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16.揺れる乙女心
サーコ、別の男性とデートする~あきお君、サーコを連れ去る
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早くも沖韓カップルの雲行きが怪しくなってきました。サーコのモノローグ。
トモが従軍するため韓国へ帰国して1ヶ月。
あたしはずっと周りには秘密にしている。親友のナルミにさえも。ただ、こんな伝え方はした。
「家庭教師さん、帰国しちゃった。従軍するんだって」
「従軍かあ」
ナルミは深く同情してくれた。
「サーコ、告っちゃえばいいじゃなん?」
そう言ってくれるけどさ。ナルミ、知らないんだもんね。あたしたち、既に付き合ってるんだって。
「軍隊行ったら自由行動も通信も制限されるから、ややこしいんだって」
あたしはそう言って話を終わらせる。彼女と心を割って話せたらどんなにか楽だろう。でもナルミはスピーカーだ。外国人と、それも韓国人と付き合ってるって万一ママにバレたら恐ろしいことになる。
韓国からの手紙がママに見つかるとヤバいことを、トモもリャオさんも知っている。だからトモからの手紙はいつもリャオさんの住む牧志の事務所へ届く。
春休み、ゴールデンウィーク、そして週末。あたしは宅急便のバックヤードのバイトに汗を流した。
4月から実家へ戻ったトモは5月に入営し、今は5週間の訓練期間真っ最中だ。6月下旬に軍の正式な配属先が決まれば、韓国のトモへ沖縄から小包を送れる。でも毎回となると結構値段がはるだろう。
18歳になればパスポートが申請できるので、韓国旅行に向けてお金を貯めておきたい気持ちもあった。でも高校三年生の勉強が本格化するので、5月下旬に退職を決めた。また夏休みに別のバイト探さなきゃ。
退職直前、バイト先の方からデートのお誘いを受けました。
その頃、あたしはトモにイライラしていた。彼が悪いわけでは決してないのだけど、軍隊にいる彼とは連絡が非常に取りづらい。特に徴兵開始5週間、訓練所入隊中は。軍の指定するサイトからこちらが一方的なメールを送信し (原則ハングルで)、それを軍の係員が適宜プリントアウトして兵士へ渡すというシステムだ。
兵士側は激しい訓練の合間に返事の手紙をしたため係員へ手渡しし、そこからやっと通常郵便のルートに乗る。一週間以上溜め込まれるケースも多いらしい。
軍のサイトでは、こちらからのメールを相手が読むと既読マークがつくが、5月下旬からずっと既読にならない状態が続いている。向こうからの手紙は最初こそ5、6通きたけど (そのうちいくつかは入隊前に送ってたみたい)、それは全部英語だった。もともと韓国語と英語の人ではある。日本語がうまく思いつかない時すぐ英語で話しかけたりはしょっちゅうだった。
ひょっとするとトモは激しい訓練でもう日本語を忘れてしまったのかもしれない。訓練所さえ出れば、ラインで連絡が取れるのに。
お誘いくださったのは隣の部署の方で、この春高校を卒業し、来年IT系専門学校の受験を考えていると言ってた。気さくで快活そうな印象だ。
ごめん、トモ。あたし、揺れています。どうしたらいい?
6月最初の金曜日の夜。少々悩みましたが、リャオさんに相談した。あたしの話を聞くや否や"あけみさん"は爆笑しました。そんなにおかしい?
「まあ、サーコはまだ未成年だからね。気持ちに整理がつけきれないまま別の男と1度や2度デートしても責めることはできない。ただ、ねー」
リャオさんはあたしの目を覗き込んだ。
「誠実さに欠けるとお相手には失礼だよ。それに」
リャオさん、いきなり立ち上がりベランダ向いて、つぶやいた。
「私の予想だけど、たぶん、このデートは上手くいかない。サーコは物足りなく思うはずだ。トモはあんたより8つも上なんだからね。きっと、比べてしまうだろうよ。念のため、行き先聞いていい?」
そして日曜日。初めての方だから肌の露出を避けてジーンズ履くことにして、上はグリーンのTシャツに透けた白のパーカー、リャオさんがサイズ小さいといってあたしにくれた薄茶のパンプス。
タマキさんは車で奥武山公園駅まで迎えに来ました。免許取って、若者に人気の月一万コミコミプランで黄色い軽自動車です。あたしは助手席に乗りました。
車内で流れるのは流行りの洋楽。うーんと、あたしBilly Irishなら知っているけど他はわからない。
今日はライカムへ行く予定ですが、タマキさん、ずっと喋り通しだ。バイト先の話、テレビでオンエアされているドラマの話。ゲームの話。
テレビ、結局ママが処分しちゃった。で、こないだ英語の授業で先生があたしを指名したのね。
"What's the best TV program that you have watched recently?"
