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105・約束の橋
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日本という国そのものが涙し、そして沈黙していた。
ここまで遂に来た。いや、やっとここまで来たのに。
感情のコントロールが追いつかない展開に、様々な想いが膨れ上がり、誰もが声を発せない。
大吾を除く日本イレブンは観客席の日本サポーターに両手を掲げて打ち鳴らし、挨拶しながらも、なお失声状態でロッカールームへと引き返す。
そこで待っていたのは、形容のし難い表情で日本代表を迎え入れる向島大吾。
それでも、誰もが声が出ない。出せない。
蒼の14番の表情が苦し気に歪む。みずからを犠牲にしたと声高らかに誇りたいわけではない。
『それでも、勝てない相手がいる』
その現実という事実が、大吾の顔に暗い影をもたらす。
『悲しいときほど、それを周囲に気遣わせないようにしたほうが良いと思うよ』
そう凛なら子供を諭すように言うであろう。
だから彼は両頬を叩いて、無理にでも明るく振舞おうとする。
「すまなかった、大吾。おまえの想いを無駄にして……」
意を決したように主将の鍵井大輔が選手全員を代表して、大吾に頭を下げる。顔面蒼白となっている向島大吾が、この試合に懸ける気持ちを鍵井大輔は理解していたはずだ。
ブラジル代表にだけは、リバウジーニョ・ジュニオールにだけは負けたくない。
その大吾が、自分の退場と引き換えにして、自らのチームに一縷の望みを懸けた。それに応えられなかったという想いが、主将には切ないくらいに強い。
「よしてください。残りの時間を10人で戦うことを強いたのは俺ですし……」
「俺も謝る。ベスト8にまで残ったことで、やっぱり心のどこかに甘さがあった」
弟同様、顔を蒼く染めた真吾も大吾に対して謝罪した。
全員の想いが、そうだった。
20年間ベスト16に留まっていた日本代表。それを乗り越えたせいからか、精神と身体、両方とも弛緩していないと心の底から言えるものは誰もいない。
勇也もそうだ。
どこかでノルマを達成したと安堵した感は否めない。
「俺は大丈夫です。でも……」
自分に確かめるように、大吾が言った。
「もうちょっと、このメンバーで戦いたかったなあ……」
主将の鍵井は二ヶ月後には35歳。現実的に考えて、次のワールドカップに彼がメンバーに選ばれることは考えにくい。
利根もそうだ。彼にとって最初で最後のワールドカップであったかもしれない。
勇也の胸がシクシクと痛む。
自分には次がある、若さがあると思ってはいなかっただろうか。次も若さもないものも当然、年齢制限のないはずのA代表にはいるのだ。
宿舎で大吾とふたりになる。
いつも、ふたりきりになると、勇也と大吾は饒舌になる。だが、さすがにその日は語るべき言葉がない。
代わりに大吾の肩は震えていて、目に涙を溜めている。
(確かに、このメンバーでもっと戦いたかった。だが、大吾。おまえにとってはそれだけじゃなかっただろう?)
大吾は言わば『実父の仇討ち』に『完全に失敗』したのだ。
それも、『4年に一度の絶好の機会』で。
それが、チームのためにと自己犠牲でプロフェッショナル・ファウルを行なった。
本当は、大吾が一番最期まで戦い続けたかったに違いない。日本を、向島家を賭けて、ブラジル代表と、リバウジーニョ・ジュニオールと。
(そうまでして勝ちたかったのだ。いや、負けたくなかったんだ)
しかも、それが報われなかった。
ハットトリックまでもが、まったくの無駄だった。もちろん、分の悪い賭けであったことには間違いない。それに負けただけと言うのは簡単だ。
だが、あの瞬間。
大吾はエゴを捨てて、チームのために一番良いと思われることを行なった。帰国したら、いや、今この瞬間にも大吾は叩かれ始めているだろう。
「大吾」
意を決して、勇也は言った。
「4年後。あの金色のトロフィーを掲げるぞ!」
※※※※※
帰国の便に乗る前に、山口荒生が大吾に向かって言った。
「博さんの仇討ちに失敗した。でもそれはおまえの経験になる。本気のサッカー王国ブラジルを相手にして負けたという事実が、おまえを成長させる糧となる、財産となる」
山口荒生は、そのまま中東に残って決勝戦まで観戦してレポートを書くことになっている。
「今を受け入れろ。そして忘れるな、大吾。過去をすべて呑み込めたとき、おまえはさらに強くなる」
俺もそうだった、と山口は付け加えて、大吾を飛行機の機内へと送り出した。
※※※※※
日本に帰国すると、ベスト8をお祝いするはずの監督と選手全員揃った会見が行われた。
まず、監督に質問が浴びせられ、次は主将である鍵井大輔。
――鍵井選手、おつかれさまでした。ベスト8お見事でした。
「ありがとうございます」
――いきなりですが、鍵井選手は代表を続けられるのでしょうか? 4年後は39歳ですが……
「わかりません。代表引退を明言することは避けたいと思います。次の監督が、僕を必要としてくれるかもしれないですし……でも、主将を継いでもらいたいと思う選手はいます」
――それがだれか、教えて頂くことはできますか?
