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謝罪
しおりを挟む温かい珈琲カップを
手渡す聡美が
化粧をして
身支度を整える
「……どうする?
私 一人で
【宮内 利生】に
逢いに行ってくる?」
「……いや
俺も 行く」
「連絡だけ
先に 入れておくね」
妻の前ですら
涙を見せた事が
ない俺が
感情のまま
聡美の前で
涙を流した
何事もなく
接してくれる
聡美の気持ちに
誠意を見せたかった
根本への
謝罪も含め
届けねば ならない
[根本の心]
聡美が 抱えた
何かが
根本の写真に
願いを 込められて
いるのなら
尚更 叶えなければ
ならないだろう
少し甘めの珈琲
聡美の
些細な心遣いが
壊れかけた心に
染み渡り
隙間を埋めるように
癒されてゆく気がした
支払いを済ませ
ホテルを出ると
辺りは 暗く
夕刻を迎えている
写真を見つめ
助手席に座る
化粧をした
聡美の横顔が
大人びて映り
そして
物悲しくも
見えた
「連絡取れたか?」
「まだ 帰宅してない
けど 遅くなる連絡は
来てないって
お母様が
教えてくれたわ」
「逢えるといいな」
「………そうね」
会話は そこで
途切れた
国道の割に
曲がりくねる
細い道を辿り
根本の実家から
かなり離れた
宮内の自宅へ
向かう
高校時代の友人
今 思えば
友人の家を
訪ねる事は
なかった気が する
男子高だった
高校時代
恋愛などする
機会もなく
外見に
コンプレックスを
抱いていた俺は
恋愛に臆病だった
同じ顔の根本は
どんな高校時代を
送っていたのだろう
……きっと
誰にでも
優しい人間だったに
違いない
外見に こだわらず
澄んだ心で
人を愛する事が
できたのだろう
宮内から
贈られた言葉
“また逢えるといいね”
すべてを物語る
根本への信頼感
押し入れの奥に
詰め込んだ
[宝物]
根本の
人を大切に思う
真心が 伝わってくる
……見つける事が
出来たのは
根本からの慈悲
なのだろう
俺が 償える為に
宮内の自宅前に着き
聡美が 携帯電話から
連絡を 入れると
帰宅した 宮内が
心よく 迎えてくれた
玄関先まで
出迎える宮内は
写真のまま
変わらず
年齢を重ね
落ち着いた雰囲気に
清純そうな笑みを
浮かべている
挨拶も 交わす前に
泣き出した聡美を
一瞬 驚きながら
抱き寄せ
頭を 撫でる宮内が
俺の方に顔を向けた
時が 止まる
聡美を抱き寄せた
宮内の表情が
固まり
………そして
眉を寄せた
「……根本君じゃ
……ないわね
…貴方 誰?」
根本でない事を
見抜いた宮内に
深く 頭を下げる
「はじめまして
多村と 申します」
「……多村さん?」
「お時間を少し
頂けないでしょうか
根本久雄さんの事で
伺いました」
宮内は戸惑いながら
泣きじゃくる聡美の
肩を抱いて
玄関を 開けてくれた
玄関を上がり
目の前の階段を
昇る宮内が
部屋のドアを開け
中へと案内し
階段を 降りた
通された場所は
宮内の部屋だろう
整頓された
6畳の和室
砂壁に 写真が
飾られている
袴を着て弓を引く
凜とした宮内の写真
学生時代
弓道部に所属して
いたのだろう
数分後
お茶と茶菓子を
乗せた盆を持ち
宮内が 部屋に
戻ってきた
怪訝そうな表情で
湯呑みをテーブルに
置く宮内から
事件の内容を
把握している事が
読み取れる
「殺人事件と言えば
解りますか?」
説明もなく
本題に触れる
手短に用件だけ
伝えるべきだろう
「……だいたいは」
正直に 伝えた事で
宮内の強張る肩が
ゆっくりと下がり
俯いたまま
床に 腰を降ろした
「率直に
お伝えすべきでしょうが
あまりにも
酷な話過ぎて
……申し訳ないが
時間を 下さい」
上着から
名刺を取り出し
宮内の前へ
差し出す
「多村雅一
私の名前です
貴女が 察する通り
喫茶店経営者
【栗原智子】殺害事件の
容疑者だった人物です
……殺害は
していません」
宮内の顔が
上がる
「……犯人では
ないんですね」
宮内の目を見て
真剣に頷いて答えた
宮内の表情が
次第に弱々しくなり
不安を浮かべ
「……根本君なの?」
宮内の顔が
見れず
目を閉じ
頷くと
「嘘でしょ どうして?
どうして 根本君が
自殺しなきゃならないの
どうしてよ!答えて!」
身を乗り出す
宮内を
聡美が 必死に
縋り付き
「事件に
巻き込まれたの
根本さんも
そして 多村さんもよ」
茫然と座り込む
宮内の目から
涙が 零れ落ち
しがみつく聡美が
泣きながら
言葉を綴る
「多村さんを
責めないで お願い
私達 根本さんの気持ちを
貴女に 伝えに来たの」
鞄から写真を
取り出し
宮内の手に
握らせ
「これ貴女でしょ?
根本さん大切に
持ってたわ
ずっと大切に
持ってたわ
根本さんの気持ち
貴女になら
伝わるでしょ?」
静寂な部屋に
宮内の鳴咽が
響き渡る
写真を握り締め
とめどなく
流れ落ちる涙を
拭いもせず
泣き崩れた
聡美が 宮内の体を
抱え込み
静かに 話し出す
「……根本さん
事件に巻き込まれたの
自殺にまで
追い込まれて
しまったわ
なのに…誰も
根本さんの死を
知らされないの
誰にも
知らされずに
消えてしまうなんて
根本さんが 可哀相
だから 危険を承知で
貴女に 逢いに来たの
根本さんが
逢いたい人だと
思ったからよ」
啜り泣く宮内が
深く息を吸い込み
ゆっくりと
吐き出した
「…このまま
根本君は どうなるの?
……根本君の
葬儀もなく
根本君の死だけを
告げられるの?
そんなの 納得出来ない」
突き刺さる
宮内の心に
引き裂かれる
このままで
終わる訳には
いかない
「警察に私が
出頭します
そうすれば
根本さんの身元が
必ず判明するでしょう
大丈夫
必ず 根本さんを
貴方達の中へ
連れ戻します」
宮内の顔が
上がり
憎しみの感情のまま
睨み据える
「……約束できる
確証は ないじゃない
貴方を信じる事は
出来ないわ
貴方の代わりに
亡くなったのよ
根本君を 返して」
息が詰まる
宮内の訴えが
正当なもので
あれば あるほど
胸が 締め付けられる
「……そうです
根本さんは
私の身代わりに
命を絶ちました
貴女の言う通りです」
誠実な根本
失うべき命は
根本では ない
根本が愛する女性を
苦しめているのは
明らかに俺だ
償う事は
出来そうに
ない
諦めてくれ
根本
俺に似た顔を持って
生まれた事を
悔やんでくれ
深く宮内に
土下座をして
立ち上がると
「待って!」
宮内が 声を発した
「待って…
ちょと待って…
落ち着くまで
……待って」
息を何度も
吐き出し
呼吸を整える宮内が
涙を 拭い取る
「……ごめんなさい
貴方を責めても
根本君は
戻らないのにね
……根本君に
嫌われちゃうわ」
宮内の体を
支える聡美が
囁く
「……宮内さん
ありがとう」
「約束してくれる?
必ず 根本君を
助けてくれる?」
「…必ず」
「……信じるわ
信じるしか ないもの」
宮内が
聡美の手を
握り
「根本君の気持ち
伝えに来てくれて
ありがとう
……本当なら
根本君の口から
聞きたかったけど
…何か 協力できる事
あれば 言ってね」
聡美が
俺の顔を見て
また
宮内に向き直し
「写真頂けます?
根本さんが
写ってる写真
なんでもいいので」
「写真?
……この写真じゃなくて
別の写真と言う事?」
「はい 拝借するだけで
後で お返しします」
しゃくり上げる
宮内が 背後の棚から
卒業アルバムと
写真のファイルを
取り出し
テーブルに開いた
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