22 / 80
【22】学閥
しおりを挟む
心理学準備室に行くと、いつもいる助手の人の他に上村先生がいた。
上村先生は、普段は自分の教授室にこもりっきりという話なので、ここにいるのを初めて見た。私は、行動分析の先生にちょくちょく呼ばれてきていたので、ここにいる人々を結構知っていた。他には、顔だけ知っている認知の先生もいた。
また、海外での研究と日本での活動を繰り返している、心理士とPSW両方の資格を持っている教授もいた。この人の専門は、人格検査だ。質問紙関係でちょっと有名な人である。この時は、顔も知らなかった。ただなんか、教授っぽいと思った。
もうひとり、統計の先生がいた。論文関係で、うちの心理学科では、統計学が三年次の必修だったのである。統計の先生は、見たことがあったので知っていた。実は、簡単なプログラミングを一年次にも三日だけやるのだ。
「あ、雛辻さん! 偶然だね!」
入るとすぐに、上村先生に言われた。ぐ、偶然……?
とりあえず、お久しぶりですと挨拶をしてみた。
「先生方、雛辻さんのこと知ってる?」
上村先生がニコニコしながら喋りだした。
「雛辻さんは、先生方のこと知ってる? 今日は、僕が久しぶりにここに顔だすって言ったら、みなさん来てくれたんだよ」
「あ、ええ、お世話になっておりますので……」
その時、行動分析の先生がなにか言おうとしたのだが、上村先生は無視した。
そして喋りだした。
「雛辻さん、すごい高校の卒業生なんだってね。いやぁ、僕の講義の時も本当に優秀だと思ったけど、あの学校から来たんなら当然だよね。ううん、高校は関係ないか。雛辻さん自身が優秀なんだな。完璧なレポートだった」
上村先生が話しを盛った。私は優秀ではない。適当な作文を提出したのと、一回も休まなかっただけだ。
「――ええ、面接して合格させたのは私なので、あの高校から受験者が来るとは思っていませんでしたよ」
行動分析の先生が、言った。すると上村先生が満面の笑みで続けた。
「さすが見る目ありますね! いやぁ、まさかうちの大学病院の高崎教授の後輩とはなぁ。それもご存知だったんですか?」
「え」
行動分析の先生が、本当に「え」と言った。よく覚えている。
私は、高崎教授というのが誰なのか、さっぱり知らない。
「雛辻さんの親族の経営している病院の、たしか伯母さまだったかな? そのお祖父様と高崎先生は、医大で同窓だったそうで、今でもとても親しいそうですよ。学会の度に飲んでるみたいで」
そういえば、伯母さんの家族にもお医者さんがいると聞いたことはある。
「高崎教授の。それは、じゃあとても優秀な高校なんですね」
なんだか海外にいっぱい行っている先生が話し始めた。聞いていた限り、なんだか高崎教授という人は、とてもすごい人のようだった。全く知らないので、何とも言えないが。ただ、なぜなのかこれを知ったあと、行動分析の先生は、黙ってしまった。
「だけど、どうしてこの大学に?」
海外の先生の言葉に、上村先生がニコニコした。今まで以上にだ。
「皆川教授にどうしても習いたかったんだって」
犯罪心理学の引退する先生の名前である。というか、第一この志望理由など、高校時代の先生の一部しか知らないのに、なぜ上村先生が知っているのだろうか。私は混乱していた。
そうしたら、そういう理由で大学を選ぶ学生がいることは本当に貴重で大変素晴らしいと褒められた。海外の先生と上村先生と統計の先生と認知の先生と、近くにいた助手の人に。みんな滑り止めで受けるしと、言い合って笑っていた。
教授陣は皆良い大学の出身だったりする。私大なんてそんなものだ。
行動分析の先生だけは、ずっと黙っていた。
「しかも僕の大学の同級生が二人も雛辻さんと同じ高校の出身でさぁ。懐かしくて色々話してたら、共通の知人もいてね。ほら、あそこの某精神療法の先生、あの日野先生ならよく知ってるでしょ? あの先生と雛辻さんの先輩のお祖父様が同窓なんだって――皆鷹先生も。ほら、児童専門の! 知ってる?」
「え、ええ。日野先生は私の恩師ですし……無論、皆鷹先生も存じてます……」
なんだか、この時、認知の先生の顔色が少し変わった気がした。