「すみません。それはちょっと……でもチームのために個人を犠牲にできる選手です」
――代表への想いは今でもあり続けますか?
「当然です」
――日本代表は、次の大会でベスト4を目指すことはできるでしょうか?
「日本代表としての誇りや魂。そういうものを引き継いで行けば、いつか優勝だって夢じゃないはずです」
続いて、大吾に質問が向けられる。
――ナイス・ハットトリックでした。
「ありがとうございます」
――ただ、日本人初の退場者となった。それについては?
「いつかは起きること。それが僕だったということです」
――戦犯として挙げられている。そのことについては?
「勝つことには理由がない。一方で、負けるには必ずワケがある。残念ながら、ベスト8では僕の退場が災いしてしまった」
――向島大吾選手は、優勝を宣言していましたが……
「当然です。勝負事であれば、負けることを前提にしているプレーヤーはいないでしょう?」
――4年後には、全盛期であろう25歳で迎えます。期待しても良いですか?
「いつだって期待してください。それは無料であって、見返りも多い、最高の買い物のはずです」
※※※※※
日本中が怒っている。
向島大吾という、ワールドカップで日本人初のレッドカードをもらった存在に対して。それが反省もせずに、またビッグマウスを公共の場で発言した。
大会が終わっても、ワイドショーやスポーツニュースが、その瞬間を繰り返し報道する。
『あまりに軽率なプレー』
『要らないカード』
『あのPKがなければ……』
だが一方で、あのとき大吾がファウルを起こさなければ、そのまま点を決められていたはずだという識者の意見も存在する。そして、本来であれば、瀬棚勇也が取り返せるはずのミスであったとも。
大吾のウィキペディアが荒らされる。国籍が日本からブラジルになっていたり、身長が168mmになっていたりする。
さらにネットや『サー・メタモルフォーゼ』に送られてくる匿名の殺害予告。
大吾の結婚式が控えていることも災いした。それを中止しろとか、延期しろとか騒ぐネットの住民。
ベスト8に行ったことで祝杯を挙げる場だったはずだ。そこまで行くには大吾の力が必須だった。それでも、最終的な結果しか見ない国民。まるでブラジル戦のハットトリックなど最初からなかったかのように。
大吾のメンタルは凛が保護している。大吾はそれに支えられ、崩れるようなことはしない。
むしろカードを貰うはずだった勇也の方が、その精神にひびが入っていた。
※※※※※
「あんな風に言わなくても良かったと思うんだけどなあ……」
『不必要にアンチを煽るだけじゃないの?』と結婚式を目前にした妻は、眼で訴えて、言外にそれとなく言っているのだ。
確かに、最初にそう振舞うよう仕向けたのは、凛自身だ。だが、こういう土壇場までビッグマウスを発せ、とは言っていない。こんなときまで自分の言うことに従って『向島大吾という人物』を愚直に演じ続けて。結果を残せなかった人物の憎まれ口にも聞こえる。
生涯のパートナー、結婚を決めた相手とは言え、120%の理解が出来る日はいつか来るのだろうか。
「良いんだよ」
清々しいまでの目をした大吾は言った。
憑き物が取れたと言っても過言ではない。
当初、凛の夫となる人物は陰鬱な表情をしていた。深刻な物思いをしているかのようなその陰影。
それが、段々と明るさを取り戻してきたのは、昨日の朝くらいだろうか。
それまで愚図る子供かのように拒否していた食事が喉を通るようになり、声に張りと力が戻って来た。
大吾の父親の仇討ちは完全に失敗した。
だが、自分は自分なのだ。完膚なきまでに敗北し、その呪縛から逃れられたとも言えよう。兄も同じ気持ちであるに違いない。
「凛。俺さ……」
言葉が喉元に上がってくる。
その一言はとても自然で、口に出すのは息を吐くより不都合ではなかったかもしれない。指を組みながら、親指を互いにくるくる交差させてそのワードは宙に放たれる。
「俺、もっとサッカー好きになったよ。たぶん、サッカー始めてから、今が一番好きだ」
「そっか」
凛は頬杖をついて、頷きながら、夫の顔を見つめる。
屈託のない表情が見つめ返す。
「負けて、悔しくて。負けたから、考えて。負けたからこそ、わかることがあって。もし、勝っていれば、俺のサッカーはここで終わっていたかもしれない。サッカー人生を懸けて追っていく存在、見上げる目標っていうのかな。ラファエウ、父さんや兄貴。そこに、ルカやジュニオールを付け加えて良いのかもしれない。ひょっとすると、永遠に越えられない壁なのかもしれない」
大吾の言葉がふと途切れた。どうやら、思考しながら喋っているらしい。
凛に対して言葉を紡ぐことで、自分の考えをまとめて、決意をあらたにしているようでもある。
「4年後、また俺はワールドカップに出たい。クラブの対戦じゃダメだ。ワールドカップの借りは、ワールドカップでしか返せない。そしてまた、父さんの夢を継いで……」
