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野球帽の少年
4.お化け屋敷
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At Nishihara Town, Okinawa; 1981.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
二年生に上がって、あたしはその子と同じクラスになった。上間勉という、何の変哲もない日本人の名前の持ち主だってことを、あたしは初めて知った。
勉君は無口だった。誰ともしゃべろうとはせず、いつも一人で大人しく学級文庫の本とか教科書を読んでいた。だから成績はいつもトップだった。そして、意外に足が速かった。
ある日のことだ。日直当番を終え、家路についていた。この時のあたしは、肩から吊り下げるベルトがついた赤いプリーツスカートを履いていた。このスカートがお気に入りだったのだ。
またあの公園を通りかかった。なにやら騒々しい。不審に思って眺めていると、十名近い男の子たちが金髪頭を殴っているのが見えた。
「泣き虫、弱虫、アメリカー!」
「ヤンキーゴーホーム!」
そう口々にわめいて、大勢で寄ってたかって勉君を殴ったり蹴ったりしている。カーッとなった。弱いものいじめは大嫌いだ。許せなかった。
「こらー! いじめるなー!」
走った。ランドセルをカタカタいわせながら、握りこぶしをふりあげる。
「げっ、多恵子だ! 多恵子が来ゅーんど!」
「空手っし蹴り殺さりーんどー!」
男の子たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
駆け寄ると、砂ぼこりが立つ中で勉君はじっとしゃがんでいた。
「あんた、大丈夫ね?」
見ると、右の膝小僧を大きくすりむいて、血がにじんでいる。
「待っててよ、家から救急箱取ってくるから!」
あたしは全速力で家へ帰ると、ランドセルを玄関に放り投げ、救急箱を手に公園へと引き返した。将来は看護婦さんになる。死んだ兄の写真を見たときからそう決めていた。勉君の傷の手当てはあたしに課せられた義務だと勝手に思いこんだ。
勉君はベンチに座っていた。あたしはガーゼを水呑場の水で濡らして傷口の泥をぬぐった。しみるのだろう。痛そうな顔をしている。ヨードチンキをつけ、大きな絆創膏を貼った。
「これで大丈夫だよ」
「サンキュ」
勉君はふらふらと立ち上がった。金髪が風に揺れる。
「あ、そうだ」
勉君があたしを見て、ひとこと。
「お前、あんまり暴れるなよ。パンツ丸見え」
ちょっと、それが、助けてあげたあたしに対する言葉なわけ?カチーンときたけど、彼は何事もなかったかのように踵を返した。
「じゃあな」
ほこりだらけのランドセルを背負う勉君の後姿を見て、あたしは心配になった。また、あの男の子たちが追いかけて来るんじゃないだろうか?
気がつくと、あたしは救急箱を片手に、彼の後ろからついて歩いていた。公園からニラがいっぱい生えたコウキさんの畑を横切り、工事中を示す赤いコーンが立ち並ぶ砂利道をずんずん登っていく。ロープが掛かった空き地に差し掛かると、なんと彼はそのロープをくぐって先へ行く。躊躇したが、あたしもロープをくぐって追いかけた。
しばらく歩くと、コンクリート打ちっぱなしの古い建物が見えた。昼なのにあたりは妙に薄暗く、建物の壁面には蔦が生えている。あたしはぎょっとした。ここは「お化け屋敷」だ。昔、この建物の住人が数名、立て続けに自殺したらしく、いつ取り壊すのだろうと近所で噂になっていた。
勉君が立ち止まり、振り返った。
「いつまでついてくる? お前はここから帰れ」
ぽかんとしているあたしに、彼は二の句を継いだ。
「そこにいると、ハブに咬まれるぞー」
そう言って、建物の中へダーッと走り去っていった。
……ひーらーの次は、ハブ?
「うぎゃー!」
あたしは叫んで、彼と同じようにそこから走り去った。
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
二年生に上がって、あたしはその子と同じクラスになった。上間勉という、何の変哲もない日本人の名前の持ち主だってことを、あたしは初めて知った。
勉君は無口だった。誰ともしゃべろうとはせず、いつも一人で大人しく学級文庫の本とか教科書を読んでいた。だから成績はいつもトップだった。そして、意外に足が速かった。
ある日のことだ。日直当番を終え、家路についていた。この時のあたしは、肩から吊り下げるベルトがついた赤いプリーツスカートを履いていた。このスカートがお気に入りだったのだ。
またあの公園を通りかかった。なにやら騒々しい。不審に思って眺めていると、十名近い男の子たちが金髪頭を殴っているのが見えた。
「泣き虫、弱虫、アメリカー!」
「ヤンキーゴーホーム!」
そう口々にわめいて、大勢で寄ってたかって勉君を殴ったり蹴ったりしている。カーッとなった。弱いものいじめは大嫌いだ。許せなかった。
「こらー! いじめるなー!」
走った。ランドセルをカタカタいわせながら、握りこぶしをふりあげる。
「げっ、多恵子だ! 多恵子が来ゅーんど!」
「空手っし蹴り殺さりーんどー!」
男の子たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
駆け寄ると、砂ぼこりが立つ中で勉君はじっとしゃがんでいた。
「あんた、大丈夫ね?」
見ると、右の膝小僧を大きくすりむいて、血がにじんでいる。
「待っててよ、家から救急箱取ってくるから!」
あたしは全速力で家へ帰ると、ランドセルを玄関に放り投げ、救急箱を手に公園へと引き返した。将来は看護婦さんになる。死んだ兄の写真を見たときからそう決めていた。勉君の傷の手当てはあたしに課せられた義務だと勝手に思いこんだ。
勉君はベンチに座っていた。あたしはガーゼを水呑場の水で濡らして傷口の泥をぬぐった。しみるのだろう。痛そうな顔をしている。ヨードチンキをつけ、大きな絆創膏を貼った。
「これで大丈夫だよ」
「サンキュ」
勉君はふらふらと立ち上がった。金髪が風に揺れる。
「あ、そうだ」
勉君があたしを見て、ひとこと。
「お前、あんまり暴れるなよ。パンツ丸見え」
ちょっと、それが、助けてあげたあたしに対する言葉なわけ?カチーンときたけど、彼は何事もなかったかのように踵を返した。
「じゃあな」
ほこりだらけのランドセルを背負う勉君の後姿を見て、あたしは心配になった。また、あの男の子たちが追いかけて来るんじゃないだろうか?
気がつくと、あたしは救急箱を片手に、彼の後ろからついて歩いていた。公園からニラがいっぱい生えたコウキさんの畑を横切り、工事中を示す赤いコーンが立ち並ぶ砂利道をずんずん登っていく。ロープが掛かった空き地に差し掛かると、なんと彼はそのロープをくぐって先へ行く。躊躇したが、あたしもロープをくぐって追いかけた。
しばらく歩くと、コンクリート打ちっぱなしの古い建物が見えた。昼なのにあたりは妙に薄暗く、建物の壁面には蔦が生えている。あたしはぎょっとした。ここは「お化け屋敷」だ。昔、この建物の住人が数名、立て続けに自殺したらしく、いつ取り壊すのだろうと近所で噂になっていた。
勉君が立ち止まり、振り返った。
「いつまでついてくる? お前はここから帰れ」
ぽかんとしているあたしに、彼は二の句を継いだ。
「そこにいると、ハブに咬まれるぞー」
そう言って、建物の中へダーッと走り去っていった。
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