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【3】意地悪お嬢様

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 朝ご飯の時間が訪れた。私達のような華族の令嬢は、小さい頃から小笠原流の礼儀作法を叩き込まれる。食事の時、私は箸に、最新の注意を払っている。なにせご飯には、六分しか箸を触れてはならないからだ。仮に一寸も触れてしまう場合があったら、お母様が静かに激怒する……。箸を綺麗にしたまま食事をするというのは、本当に大変だけれど、これもまた淑女の務めであるそうだ……。

 常に、可憐にしていなければならないから、寝相にまで気を使うし、歩くだけでも本当に疲れる。ただ――これも結婚には必要な事らしい!

 通学の時間になったので、私は海老茶色の袴に着替えた。そして黒い靴をはく。和洋折衷だと思うけれど、私は普段は和装なので、いつも新鮮な気分でいられる。鹿鳴館に、お父様のお仕事やお義兄様のお仕事の都合で同伴なさるお姉様のお話を聞くと、洋装も和服とはだいぶ異なるらしい。

 華族女学院には、既に鹿鳴館に足を運んだことのある同級生が沢山いる。鹿鳴館は……実を言えば、人手不足らしいのだ。なにせ、踊らなければならない。だが、華族女学院ですら、運動は怪我をしたら悪いからという理由で、あまり推奨されないのである。しかし最近、異国から来た先生の提案で、体操なるものも取り入れられつつある。

 華族は、一応、お姫様なのだ。特に大名華族の同級生は、その意識が強い。私の家は幸い裕福な方の公家華族だが、公家華族は貧乏な場合も多いので、お金持ちの大名華族や、最近陞爵された勲章華族にニヤニヤ笑われる事も多い。が、身分だけは高いから、派閥がきっぱり分かれてしまうのだろう……。

 それにしても……私は、美人になりたい。美人とは、色は青白くなけれならないし、細くないとダメであるし、眼差しまで決まっている。憂いを帯びた深窓の令嬢でなければならないそうだ。私の目は、あまりお雛様には似ておらず、大きい。そこも悲しい。まつげも長すぎる。眉の形もキリっとしていて、憂いは感じられないだろう。

 本日も溜息をつきながら俥にのり、私は華族女学院の門をくぐった。

「あら、今日も不格好ね」

 教室に入るとすぐ、大名華族筆頭の前川伯爵家の時子様に声をかけられた。大名華族の彼女の「おはようございます」の挨拶は、イヤミと決まっているようだ。

「ご機嫌麗しゅうございます、時子様。今日も眉毛が爆発しておりますわね」

 私もまた、イヤミを返す。なにせ私は、公家華族の……現在、筆頭なのだ。ここで負けてはならないのである。公家出自のみんなの期待を背負っているからだ。

 時子様、実を言えば、大変麗しい。唯一の欠点が、眉毛なのだ。非常に濃い。代わりに、長い黒髪は艶やかで、サラサラで、真っ直ぐだ。色白で華奢。目元はちょっときつめだが、彼女こそ大名華族なのに、お雛様が顕現しているような面立ちをしている。

 そして私は茶色く波打つ髪でぽっちゃりした体型であるから、実際に不格好だ。しかしこの言い合いで、負ける事は許されない。うっかり下手に出たりしてしまったら、後で白百合会のサロンで、私は公家華族のみんなに糾弾される事となってしまうのだ……。

 私は、本当は身分なんて、いらない。だけど、お嫁さんになる意外の将来を思い描く事も出来ない。

「なのにまるで、病気のお方のようね。骨みたい」
「まるまる太った牛のような咲子様には言われたくないわ」

 時子様の声に、大名華族派の女子達が一斉に笑った。私は、内心では「その通り!」と嘆いていたが、必死にムッとした顔を取り繕った。私は目が大きいので、ちょっとだけ瞼を閉じて半眼になると、非常に迫力がある表情になるらしい。

「私の家は、洋食が多いものですから。大名華族だというのに、私の花澄院家よりも納税額が少ないと言われる前川家の粗末な食生活とは違うのです」
「食べ過ぎなのではなくて? そうそう、豚という生き物もおるようですわね」
「まぁ、汚らわしい。大名華族はお百姓にお詳しいのね」
「大切な領民がおりましたもの。西洋の貴族と同じように、私達は治めている土地があったのですわ」
「私には分からない世界です。宮家にお仕えし、神事に携わってまいりましたので、私の花澄院伯爵家は」

 私の言葉に、公家華族の同級生達は、大きく頷いた。
 こうしてイヤミの応酬をしていると、女学院名物の鐘が鳴った。西洋に発注して作られたらしい。これは授業開始の十分前を告げるものだ。

 この音が響くと、暗黙の了解で、私達はそれぞれ席につく。
 すると、次の鐘が鳴った。
 これを合図に、授業参観に本日も華族のご婦人がいらっしゃった。
 選ばれるようにと願いながら、私は袴の上でギュッと手を握る。そうしながら、婚礼で退学した同級生達が、嘗て座っていた空席を時折眺めた。羨ましい……。

 私達は、男の人と自分で出会う機会というものは、存在しないに等しい。だから、授業参観に訪れたご婦人の目に止まって、その御子息との縁談を、家に持ってきてもらうしかないのだ。

 大抵の場合、家格が釣り合う華族同士の婚姻となるのだが――家格が同じくらいの場合は、やはり美人が好まれる。私のように、健康的と笑われる者は不美人だ……。それに、花澄院伯爵家は、現在この女学院で一番家格が高いから、中々釣り合うお家のお方はいらっしゃらない。このままいくと、私は結婚せずに、卒業してしまう。そうしたら、なおさら出会いが減るだろう……。

 それを考えると泣きそうになるのだが、私は人前では、気が強く気丈な淑女として振舞っている。私は、冷たく怖い、氷のようなお嬢様(なのにふっくらしている)と言われる。陰口で、意地悪お嬢様と言われているのも知っている……。

 不美人な上、性格が悪いという噂までたっているのだ。実際、時子様達大名華族に対しては、私はイヤミしか言わない。それは白百合会があるからだけれど、白百合会の中でも家格は絶対だから、私は偉そうに振舞う事を望まれている。気品を感じさせないとならないそうで、私は威厳を保たなければならないと、前任の会長だったお姉様に叩き込まれた。なので男爵家や子爵家の女子とはあまり言葉も交わさない。だけど伯爵家の女子の人数は少ない……。

 そう、私には、心を許せるお友達というのもいないのだ……。やっぱりこの、うじうじした内面が良くないのであろう……。
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