凛は大吾のことを考えた。
大吾の中で何かが吹っ切れたのだろう。その一方で、まだ自分自身で納得できてない部分も大いにある。
熟考して、まとまり切れない気持ちを、話すことで発散しているのだ。
この男には、生きていく軸があるけれども、そのときどきによってその軸は多少ブレる。
だけれども、その軸の中にきちんとした一本の芯はちゃんと通っていて、その抱えた矛盾を消化しようとして出た言葉が、『サッカーが好き』なのだとも理解できる。
もしかすると、踏み込んではいけない領域なのかもしれない
そうも思った
だけれども、
向島大吾は自分のパートナーで、
これから先、一生を共にするだろう伴侶なのだ
なによりも、自分もその姓を名乗っている
親しき仲にも礼儀ありという配慮は要るだろう
だが、自分たちふたりの間に、遠慮や建前などの言い訳じみた言動は必要なのだろうか
(不器用。でも頑固で、一度決めたらそれに突っ走っていく。こういう人間は目的に対しては強いけど、それ以外のことは脆い。でもそういう男だから……)
私は家になろう。そう凛は思った
『向島大吾という作品を作るパートナー』
そう言われて、一年。ずっと考えてきた
『向島大吾』は、その父と兄との特殊な関係性から家庭的に恵まれているとは言い難い
その血筋のせいで良い思いもしただろうし、逆に悪い思いも余計にしただろう
勝負事で起きる、その精神の波の上下を、自分の手で緩やかにしてあげたい
勝っても、負けても。彼が落ち着ける、素敵な家。いつでも帰ってホッとできる、愛おしい我が家
ふたりで築くそれに、もしかすると子供が幾人か増えるかもしれない。ひょっとすると混ざるのは、犬や猫、数匹かもしれない
サッカー生活だけではない
その中の全員がいつでも微笑んでいられる、心が凪の状態に持ってこられる、人間生活の軸となる暖かなホーム
そういうものに、私はなろう
「じゃあ、365日。サッカーのことだけ考えて。あなたの人生は、それだけで良い。そういうシンプルな人生を送れるように、私がサポートするから」
その言葉に応じた夫の笑顔は、妻がこれまで観たことないほどに純真で、眩しくて、喜びに満ち溢れていた。
(悩んでも、苦しんでも、もがいても。それでも最後には、まっすぐ一直線に進んでいく男だから、私は好きになったのだ)
恋に恋する幼いひとりの時間は終わった
ふたりで成長し、愛を育む時が刻み始めたのだ
当たり前のことを忘れていたかもしれない
これから私たちふたりは、家族になるのだから
そういう当前のことを、今、自分は改めて気付いたのかもしれない
私の人生を。向島大吾と共に紡いでいく生を、つまらないなんて誰にも言わせない
「越えられない壁を、自分で一方的に作ることはよしたほうが良いかもね。いつだって限界を乗り越えて、記録を塗り替える。だって、あなたの目標は……」
※※※※※
「勇也くん。大吾を知らない? あの子ったら、結婚式当日だっていうのに、何をのんびりしているのやら……」
そう大吾の母、美佐子に言われて、勇也は近辺を探し回った。
(大吾が行きそうなところ……か)
そう思ってふと思いついた場所がある。
いつも、大吾と自分が遊んでいた空き地。稲刈りが終わって、休耕と化している田んぼ。
それが見える小川を挟んだ小高い橋へと向かうと、案の定、大吾がボールと戯れていた。
「あのヤロー。今日、自分の結婚式だってわかっているのか?」
そんなことを無視したかのように繰り返される、ボールとの逢引き。
自分の結婚式当日であるにも関わらず、繰り広げられるたゆまぬ練習。
まだタキシードで田んぼに入っていないだけ、マシだろうか。
「おまえ、今日はホストなんだぞ? 祝ってもらうとは言っても、出迎える側なんだぞ? 凛さんや、向こうの親族のことを考えたことがあるのか? なんて迷惑なやつだ。アホウめ」
大吾はネットで叩かれ続けている。日本人初の、ワールドカップの退場者として。
だが、勇也もわかっている。本当であれば、あそこは自分がカードを貰うはずだったのだ、と。
自身の結婚式の当日まで。正直、周りのことを考えない迷惑なやつだ
だけど、だけれども
「おまえは、サッカーが……」
何がおまえをそこまで強くさせるのか。わかったような気がする
おまえはサッカーが好きなんだ、大吾
勝っても負けても、サッカーが好き過ぎるんだ
だから、嫁さんもサッカー関係者を選んで、5分でも10分でも良いからこんなときまでボールと戯れて……
サッカーの神様は知っているんだ
おまえにどんな試練を与えても、乗り越えて来るって
身長がなくても、天賦の才がなくても、それを努力で乗り越えるって
彼女と彼女。
式当日でありながら、二股を続ける大吾に対して、勇也の苦笑は真顔に変わった。
※※※※※
誓いのキスは、勇也にはやや奇妙に映った。
ただでさえ、大吾と凛とでは男女逆転の身長差がある。
