50 / 80
【50】就職
しおりを挟む
こうして無事に卒業し、卒業旅行に行った。
卒業式で袴を履いたら、サクラ大戦って言われて怒った記憶がある。
確かに似てるやつだったけどさ! ブーツ可愛かったのに、サクラ大戦!?
サクラ大戦ってブーツなの!?
と、何故か怒ったのだが、今思えば怒った理由がわからない。
鏡花院先生との面談は、月に一回やることになった。
CIAである上村先生や、会った記憶が一回も無いけどお世話になった高崎先生は、私から目を離すことになったし、海外の先生は、今年からまた海外に行くそうだった! 珍しく長くいたのは講義のためではなく、私の観察のためだったそうで、いつもあの大学でお金を貯め(給料が良い)、それ以外は、海外にいるのだという。
さて、最初の三ヶ月は、徹底的にビジネスマナー(電話の取り方とか名刺の渡し方とか)やらを教えられた。同時進行で、配属部署ごとの本による勉強が始まった。マーケティングのお勉強をさせられた。
ものすごくつまんない上に、もう知っていることばっかりだったので、正直適当にやっていた。外語大卒の実継ちゃんと、オタクの青田くんは、私と同じマーケティングのところに配属された。
青田くんは、本人も私もシステムだと思っていたから意外だったが、SQLが得意だからであるらしかった。実継ちゃんも、英語も得意だから、SQLをすぐに覚えられそうという理由でここだった。
二人は初めて触れるマーケティングの面白さに感動していたが、私にはいまだに理解できない。予習復習というか、家で関連の本を読んでいると語る二人に、やっぱり真面目な大学を出た人は違うんだなぁと私は思った。
私はといえば、その頃は、小説は二時間と決まっていたので、残りはPHPを覚えて遊んでいた。国内映画にあんまり興味が無かったのである。
マーケティングとマナー等の研修が終わると、次の三ヶ月でSQLの勉強が始まった。私が面接でもらった本が教科書だった。もう一回やったことがあるので、すぐに終わらせ、勝手に適当にSQLを書いて遊んでいた。
教えてくれた先輩は、凪さんという。凪さんは、そんな私に対して、いつも面白い遊びを提案してくれた。クイズやなぞなぞを出したのである。私はそれに答えて、星占いをSQLで作ったりしていた。家では何してるのと聞かれたから、PHPだって答えたら、そっちの問題も出してくれた。この人は、青田くんと同じ大学出身の、システムの人である。
そっちでも星占いを作った。多分雑談で、私が占いをやって当たった話をしたからだと思う。私と違い真面目な二人は、真剣に本と向き合っていた。なお、もっと人はいっぱいいたのだが、私がいつも、この二人と一緒にいたというだけである。
こうして半年ほどたち(時期と学習内容はフェイク入ってます)、企画会議に出ることになった。初会議だ! 営業の人とシステムの人と、この部署の先輩とともに、先方の会社へとお出かけしたのである。事前に社内では、既存システムについては聞いていた。緊張しながら行き、名刺を渡すところまでは楽しかった。
だがすぐにあきた。メモ魔なのでメモはとっていたのだが、すごくつまらなかったのだ。システムの大きな改修をし、そこにマーケティング特化の新たな機能をぶち込むお話である。それで、中でも特定商品について、じっくり見るというお話だった。
もうすでに、大人気といっても良いくらい流行っていた! つまんないなぁと思いながら聞いていた私が、やっと興味を持ったのは、システムの新デザインを見た瞬間である。か、かっこいい! 感動し、私はじっくりと眺めた。
緊張したねとか面白かったねとか話しながら帰社して、私は残ってなんか確認すると言い出した二人と別れ、自宅でWebデザインのお勉強を開始した。ユーザビリティとやらを覚えた記憶がある。その辺で、やっと本格的にHTMLとCSSの書き方というか、書く順番を覚えた。
それまでは、見た目がOKならいいやって思っていたのだが、わかりやすく書くことを覚えたのである。そうして過ごしていたら、子会社から、デザインと基本的な中身が届いた。わくわくしていた私は、またつまらなくなった。
似てるけど会議で見たのと違ったのだ! まだ初期だからなのかと思ってみていたのだが、一ヶ月してもそのままだった。しかもほかの人は良く出来てるとかいうのだ。頭がおかしい。
そう思いながら、オカルトにしか思えないマーケティング理論によるお水の分析案の会議に参加していた。そんなんで動向わかったら奇跡だろとか思いながら見ていた。もちろん、全部笑顔だ。一言も、システムやマーケティングの悪口は言わなかった。
だけど口を開いたら罵詈雑言しか出てこないので、黙っていた。私と違い、二人の新人同僚は積極的に発言して褒められていた。羨ましくなかった! この二人も頭がおかしいだけだったのだ! この会社は、早めに辞めたほうがいいなぁと思った。潰れると思ったのだ!
