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045・マリーシア

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「俺にはボールの声は聴こえない。だけど……」

 勇也が興奮気味に大吾に駆け寄って言う。

「おまえと一緒にプレーするの楽しいぜ! おまえの感覚が理解できた!」

 大吾の感覚を共有することで、勇也もまた進化を遂げようとしていた。
 フィジカルで跳ね返すだけのザケイロセンターバックから、またオフェンス能力も開化しようとしている。

「自分一人じゃ絶対にたどり着けない、おまえが敵に回った瞬間に無くなる感覚であることが悲しいけどな……」

 今の勇也は、大吾によって作られたいわば強化人間。
 大吾の血を輸血することによってできた人造ファンタジスタ。
 輸血元がなくなると、勇也はその感覚を永遠に失う。大吾が味方でいる間12時までのシンデレラ・タイムである。



 思いがけない反撃にあい、パオロ・フランコは逆上し始めた。

「あの中国人チーノ、無事に帰れると思うなよ……!」

 パオロ・フランコは、フィジカルに南米特有のマリーシアずる賢さを兼ね備えたディフェンダーである。
 荒く、カードを貰うことも多いが、それだけでは常勝グラン・トリノのディフェンスリーダーに永遠になることはできない。

『試合が開始したら、まず最初に相手にガツンといく』

 これがフランコの信条である。

(思えば舐めすぎて、それを忘れていた)

 5-1で勝っても、『なぜ1点取られた!?』とwhyがまず最初に来るのがイタリアのサッカー文化。
 格下から屈辱の2点目を取られてから、フランコは執拗に、それでいてファウルを取られないように大吾へのマークを厳しくしていった。

――こいつのマークは、世界最高クラスの厄介モノだな

 フランコは審判に見えないように肘打ちを繰り出し、バック・ステップをするフリをしては大吾の脚を踏みつける。
 しかし、並の選手であればフランコもこういうファウルまがいをしないであろう。

――わば世界最高峰のディフェンダーに、それなりに認められたって証だな……

 削られる痛みによって、大吾は自分が高みに登ってきたことを実感し始めた。



 ボールが渡る前に、フランコはそのスピードで大吾の前面に駆け出した。
 
 アンティチポ後方からのパスカット

 それを阻止しようとする大吾のスタミナは削られていく。



 さすがに機動力が違い過ぎる。
 パオロ・フランコはもう何年もグラン・トリノのディフェンスの重鎮なのだ。
 セリエAは世界有数のディフェンスの国だ。Jリーグよりも、そのディフェンス強度は何倍も高い。
 それを絶対王者グラン・トリノで体現していると挙げられるのが、イタリア人ディフェンダーではなくウルグアイ人の彼である。

 当然、誇り高い。

 勇也がくさびのボールを大吾に入れようとする。
 フランコが、またもや前に出てカットに行こうとした。

 大吾はここぞとばかりに、フランコのユニフォームを少しだけ引っ張る。
 百戦錬磨であるはずのフランコでさえ、今までクリーンに過ごしてきた中国人大吾がここで、ダーティになることを予想していなかった。
 少し、バランスを崩す。

 大吾はフランコより先に前に出た。
 フランコは倒れることを拒否するかのように、踏ん張って両足を支えることにまずは集中しなければならない。

 その隙間を縫って、フランコの股間を、ダイレクト・ヒールでスルーパスを通した。

 反応したエリベルト・ボナッツォーリは少々複雑な面持ちで来るボールを待ち構えた。
 彼ら双子は、足の速さを活かしたツートップだった。それが向島大吾という存在が来ることによって、それを最大限に活かすためにウイングへとコンバートされたのだ。
 もちろん、変化がなければそのままのチーム力では一年でセリエBに舞い戻ることも知っている。
 どうやらこの日本人は、チームを変化させ、チームの力を上げる存在であるようだ。

「ダイゴ・ムコウジマは俺からポジションを取るはずの相手だった。しかしあの体格で立派に『10番』をこなしているじゃないか!」

 エリベルトはセンタリングを上げる。
 低い弾道のクロスは、背が低く、ジャンプ力がない大吾の頭の高さへと狙ったものだった。



 大吾はジャンプして、どちらかというと苦手なヘディングシュートを繰り出そうと、顎を引いた。

 しかし、大吾が頭を叩きつけようとした瞬間に、フランコの肘がその側頭部にめり込んだ。

 彼は意識を失い、ピッチと無残な口づけを交わすこととなった。
 高みに一気に登ろうとし過ぎたため、高山病の洗礼を受けることになってしまったのだ。

 レフェリーは2枚目のイエローカードをすっ飛ばして、赤いカードをフランコに提示し、ペルージャのPKを宣告する。
 フランコは掴みがからんばかりの勢いで抗議した。
 しかし、彼の味方ですら、あからさまに危険なファウルを犯した彼を擁護しようとはしない。
 むしろ、彼を審判から引っぺがして試合進行の妨げにならないようにフィールドから追い出した。