花婿が高さのあるシークレットシューズを履くのと同時に、低めに抑えたウェディング・パンプスの花嫁。
それでも、新婦の方がやはり背が高い。
親友がもう既に、尻に敷かれているようで、少しおかしみさえ感じた。
「それでは、ご友人を代表してチームメートでもある瀬棚勇也さまからひとこと賜りたく存じます」
勇也は立ち上がって、マイクの元へと向かおうとする。
大吾の披露宴が始まったのだ。
招待されているのは、日本人だけではない。
イタリアでの親友、リュカ・バラン
古巣のキャプテン、マッシモ・パンカロ
悪戯好きな、ファビオ・サルヴェッティ
エリベルトとルシアーノのボナッツォーリ兄弟
大吾の影響で日本に興味を持ち始めた、ルーク・ファン・ヒンケル
一目置く相手の晴れの舞台に厳粛そうにかまえる、パオロ・フランコ
祝いの席でも寡黙な、パヴェル・コザーク
佇まいに威厳すら感じさせるグラン・トリノのバンディエラ、ジャンパオロ・サーラ
世界を代表するチームメートが、つかの間の休日を縫って、わざわざこの田舎にまで参集している。
メディアも呼んでいるようだ。まったくもって『スター』であることは難しい。
パシャッ、パシャッ、とフラッシュの響く音がする。海外からの取材も日本に派遣されて来ている。さすがにテレビカメラは入っていない。凛さんの判断だろうか? それとも伊吹澄さんの?
『皇帝』こと来生哲太も、この席に出席している。彼の結婚式も、マスコミに取り上げられ、スポーツ新聞の一面すら飾った。もはや大吾の一挙手一投足は、サッカーファンの興味の的だ。
日本がベスト8に進んだ英雄として、またはベスト8で沈んだ戦犯として。どういう報じられ方をして、どういう反応をされるのであろう。
その168cm+αの存在自体で、日本国民全員を煽っているかのようにも勇也には思える。
勇也は、あらかじめ用意していたスピーチの原稿を持って、マイクの前へに立った。
「すいません。物覚えが悪いもので、事前に用意していたもので勘弁してください」
そう言って、勇也は原稿を開く。
「大吾くん、凛さん。ご結婚おめでとうございます。思えば大吾くんと出会ったのは、岡山のジュニアで一緒になってからで……」
さまざまなことが脳裏に蘇る。
出会ったときの第一印象
ともに背を競い合った日々
父親の死で離れ離れになったとき
Jリーグで敵として再会した試合
再びチームメートとして戦ったイタリアでの舞台
『ミスリル』と呼ばれるようになったオリンピック
自分の代わりにワールドカップで受けたレッドカード
そして、日本中が敵になった今でも続けられる毎日のたゆまぬ努力
『バロンドールを取ります』
そうだ。おまえのその臆病でありながらも自身に満ち溢れた埃のような誇りは、その練習量が基になって作り上げているんだ。
勇也のスピーチが一瞬止んだ。
彼は、スピーチの原稿を破り捨てた。
別れを連想させるそれは、結婚式では一番やってはいけない非常識的なことだ。
友人の結婚式を穢した、とさえ言われるかもしれない。
だけれども、一番の親友の結婚式だからこそ、はっきりと語っておかなければならないこともあるはず。
「俺は凡人だ」
そのひとことに戸惑う新郎新婦。
「リバウジーニョ・ジュニオールは天才だ。だけど、大吾。おまえも天才なんだぜ!? 努力の天才なんだ。失敗から学ぶことができる。その天才だ。できることであれば、俺もおまえになりたい」
ざわつく招待客。
「俺は凡人だ。だけど、天才であるおまえの横に並び立ちたい。キャリアが終わった後に、その努力が足りなかったとは言われたくないし、思いたくもない。俺も俺が誇れる俺でありたい。あり続けたい。それを大吾、おまえにもこれから先、ずっと望む」
そう述べると、勇也は自分の席に戻る。
何が起こったのか分からない一同が、それでも拍手で迎えた。
(俺も好きなのはサッカー。好きであり続けるというのも才能だ)
注目のさなか、それでも勇也はスマートフォンの電源を付けて、すぐにメッセージを送り返した。
怪しい輩、疑わしい薬との決別。
そして、これから先の世界を、自分のナチュラルな力だけで渡っていく、という覚悟。
『俺には、そんなものは要らない。俺ができるドーピングは、努力だけだ!』
薬の力なんて要らない
誇りを持って、自分が手に入れたトロフィーやメダルを掲げたい
クリーンなまま、大吾と並び合い、競い合う自分でいたい
すべてが終わった後、これから出会うかもしれない妻や子供たちに彼という人物のことを改めて話したいと思い、心が沸き立っている
向島大吾。彼が、如何にサッカーを愛し、愛され続けているか、ということを
(大吾、おまえには輝いていて欲しい。一番大事なことを教えてくれた、おまえには。だって、おまえの最終目標は……)
―――――――――――――――――――――
いつだって 君の目標は 世界一なのだから
―――――――――――――――――――――
