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063・His value

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――バラン選手、ミラノに逆転優勝をさらわれましたが……
「最悪だ。この1年頑張ってきたことが、最後の最後で無駄になってしまった。こんなことであれば、もっと早く負けておくべきだった。シーズン前の苦しいキャンプや、家族との時間。そういうものを犠牲にして1年やって来たのに、最後の90分間うまくいかないだけで、失敗のシーズンと呼ばれるようになってしまった」

――どうすれば、来季グラン・トリノはスクデットを取り戻せますか?
「決まっている。ムコウジマ、ダイゴ・ムコウジマ。弟の方だ。彼をグラン・トリノが獲得することだ。今年度、彼はいったい何ゴールうち相手に決めた?」

――2ゴールです。
「たったそれだけだった? 本当に? だが、それが彼を、カンピオーネ覇者としてイタリアで認めることになってしまった」

――彼はカンピオーネですか?
「決まっている。悪いことは言わない。うちのオーナーに進言するよ。1億ユーロかかってもあの日本人を獲得するべきだって!」

――1億ユーロの価値が、アジア人サッカー選手に果たしてあるでしょうか?
「彼がいなければ、僕たちは優勝していた。来季もスクデット優勝旗が要らないのであれば、買わなければいい」





――フランコ選手、どうでしたか今日は?
「………………」

――ダイゴ・ムコウジマについてひとことお願いします。
「彼はノー・サンキューだ」






――サーラ選手、惜しくも優勝を逃してしまいましたが……
「決めるべきときに決められなかった。それが裏目に出た。とんでもないときにね!」

――ダイゴ・ムコウジマについては?
「彼はまさしくロマーリオだった」

――バラン選手が彼を獲得すべきだと仰っていましたが……
「僕とツートップを組むの? ふぅ……今はちょっと考えられないな……」

――日本人がグラン・トリノで通用すると思いますか?
「あぁ、中国人じゃなかったんだね。パオロがチーノ、チーノって言うから……その前に彼にはスクデットを奪われたという事実がある。うちのティフォージサポーターが彼を果たして歓迎するかな……」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





皇帝インペラトーレ


皇帝
大袈裟であるかもしれないが、彼にはその風格を感じる。

豊富なアイデアとフットボールIQ、それに裏打ちされたテクニック。
彼がイタリアでは通用しないと言われ続けたことを、今では日本のみなさんは覚えているだろうか。

シーズン半ばは、代表選の離脱もあり、疲労がたまりむしろ足手纏いとなっていた節もある。
しかし、降格候補筆頭であったペルージャを彼は見事に残留に導いた。

9ゴール8アシスト
ペルージャFCの総得点は36であるから、彼はゴールの半数に関わっていたことになる。

無論、センターフォワードとしてシーズンを通して使われているのであるから、この数字は寂しいやもしれない。
しかし皇帝は言い過ぎでも辺境王ではあるだろう。

彼のフットボールの熱意はイタリアから場所を変え、日本へと戻ってくる。
そうオリンピックだ。
彼のプレーが日本で見られるのは数少ないであろう。

バロンドールを公言した日本人。
一歩、いま一歩と着実にその歩みを早めている。
階段を登り始めた彼の一挙手一投足を追う楽しみを我々は許されている。

128分の1
以前、本姉妹紙ウィークリー・フットボールにてワールドカップで彼がいれば優勝する確率をそう言った。
確実にその『128分の1の確率』は高まっている。

サッカーが下手な人=日本人
その式を彼は独力で変えることになるであろう。
皇帝にはそれくらいの権力はあるものだ。



向島大吾 イタリア・ファーストシーズン 6.5

 ワールド・ウィークリー・フットボール 雨宮凛



※※※※※



 セリエAに所属するペルージャのクラブハウスの近くにある公園。
 そこでうら若き女性が、ひとりの小さく華奢な若者に対して握手を求めた。
 若者はしっかりと、そして優しく女性の手を握り返す。

 女性は若者に対して『ふらふらしすぎて、よくもまあイタリアで結果を残して来たものだわ。大丈夫なのかしら』と保護欲を掻き立てられる。

 木々に遮られたイタリアの日光が注ぎ込み、爽やかな薫風がふたりの間を漂う。

 ふたりは握手を交わしてそれぞれブランコに座り、女性はふたりの間に置いたボイスレコーダーの録音ボタンを押した。



――見事、降格候補の筆頭だったチームを残留させました。おめでとうございます。
「ありがとうございます」

――9ゴール8アシスト。チームの総得点の半分に絡んでいたことになります。
「そうですね。プレシーズンマッチではボールが廻ってこなかったんですけど、開幕戦で結果を残して、チームメートの信頼を得られたと思います」

――なぜ、プレシーズンマッチではパスが廻ってこなかったんでしょうか?
「アジア人が白人の世界に完全に混じるにはまだ難しい、とだけ言っておきます」

――途中から試合前の整列が最後尾になりましたね?
「信頼の結果。エースとして、チームメートからも監督からもそしてサポーターからも認められたってことじゃないですかね」

――自分から最後尾に並びたいと言ったわけではないのですか?
「そうですね」

――ジンクスとか気にしていますか?
「左足からピッチに入って、右足で出ることくらいですかね」

――オリンピック代表候補にも選ばれましたね?
「ええ。少し戸惑いましたが、すべての道は代表に通ずって言うんですかね? 一度は諦めてしまおうかと思ったサッカーですが、結果を残せば、見てくれている人がいるっていうのは心強いです」

――代表から帰ってきた後。シーズンの中盤戦は、スランプに陥ってしまいましたが……
「周りの人たちの協力も得られて、なんとか立ち直れました」

――周りの人たち……チームメートや監督やサポーターですね。
「それと、大事なひとです」

――大事なひと?
「その……目の前にいる……」



 インタビュアーは慌てて、ボイスレコーダーのスイッチを切る。

「これじゃあ、本誌には載せられないわ」

 雨宮凛はふうっと長大息して、大吾に注意を喚起する。

「ごめん……」

 それに対して、大吾は苦笑いを返す。

「インタビューの続きはまた今度、ね」

「今度って、いつ?」

「オリンピックが終わった後なんかどうかしら?」



「凛、オリンピックで優勝したら……」

 凛は手で大吾の口をふさぐ。

「イタリアでは、口に出した夢は叶わないって言われてるのを忘れてしまった?」

「だけども、ちゃんと言っておかなきゃ……」

「言わなくても、人間は心があるからわかるもの、よ」
 
 強くなってきた日差しを手で遮り、麦わら帽をかぶり直した凛はその場を立ち去ろうとする。

「勝てば……」



 公園を立ち去ろうとした大吾のポケットに、LINE通知のバイブレーションが響く。

『両親に一度会って欲しい人がいると伝えておくから!』
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