半妖と星の礎

お茶漬け

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影廻(かげまわり)の秘術学校

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夜が明ける少し前、廃寺の周囲は霧が立ち込め、冷たい空気が辺りを覆っていた。シンは昨晩の荷物を風呂敷にまとめ、剣助とともに廃寺の門前に立っていた。まだ暗い空には星が瞬き、かすかな月明かりが二人の影を長く引き伸ばしている。

「シン、行くぞ。」
剣助の低い声が静寂を切り裂いた。シンは頷き、風呂敷を背負い直した。中には替えの衣服、木刀、少量の干しイモ――それが自分の全財産だ。

道なき道を進む中、森の木々がざわざわと風に揺れ、まるで何かを告げようとしているかのようだった。シンは不安と期待が入り混じった気持ちで剣助の背中を追った。

夜が明け始めた頃、山を抜けた先に小さな集落が見えた。かつて交易で賑わったらしいが、今は大半が空き家だという。その一角に古井戸があり、そのそばで一人の少女が腰を下ろしているのが見えた。遠目には年端もいかぬ娘で、黒髪を短く刈り、裾の短い忍装束を羽織っている。背には小さな包みを背負い、何やら巻物を読んでいるようだ。
廃村に足を踏み入れると、そこにはかつて交易で賑わった面影が残っていた。空き家の窓は壊れ、苔むした道端には崩れた石垣が散らばっている。古井戸のそばには一人の少女が腰を下ろしていた。短い黒髪に忍装束をまとい、手に巻物を握りしめている。彼女の視線は巻物に注がれているようで、こちらには気づいていないかのようだった。
「師匠、本当にこの道で大丈夫なんですか?」
シンは不安そうに剣助に問いかけた。「僕……月影シンとして、この学校に受け入れてもらえるでしょうか?」
剣助は振り返らずに言った。「心配するな。お前はもう一人前だ。」
その会話に耳を立てた少女は、ほんの一瞬だけシンの顔をちらりと見た。
「月影シン……変わった名前ね。」
カエデは呟くと、再び巻物に目を戻した。名前にどこか引っかかりを覚えながらも、それを深く考えようとはしなかった。



ふと、遠くからかすかな音が聞こえてきた。それは、人の声のようでもあり、風の音のようでもあった。シンは思わず足を止めた。

「師匠、今の音……?」
「気にするな。ただの風だ。」

剣助の声は冷静だったが、その瞳は鋭く森の奥を見据えていた。まるで何かを警戒しているかのようだ。シンはそれに気づきながらも、追及することができなかった。

さらに歩みを進めると、霧が濃くなり、視界がほとんど遮られるようになった。シンは剣助の後ろを慎重に歩いていたが、ふと、霧の向こうに動く影が見えた気がした。

「師匠……誰かいます。」
シンの声に剣助は一瞬立ち止まり、周囲を見渡した。だが、何も答えず、再び歩き出す。

「気にするな。」
その一言に促され、シンもまた歩を進めるが、胸の中のざわつきが止まらなかった。背後から微かな気配が追いかけてきているような感覚があったのだ。

突然、霧の中から低い唸り声が響いた。次の瞬間、闇の中から何かが飛び出してきた。それは大きな四足の獣のようだったが、目は赤く光り、全身が影のようにぼやけている。

「下がれ!」
剣助が鋭い声で叫び、木刀を振るった。その一撃は空気を切り裂き、獣のようなものを霧の中へと消し去った。

「な、なんですか、今の……!」
シンは震える声で問いかけたが、剣助は答えなかった。代わりに、木刀を握り直しながら周囲を警戒していた。

「霧の影だ。」剣助が低く呟いた。「この辺りは秘術学校の結界の影響で、時折こうした妖が現れる。」

「妖……!」
シンは驚きながらも、恐怖が全身を駆け巡った。自分がこれから向かう世界が、どれだけ危険な場所であるかを思い知らされた気がした。

「次に来たらお前も動け。」剣助はそう言うと、シンに木刀を差し出した。

「で、でも、僕にそんな力……!」
「言い訳をしている時間はない。」剣助はシンの目をじっと見つめた。その瞳は冷静だが、どこか厳しさが滲んでいる。「お前がその血を受け入れない限り、この先は生きていけない。」

シンは言葉を失いながらも、木刀を握り直した。そして、その瞬間、再び霧の中から影が現れた。剣助が先陣を切り、シンはその後ろに控えていたが、影が二手に分かれて攻撃を仕掛けてきた。

「シン、左だ!」剣助の声が響いた。

咄嗟に木刀を振り下ろしたシンの手には、今まで感じたことのない力が込められていた。その一撃は、影のような獣を一瞬で吹き飛ばした。

「やった……?」シンは驚きで自分の手を見つめた。だが、剣助は一言だけ言った。
「これが、お前の中に眠る力だ。」

影を退けた後、二人は再び歩き始めた。シンの胸の中には、恐怖と同時に奇妙な興奮が渦巻いていた。自分にこんな力があるとは思いもしなかった。

「師匠、あれは……」
「質問は学校で学べ。」剣助が短く答える。

霧が晴れると、目の前に広がるのは月明かりに照らされた細い山道だった。旅はまだ始まったばかり――だが、シンはその先に待つ世界が自分にとってただの冒険ではないことを感じ始めていた。

◆ 

しばらく山道を歩いた後、小さな茶店が見えてきた。辺りはすっかり暗くなり、茶店の軒先にぽつんと灯る行灯が温かな光を放っている。店先では、髭を長く垂らした老人が串ざしの団子を炭火で焼いていた。その香ばしい匂いに、シンの腹が思わず鳴った。

「腹ごしらえをしておけ。」
剣助が短く言い、シンに銅貨を手渡す。

「団子を二串、ください。」
シンがそう言うと、老人は微笑みながら団子を手際よく焼き上げ、味噌だれをたっぷり絡めて差し出した。

「どちらへ行くんで?」老人が気さくに尋ねる。

「北の方へ。」剣助が簡潔に答える。

「北かい……。」老人は目を細め、何かを思い出すような表情を浮かべた。「噂じゃ、あっちの方には妙な学校があるとかないとか。侍や忍者、それに陰陽師まで一緒に学ぶっていう、不思議な場所だ。」

シンは驚きながら剣助を見たが、剣助は特に反応を見せず団子を口に運んでいた。

「まさか、あんたら、そこへ行くんじゃないだろうね。」
老人の目が剣助を鋭く見据える。その目には一瞬、尋常ならざる光が宿ったように見えた。

「かもしれんな。」剣助はそう答えると、団子の串を静かに置いた。

「へえ……それなら、気をつけることだねぇ。」老人は不気味な笑みを浮かべた。「北の道はただの山道じゃない。時々、妖が彷徨うなんて話も聞くからさ。」

「妖……?」シンが呟くと、老人はにやりと笑いながら言葉を続けた。

「ま、旅人の噂話だよ。けど、あんた――」老人がシンを指差し、「お前さんは……他とはちょいと違う匂いがするね。」

「違う……匂い?」

シンが戸惑っていると、剣助が立ち上がり、老人に軽く頭を下げた。「団子をありがとう。行くぞ、シン。」

急かされるようにしてシンは剣助の後を追った。茶店を離れる直前、振り返ると、老人が微笑みながら彼らを見送っているのが見えた。だが、その目はまるでシンを試すような光を宿していた。
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