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10話 ミラルディ・ハイドアウト

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 三階は四階とは異なり、踊り場から奥まで続く廊下が一本あり、その廊下から入る二部屋に分かれている様子だった。階段室には両側を貫通するかの様に明り取りの窓が設けられており(これは四階と共通しているが)、奥の部屋には路地に面して窓が一つ付いている。僕が降りてきても未だ二階の片付けが終わっていないのか三階にはまだ誰も上がってきている様子はなく、僕は窓を開け、廊下に面しているドアも開放して空気を入れ替えつつどんどんと荷物を格納していく。奥の部屋にはうず高く積まれた資料が乱立していて、崩さないようにこれをまた積めるのだろうかと心配になるくらいだったのだけれど、手前の部屋は打って変わって資料などは置かれておらず、使い古した椅子やチェスト、テーブルなどの家具が詰め込まれているだけだった。手早く全てを格納すると、一応窓は閉め、二階へと降りていく。


「あれ、もう上は終わったのかっ?」
「ああ、三階と四階の荷物は回収したよ。掃除とかはしていないけど。」
「そうねえ、かなり時間が短く済みそうだから、お掃除も別途頼んじゃおうかしら?」
「構いませんよ。宿代を稼がないとならないですから。」


 でもまずはちょっと休憩しないかしら? とミラルダさんが一階へと僕らを引っ張っていく。
 一階は入ってきた時に目にしていたけれど、路地に面しているところには大きくて窓が設けられていて、真ん中にあるドアを挟んでいる形にはなっているものの、光を取り込もう、という工夫が感じられる作りになっていた。入り口から半ばまでの間は広い板の間になっていて、商売も出来るんじゃないか、というよりも店舗として使っていたんじゃないかと思われた。気にして見てみれば作り付けのカウンターもあるし、その奥の壁は全て棚になっているけれど、上階とは違ってどちらかといえば食器棚や、酒が並んでいてもおかしくないようなそんな棚になってるしね。
 ミラルダさんはカウンターへと入っていくと、棚からティーセットと薬缶を取り出した。


「ちょっとそこの椅子に座って待っててくださいな。」
「はいっ。」
「わかりました、すいません。」


 僕らは幾つか並んでいたテーブルの一つに陣取ると、もしかしたらバーニィがもう聞いてるかも知れないと思いながらもミラルダさんに声を掛ける。


「ミラルダさんはここにお住みなんですか?」
「ええ、そうよ。そこの奥の部屋に住んでるわ。二階は私の書斎で、三階と四階はね、死んだダンナの事務所と書斎だったのよ。」
「あ、それは失礼しました。」
「何も何も。さ、お茶が入ったわよ。」


 ミラルダさんは銀色のお盆にティーセットとクッキーのようなお茶受けを持ち、僕とバーニィの前に座った。コポコポとお茶をカップに注ぎ、湯気の立ち昇るそれを僕らの前に置いてくれる。


「さっきバーニィちゃんから聞いたのだけれど、お二人はこれから結婚するんでしょ?」
「ええ、そのつもりです。」
「んまっ、即答なんていい男ね。」
「エヘヘっ、ココットは面倒見もいいし、頼り甲斐のあるいいやつなんだっ。」
「褒めても何も出てきませんよ。」


 まぁ、実際の所、結婚の仕組みがゲームの中でどうなっているのかイマイチよくわかってないから、もしかすると教会に沢山喜捨しなきゃならないとかなら、暫く結婚出来なかったりすると思うんだけどね。それは言っても仕方ないし、VRの世界になってもバーニィと結婚していいと思ってるのは確かだからね。豪快な中に子供っぽさがあった男キャラの時とは違って、成人女性の体があるせいか、子供っぽさの中にちょっとお色気が混じるような感じのバーニィだけれども、方向が違うとはいえ可愛いのには違いがない。


「それでね、もしお二人が良かったらなんだけど、四階を使わないかしら?」
「と、言いますと。」
「元々、整理したら冒険者の方にでも貸そうかと思っていたのよ。今日から働き始めてお金は無いだろうから、仮に月末締めにして、ある時払いでいいからね?」
「お値段はお幾らほどでしょう。これだけしっかりとした建物で、いい広さとなるとそれなりにしそうなのですが。」
「うーん、そうねえ。でもなんと言ってもここはスラムですからね。他の街区の家とも比較にならないし、最寄りの村の畑付き一軒家よりも安いはずね。」
「そんなにですか。」
「ええ、冒険者ギルドの最安宿で一晩銀貨一枚だったわよね? 普通の宿なら素泊まりで銀貨五枚は最低でもするわ。うちは月金貨一枚の予定だし。値段的には安宿の三倍以上になるけれど、普通の宿より当たり前だけど安いわよ。しかも二人で住むならさらに半額よね。どう、お得だと思わないかしら?」


 にんまり、と笑顔を浮かべるミラルダさんに対して、僕はちょっと押され気味かなぁと思いながらも、初期に金貨一枚稼ぐのはとても大変な気がしていた。だって、僕の手元にはまだ銅貨十五枚しかないのだ。銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。バーニィに至っては確か五枚しかないはずだ。今のお金ではそこらの屋台で串焼きすら買えるか怪しい。というか、値段を聞く勇気は無かったんだよなぁ。確か、この依頼を完了させても銀貨十枚を頭割りだったはず。食費や必要経費がどれ位掛かってくるかも考えないとならないよなぁとか悶々と考えていると、バーニィが僕の方をくりっと向いて言い放つ。


「俺はここがいいと思うよっ?ミラルダさんもいい人だしっ、ギルドの安宿じゃ、ココットとイチャイチャ出来ないだろっ?」
「そういう理由なら決まりよね? 可愛いわぁ、バーニィちゃん。」
 「え、ええと。…頑張って稼ぎます。」
「良かったわ。いい人が見つかって。ふふっ。」


 とてもいい笑顔になっている女性陣を見ると、示し合わせておいて僕を嵌めたのではという疑惑が持ち上がるレベルなのだけれど、まあいいか、と僕は溜め息を吐く。どちらにしてもこの物件なら初級生産室を設置するのにも全く問題が無いし、一畳のスペースも無いような(大の字で寝られないというよりも寝返りを打てるかも微妙らしい)寝床よりは絶対毎日気持ち良く仕事ができる気がする。…まぁ、四階まで階段を上がるのは大変かも知れないけれど、現実よりは楽なはず。
 一応、僕とバーニィ両名の名義で契約することとなり、契約書を交わすとシステムメッセージが表示された。



ハウス契約が行われ、『ミラルディ・ハイドアウト』物件の四階の使用権を得ました。
この物件ではホームを設定できます。
サーバ初のハウス契約の為、ボーナスとしてSP5が付与されます。
システムメッセージ:グローバル:ココット・ジェリー、バーニィ・フルスイングが当サーバで初めて物件契約を行いました。



「!? こんなことでボーナスついたりグローバルメッセージが出るの!?」
「儲けたねっ。やっぱりミラルダさんとこに決めて良かったっ。」
「あらあら、よくわからないけれど良かったわね?」
「エヘヘっ。」


 が、よくよくシステムメッセージのログを確認してみると、僕らが受付に並んでいる段階で、****さんが当サーバで最初の依頼を完遂しました、というグローバルメッセージも出てたのに気付く。これはバーニィの予想通り色々な事でサーバ初をするときっとボーナスが出る仕組みなんだろうな。
 で、このホームを設定出来るというのは、アレだろう。TAでは、宿や所定の場所でホーム設定すると、一時間に一度ホームに帰還出来るアイテムが貰えたり、死亡時にホームで復活出来たりするのだ。あまりに遠出していたりすると、死亡した所に戻るのが大変なのだけれど、デスペナ(死亡時のペナルティ)が一定時間のステータス低下と次のレベル迄に必要な経験値の五パーセント程度だったりして、某ゲームの様に装備を死んだ場所にぶち撒けてしまうとか、荷物が全部その場の死体に残ってしまうとかそういった事は無いので安心だった。一応、VRになってから変更はあったのかヘルプで内容を確認してみると、基本的に変わりは無い様だった。

 話も纏まった事で、三人でミラルダさんの手製らしいクッキーを食べつつ、お茶を頂く。これからは大家さんと店子という感じになるんだな、と思ったところで僕は、そういえばリアルでそろそろ例年恒例の管理人さん主催のバーベキューがあるかもしれないなと思い出す。普段、自殺防止やら何やらで立ち入り禁止になっているマンションの屋上で行われるバーベキューは、近隣の花火大会に合わせて行われることもあって、他の部屋の人達も友達なんかを呼んで、大抵大騒ぎになったりしている。


「そういえば、屋上は使ってもいいんですか?上がる階段がある様でしたが。」
「ええ、私も稀に大物の洗濯物を干したりしてる程度だし、別に使ってもいいわよ。グリフォンや小型のドラゴン程度なら離発着してた実績もあるわ。昔はグリフォン用の巣もあったのだけれど、さすがに撤去しちゃったのよねえ。」
「あー、そこまで行くには年単位で掛かりそうな気もしますけど、そういう風に使えたら便利ですね。まぁ、まずは自分で飛ぶところからなので、普通に降り立つと思います。」


 よーし、仕事終わらせちゃうよっ、とバーニィが言い出したことで、仕事の続きを始める事になった。とはいえ、二階もほぼ片付けというか格納するものはしていた様子なので、荷物を置く前にと別途受注した分の掃き掃除、拭き掃除をこなした所でお昼となった。

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