そんなある日、ふらっと結城さんが顔を出した。
別の仕事をしていた彼は、しばらくこちらの様子を見ていた。その後、私に言った。
「雛辻さん、副社長と社長にぶちかました理論と違うっぽいけど、このマーケティング方法で納得してるの? あと俺が提案した、君が大得意の統計案とそのSQL化と全く違うけど、どういうつもり? どうするの? もうちょっとしたら、新機能の開発、始まっちゃうよ! 仕切るの得意なくせに黙ってるって、どうしたのー?」
みんなの視線が集まり、私は恥ずかしくなってしまった。
どうしようかと思っていたら、結城さんが、みんなのPCに、資料を配った。
私が大演説しちゃった方法の簡単なのと、統計の内容の簡単な説明が載っていた。
「つぅか正仲、雛辻さんの提案、先に通しておいたよな。なんで話してないの?」
「結城さぁん。自分から発言してこない新人なんて使えないでしょ?」
正仲さんというのは、この企画の一番偉い人だった。
結城さんの直属の部下である。結城さん、実は結構偉い人だったのだ!
「まぁな。そこは俺も意外。雛辻さん、なんで黙ってたの?」
「この会社、潰れると思って!」
知ってる結城さんがいたから、本音が出てしまった。
「――どういう意味?」
「だって、この企画、成功する要素ないから! どうせ潰れるなら、黙って穏便に済まそうと思ったんです! そもそも、一ヶ月も経つのに、システムのデザインも変なままだし、多分CSS変だし、動き的にPHPも変だし! SQL以前の問題だから改修も上手くいきません! きっと賠償金を請求されて潰れちゃうんだー!」
私が半泣きで言うと、結城さんが吹いた。文字通り吹き出した。
「一個ずつ、話そう。デザインが変って、どういうこと?」
「最初に会議で見たのは格好良かったのに、こっちは格好悪いです!」
「っく、あはは」
「どうして最初の案の通りじゃないのに、みんなステキステキ言ってるのか理解できないです! ちょっと直せば良いだけなのに!」
「直せるの?」
「あたりまえじゃないですか! あんなの誰にだって直せます!」
「よし、ちょっと直してみようか! 正仲、お前らはそれ熟読」
「はーい」
こうして大笑いしている結城さんに連れられて、私は半泣きのまま、システムのところに連れて行かれた。そしてCSSを見て泣き止んだ。怒りがわいてきた。なんだこの書き方は! 個人の癖レベルじゃないぞ! 激怒しながら、汚いCSSを綺麗に書き直した後、見た目をちゃんとした。仕上がり満足した私は、結城さんに振り返った。
「ほら! 綺麗になった! しかも動作も軽くなった!」
結城さんはずっと笑っていた。声をこらえる感じで、唇を手で押さえていた。
「あと、PHPも、なんだっけ? そっちもできる?」
「あたりまえじゃないですか! 見てて!」
怒っていたので敬語も忘れ、私は直した。
こっちはすぐ直った。
「なんでこんなの直さないんですか! ね!? 潰れる!」
そうしたらゲラゲラ笑った後、結城さんが教えてくれた。