ここまで遂に来た。いや、やっとここまで来たのに。
感情のコントロールが追いつかない展開に、様々な想いが膨れ上がり、誰もが声を発せない。
大吾を除く日本イレブンは観客席の日本サポーターに両手を掲げて打ち鳴らし、挨拶しながらも、なお失声状態でロッカールームへと引き返す。
そこで待っていたのは、形容のし難い表情で日本代表を迎え入れる向島大吾。
それでも、誰もが声が出ない。出せない。
蒼の14番の表情が苦し気に歪む。みずからを犠牲にしたと声高らかに誇りたいわけではない。
『それでも、勝てない相手がいる』
その現実という事実が、大吾の顔に暗い影をもたらす。
『悲しいときほど、それを周囲に気遣わせないようにしたほうが良いと思うよ』
そう凛なら子供を諭すように言うであろう。
だから彼は両頬を叩いて、無理にでも明るく振舞おうとする。
「すまなかった、大吾。おまえの想いを無駄にして……」
意を決したように主将の鍵井大輔が選手全員を代表して、大吾に頭を下げる。顔面蒼白となっている向島大吾が、この試合に懸ける気持ちを鍵井大輔は理解していたはずだ。
ブラジル代表にだけは、リバウジーニョ・ジュニオールにだけは負けたくない。
その大吾が、自分の退場と引き換えにして、自らのチームに一縷の望みを懸けた。それに応えられなかったという想いが、主将には切ないくらいに強い。
「よしてください。残りの時間を10人で戦うことを強いたのは俺ですし……」
「俺も謝る。ベスト8にまで残ったことで、やっぱり心のどこかに甘さがあった」
弟同様、顔を蒼く染めた真吾も大吾に対して謝罪した。
全員の想いが、そうだった。
20年間ベスト16に留まっていた日本代表。それを乗り越えたせいからか、精神と身体、両方とも弛緩していないと心の底から言えるものは誰もいない。
勇也もそうだ。
どこかでノルマを達成したと安堵した感は否めない。
「俺は大丈夫です。でも……」
自分に確かめるように、大吾が言った。
「もうちょっと、このメンバーで戦いたかったなあ……」
主将の鍵井は二ヶ月後には35歳。現実的に考えて、次のワールドカップに彼がメンバーに選ばれることは考えにくい。
利根もそうだ。彼にとって最初で最後のワールドカップであったかもしれない。
勇也の胸がシクシクと痛む。
自分には次がある、若さがあると思ってはいなかっただろうか。次も若さもないものも当然、年齢制限のないはずのA代表にはいるのだ。
宿舎で大吾とふたりになる。
いつも、ふたりきりになると、勇也と大吾は饒舌になる。だが、さすがにその日は語るべき言葉がない。
代わりに大吾の肩は震えていて、目に涙を溜めている。
(確かに、このメンバーでもっと戦いたかった。だが、大吾。おまえにとってはそれだけじゃなかっただろう?)
大吾は言わば『実父の仇討ち』に『完全に失敗』したのだ。
それも、『4年に一度の絶好の機会』で。
それが、チームのためにと自己犠牲でプロフェッショナル・ファウルを行なった。
本当は、大吾が一番最期まで戦い続けたかったに違いない。日本を、向島家を賭けて、ブラジル代表と、リバウジーニョ・ジュニオールと。
(そうまでして勝ちたかったのだ。いや、負けたくなかったんだ)
しかも、それが報われなかった。
ハットトリックまでもが、まったくの無駄だった。もちろん、分の悪い賭けであったことには間違いない。それに負けただけと言うのは簡単だ。
だが、あの瞬間。
大吾はエゴを捨てて、チームのために一番良いと思われることを行なった。帰国したら、いや、今この瞬間にも大吾は叩かれ始めているだろう。
「大吾」
意を決して、勇也は言った。
「4年後。あの金色のトロフィーを掲げるぞ!」
※※※※※
帰国の便に乗る前に、山口荒生が大吾に向かって言った。
「博さんの仇討ちに失敗した。でもそれはおまえの経験になる。本気のサッカー王国ブラジルを相手にして負けたという事実が、おまえを成長させる糧となる、財産となる」
山口荒生は、そのまま中東に残って決勝戦まで観戦してレポートを書くことになっている。
「今を受け入れろ。そして忘れるな、大吾。過去をすべて呑み込めたとき、おまえはさらに強くなる」
俺もそうだった、と山口は付け加えて、大吾を飛行機の機内へと送り出した。
※※※※※
日本に帰国すると、ベスト8をお祝いするはずの監督と選手全員揃った会見が行われた。
まず、監督に質問が浴びせられ、次は主将である鍵井大輔。
――鍵井選手、おつかれさまでした。ベスト8お見事でした。
「ありがとうございます」
――いきなりですが、鍵井選手は代表を続けられるのでしょうか? 4年後は39歳ですが……
「わかりません。代表引退を明言することは避けたいと思います。次の監督が、僕を必要としてくれるかもしれないですし……でも、主将を継いでもらいたいと思う選手はいます」
――それがだれか、教えて頂くことはできますか?
