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西原っ子純情

8.矢上(やがみ)明信(あきのぶ)、刑事になる

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 At Gushikawa City and Ishigaki City, Okinawa; from 1997 to 1998.
 At Nakagusuku Village, Okinawa; November 18, 2001.
 The narrator of this story is Akinobu Yagami.

話を元へ戻そう。
俺は大学を卒業後、警察官採用試験に合格した。具志川市にある警察学校で六ヶ月間、みっちり基礎を身に着けたあと、しばらく石垣島で交番勤務に就いた。

石垣島は沖縄本島からさら四百キロ南西にある。「おーりとーり」(いらっしゃい)と耳に優しく響く八重山方言と人懐っこい人々、沖縄本島とはまた一味違うのんびりした雰囲気、赤瓦の家々から流れるとぅばらーまの歌、そして、ピパーチ(ヒハツ:香辛料の一種)が香りたつ八重山そばのうまさはまた格別だ。
できれば、定年前にもう一度、石垣島で勤務をしたい。願わくば、今度は家族と呼べる人々と共に。

だが、当時の俺は妙に焦っていた。のんびりした石垣島にいると、情報から取り残されている気がした。
警察学校の同級生のほとんどは本島勤務で、忙しい毎日を送っている。一日も早く刑事になって、暴力団の取り締まりに当たりたい。俺は何度も上司に異動を申し出た。
「矢上、そう焦るんじゃない。地域住民を守るという意味では、交番勤務も大事だぞ」
わかっている。よーくわかっているけど、俺は第一線で働きたいんだ。

一九九八年八月の深夜、俺は街中で、ある女子高校生を補導した。三日ほど前から友人宅へ外泊して、そのまま行方をくらましていて、親御さんから捜索願が出ていたのだ。
彼女はなんと、バドマイザー(小さなガラスの小ビン)を持っていた。
これは、一つの可能性を示唆している。覚せい剤使用だ。

婦人警官に任せて調書を取ってもらうと、とんでもない事実が発覚した。ある暴力団組織が東南アジア経由で覚せい剤を持ちこんでいるらしい。しかも大量に。
石垣島は交通の要所だ。台湾への定期船が就航していて、貨物コンテナが頻繁に行き交う。麻薬が紛れ込む可能性は決して否定できない。

女子高生は震えていた。密告がばれると組織から売春を強要されるというのだ。
無論、彼女にも多少の落ち度はあるだろう。俺にも覚えがある。すこし不良を気取っているつもりが、やがてとんでもない蟻地獄に落ちてしまうことがあるってことを。そして、ちょっとやそっとじゃ抜け出せなくなり、助けを呼ぶこともできなくなる。

俺は幸運だった。あのとき、島袋しまぶくろけいが力ずくで俺を止めなかったら、俺は警察官にはなれなかった。
彼女はただ、桂のような友人に今までめぐり合えなかっただけなのだ。
これ以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない。

俺たちは一丸となって捜査を進めた。やがて、伊原間いばるま地区の郊外にある空き家にあった覚せい剤を押収することに成功した。組織の本部は沖縄本島でまだ活動を続けている。
俺は再三、異動を願い出た。そして、一九九九年、暴力団対策課へ配属が決まった。

二〇〇一年十月。俺は、組織を追って中城なかぐすく城跡近くのとあるホテルの廃墟へ向かっていた。
不法滞在をしていた外国人から、ようやくのことで麻薬取引の詳細を聞きだしたのだ。念のために防弾チョッキを身に着け、拳銃を持った。できれば銃は使いたくないが、相手が相手だ。油断は出来ない。
覆面車数台で出かけた。現場は道幅が狭い丘陵地帯だ。三名はその場で待機、あとの四名は二手に分かれ、挟み撃ちにすることにした。薄暗い夕暮れの中、俺は、一緒に組んでいた先輩のクロシマさんと雑草をかき分け、建物の背後へと回った。

突然、中からけたたましい銃声が響いた。気づかれたか? すぐに本部へ応援を頼み、そっと建物の中を覗きこむ。大きなアタッシュケースが広げられているが、人影は見えない。
背後に気配を感じた。とっさに背負い投げをし、相手を組み伏せる。剣道・柔道・防御術については警察学校で鍛えられ、赴任先の石垣島でも継続して講習を受けていた。

拳銃を奪い、手錠を掛ける。まだ何人か仲間がいるはずだ。
深呼吸をして拳銃を構えなおし、じりじりと中へ足を踏み入れた。その時だ。銃声がして、クロシマさんがうずくまった。すぐに応戦し、相手の手首近くを撃ち抜く。制圧し手錠を掛けた。
「大丈夫ですか?」
クロシマさんへ駆け寄ったとき、一帯にサイレンの音が響いた。どうやら一網打尽に押さえることができたらしい。クロシマさんは左脚の太ももを押さえ、苦痛に顔をゆがめている。予想以上に出血がひどい。
救急車を手配し、一緒に飛び乗った。ここから一番近い救急病院は、サザン・ホスピタル。うまくいけば五分で着く。どうか助かりますように!
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