです!」
「……」
「そして、必要な人は、評価されたり、自分が必要だと分かるから、死なないんです!」
「……」
「死ぬ人は、つまり、先生の言うあれじゃないんです!」
「……」
「生きてる人のみ、死のうと思ったことがあったとしても、ちゃんと生きてる人だけが、あれなんです!」
「……」
「なので、私は、あれではない! ちゃんと生きてません」
「……」
「人格や性格も含めて、行動も含めて、判断すべきで、死ぬ人は、違う!」
「……過程は全然違うけど、そういう理論はあるよ。人格者である点も、含めるかどうか、そういう観点からの理論だけど」
「おおお! そうなんですか! 私は、それがあってると思います!」
「俺が聞きたかったのは、そういうことじゃないんだけどな……うーん……」
「え!? 何が聞きたかったんですか!?」
「もういいよ。愚痴ってごめんね!」
「私でよければいつでも愚痴ってください!」
「ありがとう。けど、うーん、そうかぁ。種の保存……その理屈でいくとさ、できないことがあるっていう点はさ、どうなるの?」
「んー、欠点を超えるレベルなら、学習障害とかを併発してるんじゃないですか? 治療しないと!」
「実際そういう例は、かなりある。けどさ、さっきの君の話だとさぁ、そういう人は、いらないから死ぬべきって聞こえるんだけど」
「いいえ、問題点は理由無き自殺衝動の有無です!」
「……」
「多分先生は、ご家族が頭の良い人が多くて死んじゃった人が多いから、考えすぎてるんです。先生こそ辞書を作ってるんです!」
「……だけど、あれに当てはまりすぎてる。そしてみんな、類似の動機で自殺してる。なら、俺の家族はさ、いらない人だったってこと?」
「先生を生み出すまで必要だった人々なんじゃないでしょうか!」
「どういうこと?」
「ご家族の経緯が無かったら、先生には、この事を知る機会が無かった! そうなってたら、日本はもっと遅れていた! だから日本に先生というこれを知る人を生み出し、必要な人の中で、ただの抑うつ程度で間違って死んじゃったり、だの学習障害と勘違いされちゃったりする人を減らすために、きっと人類が、こうしたんですよ!」
「慰めてくれてるつもり?」
「いえ、ひどいこと言っちゃってて申し訳ない気分です」
「うん、すごくひどい。だって、俺のせいでみんな死んじゃったって事だよね」
「その辛さを知ること、知らせることも含めて! 先生に、必要な人をいっぱい助けろって意味で、不要になったから死んだんです! 最後に辛さを教えるのまでが、必要な部分だったんです! 大切な人と必要な人は違うんです! 生きてて欲しい人と必要な人も違うんです! それと、世の中には生きなきゃいけない人もいるんです! 死にたくても生きないとダメな人もいるんです! それは多くの場合、必要な人でもあります! それと要不要は才能の有無でもないです! IQの問題でもないです! 精神や身体の何らかの病気や生活苦などその他の理由以外で死を突発的に選ぶ人は、絶対一定数います! 増えすぎたら大問題です! ただでさえ人口増えてるのに! 先生はたまたまその一定数の中に、頭の多い人を見出しちゃっていて、そこで辞書作ってるから、支援が必要な人と、死んじゃってOKな人の区別もついてないんです! そして死んじゃってOKな人も、自分が死んでOKだって発見できるんできるんだから、それなりに頭が良いため、分かりにくいんですよ、きっと! つまり私は頭が比較的良いようなので、死んでも良いと気づいただけで、それは生命の神秘なので、別に死んでも気にすることは無いんです! そもそものお話として、先生は私の自殺を止める必要なんてないんです! そして私の死を阻止することで、自分自身を救済している感覚になるんなら、先生は別の誰かに『死なないで』って言ってもらうお願いをして、きちんと自分を助けてあげた方が良いです!」
「要不要はどこで判断するの?」
「突発的に理由なく自殺しちゃうかどうかです!」
「死ぬ前に判断するにはどうしたら良いの?」
「先生は、それを研究するんです! 死を阻止するんじゃなくて、どの人が、必要なのか研究するんです! 死を阻止するのは、先生じゃなくても大丈夫です! 先生は、そこを支援しなくて良いと思うんです!」
「それって、何か意味があるの?」
「日本がより発展していきます!」
「できれば俺としては、みんなが生きやすい環境になるように発展して欲しいんだけど」
「じゃあきっとそうなりますよ! そのために、不要な人はどんどん死んで、先生にこの国は、生きるのにはあんまり向いてないって教える役を果たして、不要になってから死んで行くんです!」
「この人に生きやすい国になって欲しいって思った時には、もうその人がいないんじゃさ、意味がない」
「私、歴史の授業はあんまり好きじゃなかったけど、人類の歴史はその繰り返しだったような気がします! つまりこれに関して、先生はきっと歴史に名前を残すんですよ、日本で! いつか教科書に名前が載ります! 悲しくても、先生は生きてる! 生きてきた! これからも生きて! 生き続けて! 寿命が来る前くらいに教科書を沢山出して、死ぬんです!」
「俺もういっぱい著書あるから……この関連の」
「え」
「ってことは、もう、良いかな? 俺疲れた」

 どうしよう、先生が笑い出してしまった。吹き出している。



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