「すみません。それはちょっと……でもチームのために個人を犠牲にできる選手です」
――代表への想いは今でもあり続けますか?
「当然です」
――日本代表は、次の大会でベスト4を目指すことはできるでしょうか?
「日本代表としての誇りや魂。そういうものを引き継いで行けば、いつか優勝だって夢じゃないはずです」
続いて、大吾に質問が向けられる。
――ナイス・ハットトリックでした。
「ありがとうございます」
――ただ、日本人初の退場者となった。それについては?
「いつかは起きること。それが僕だったということです」
――戦犯として挙げられている。そのことについては?
「勝つことには理由がない。一方で、負けるには必ずワケがある。残念ながら、ベスト8では僕の退場が災いしてしまった」
――向島大吾選手は、優勝を宣言していましたが……
「当然です。勝負事であれば、負けることを前提にしているプレーヤーはいないでしょう?」
――4年後には、全盛期であろう25歳で迎えます。期待しても良いですか?
「いつだって期待してください。それは無料であって、見返りも多い、最高の買い物のはずです」
※※※※※
日本中が怒っている。
向島大吾という、ワールドカップで日本人初のレッドカードをもらった存在に対して。それが反省もせずに、またビッグマウスを公共の場で発言した。
大会が終わっても、ワイドショーやスポーツニュースが、その瞬間を繰り返し報道する。
『あまりに軽率なプレー』
『要らないカード』
『あのPKがなければ……』
だが一方で、あのとき大吾がファウルを起こさなければ、そのまま点を決められていたはずだという識者の意見も存在する。そして、本来であれば、瀬棚勇也が取り返せるはずのミスであったとも。
大吾のウィキペディアが荒らされる。国籍が日本からブラジルになっていたり、身長が168mmになっていたりする。
さらにネットや『サー・メタモルフォーゼ』に送られてくる匿名の殺害予告。
大吾の結婚式が控えていることも災いした。それを中止しろとか、延期しろとか騒ぐネットの住民。
ベスト8に行ったことで祝杯を挙げる場だったはずだ。そこまで行くには大吾の力が必須だった。それでも、最終的な結果しか見ない国民。まるでブラジル戦のハットトリックなど最初からなかったかのように。
大吾のメンタルは凛が保護している。大吾はそれに支えられ、崩れるようなことはしない。
むしろカードを貰うはずだった勇也の方が、その精神にひびが入っていた。
※※※※※
「あんな風に言わなくても良かったと思うんだけどなあ……」
『不必要にアンチを煽るだけじゃないの?』と結婚式を目前にした妻は、眼で訴えて、言外にそれとなく言っているのだ。
確かに、最初にそう振舞うよう仕向けたのは、凛自身だ。だが、こういう土壇場までビッグマウスを発せ、とは言っていない。こんなときまで自分の言うことに従って『向島大吾という人物』を愚直に演じ続けて。結果を残せなかった人物の憎まれ口にも聞こえる。
生涯のパートナー、結婚を決めた相手とは言え、120%の理解が出来る日はいつか来るのだろうか。
「良いんだよ」
清々しいまでの目をした大吾は言った。
憑き物が取れたと言っても過言ではない。
当初、凛の夫となる人物は陰鬱な表情をしていた。深刻な物思いをしているかのようなその陰影。
それが、段々と明るさを取り戻してきたのは、昨日の朝くらいだろうか。
それまで愚図る子供かのように拒否していた食事が喉を通るようになり、声に張りと力が戻って来た。
大吾の父親の仇討ちは完全に失敗した。
だが、自分は自分なのだ。完膚なきまでに敗北し、その呪縛から逃れられたとも言えよう。兄も同じ気持ちであるに違いない。
「凛。俺さ……」
言葉が喉元に上がってくる。
その一言はとても自然で、口に出すのは息を吐くより不都合ではなかったかもしれない。指を組みながら、親指を互いにくるくる交差させてそのワードは宙に放たれる。
「俺、もっとサッカー好きになったよ。たぶん、サッカー始めてから、今が一番好きだ」
「そっか」
凛は頬杖をついて、頷きながら、夫の顔を見つめる。
屈託のない表情が見つめ返す。
「負けて、悔しくて。負けたから、考えて。負けたからこそ、わかることがあって。もし、勝っていれば、俺のサッカーはここで終わっていたかもしれない。サッカー人生を懸けて追っていく存在、見上げる目標っていうのかな。ラファエウ、父さんや兄貴。そこに、ルカやジュニオールを付け加えて良いのかもしれない。ひょっとすると、永遠に越えられない壁なのかもしれない」
大吾の言葉がふと途切れた。どうやら、思考しながら喋っているらしい。
凛に対して言葉を紡ぐことで、自分の考えをまとめて、決意をあらたにしているようでもある。
「4年後、また俺はワールドカップに出たい。クラブの対戦じゃダメだ。ワールドカップの借りは、ワールドカップでしか返せない。そしてまた、父さんの夢を継いで……」
凛は大吾のことを考えた。
大吾の中で何かが吹っ切れたのだろう。その一方で、まだ自分自身で納得できてない部分も大いにある。
熟考して、まとまり切れない気持ちを、話すことで発散しているのだ。
この男には、生きていく軸があるけれども、そのときどきによってその軸は多少ブレる。
だけれども、その軸の中にきちんとした一本の芯はちゃんと通っていて、その抱えた矛盾を消化しようとして出た言葉が、『サッカーが好き』なのだとも理解できる。
もしかすると、踏み込んではいけない領域なのかもしれない
そうも思った
だけれども、
向島大吾は自分のパートナーで、
