上 下
4 / 80

【4】大喧嘩

しおりを挟む
 里美ちゃん達は、教室にいた。達というのは、七人くらいの人々である。

 そして、里美ちゃんと一緒にいない他の女子もいた。
 一人は、秋葉ちゃんと言う。後に彼女とは部活が一緒になる。秋葉ちゃんも、この時、四人くらいの女の子と一緒にいた。

 残りの女子は、一人名前を出しておくと、美奈ちゃんと言って、舞莉ちゃんと仲良しだ。舞莉ちゃんと仲良しの女子が、五人くらいいた。

 他は男子である。クラスで唯一、毎日挨拶をしてくれる、家が近所の大ちゃんは確実にいた。他にこの時の関係者は、雄太くんと夏生くんがいた。雄太くんは、男子で一番運動ができた。夏生くんは、クラスの人気者だった。それは覚えている。だが他のことはあんまりよく覚えていない。

「里美」

 かなり怒った声で、舞莉ちゃんが教室に入ってすぐ、声をかけた。
 舞莉ちゃんは、非常に口が悪い。

「てめぇらだろ、伊澄の靴濡らしたの」

 いつもは、伊澄ちゃんと呼ばれていたので、私はここでも嬉しくなってしまった。みんな呼び捨てで呼び合っているのに、私には「ちゃん」と、ずっとついていたからだ。これも友達ではないと確信していた理由の一つだ。

「知らなーい」

 里美ちゃんは、ニヤニヤしながら答えた。
 するとさらに舞莉ちゃんは、激怒した。メロス以上だろう。

 こうして教室中の視線を集めながら、大喧嘩が始まった。
 そして何故なのか、途中から、女子全員が参戦したのである。

 一応、私が当事者だったと思うのだが、この時点で私は、口を開いた記憶がない。
 しばらくの間、私はただぼんやり眺めていた。既に嬉し泣きは止まっていた。
 ぶっちゃけ、喧嘩などが怖かったのだ。聞いているだけで、ゾクッとした。

 ちょっと、覚えている会話を書いてみる。

「ふざけんじゃねぇぞ、このデブ」

 舞莉ちゃんがそう口にしたことを、鮮明に覚えている。

 私は、別に里美ちゃんが太っているとは思っていなかった。むしろ私は、自分の体重があまり増えないので、羨ましかった。だが、客観的評価としては、里美ちゃんはどちらかといえば、太めだったらしい。運動ができるのに、太っている!? 私には最初、意味がわからなかった。しかし非常に里美ちゃんは気にしていたらしい。

「ちょっと運動と勉強ができるからって調子のんなよ、このブス」
「少なくとも里美よりは、美人な自信有りますけどぉ?」

 二人のやり取りの最中、秋葉ちゃんが言った。

「うん。舞莉の方が美人だよね」

 それに男子が同意した。クラスの人気者、夏生くんだ。

「そりゃ間違いねぇよな。俺なら、確実に舞莉取るわ」

 ここから男子も参戦を開始した。主に雄太くんだ。

 このようにして、見守っていた人も、ほぼすべて参加し、大喧嘩が勃発したのである。私は、何が起きているのか、よくわからなかった。すると隣で美奈ちゃんが、ずーっと私の肩をなでてくれていた。舞莉ちゃんと仲が良いからだと思っていた。

 あとは、秋葉ちゃんが、多分私を褒めてくれたことも覚えている。
 半分以上は、里美ちゃんへの嫌味だったのであろうが。

「まぁさぁ、里美の気持ちも分からなくはないから、これまで黙ってたけど、いくらなんでもやりすぎ。つぅか、はっきりいってウザいのあんたの方だから。確かにね、伊澄ちゃんは、あんたと違ってお金持ちの家の子だから、可愛い服買ってもらえるけどさ、自慢なんかしてないよね? 玩具買ってもらえるとか、海外行けるとか、羨ましいけど別に良くない? ガリ勉とか言うけど、あんたが勉強してないだけじゃん。テストの成績悪いし。あ、ごめん、勉強しても頭悪いのかぁ。なるほどねぇ! しかも病弱アピールうざいとかいうけど、真面目に病気だったし、別に今病気だなんて一回も言わないし。むしろ自分から病気の話なんて伊澄ちゃん一回もしてないよ。第一、運動できないとか言うけど、体弱いんだから仕方ないじゃん。だから体育休んだりしてるんだから。それまで病弱アピールとかいう方が、おかしくない? 先生が認めてるんだから。まぁねぇ、里美と違って伊澄ちゃんは、可愛いし痩せてるし、嫉妬するのもわかるよ。だから黙ってたけど、いつ言おうか考えてたんだから。舞莉が言ってくれて、丁度いい機会。なんでも自慢自慢自慢ってさ、里美に運動以外取り柄ないだけだし、それすら舞莉に負けてるし。嫉妬もいい加減にしなよ。根暗でキモイしコミュ障とか言うけど、無視して話す機会ないのに、なんでわかるわけ? 少なくとも、見た目はキモくないし。現に普通に話してるじゃん。特に舞莉との見てればわかるでしょ?」

 私はこの日まで、秋葉ちゃんが毒舌であることを知らなかった。
 なお、思い返してみると、給食時などに雑談してくれたのは、秋葉ちゃん達である。
 その後、この言葉に、雄太くんが加勢した。

「完全に秋葉の言葉、正論だろ。ぶっちゃけ、里美、ガチだせぇよ」

 まぁ当時は、「ガチ」やら「ダサイ」やらという言葉があったか忘れてしまったが、意味合いはこういう感じだ。「正論」なんて言葉を知っていたかも覚えていないが、これもそう言うような意味だったという話である。そして彼も私を褒めてくれた。

「つぅかずっと思ってたけどな、本当、調子乗ってんじゃねぇよこのブスが。嫁の貰い手一生ねぇよ、性格まで悪いんだからな。だから俺はお前を振ったってのもある」、

 な、なんと、である。里美ちゃんは、雄太くんに、告白していたらしいのだ。

 これは保育所時代から、里美ちゃんが雄太くんを好きだと言っていたので、私も里美ちゃんの気持ちはなんとなく知っていたのだが、告白したとは知らなかった。クラスでの中も、いつも通りに私には見えていたからだ。

 まぁ私は他の人をあまり観察していなかったので、見えないところで仲良くなくなっていた可能性もある。雄太くんも、ちょくちょく給食中に雑談してくれていた人なので、ちょっとは知っているつもりだったのだが、気のせいだったみたいである。

 ここまで、何を言われても罵詈雑言で反論し、私の悪口と、いかに私が悪いかと、私が嫌われるのは当然だと、怒涛の勢いで話していた里美ちゃんが、初めて沈黙した。そして私は、里美ちゃんが、今は違うけれど、かつての友達だと思っていた。なのでさすがに、雄太くんがひどいと思ったのだ。

「雄太くん言いすぎだよ!」

 これが初めて私が口を開いた瞬間である。すると雄太くんが息を飲んだ。だが私は彼からなにか言葉が返ってくると確信していた。なのに彼ではなく、里美ちゃんに、唐突にビンタされた。

「あんたに言われたくない! 雄太が好きなの伊澄ちゃんなんだから! あんたのせいだ。全部あんたが悪い!」

 その瞬間、それまで騒がしかった教室内に、沈黙が降りた。

 そして――その後、視線が私に集中した。今にして思えば、きっと小学生ながらに、暴露された恋の行方を皆が見守っていたような気がする。しかし私は、その時、全くそうは思わなかった。だって私はみんなに嫌われていたのだから、好きというのは変だと思ったのである。

 つまり、里美ちゃんはなにか勘違いしちゃっているのだと考えたのだ。
 だが、みんな私を見ているので、なにか言わなきゃならないと判断した。

「え、ええと……そろそろ親が心配する時間だから、帰るね!」
「「「「は!?」」」」

 教室中から、声が上がった気がした。しかし私は、気にしないことにした。

 なにせ、無視され続けたため、教室でなにか気になる事態が起きても、私には参加する権利がないと思っていたのである。だから、気にしないくせがあったのだ。しかも私にとっては、私が当事者なのは、靴が濡れた件だけだと思っていて、無視やイジメの話はついでであり、現在は、主にそれにも関係ないみんなの口喧嘩の場であるから、帰ってもいいと思ったのだ。

こうして、私は颯爽と帰宅した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

【R18】家庭教師の生徒が年上のイケメンで困る

相楽 快
現代文学
資産家の依頼で、家庭教師をすることになった北見七海。 中学高校と女子校で、青春の全てを勉学に専念し、全く男性との接点がないまま晴れて大学生になった。勉強には自信があるし、同級生や後輩にも教えてきた。 いざ生徒と対面してびっくり。 なんと40歳のおじさん! でも、中性的で高身長なおじさんの、温かさに触れ、徐々に仲を深めていく二人の物語。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜

船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】 お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。 表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。 【ストーリー】 見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。 会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。 手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。 親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。 いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる…… 托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。 ◆登場人物 ・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン ・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員 ・ 八幡栞  (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女 ・ 藤沢茂  (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。

処理中です...