「普通はさ、デザイン案の通りにはならないんだよ。あれ、画像でイメージ作ってるだけだからさぁ。最初のレベルで良かったの。あはは。確かにね。うんうん。こっちのほうが忠実だし、格好良いね」
「え」
「PHPはねぇ、俺詳しくないから直したところ分からないけど、動き見る限り、新機能の部分だから、仕様書をPGが勘違いして読み取って作ったんじゃない」
「でも誰も変って言わなかったです! PGの人は間違って読んじゃったとしても、間違って読んじゃうような資料作ったり、変だって分かってるのに直してもらわないなんて、やっぱりこの会社は潰れます!」
「あはは。正論すぎる」
「潰れても失業保険って出るんですか!?」
「どうだったかなぁ。でもまぁ、潰れない潰れない」
再び半泣きになった私の前で、結城さんはお腹を抱えて笑っていた。
「君、企画会議でたじゃん? そこで、システムについて見たんでしょう?」
「はい!」
「だけどね、出てたシステムの人間も、多分その時、勘違いしちゃったの。だから、仕様書※、変っていうか、勘違いした状態で作っちゃったの。それが出来上がってきたから、変だって気付かなかったの」
「専門の部署の人がそんなんじゃやっぱり潰れちゃうじゃないですか!」
「ほら、実際に使う人と、作る人じゃさ、使い方の理解が違う場合があるじゃない? 君は使う側の観点だったんだよ。それは貴重な観点だから、これからも変なところを見つけたら、どんどん言うんだよ! 君が言ってあげないと、変だって分からないままお客さんに出して、後で怒られちゃうから! そうなったら、潰れるかもね! でも、君がちゃんと教えてあげれば、潰れないよ! だから泣かないで!」
私は涙をぬぐいながら頷いた。本当に潰れないのか半信半疑だった。
真面目に会社というものが分からなかったのである。
――なお、結城さんから、システムのところで、結城さんと同じくらい偉い人のところにこの話が伝わり、システムの人全員が、他の部門の新人に指摘されるなんて無能の集まりなのかと大激怒されたらしい。
また、システムの人々は、私が大人しくて優しい人だと思っていたらしく、また、SQL以外どころかSQLも分からないと確信していたそうで、驚いたらしい。
逆に私は、システムの人は全員プログラムが出来ると思っていたが、そんなことはなかった! プログラマさんは、別の会社にいるのであった!
だからその後も他の変なところを伝えても、しばらく直らなくて、私は、本当に潰れないのか、何度も何度も聞いてしまった。今度は、システムの人に! その頃には、私は、その部署の人にも笑われる存在になっていた。ひどい話である。私は真面目だったのに!
まぁすっきりしたので、マーケティングの方に戻った。
すると正仲さんが腕を組んでいた。
そしてちらっと結城さんの方を見た後、私に視線を向けた。
「一応、雛辻の口から説明して」
「は、はい!」
緊張感が戻ってきた。だってこの会議の上司だし!
ということで、敬語は維持しつつ、主に副社長の前で熱弁したことを語り、それから統計について話した。
すると沈黙が流れた。却下ということだろうかと思っていると、正仲さんがじーっと私を見た。
「難しくてさっぱり分からん。もっと簡単に言ってくれ」
ちょっと考えたあと、二つとも一言にまとめた。
「いや、待て。今度は簡単すぎて分からないから!」
「え」
「結城さんは分かってるんですか?」
「まぁ一応ねぇ。統計はほぼ俺の案だし。ただ、マーケティングの方は、社長しか完璧には分かんないかも。俺も完璧に理解してるとは言えない気がする」
「じゃあちょっと通訳お願いして良いですか?」
「資料で通訳してあるだろ?」
「随分と簡単な通訳で、困っちゃってまして。雛辻の辞書ないんすか?」
「あったら俺が欲しいっつの」
なんだか悪口を言われた気がした。
するとボソっとシステムからこっちに出向中であった凪さんが言った。
「この資料、簡単な通訳なんですか?」
「そーだよ」
頷いた結城さんを、凪さんが一瞥した。
「SQLとPHPとHTMLとCSSとデザインが出来て、統計も出来て、すごく難しいマーケティングが出来て、貴方方にも解読するための辞書が必要な人物って、政宗さんくらいじゃないんですか?」
「――そうそう。まさにアレ系」
凪さんが沈黙した。私は、誰それ、って思いながら聞いていた。
その後結城さんが、間違っていたら言ってね、と口にしてから、通訳してくれた。
正仲さんが、なるほどと聞いていた。
私は十五回くらい間違っているところを指摘した。
気づけば私たち三人しか喋っていなかった。
「じゃ、それで行きますか」
こうして、マーケティングの手法が変わった。
なんとか潰れないで済みそうだと思っていたら、そのままシステム部に連れて行かれた。
要件定義書を書けというのだ。
「それはシステムのお仕事です! そもそも書き方を知りません!」
「はいこれフォーマット」
結城さんに笑顔でエクセルの見本をいくつか渡された。
半泣きで書いてみた。
これは、システムの人が、何度か直すのを手伝ってくれた。
プログラムは出来なくても、彼らは要件定義書を書くのはプロだったのだ!
こうしてなんとか完成した要件定義書は、無事に子会社へと送られていった。
それからまたマーケティングの所に戻ると、もう帰って良い時間だった。
なので帰宅準備を始めようとすると、正仲さんに呼び止められた。
「さっきのマーケティングの方法、資料化しといて。明日の朝、あれで会議するから」
「え!? もう帰る時間です! しかも過ぎてます!」
「いやぁ、でも明日、十時に会議だからさぁ。お前以外作れないしなぁ。どうしようなぁ」
「そもそも資料の作り方も知りません!」
「これ見本。内容作れ、とりあえず。形は、俺が整えてやるから」
このようにして、私は初めての残業をすることになった。
泣きそうになりながら作った。
今思えば、残業なんて、あの程度で呼んじゃうのは、可愛いレベル程度のお時間である。
十時頃には帰れたから!
こうして資料の作り方も、私は学んだ。
卒業式で袴を履いたら、サクラ大戦って言われて怒った記憶がある。
確かに似てるやつだったけどさ! ブーツ可愛かったのに、サクラ大戦!?
サクラ大戦ってブーツなの!?
と、何故か怒ったのだが、今思えば怒った理由がわからない。
鏡花院先生との面談は、月に一回やることになった。
CIAである上村先生や、会った記憶が一回も無いけどお世話になった高崎先生は、私から目を離すことになったし、海外の先生は、今年からまた海外に行くそうだった! 珍しく長くいたのは講義のためではなく、私の観察のためだったそうで、いつもあの大学でお金を貯め(給料が良い)、それ以外は、海外にいるのだという。
さて、最初の三ヶ月は、徹底的にビジネスマナー(電話の取り方とか名刺の渡し方とか)やらを教えられた。同時進行で、配属部署ごとの本による勉強が始まった。マーケティングのお勉強をさせられた。
ものすごくつまんない上に、もう知っていることばっかりだったので、正直適当にやっていた。外語大卒の実継ちゃんと、オタクの青田くんは、私と同じマーケティングのところに配属された。
青田くんは、本人も私もシステムだと思っていたから意外だったが、SQLが得意だからであるらしかった。実継ちゃんも、英語も得意だから、SQLをすぐに覚えられそうという理由でここだった。