「皆鷹先生といえば、人格検査の権威でもありますよね。私もスイスでご一緒したことがありますよ」
海外の先生が、そこから皆鷹先生という人について語り始めた。
私には、何一つ意味がわからない話だった。
「あとね、大学時代の同級生の話だと、雛辻さん、本当はすっごく理系なんだって。医大蹴ってこっちにきたくらい犯罪心理に興味あって、それで実際にやってみて今は、もっと深く人間の内面に関して興味が出てきたみたいだよ。行動とか認知とか社会心理方面じゃなくて。数学得意なのに、数値判断や目に見える行動や知覚じゃなくて、って、面白い人だよね」
上村先生がそんなことを言った。この瞬間に、行動分析の先生と認知の先生が、完全に硬直したのが分かった。
「それでも様々なことを学びたいから、色々な講義とってたみたいだね。ここは基礎を重視してる大学だし、本望だよ。専攻する気はないけど、行動分析はすごく面白いって、帰省するたびに言ってたんだって。あとは、何より、先生の人柄が大好きだって言ってたよ」
そんなことを帰省時に言ったことは一度もない。しかし、その言葉で、少しだけ行動分析の先生の表情が、明るくなった。
「ああ、なるほど。理系なのはわかる気がしますよ。プログラム、一人だけ、紙みて五分で終わってましたもん。他の連中は、全くダメ。この大学、やばいですよ」
ため息混じりに統計の先生が言った。確かにこれは事実だが、単純に私が昔からパソコンをやっていたから、ちょっと出来ただけであり、別に私はプログラミングが得意ではない。むしろ、数学と違って、答えが勝手に出てしまうので、機械で統計するのは嫌いだ。
「あと、聞いた話、編入の誘い来てるみたいだね。ひとつは、あそこ。ほら、教育学方面からの――」
上村先生の続けた言葉に、私は驚いた。別に誘われていない。だが、その大学名は、おばあちゃん先生の弟子がいるのため、おすすめだと言われていただけだ。しかし、地元の人には誰にも話していないのに、どうしてここで話題に出たんだろう。
「それともう一箇所は、あっちの社会心理方面のさぁ」
続いた言葉に、今度は完全に私の聞いたことのない話だった。
「警察関連の犯罪心理系じゃ一番向いてる大学はあそこだし、雛辻さんが興味ある犯罪者の内面みたいなのも、鑑定する機関への就職率も高いからねぇ。専門的にやるんならあそこも編入はありだよ。けどさ、せっかくここに来てくれたのに、とられるのいやだよねぇ」
上村先生が苦笑した。私は、先生はもしや、嘘をついているのではないかと考えていた。だって変だ。そんな話聞いたこともない。
「同級生の話も聞きたいし、何より引き止めたいし、それに僕の講義を真剣に聞いてくれる優秀で貴重な学生だし、しばらく個人的に話したいんだ。だから、この曜日、雛辻さん、良かったら僕の教授室来ない? その日、行動の部屋通ってたってちらっと聞いたけど、僕その日しか開けられないんだよね。先生は、良いよね?」
その言葉に、行動分析の先生は、少し思案するような表情の後頷いた。
「じゃ、行こうか」
私に、「良ければ」と言ったのだが、そのまま私は上村先生に連れられて、心理学準備室を出た。そして、本来は心理学関連はこの付近に教授室があるのだが、本館の一番上の階の、ものすごく広い、上村先生のお部屋に連れて行かれた。
「まぁ座って」
お茶を入れながら、上村先生に言われた。
受け取りお礼を言ってから、私は聞いた。
「あの、何時に来ればいいんですか? 来週からですか?」
「ああ、いいよ、来たかったら来てもいいけど、来なくて大丈夫。今日だけでいい」
上村先生が吹き出した。だが私は、笑う気分ではなかった。
なにがどうなったのか、さっぱりわからなかったのだ。
その後、先生が色々教えてくれた。
なんでも、「直弟子だ、直弟子だ」と語っていたのだが、行動分析の先生のあれは、ほとんど偽りらしいのだ。三日間しか一緒にいなかったのだという。そして、この大学の大学病院で現在教授をしている高崎先生という人こそが本当の直弟子といえる立場で、数ヶ月一緒にいたらしいのだ。その後も連絡を取り合ったらしい。それを学生に知られることを、何よりも行動分析の先生は恐れているらしいのだ。