これから先、一生を共にするだろう伴侶なのだ
なによりも、自分もその姓を名乗っている
親しき仲にも礼儀ありという配慮は要るだろう
だが、自分たちふたりの間に、遠慮や建前などの言い訳じみた言動は必要なのだろうか
(不器用。でも頑固で、一度決めたらそれに突っ走っていく。こういう人間は目的に対しては強いけど、それ以外のことは脆い。でもそういう男だから……)
私は家になろう。そう凛は思った
『向島大吾という作品を作るパートナー』
そう言われて、一年。ずっと考えてきた
『向島大吾』は、その父と兄との特殊な関係性から家庭的に恵まれているとは言い難い
その血筋のせいで良い思いもしただろうし、逆に悪い思いも余計にしただろう
勝負事で起きる、その精神の波の上下を、自分の手で緩やかにしてあげたい
勝っても、負けても。彼が落ち着ける、素敵な家。いつでも帰ってホッとできる、愛おしい我が家
ふたりで築くそれに、もしかすると子供が幾人か増えるかもしれない。ひょっとすると混ざるのは、犬や猫、数匹かもしれない
サッカー生活だけではない
その中の全員がいつでも微笑んでいられる、心が凪の状態に持ってこられる、人間生活の軸となる暖かなホーム
そういうものに、私はなろう
「じゃあ、365日。サッカーのことだけ考えて。あなたの人生は、それだけで良い。そういうシンプルな人生を送れるように、私がサポートするから」
その言葉に応じた夫の笑顔は、妻がこれまで観たことないほどに純真で、眩しくて、喜びに満ち溢れていた。
(悩んでも、苦しんでも、もがいても。それでも最後には、まっすぐ一直線に進んでいく男だから、私は好きになったのだ)
恋に恋する幼いひとりの時間は終わった
ふたりで成長し、愛を育む時が刻み始めたのだ
当たり前のことを忘れていたかもしれない
これから私たちふたりは、家族になるのだから
そういう当前のことを、今、自分は改めて気付いたのかもしれない
私の人生を。向島大吾と共に紡いでいく生を、つまらないなんて誰にも言わせない
「越えられない壁を、自分で一方的に作ることはよしたほうが良いかもね。いつだって限界を乗り越えて、記録を塗り替える。だって、あなたの目標は……」
※※※※※
「勇也くん。大吾を知らない? あの子ったら、結婚式当日だっていうのに、何をのんびりしているのやら……」
そう大吾の母、美佐子に言われて、勇也は近辺を探し回った。
(大吾が行きそうなところ……か)
そう思ってふと思いついた場所がある。
いつも、大吾と自分が遊んでいた空き地。稲刈りが終わって、休耕と化している田んぼ。
それが見える小川を挟んだ小高い橋へと向かうと、案の定、大吾がボールと戯れていた。
「あのヤロー。今日、自分の結婚式だってわかっているのか?」
そんなことを無視したかのように繰り返される、ボールとの逢引き。
自分の結婚式当日であるにも関わらず、繰り広げられるたゆまぬ練習。
まだタキシードで田んぼに入っていないだけ、マシだろうか。
「おまえ、今日はホストなんだぞ? 祝ってもらうとは言っても、出迎える側なんだぞ? 凛さんや、向こうの親族のことを考えたことがあるのか? なんて迷惑なやつだ。アホウめ」
大吾はネットで叩かれ続けている。日本人初の、ワールドカップの退場者として。
だが、勇也もわかっている。本当であれば、あそこは自分がカードを貰うはずだったのだ、と。
自身の結婚式の当日まで。正直、周りのことを考えない迷惑なやつだ
だけど、だけれども
「おまえは、サッカーが……」
何がおまえをそこまで強くさせるのか。わかったような気がする
おまえはサッカーが好きなんだ、大吾
勝っても負けても、サッカーが好き過ぎるんだ
だから、嫁さんもサッカー関係者を選んで、5分でも10分でも良いからこんなときまでボールと戯れて……
サッカーの神様は知っているんだ
おまえにどんな試練を与えても、乗り越えて来るって
身長がなくても、天賦の才がなくても、それを努力で乗り越えるって
彼女と彼女。
式当日でありながら、二股を続ける大吾に対して、勇也の苦笑は真顔に変わった。
※※※※※
誓いのキスは、勇也にはやや奇妙に映った。
ただでさえ、大吾と凛とでは男女逆転の身長差がある。
花婿が高さのあるシークレットシューズを履くのと同時に、低めに抑えたウェディング・パンプスの花嫁。
それでも、新婦の方がやはり背が高い。
親友がもう既に、尻に敷かれているようで、少しおかしみさえ感じた。
「それでは、ご友人を代表してチームメートでもある瀬棚勇也さまからひとこと賜りたく存じます」
勇也は立ち上がって、マイクの元へと向かおうとする。
大吾の披露宴が始まったのだ。
招待されているのは、日本人だけではない。
イタリアでの親友、リュカ・バラン
古巣のキャプテン、マッシモ・パンカロ
悪戯好きな、ファビオ・サルヴェッティ
エリベルトとルシアーノのボナッツォーリ兄弟
大吾の影響で日本に興味を持ち始めた、ルーク・ファン・ヒンケル
一目置く相手の晴れの舞台に厳粛そうにかまえる、パオロ・フランコ
祝いの席でも寡黙な、パヴェル・コザーク
佇まいに威厳すら感じさせるグラン・トリノのバンディエラ、ジャンパオロ・サーラ
世界を代表するチームメートが、つかの間の休日を縫って、わざわざこの田舎にまで参集している。
メディアも呼んでいるようだ。まったくもって『スター』であることは難しい。
パシャッ、パシャッ、とフラッシュの響く音がする。海外からの取材も日本に派遣されて来ている。さすがにテレビカメラは入っていない。凛さんの判断だろうか? それとも伊吹澄さんの?
『皇帝』こと来生哲太も、この席に出席している。彼の結婚式も、マスコミに取り上げられ、スポーツ新聞の一面すら飾った。もはや大吾の一挙手一投足は、サッカーファンの興味の的だ。
日本がベスト8に進んだ英雄として、またはベスト8で沈んだ戦犯として。どういう報じられ方をして、どういう反応をされるのであろう。
その168cm+αの存在自体で、日本国民全員を煽っているかのようにも勇也には思える。
勇也は、あらかじめ用意していたスピーチの原稿を持って、マイクの前へに立った。
「すいません。物覚えが悪いもので、事前に用意していたもので勘弁してください」
そう言って、勇也は原稿を開く。
「大吾くん、凛さん。ご結婚おめでとうございます。思えば大吾くんと出会ったのは、岡山のジュニアで一緒になってからで……」
さまざまなことが脳裏に蘇る。
出会ったときの第一印象
ともに背を競い合った日々
父親の死で離れ離れになったとき
Jリーグで敵として再会した試合
再びチームメートとして戦ったイタリアでの舞台
『ミスリル』と呼ばれるようになったオリンピック
自分の代わりにワールドカップで受けたレッドカード
そして、日本中が敵になった今でも続けられる毎日のたゆまぬ努力
『バロンドールを取ります』
そうだ。おまえのその臆病でありながらも自身に満ち溢れた埃のような誇りは、その練習量が基になって作り上げているんだ。
勇也のスピーチが一瞬止んだ。
彼は、スピーチの原稿を破り捨てた。
別れを連想させるそれは、結婚式では一番やってはいけない非常識的なことだ。
友人の結婚式を穢した、とさえ言われるかもしれない。
だけれども、一番の親友の結婚式だからこそ、はっきりと語っておかなければならないこともあるはず。
「俺は凡人だ」
そのひとことに戸惑う新郎新婦。
「リバウジーニョ・ジュニオールは天才だ。だけど、大吾。おまえも天才なんだぜ!? 努力の天才なんだ。失敗から学ぶことができる。その天才だ。できることであれば、俺もおまえになりたい」
ざわつく招待客。
「俺は凡人だ。だけど、天才であるおまえの横に並び立ちたい。キャリアが終わった後に、その努力が足りなかったとは言われたくないし、思いたくもない。俺も俺が誇れる俺でありたい。あり続けたい。それを大吾、おまえにもこれから先、ずっと望む」
そう述べると、勇也は自分の席に戻る。
何が起こったのか分からない一同が、それでも拍手で迎えた。
(俺も好きなのはサッカー。好きであり続けるというのも才能だ)
注目のさなか、それでも勇也はスマートフォンの電源を付けて、すぐにメッセージを送り返した。
怪しい輩、疑わしい薬との決別。
そして、これから先の世界を、自分のナチュラルな力だけで渡っていく、という覚悟。
『俺には、そんなものは要らない。俺ができるドーピングは、努力だけだ!』
薬の力なんて要らない
誇りを持って、自分が手に入れたトロフィーやメダルを掲げたい
クリーンなまま、大吾と並び合い、競い合う自分でいたい
すべてが終わった後、これから出会うかもしれない妻や子供たちに彼という人物のことを改めて話したいと思い、心が沸き立っている
向島大吾。彼が、如何にサッカーを愛し、愛され続けているか、ということを
(大吾、おまえには輝いていて欲しい。一番大事なことを教えてくれた、おまえには。だって、おまえの最終目標は……)
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いつだって 君の目標は 世界一なのだから
―――――――――――――――――――――
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