二人は初めて触れるマーケティングの面白さに感動していたが、私にはいまだに理解できない。予習復習というか、家で関連の本を読んでいると語る二人に、やっぱり真面目な大学を出た人は違うんだなぁと私は思った。
私はといえば、その頃は、小説は二時間と決まっていたので、残りはPHPを覚えて遊んでいた。国内映画にあんまり興味が無かったのである。
マーケティングとマナー等の研修が終わると、次の三ヶ月でSQLの勉強が始まった。私が面接でもらった本が教科書だった。もう一回やったことがあるので、すぐに終わらせ、勝手に適当にSQLを書いて遊んでいた。
教えてくれた先輩は、凪さんという。凪さんは、そんな私に対して、いつも面白い遊びを提案してくれた。クイズやなぞなぞを出したのである。私はそれに答えて、星占いをSQLで作ったりしていた。家では何してるのと聞かれたから、PHPだって答えたら、そっちの問題も出してくれた。この人は、青田くんと同じ大学出身の、システムの人である。
そっちでも星占いを作った。多分雑談で、私が占いをやって当たった話をしたからだと思う。私と違い真面目な二人は、真剣に本と向き合っていた。なお、もっと人はいっぱいいたのだが、私がいつも、この二人と一緒にいたというだけである。
こうして半年ほどたち(時期と学習内容はフェイク入ってます)、企画会議に出ることになった。初会議だ! 営業の人とシステムの人と、この部署の先輩とともに、先方の会社へとお出かけしたのである。事前に社内では、既存システムについては聞いていた。緊張しながら行き、名刺を渡すところまでは楽しかった。
だがすぐにあきた。メモ魔なのでメモはとっていたのだが、すごくつまらなかったのだ。システムの大きな改修をし、そこにマーケティング特化の新たな機能をぶち込むお話である。それで、中でも特定商品について、じっくり見るというお話だった。
もうすでに、大人気といっても良いくらい流行っていた! つまんないなぁと思いながら聞いていた私が、やっと興味を持ったのは、システムの新デザインを見た瞬間である。か、かっこいい! 感動し、私はじっくりと眺めた。
緊張したねとか面白かったねとか話しながら帰社して、私は残ってなんか確認すると言い出した二人と別れ、自宅でWebデザインのお勉強を開始した。ユーザビリティとやらを覚えた記憶がある。その辺で、やっと本格的にHTMLとCSSの書き方というか、書く順番を覚えた。
それまでは、見た目がOKならいいやって思っていたのだが、わかりやすく書くことを覚えたのである。そうして過ごしていたら、子会社から、デザインと基本的な中身が届いた。わくわくしていた私は、またつまらなくなった。
似てるけど会議で見たのと違ったのだ! まだ初期だからなのかと思ってみていたのだが、一ヶ月してもそのままだった。しかもほかの人は良く出来てるとかいうのだ。頭がおかしい。
そう思いながら、オカルトにしか思えないマーケティング理論によるお水の分析案の会議に参加していた。そんなんで動向わかったら奇跡だろとか思いながら見ていた。もちろん、全部笑顔だ。一言も、システムやマーケティングの悪口は言わなかった。
だけど口を開いたら罵詈雑言しか出てこないので、黙っていた。私と違い、二人の新人同僚は積極的に発言して褒められていた。羨ましくなかった! この二人も頭がおかしいだけだったのだ! この会社は、早めに辞めたほうがいいなぁと思った。潰れると思ったのだ!
そんなある日、ふらっと結城さんが顔を出した。
別の仕事をしていた彼は、しばらくこちらの様子を見ていた。その後、私に言った。
「雛辻さん、副社長と社長にぶちかました理論と違うっぽいけど、このマーケティング方法で納得してるの? あと俺が提案した、君が大得意の統計案とそのSQL化と全く違うけど、どういうつもり? どうするの? もうちょっとしたら、新機能の開発、始まっちゃうよ! 仕切るの得意なくせに黙ってるって、どうしたのー?」
みんなの視線が集まり、私は恥ずかしくなってしまった。
どうしようかと思っていたら、結城さんが、みんなのPCに、資料を配った。
私が大演説しちゃった方法の簡単なのと、統計の内容の簡単な説明が載っていた。
「つぅか正仲、雛辻さんの提案、先に通しておいたよな。なんで話してないの?」
「結城さぁん。自分から発言してこない新人なんて使えないでしょ?」
正仲さんというのは、この企画の一番偉い人だった。
結城さんの直属の部下である。結城さん、実は結構偉い人だったのだ!
「まぁな。そこは俺も意外。雛辻さん、なんで黙ってたの?」
「この会社、潰れると思って!」
知ってる結城さんがいたから、本音が出てしまった。
「――どういう意味?」
「だって、この企画、成功する要素ないから! どうせ潰れるなら、黙って穏便に済まそうと思ったんです! そもそも、一ヶ月も経つのに、システムのデザインも変なままだし、多分CSS変だし、動き的にPHPも変だし! SQL以前の問題だから改修も上手くいきません! きっと賠償金を請求されて潰れちゃうんだー!」
私が半泣きで言うと、結城さんが吹いた。文字通り吹き出した。
「一個ずつ、話そう。デザインが変って、どういうこと?」
「最初に会議で見たのは格好良かったのに、こっちは格好悪いです!」
「っく、あはは」
「どうして最初の案の通りじゃないのに、みんなステキステキ言ってるのか理解できないです! ちょっと直せば良いだけなのに!」
「直せるの?」
「あたりまえじゃないですか! あんなの誰にだって直せます!」
「よし、ちょっと直してみようか! 正仲、お前らはそれ熟読」
「はーい」
こうして大笑いしている結城さんに連れられて、私は半泣きのまま、システムのところに連れて行かれた。そしてCSSを見て泣き止んだ。怒りがわいてきた。なんだこの書き方は! 個人の癖レベルじゃないぞ! 激怒しながら、汚いCSSを綺麗に書き直した後、見た目をちゃんとした。仕上がり満足した私は、結城さんに振り返った。
「ほら! 綺麗になった! しかも動作も軽くなった!」
結城さんはずっと笑っていた。声をこらえる感じで、唇を手で押さえていた。
「あと、PHPも、なんだっけ? そっちもできる?」
「あたりまえじゃないですか! 見てて!」
怒っていたので敬語も忘れ、私は直した。
こっちはすぐ直った。
「なんでこんなの直さないんですか! ね!? 潰れる!」
そうしたらゲラゲラ笑った後、結城さんが教えてくれた。
「普通はさ、デザイン案の通りにはならないんだよ。あれ、画像でイメージ作ってるだけだからさぁ。最初のレベルで良かったの。あはは。確かにね。うんうん。こっちのほうが忠実だし、格好良いね」
「え」
「PHPはねぇ、俺詳しくないから直したところ分からないけど、動き見る限り、新機能の部分だから、仕様書をPGが勘違いして読み取って作ったんじゃない」
「でも誰も変って言わなかったです! PGの人は間違って読んじゃったとしても、間違って読んじゃうような資料作ったり、変だって分かってるのに直してもらわないなんて、やっぱりこの会社は潰れます!」
「あはは。正論すぎる」
「潰れても失業保険って出るんですか!?」
「どうだったかなぁ。でもまぁ、潰れない潰れない」
再び半泣きになった私の前で、結城さんはお腹を抱えて笑っていた。
「君、企画会議でたじゃん? そこで、システムについて見たんでしょう?」
「はい!」
「だけどね、出てたシステムの人間も、多分その時、勘違いしちゃったの。だから、仕様書※、変っていうか、勘違いした状態で作っちゃったの。それが出来上がってきたから、変だって気付かなかったの」
「専門の部署の人がそんなんじゃやっぱり潰れちゃうじゃないですか!」
「ほら、実際に使う人と、作る人じゃさ、使い方の理解が違う場合があるじゃない? 君は使う側の観点だったんだよ。それは貴重な観点だから、これからも変なところを見つけたら、どんどん言うんだよ! 君が言ってあげないと、変だって分からないままお客さんに出して、後で怒られちゃうから! そうなったら、潰れるかもね! でも、君がちゃんと教えてあげれば、潰れないよ! だから泣かないで!」
私は涙をぬぐいながら頷いた。本当に潰れないのか半信半疑だった。
真面目に会社というものが分からなかったのである。
――なお、結城さんから、システムのところで、結城さんと同じくらい偉い人のところにこの話が伝わり、システムの人全員が、他の部門の新人に指摘されるなんて無能の集まりなのかと大激怒されたらしい。
また、システムの人々は、私が大人しくて優しい人だと思っていたらしく、また、SQL以外どころかSQLも分からないと確信していたそうで、驚いたらしい。
逆に私は、システムの人は全員プログラムが出来ると思っていたが、そんなことはなかった! プログラマさんは、別の会社にいるのであった!
だからその後も他の変なところを伝えても、しばらく直らなくて、私は、本当に潰れないのか、何度も何度も聞いてしまった。今度は、システムの人に! その頃には、私は、その部署の人にも笑われる存在になっていた。ひどい話である。私は真面目だったのに!
まぁすっきりしたので、マーケティングの方に戻った。
すると正仲さんが腕を組んでいた。
そしてちらっと結城さんの方を見た後、私に視線を向けた。
「一応、雛辻の口から説明して」
「は、はい!」
緊張感が戻ってきた。だってこの会議の上司だし!
ということで、敬語は維持しつつ、主に副社長の前で熱弁したことを語り、それから統計について話した。
すると沈黙が流れた。却下ということだろうかと思っていると、正仲さんがじーっと私を見た。
「難しくてさっぱり分からん。もっと簡単に言ってくれ」
ちょっと考えたあと、二つとも一言にまとめた。
「いや、待て。今度は簡単すぎて分からないから!」
「え」
「結城さんは分かってるんですか?」
「まぁ一応ねぇ。統計はほぼ俺の案だし。ただ、マーケティングの方は、社長しか完璧には分かんないかも。俺も完璧に理解してるとは言えない気がする」
「じゃあちょっと通訳お願いして良いですか?」
「資料で通訳してあるだろ?」
「随分と簡単な通訳で、困っちゃってまして。雛辻の辞書ないんすか?」
「あったら俺が欲しいっつの」
なんだか悪口を言われた気がした。
するとボソっとシステムからこっちに出向中であった凪さんが言った。
「この資料、簡単な通訳なんですか?」
「そーだよ」
頷いた結城さんを、凪さんが一瞥した。
「SQLとPHPとHTMLとCSSとデザインが出来て、統計も出来て、すごく難しいマーケティングが出来て、貴方方にも解読するための辞書が必要な人物って、政宗さんくらいじゃないんですか?」
「――そうそう。まさにアレ系」
凪さんが沈黙した。私は、誰それ、って思いながら聞いていた。
その後結城さんが、間違っていたら言ってね、と口にしてから、通訳してくれた。
正仲さんが、なるほどと聞いていた。
私は十五回くらい間違っているところを指摘した。
気づけば私たち三人しか喋っていなかった。
「じゃ、それで行きますか」
こうして、マーケティングの手法が変わった。
なんとか潰れないで済みそうだと思っていたら、そのままシステム部に連れて行かれた。
要件定義書を書けというのだ。
「それはシステムのお仕事です! そもそも書き方を知りません!」
「はいこれフォーマット」
結城さんに笑顔でエクセルの見本をいくつか渡された。
半泣きで書いてみた。
これは、システムの人が、何度か直すのを手伝ってくれた。
プログラムは出来なくても、彼らは要件定義書を書くのはプロだったのだ!
こうしてなんとか完成した要件定義書は、無事に子会社へと送られていった。
それからまたマーケティングの所に戻ると、もう帰って良い時間だった。
なので帰宅準備を始めようとすると、正仲さんに呼び止められた。
「さっきのマーケティングの方法、資料化しといて。明日の朝、あれで会議するから」
「え!? もう帰る時間です! しかも過ぎてます!」
「いやぁ、でも明日、十時に会議だからさぁ。お前以外作れないしなぁ。どうしようなぁ」
「そもそも資料の作り方も知りません!」
「これ見本。内容作れ、とりあえず。形は、俺が整えてやるから」
このようにして、私は初めての残業をすることになった。
泣きそうになりながら作った。
今思えば、残業なんて、あの程度で呼んじゃうのは、可愛いレベル程度のお時間である。
十時頃には帰れたから!
こうして資料の作り方も、私は学んだ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる