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017・ベル・ジョーコの創造主

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 満員の観客席が揺れに揺れる。集結したオーディエンスたちはジャンプを繰り返し、文字通り岡山南東の地に震度1の地震が記録された。

 ゲームが再開する。
 ここ一番で閃きファンタジーアを魅せ付けた大吾を代えることを諦め、向島監督はアップさせていた八谷やたがいをひっこめた。

 大吾のスタミナは尽きている。
 まともにフィジカルの差をくらったマークを受け続けているのだ。普段より消耗が激しい。

 先ほど見せたのは、蝋燭ろうそくの最期の輝きであったかもしれない。
 しかし、『向島大吾は何かやってくれるのではないか?』という期待を観客はもう隠そうとしなかった。それがわかっているからこそ、もう監督大吾息子を代えることが出来ない。

 勇也には明らかに動揺が見られる。
 握った拳がプルプルと震え、苦虫を十匹も噛み潰すように歯ぎしりが止まらない。完全に格下だと思っていた大吾に、ものの見事にやられてしまったのだ。
 自分のパワーには自信があるはずだった。秋田のフィジカルコーチも『お前のフィジカルは、もうJ屈指と言っても間違いない』と太鼓判を押してくれた。

(いくらプロデビュー戦とはいえ、大吾と俺の差はほとんどないはずだ。いや俺の方がむしろ上のはずだ。何が違う? 俺と大吾の決定的な違いはなんだ? 俺のフィジカルはもうJリーグではトップクラスのはずだ!)

 勇也の焦りはプレイにもあらわれ、ひとつひとつのプレーが荒くなってきた。
 大吾に対するファウルが起きる。わざとかもしれないし、悪質であるかもしれない。
 しかしながら主審も、この若者がデビュー戦であることを知っている。これから先のことを考えて、できることならカードを出してそのプレーを委縮させるようなことはしたくない。

 けれども、またファウルが起きたではないか!
 見かねた主審は、勇也に口頭で注意を与えた。

「次、やったらカード出すよ!? いいかい、心は熱く頭はクールに、だよ!? デビュー戦なんだから基本をちゃんと抑えてだね……」

 しかし、その主審の注意は勇也の耳を通り抜け、余計に勇也の心をかき乱すだけであった。



 後半35分
 グエン・バン・ヒューが再びボールを持つ。
 ダンスの再上演会が始まろうとしていた。ボールをこねくり回し、マークを自分に集中させようとする。

 よほどテクニックに自信を持っているのであろう。前進を開始し、そして、一人抜き、二人抜き、シュートモーションに入ったところをゴールキーパー稲津が飛び出し、すんでのところで防ごうとした。グエン・バン・ヒューは稲津の突進に合わせて再び倒れ込む。



 ピーーーーーーーーーー!

 審判の笛が大きく響き渡る。

 再び秋田がPK獲得!

 岡山イレブンが天を見上げた。キャプテン利根が、審判に抗議に行こうとする。

 しかし今度は、グエン・バン・ヒューに対してシミュレーションの判定が下されて、主審はイエローカードを取り出した。グエン・バン・ヒューは両手を揚げて『Why?』と食ってかかるが審判は相手にしない。

「日本語わかるの知ってるよ! もう一枚出されたいの!?」

 それを聴くとグエン・バン・ヒューは片手を腰にやり、大きくため息を付いて諦めたのだった。







 後半も40分を過ぎようとしていた。

 秋田のグエンがシュートを放つが、勢いがなくなったそれはゴールマウスを捉えることをしなかった。
 岡山のゴールキックで試合が再開する。
 キーパー稲津は利根へとショートパスを出し、利根はそれをロドリゴ・器楽堂きらくどうへと向けた。
 ロドリゴ・器楽堂から真吾へと絶妙なスルーパスが通る。
 真吾とロドリゴのイメージが同調し、真吾の絶妙なラインブレイクからのシュートがゴールに突き刺さろうとしていた。
 
 それを勇也が芝生を抉り、土埃が立つようなスライディング・タックルで防いだ。
 ギリギリのところでの防御。
 瀬棚勇也以外のフィジカルの持ち主では防げないであろう素晴らしいディフェンス。

「ふうっ。勝利への道はなかなかに険しい……」

 ため息とともに、真吾は、瀬棚勇也というディフェンダーの存在を確実に意識し始めた。

(こいつが味方になるとき・・・・・・・が本当に楽しみだ……)

 と。



 後半アディショナルタイム
 
 ディフェンスラインに吸収されかかっているアンカーの利根が、またもやボールをカットした。
 前方を見ると、ボールをくれと、両手を顔の前に掲げた大吾が嫌でも目に入るではないか!

 また利根の後方からのロングパスが、大吾に向かってロケットのように発射されようとしている。
 
 しかし、とうの昔に大吾のスタミナは尽きていたはずではなかったのか?
 いや、大吾はこの刻のためにゲームからわざと距離を置き、少しずつスタミナを回復させていたのだ。

 大吾は再びロケットの着地点へと奔りだした。
 前方には勇也がいる。仁王のように待ち構え、先ほどと同じ技は二度と喰らわないと全身で語っているかのようでもあった。



 大吾はまた、ダイレクトプレイで勇也を抜こうと試みた。



 しかし勇也も学習している。



 大吾はヒールキックを再び使うような素振りを見せる。



 勇也の意識は半瞬、上へと向かう。



 それはまごうことなき、フェイントであった。



 大吾は今度はヒールではなく、インステップでボールを前へと押し出す。



 上空へと意識が向いた勇也の股の間を、無情にもボールはトンネルを通過するF1マシンの如く通過した。



 大吾は再び、勇也を置き去りにする。しかし、今度は勇也も反転して大吾に追いつく。



 大吾は一生分の筋肉をここで使い果たすかのように、圧倒的なフィジカル差の勇也を腕で抑え込むことに成功した。



立っているだけスタンディングじゃ駄目だ!」

 と勇也は一瞬減速し、スライディング・タックルの体勢に入る。



――このタイミング!



 大吾はボールを、右足インフロントで少し前に押し出した。



 勇也のスライディング・タックルは、残った大吾の左足だけを後ろから草のようにぎ払ってしまった。





 ピーーーーーーーーーーーー!



 笛をかき鳴らしながら主審が走り寄り、懐からレッドカードを取り出し勇也に掲げる。



 勇也はそれに対して、ひとことすら文句を云わず、頭を下げてピッチを後にした。



 PK!



 岡山は土壇場で試合をひっくり返すペナルティキックを手に入れた。
 起き上がった大吾は、ボールを恋人のように愛おしく抱きしめる。
 PKを蹴ろうとする真吾に対して、大吾はボールを差し出さないどころか、『これは自分のだ』とおもちゃをとられることを極端に嫌う子供のように離さない。

「はずしたら、文字通り殺すぞ!」

 真吾はそう言って、大吾の頭を左手で思いっきりはたいた。
 頑固な弟にPKを譲るということだ。



 大吾はボールの目の前に立った。元イタリア代表のスピードスター、ジュゼッペ・シニョーリのように助走をとらない独特なPKの蹴り方だ。



 秋田のゴールキーパーは「舐めやがって!」と興奮せざるを得ない。



 大吾は右足を振りかぶった。



 ゴールキーパーとの心理戦。この一秒の間に様々な意識が到来する。



――右? 左? それとも……



 大吾の右足がボールにヒットする。直後、ゴールキーパーは大吾から見て左下へと飛ぶ。



 大吾が蹴ったのはグエン・バン・ヒューと同じく、ど真ん中へのパネンカチップキックであった。



 ボールがゴールへ吸い込まれる0.5秒の間、観客の声は完全に止んだ。



 そしてボールがゴールへ吸い込まれたあとの0.5秒後に観客の間に座っている者は一人もいなくなった。



 一試合に二度のパネンカチップキック



 最高級の上質なエンターテイメント。

 初めてサッカーを見た試合がこれであったらその人はむしろ不幸であるだろう。
 これ以上の試合を期待して、これから先フットボール・マニアサッカーファンとしての一生を送らなければならないのだから。

 大吾は両手を下から上に何度も上下させて観客を煽る。





 試合再開の笛が鳴り、秋田は攻撃を開始した。
 一度ボールが外へ出たらそこで試合終了ゲームオーバーだ。それを知っている岡山ディフェンダーは、何とか弾き返そうとする。

 しかし、ボールを持ったグエン・バン・ヒューがまたもやダンスを開始した。
 ここへ来ての、まるで試合が今始まったばかりのような乱舞は、ディフェンス陣を完全に混乱に陥らせた。



 だが、その劇場に背後から忍び寄る者がいた。



 大吾だ。



 グエンの後ろに目が付いているわけでもなく、秋田の味方の『マノン!』の掛け声も遅い。



「なんで大吾がここまで帰って来てるんだ!?」



 思いがけない出来事に利根が絶叫した。



 完全に不意を突かれたグエン・バン・ヒューは、あっけなくボールを奪われる。



 そして大吾は右足を一閃し、愛する彼女ボールに強引に別れを告げた。



 主審の長い笛が三回響く。



 試合終了!



 2-1!





 大吾は不意にボールと語り合ったのだ。
 
 自らが持ち得る、特別な1%の才能によって同調し、共鳴し、合唱した。

 ふたつの血脈、魂魄が合流し、一時ではあるが融合したのかもしれない。





 ウィークリー・フットボールの雨宮凛記者は、この試合の大吾に9.0の評価を付けた。
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