また、認知の先生の顔色が変わったのは、完全に学閥の問題だったようだ。日野先生と皆鷹先生に睨まれたら、そこでは終わるらしい。今後都内での出世は絶望的らしいのだ。認知の先生は、准教授だったから、それは非常に困るらしい。
そしてこの先生は、行動分析の先生の嘘を知っているが、出世のために共同研究していたらしいのだ。そこに私を加えて、現状を学閥内で影響力を持つ人々に暴露されるとまずいと思ったはずだと聞いた。
学閥がよくわからない私だが、普通は、同じ学校同士でみんな仲良しなのではないのだろうか? 睨まれるってなんだろうか? そこを聞きたかったのだが、聞く雰囲気でもなかった。
編入に関しては、おばあちゃんの方は、既にちらっと先方に話していたらしく、かなりおばあちゃんのお弟子さんが乗り気で、とっくの昔にこちらの大学に連絡があったらしい。しかし私が何も言わなかったことと、おばあちゃんは勧めただけだと断言したことから、今まで誰も何も言わなかっただけだったそうだ。
もう一件の方は、そのお弟子さんの同窓の人が、だったら自分のところのほうがいいだろうと主張して、編入を考えているんなら、そちらの大学も検討して欲しいと、やはりこの大学に連絡をよこしたそうだ。
次に上村先生に伝わった経緯である。
広野さんが、まず即座に、現在いる病院で同じ大学の卒業者である教授に、私のところの大学病院に知人はいないか聞いたそうだ。次に高校に当たる考えだったが、その教授が高崎先生という人を知っていたのだ。つまり、伯母さんのお祖父ちゃんとも、その人は同窓なのだ。そして広野さんの所の教授が、高崎先生とやらに電話してくれて、学長を経由し、その息子の上村先生に伝わったのである。
続いて、広野さんは、上村先生の出身大学に進学した同級生に連絡をしたそうだ。私が話した上村先生の経歴的に、名前を出されなくてもすぐに誰だかわかったそうで、その代の先輩に、早急に連絡を取ってくれて、そちら方面からも上村先生に連絡が行ったらしい。
その上、この大学、海外によく行く先生の出身校でもあったそうで、上村先生は事前に来訪を打診した。むしろその先生にも、先輩から連絡が行っていたそうで、二人で準備室に行くことを決定したそうである。
そこで、行動と認知の先生だけ呼ぶのは、海外の先生がいても変だからということで、統計の先生も呼んだのだという。統計の先生は、本気で何も知らなかったそうだ。
ようするに、なんだか私の周りの人々は、とてもすごかったのである。
「編入はちょっと寂しいけどね、雛辻さんは好きなことをしていいんだよ。ここは自由が一番のウリの大学なんだから。どこのクラスに入りたいのかは聞いてないし、そこが人気だったら受かるかはわからないけど、ちゃんと好きなところとか興味あるところを書いていいんだよ。大丈夫。あの二人が何か言ったら、最悪、どっかに飛ばしてあげるから。一応ね、僕は暇だけど、偉いんだよ。講義も人気ないけど」
私は思わず泣いてしまった。嬉し泣きだと思うのだが、なんで涙が出てくるのかは謎だった。涙が出るから悲しいと認識する理論は、多分間違っていると習っていたような記憶があるのだが、私は嘗て奥田先生に言われた通り、たまに自分の気持ちがわからなくなっているようだった。
上村先生は、普段は自分の教授室にこもりっきりという話なので、ここにいるのを初めて見た。私は、行動分析の先生にちょくちょく呼ばれてきていたので、ここにいる人々を結構知っていた。他には、顔だけ知っている認知の先生もいた。
また、海外での研究と日本での活動を繰り返している、心理士とPSW両方の資格を持っている教授もいた。この人の専門は、人格検査だ。質問紙関係でちょっと有名な人である。この時は、顔も知らなかった。ただなんか、教授っぽいと思った。
もうひとり、統計の先生がいた。論文関係で、うちの心理学科では、統計学が三年次の必修だったのである。統計の先生は、見たことがあったので知っていた。実は、簡単なプログラミングを一年次にも三日だけやるのだ。
「あ、雛辻さん! 偶然だね!」
入るとすぐに、上村先生に言われた。ぐ、偶然……?
とりあえず、お久しぶりですと挨拶をしてみた。
「先生方、雛辻さんのこと知ってる?」
上村先生がニコニコしながら喋りだした。
「雛辻さんは、先生方のこと知ってる? 今日は、僕が久しぶりにここに顔だすって言ったら、みなさん来てくれたんだよ」
「あ、ええ、お世話になっておりますので……」
その時、行動分析の先生がなにか言おうとしたのだが、上村先生は無視した。
そして喋りだした。
「雛辻さん、すごい高校の卒業生なんだってね。いやぁ、僕の講義の時も本当に優秀だと思ったけど、あの学校から来たんなら当然だよね。ううん、高校は関係ないか。雛辻さん自身が優秀なんだな。完璧なレポートだった」
上村先生が話しを盛った。私は優秀ではない。適当な作文を提出したのと、一回も休まなかっただけだ。
「――ええ、面接して合格させたのは私なので、あの高校から受験者が来るとは思っていませんでしたよ」
行動分析の先生が、言った。すると上村先生が満面の笑みで続けた。
「さすが見る目ありますね! いやぁ、まさかうちの大学病院の高崎教授の後輩とはなぁ。それもご存知だったんですか?」
「え」
行動分析の先生が、本当に「え」と言った。よく覚えている。
私は、高崎教授というのが誰なのか、さっぱり知らない。
「雛辻さんの親族の経営している病院の、たしか伯母さまだったかな? そのお祖父様と高崎先生は、医大で同窓だったそうで、今でもとても親しいそうですよ。学会の度に飲んでるみたいで」
そういえば、伯母さんの家族にもお医者さんがいると聞いたことはある。
「高崎教授の。それは、じゃあとても優秀な高校なんですね」
なんだか海外にいっぱい行っている先生が話し始めた。聞いていた限り、なんだか高崎教授という人は、とてもすごい人のようだった。全く知らないので、何とも言えないが。ただ、なぜなのかこれを知ったあと、行動分析の先生は、黙ってしまった。
「だけど、どうしてこの大学に?」
海外の先生の言葉に、上村先生がニコニコした。今まで以上にだ。
「皆川教授にどうしても習いたかったんだって」
犯罪心理学の引退する先生の名前である。というか、第一この志望理由など、高校時代の先生の一部しか知らないのに、なぜ上村先生が知っているのだろうか。私は混乱していた。
そうしたら、そういう理由で大学を選ぶ学生がいることは本当に貴重で大変素晴らしいと褒められた。海外の先生と上村先生と統計の先生と認知の先生と、近くにいた助手の人に。みんな滑り止めで受けるしと、言い合って笑っていた。
教授陣は皆良い大学の出身だったりする。私大なんてそんなものだ。
行動分析の先生だけは、ずっと黙っていた。
「しかも僕の大学の同級生が二人も雛辻さんと同じ高校の出身でさぁ。懐かしくて色々話してたら、共通の知人もいてね。ほら、あそこの某精神療法の先生、あの日野先生ならよく知ってるでしょ? あの先生と雛辻さんの先輩のお祖父様が同窓なんだって――皆鷹先生も。ほら、児童専門の! 知ってる?」
「え、ええ。日野先生は私の恩師ですし……無論、皆鷹先生も存じてます……」
なんだか、この時、認知の先生の顔色が少し変わった気がした。
「皆鷹先生といえば、人格検査の権威でもありますよね。私もスイスでご一緒したことがありますよ」
海外の先生が、そこから皆鷹先生という人について語り始めた。
私には、何一つ意味がわからない話だった。
「あとね、大学時代の同級生の話だと、雛辻さん、本当はすっごく理系なんだって。医大蹴ってこっちにきたくらい犯罪心理に興味あって、それで実際にやってみて今は、もっと深く人間の内面に関して興味が出てきたみたいだよ。行動とか認知とか社会心理方面じゃなくて。数学得意なのに、数値判断や目に見える行動や知覚じゃなくて、って、面白い人だよね」
上村先生がそんなことを言った。この瞬間に、行動分析の先生と認知の先生が、完全に硬直したのが分かった。
「それでも様々なことを学びたいから、色々な講義とってたみたいだね。ここは基礎を重視してる大学だし、本望だよ。専攻する気はないけど、行動分析はすごく面白いって、帰省するたびに言ってたんだって。あとは、何より、先生の人柄が大好きだって言ってたよ」
そんなことを帰省時に言ったことは一度もない。しかし、その言葉で、少しだけ行動分析の先生の表情が、明るくなった。
「ああ、なるほど。理系なのはわかる気がしますよ。プログラム、一人だけ、紙みて五分で終わってましたもん。他の連中は、全くダメ。この大学、やばいですよ」
ため息混じりに統計の先生が言った。確かにこれは事実だが、単純に私が昔からパソコンをやっていたから、ちょっと出来ただけであり、別に私はプログラミングが得意ではない。むしろ、数学と違って、答えが勝手に出てしまうので、機械で統計するのは嫌いだ。
「あと、聞いた話、編入の誘い来てるみたいだね。ひとつは、あそこ。ほら、教育学方面からの――」
上村先生の続けた言葉に、私は驚いた。別に誘われていない。だが、その大学名は、おばあちゃん先生の弟子がいるのため、おすすめだと言われていただけだ。しかし、地元の人には誰にも話していないのに、どうしてここで話題に出たんだろう。
「それともう一箇所は、あっちの社会心理方面のさぁ」
続いた言葉に、今度は完全に私の聞いたことのない話だった。
「警察関連の犯罪心理系じゃ一番向いてる大学はあそこだし、雛辻さんが興味ある犯罪者の内面みたいなのも、鑑定する機関への就職率も高いからねぇ。専門的にやるんならあそこも編入はありだよ。けどさ、せっかくここに来てくれたのに、とられるのいやだよねぇ」
上村先生が苦笑した。私は、先生はもしや、嘘をついているのではないかと考えていた。だって変だ。そんな話聞いたこともない。
「同級生の話も聞きたいし、何より引き止めたいし、それに僕の講義を真剣に聞いてくれる優秀で貴重な学生だし、しばらく個人的に話したいんだ。だから、この曜日、雛辻さん、良かったら僕の教授室来ない? その日、行動の部屋通ってたってちらっと聞いたけど、僕その日しか開けられないんだよね。先生は、良いよね?」
その言葉に、行動分析の先生は、少し思案するような表情の後頷いた。
「じゃ、行こうか」
私に、「良ければ」と言ったのだが、そのまま私は上村先生に連れられて、心理学準備室を出た。そして、本来は心理学関連はこの付近に教授室があるのだが、本館の一番上の階の、ものすごく広い、上村先生のお部屋に連れて行かれた。
「まぁ座って」
お茶を入れながら、上村先生に言われた。
受け取りお礼を言ってから、私は聞いた。
「あの、何時に来ればいいんですか? 来週からですか?」
「ああ、いいよ、来たかったら来てもいいけど、来なくて大丈夫。今日だけでいい」
上村先生が吹き出した。だが私は、笑う気分ではなかった。
なにがどうなったのか、さっぱりわからなかったのだ。
その後、先生が色々教えてくれた。
なんでも、「直弟子だ、直弟子だ」と語っていたのだが、行動分析の先生のあれは、ほとんど偽りらしいのだ。三日間しか一緒にいなかったのだという。そして、この大学の大学病院で現在教授をしている高崎先生という人こそが本当の直弟子といえる立場で、数ヶ月一緒にいたらしいのだ。その後も連絡を取り合ったらしい。それを学生に知られることを、何よりも行動分析の先生は恐れているらしいのだ。
また、認知の先生の顔色が変わったのは、完全に学閥の問題だったようだ。日野先生と皆鷹先生に睨まれたら、そこでは終わるらしい。今後都内での出世は絶望的らしいのだ。認知の先生は、准教授だったから、それは非常に困るらしい。
そしてこの先生は、行動分析の先生の嘘を知っているが、出世のために共同研究していたらしいのだ。そこに私を加えて、現状を学閥内で影響力を持つ人々に暴露されるとまずいと思ったはずだと聞いた。
学閥がよくわからない私だが、普通は、同じ学校同士でみんな仲良しなのではないのだろうか? 睨まれるってなんだろうか? そこを聞きたかったのだが、聞く雰囲気でもなかった。
編入に関しては、おばあちゃんの方は、既にちらっと先方に話していたらしく、かなりおばあちゃんのお弟子さんが乗り気で、とっくの昔にこちらの大学に連絡があったらしい。しかし私が何も言わなかったことと、おばあちゃんは勧めただけだと断言したことから、今まで誰も何も言わなかっただけだったそうだ。
もう一件の方は、そのお弟子さんの同窓の人が、だったら自分のところのほうがいいだろうと主張して、編入を考えているんなら、そちらの大学も検討して欲しいと、やはりこの大学に連絡をよこしたそうだ。
次に上村先生に伝わった経緯である。
広野さんが、まず即座に、現在いる病院で同じ大学の卒業者である教授に、私のところの大学病院に知人はいないか聞いたそうだ。次に高校に当たる考えだったが、その教授が高崎先生という人を知っていたのだ。つまり、伯母さんのお祖父ちゃんとも、その人は同窓なのだ。そして広野さんの所の教授が、高崎先生とやらに電話してくれて、学長を経由し、その息子の上村先生に伝わったのである。
続いて、広野さんは、上村先生の出身大学に進学した同級生に連絡をしたそうだ。私が話した上村先生の経歴的に、名前を出されなくてもすぐに誰だかわかったそうで、その代の先輩に、早急に連絡を取ってくれて、そちら方面からも上村先生に連絡が行ったらしい。
その上、この大学、海外によく行く先生の出身校でもあったそうで、上村先生は事前に来訪を打診した。むしろその先生にも、先輩から連絡が行っていたそうで、二人で準備室に行くことを決定したそうである。
そこで、行動と認知の先生だけ呼ぶのは、海外の先生がいても変だからということで、統計の先生も呼んだのだという。統計の先生は、本気で何も知らなかったそうだ。
ようするに、なんだか私の周りの人々は、とてもすごかったのである。
「編入はちょっと寂しいけどね、雛辻さんは好きなことをしていいんだよ。ここは自由が一番のウリの大学なんだから。どこのクラスに入りたいのかは聞いてないし、そこが人気だったら受かるかはわからないけど、ちゃんと好きなところとか興味あるところを書いていいんだよ。大丈夫。あの二人が何か言ったら、最悪、どっかに飛ばしてあげるから。一応ね、僕は暇だけど、偉いんだよ。講義も人気ないけど」
私は思わず泣いてしまった。嬉し泣きだと思うのだが、なんで涙が出てくるのかは謎だった。涙が出るから悲しいと認識する理論は、多分間違っていると習っていたような記憶があるのだが、私は嘗て奥田先生に言われた通り、たまに自分の気持ちがわからなくなっているようだった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる