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【21】大学二年生

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 とりあえず、大学二年生になった。
 この時には、既に私の真面目さは薄れかけていた。
 二年次の必修は基礎系と実験と検査系。一個でも休むと留年だった。

 そちらに集中しなければならないのもあったし、だんだん不真面目になっていたので、先輩やその当時仲の良くなった同じ学科の友人から聞いた、楽な講義をリストアップした。出ることが決定していたのは三つだ。

 一つは犯罪心理。おばあちゃんが今年退官だからだ。もちろん同じ講義は二つ取れないので、別の名前だったし、別の内容だったが、大枠で言うならば、犯罪心理である。この年、おばあちゃんはそれ一つしかやっていなかった。退官準備の関係だったらしい。

 もう一つは、週一でお部屋に呼ばれているおじいちゃん先生の講義だ。一年次後期に、なんか悪いのでとってみたら、これが実は、ものすごく面白かったのである。必修と違って、真面目に聴く人ばかりだったし、先生も態度が全然違った。面白いのだ、話しぶりまで! なので、悪いというよりは、今回は面白いと気づいたので、行動分析系を取ることにしたのである。

 最後の一つは、精神分析系である。この時は、対象関係論だったと思う。相変わらず一限で出席無しでテスト前にレジュメが配布される、大人気だけど、レポート提出前しか人がほとんど来ない講義である。一限の授業など、取る気が最早ないほど不真面目になっていた私だが、これだけは別だった。真面目に面白いのだ。信者ができるのも納得しつつあった。信者達は、みんな講義前後に先生に話しかけていて、私は一度もそれをしたことはないが、とても面白いと本音で思っていた。

 あとは他に必修が三つほどあった。

 一つは、もちろん英語である。私も楽な再履修にするか一瞬悩んだが、先生と仲良くなっていて、ばったりその辺で会うと、あちらから名前を読んで挨拶してくれるくらいになっていたので、先生は良い人だし、出ることにした。

 残りの二つが問題だった。

 どちらも文献購読系で、片方は一冊の書籍を読んで、それぞれの章をグループ発表。もう一つは、一冊好きなのを選んで、個人発表。おばあちゃんは来年退官なので、後任の先生がマインドコントロールについての書籍のグループ発表のクラスをすることになっていた。そしておじいちゃん先生は、実験担当なので、こちらの必修には名前がなかった。

 代わりに、おじいちゃんと仲が良い認知心理の先生が、個人発表のクラスを持っていた。おじいちゃんは、私とおばあちゃんが仲良しなのを知っていたので、マインドコントロールのクラスに行くのは良いことだといっていた。また、犯罪心理と行動分析は別に対立関係にはなかったのだ。私の大学内において。

 ただしおじいちゃん先生は、個人の方のクラスは、当然認知系に行くんだよねという感じで私に話してきたのだ。大学院進学を完全に意識しているのがわかった。なにせその院で、二人は共同研究をしている。認知の先生にも私の顔を覚えさせたいところだったんだ的な事を言う。

 でもぶっちゃけ、私はおじいちゃんがもうあんまり怖くなかったが、それに行動分析も面白いと思ったが、院で直接習いたいと思うほどではなかったのである。また、認知に関しては、一応講義を取ってみたのだが、すごいつまらなくて、興味が起きなかったのだ。

 この時、犯罪心理の他に興味があったのは、精神分析系だけだった。この先生も、個人発表のクラスを担当している。ただし、こちらも一限。しかも必修なのに、唯一出席なし! 発表当日に来れば、単位をくれる! ものすごく評判の良い、みんな希望しているクラスだ! だからここは、希望しても抽選確実なので、落ちる可能性さえある! 面白いから、この先生の講義に限り一限でも行く自信はあったが、抽選に受かる気がしない。

 さらには、編入問題もあった。

 私は悩みに悩んだ。まず、実験系は、一回でも休んだら留年の上、レポート内容次第でも留年なのだ。最悪である。そして、留年すれば、他大編入なんかできない。おばあちゃん先生は、某難関大の弟子に紹介状を書いてくれるとまで言ってくれている。しかし、私は、今現在、犯罪心理に興味があるのか分からなくなりつつあった。

 だって、当初の動機が、自分を殺すのと他人を殺すのって一緒なんだろうかという疑問だったのだ。犯罪心理学とは、そういう部分に関して深く追求する学問じゃないのだ。ちょっとそういうことに触れる場合があるくらいなのだ。

 なので、楽だと評判の講義の他、犯罪学、犯罪社会学、その他犯罪関係、全部取ることにした。この大学は、二年生までは、他の学科の講義も取れるのだ。三・四年時も単位状況によっては履修可能である。だが私は、今年の秋までに、編入するかどうか、決めないとならない。なのだから、犯罪について学ぶべきだ。

 だから必修のひとつは、マインドコントロールで決まりでいい。これ、四限だし! その先生来たばっかりで、まだ情報で回ってないから、応募者が少ないのもあって、おばあちゃん関係なしに、クラスに絶対は入れるのは確定している。

 問題は、すごくやりたくない認知心理と、すごいやってみたい精神分析だ。
 実を言えば、認知も大人気クラスなのである。
 特に大学院進学希望者は、ほとんどそこを希望する。

 だから、その先生と全く関わりがないのに、私がそのクラスに入れるというのは、ようするにもう、完全におじいちゃんのコネなのである。勿論、院にいくんなら、そして将来病院で働くなら、認知のほうがいい。

 精神分析は、あんまり臨床心理士の役に立たない。

 当時、そう教わっていたのだ。おじいちゃんだけではなく、実家の親戚方面からも。
 そして認知は三限、精神分析は一限。
 条件としては、圧倒的に認知なのは間違いないのだ。

 でもやりたくないし、興味もない。けどそう言ったら、おじいちゃんが怒る。
 ぐるぐる悩んでいた時、久しぶりに広野さんから電話がきた。
 そこで聞いてみることにした。

「広野さんだったらさ、認知と精神分析のどっちかをやるとしたら、どっちやる?」
『なんで?』
「え……ちょっと聞いてみただけだよ」
『悩んでるんでしょ? 相談してよ』
「なんでわかったの!?」
『君は自発的にちょっと聞いたりしない。特にそういうことは。よっぽど悩んでないとね』

 確かにそうかもしれない。
 なんだかんだで、他は全て自分で決めてきた。
 文理のコースも、大学も。

「あんまり興味ないんだけどガン推しされててコネで確実に入れるクラスとね、すごく興味あるけど大人気では入れるかわからないクラスがあるの」

 私は、意を決して相談してみることにした。
 まぁ「人気」の意味は全然違う。
 精神分析は楽だから人気なだけで、院にはかなり結びつかない。

「どっちを希望するべきかな?」
『興味ある方』
「でもガン推ししてる先生にガチギレされそう」

 私の大学は、精神分析と行動分析の仲が非常に悪かったのだ。
 紀要でまで、互いにイヤミを書き有っているレベルだったのである。

「希望したのバレただけで怒られると思う。落ちたら、もう一個も絶対いれてもらえない。それ以外のクラスは、よくわからないけど、聞いた感じ全部つまらなそうなの。でもね、ガン推しされてるクラスよりは面白そうかも。だから、キレられなければ、落ちるの覚悟で、興味ある方にしたいんだけど、後が怖いの」

 広野さんには、教授のお部屋にいっぱい行ってる話や編入の話などはしていなかった。
 それも話すべきか考えていると、少し間を置いて、彼は答えた。

『キレられたら、たまには逆ギレしてみたら?』
「――え?」
『普段キレない人が、突然キレると、大抵みんな黙るよ。多分、教授も黙る』

 その発想は無かった。考えたことも無かった。

『ちなみに、キレそうな教授、どのレベルの偉さ?』
「学科で二番目に偉いおじいちゃん」
『心理専門の先生? 精神科医? 精神保健福祉士と兼任?』
「心理の先生」
『じゃあ認知?』
「ううん、その人は行動分析。一緒に研究してる人が認知」
『一番偉い人は誰?』
「そりゃ大学を作った人の子孫というか、学長の子供? なんだったと思うけど、次の大学の学長の先生」
『その先生は、どこの大学卒?』
「――大に幼稚舎から通ったあと留学して戻ってきたって聞いてる。たしか、哲学っぽいことをしてた!」
『その先生と話したことは?』
「あるよ。出席ものすごく厳しくて一回でも休むと単位くれないから誰もとってなくて、知らなかったから一年生の時にとった。けどね、テストはすごく簡単なの。レポートっていうか作文書けば良かったの! クオリアとかいうのを覚えたよ! 後哲学的ゾンビ!」
『まず、その先生のところに行ってみよう。行く日、僕が電話で言うから』
「え?」
『君のとこの医学部は、大学病院の方は、僕達の高校の卒業生が沢山いるから、その方面からも、大学の学科に釘さしてもらおう』
「は?」

 確かに、私の大学は、医学部は頭が悪いが、大学病院の方はとても評価が高い。そしてすごい医大を卒業したあと、バイトでお金を稼ぎにくる人がすごく多い病院でもあるので、同じ高校の卒業生がいるらしいのは事実だ。

『好きな方に応募して落ちるのは仕方ないよ。だからそっちには話はまわさない。けど、嫌なのを勧められて断れない状況にするような教授は老害だ。いくら有名だろうが実力者だろうが、僕はそういう人間は嫌いだ』

 あんまり人の悪口を言わない広野さんが、「嫌い」なんて言った。
 私はそこにも驚いたが、ちょっとどうして良いか分からなかった。

「待って。自分で断るべきことだよ、これ」
『断れるの? 断ったあと、たえられるの?』
「……」
『無理そうだから悩んでるんでしょ?』
「……」
『しかも興味ある方の落選可能性もあるし、まだ興味がある程度の段階だから、決定打にもかけてる。ただ、やりたくない方ははっきりしてる。こういう状況の時、どちらかというと、伊澄ちゃんて妥協して、やりたくないことやるよね』

 その通り過ぎて、何も言えなかった。私は計算高いので、落ちる事は、基本回避する。
 その上、過ごしにくい環境が訪れることも回避する。

『学閥とかコネってさ、こういう使い方もあるんだよ』
「でもコネは良くないと思――」
『そういうの大嫌いだっていう君のお母さんも今回は賛成すると思うよ』

 こうして電話は切れた。私は、今後の展開が予測不可能で、呆然としていた。
 とりあえず、電話を待ってみよう。
 何日後に来るんだろう。希望票の提出までに来るのだろうか。

 そう考えていたら、三時間後に電話があった。
 なにか別の用件か質問だろうと思って出た。

『明日の三時に心理学準備室に行って。そこに、上村先生がいるから』

 開口一番、広野さんに言われた。
 上村先生とは、まだ若いが一番偉い、学長の息子だ。
 名前も出していないのに、なぜ広野さんは知っているのだろうか。

『大丈夫だから。何も心配しなくていいから』

 それだけ言うと、広野さんが電話を切った。
 私は何も考えられなかったので、言われた通りにすることにした。
 考えてみると、この頃から、思考停止癖があったのだ。




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