「ゴ! ィゴ!! ダイゴ!!!」

 グラン・トリノを目当てにスタジアムに集まったペルージャ市民は、一斉に大吾コールを始める。

 ゆっくりと大吾は起き上がり、右拳を天上へと突き上げた。
 それに応えた観客は大歓声を巻き起こす。地震が起きたかのように轟くスタジアム。超満員、28000人を収容したそれを、ひとりのアジア人のプレーが揺さぶり続ける。 

 日本からやって来たティーン・エイジャーが、チームどころかイタリアのひとつの街の心をひとつにしたのだ。



「ダイゴ・ムコウジマにPKを蹴らせろ!」

 ロッシーニ・オーナーがそう指示を飛ばす。

「そうだ、ダイゴに蹴らせろ!」

 観衆もオーナーに続いて、怒声に近いがなり声をあげ始めた。



 大吾はペナルティ・スポットへと歩き出す。
 そして、権利を行使するかのようにPKのボールをセットしだした。

「大丈夫なのか、ダイゴ?」

 パンカロがイタリア語で問いかけた。

 まだイタリア語がわかっていないだろうに、それに対して大吾は生気のない土気色の顔で無言で頷いた。



 大吾は助走を取らない、独特なPKの蹴り方だ。
 ブラジル代表ゴールキーパー・コインブラは、超反応を売りにしているPKストップの名人である。逆に、大吾のこの蹴り方がスタンダードでない分、始末が悪い。



 大吾は右足を振りかぶる。

 フェイントはかけない。

 それがかえって、コインブラにとってフェイントとなった。



 大吾から見て右にコインブラは飛ぶ。



 大吾は左上へとボールを贈る。



 3-3!



 誰もがそう思ったときに、第3のディフェンダーが現れた。

 ゴールポスト。

 無情にもボールは帰宅することを拒否し、フィールドへと次の相手を求めて大吾の元を去って行く。



 グラン・トリノは跳ね返ったボールをキープして、カウンターアタックを発動した。

 司令塔、フランス代表のリュカ・バランがボールと共にワルツを踊る。
 60メートルを独走し、追いすがる197センチの勇也をいとも簡単に払いのけ、華麗なタップダンスをも交えてドリブルのリズムを途中で変えてしまう。

 ペルージャのキャプテン、マッシモ・パンカロが、アタックすべきか、マークをそのままにするか一瞬迷った。
 その判断が迷った数秒間で命運が決まった。
 バランはイタリア代表サーラへとスルーパスを通す。

 サーラが、ゴールキーパーとの1対1という美味しいチャンスを逃すことは、人間が死から逃れられないことと同様にあり得なかった。
 サルヴェッティ相手でもそれは同じである。
 冷静にゴール左隅へと流し込み、ボールはよりにもよって逆側のネットへと転がり込んだ。



 2-4!



 それと同時に、意識朦朧とした大吾は再び倒れ込んだ。

「最悪だ……」

 ペトラーキ監督はさすがに交代を用意し、後半38分、大吾はフィールドを後にする。



 ペルージャは結局、もう1点アディショナル・タイムに追加され、2-5で負ける。



 だが、この試合最大の歓声は、担架に乗った19歳の日本人に向けて贈られた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





『我を通すことしか知らない無謀な19歳』



彼は何がしたかったのか?
随所に日本仕込みのテクニック・プレービジョンは見せた。

だが、ただそれだけだ。

彼の技術は日本では『サーカス』と揶揄されていた。
まさに『ひとりよがりのサーカス』だ。

意識朦朧とした中でチームの命運を握るPKを蹴ろうとする。
なんと自分勝手なことか!

PKを決めたらヒーローになれるという甘い夢を抱いたのであろう。
彼のその傲慢さが、ペルージャから勝ち点1を奪っていった。
観客は彼に歓声を送ること必要などないのだ。
むしろ罵声を浴びせるべきなのだ。

これでは先が思いやられる。
彼は頭脳を欧州方式に変える必要がある。
正直、彼の人間性すら疑ってしまう。

彼が公言通りにバロンドールを獲ることがあれば、私は自腹で各新聞に対して謝罪広告を載せる準備がある。
その可能性はないため、準備が必要あるかと問われれば『ない』と断言できるけれども。

向島大吾  2.0

 ワールド・ウィークリー・フットボール   宮間睦
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