仕方なく答えました。
"We have no TV because we're very poor. "
あーもう情けないったらありゃしない。それが学校ばかりでなく、デートでも同じ思いをするなんて。でもタマキさんはわからなかったみたい。運転しながらネット対戦型ゲームの話に一人で興じていらっしゃる。こちらは、うなずくしかない。
58号線から西海岸道路で宜野湾まで抜けて、伊佐交差点からライカムへ。少々混んでる。駐車場空いてるかなとヤキモキする。タマキさんは駐車待ちをしながら悪態をつき、バックで入れる際に10回以上切り替えしていた。
駐車場からライカムの建物へ向かう。タマキさんがくっついてくるので距離をとる。この時点で既にあたしは彼とライカムへ来たことを後悔していた。彼はどうやら手を繋ぎたいらしい。信じられない! あたし、トモと2年付き合って手を繋いで歩いたことなんて1度もないのに!
先につかつか歩く。今日の目的は映画のはずだ。派手なアクションが売りの話題作。あまり期待はできない。チケット買って飲み物とポテトを購入、席に座る。まあ、席くらい隣でもいいですけど。
映画が始まった。ああ、これ、暴力シーン多すぎ。流血シーンがやたらリアル。男性は好きかもしれないジャンルでしょうが、わざわざデートにセレクトする映画でしょうか?
前宣伝に15分、実際の映画は80分。ようやく上映が終わった。この後はランチタイムらしい。正直、帰りたいが、ライカムから一人で那覇まで帰るのはなかなか骨が折れる。空港バス捕まえるしかないかな。ああ、困った。
お昼はピザだった。嫌いではないが今日の気分でもなかった。
ずっと前にトモと来た時、何食べたっけ。そうか、バイクに乗って場所変えたからここで食べてないんだ。近くの老舗アメリカンレストランでブレックファーストプレートとシーザーサラダ取って二人で分けたんだった。
トモといてこんなに気持ちが沈んだことなんてなかったから、もうどうしたらいいのかわからない。タマキさんは映画の感想が聞きたいらしい。どうリアクションしよう。
あ、ラインが着信してる。
「ちょっと失礼」
驚いた。リャオさんだ!
――今、ライカムのフードコートにいます」
ええ? 本当に?
あたしはハンドバッグを手に取ると、目を皿のようにしてフードコート内を探した。
……いた。それも、かなり近くに。
廊下の向こう側、二ブロック離れたテーブル席の端っこで、"あきお君"がざるそばを食べている。
あたしはトコトコ歩いて行った。
アルマーニの背広を脱ぎ、薄いピンク色のYシャツにボルドーな色味のサスペンダーを身につけた中国人が、ざるそばを美味しそうに食べている。
あ、こっち向いた。あたしを一瞥してひとこと。
「何がおかしいの?」
そして、何食わぬ顔でそばを箸でつまんで、つゆにつけて、ズルズルッと音立てて食べた。
「美味しいですか?」
「まあね」
そしてまた、そばをつゆにつけて、音立てて食べた。
取り立ててどうということもないはずの、その様子が、何故かユーモラスに思える。
あたしはクスクス笑いながら側に立っていた。先程までの重い気分がいっぺんに軽くなった。
「お隣、いらっしゃるようですが」
あきおさんが尋ねる。
あたしはタマキさんの方を向く。事態が飲み込めないのだろう、彼は呆然としている。あたしは、にっこり微笑み、思い切って言った。
「知り合いが来たので一緒に帰ります。今日はありがとうございました」
そして、タマキさんへぴょこんと頭を下げると、あきおさんの隣に腰掛けた。
「いつもお気遣いいただき、感謝申し上げます」
「べつに、それほどでも」
あきおさんは相変わらず、そばを食べ続ける。
「あの、麻子さん」
声をかけるタマキさんへ、そばを食べ終えたあきおさんは箸を置くと向き直った。
「ということですから、彼女は私が連れて帰ります」
そして、コップの水をごくりと飲んで立ち上がり、背広着ながらあたしに言いました。
「じゃあ、サーコ、帰ろうか」
「はい」
あきおさんはトレーを持った。あたしも続く。もう後ろは振り返らない。食器を返してそのまま歩く。
「本当に助かりました」
「そりゃ、よかった」
良かった。これで那覇に帰れる。あたしはリャオさんに語りかける。
「まさか、迎えに来てくれるとは思ってもみませんでした」
「だから、言ったでしょ? 上手くいかないって」
あきおさんの目が笑ってる。
あたしは気づいた。
あの香りがする。シトラス系だけどスパイシーな、あの香り。
落ち着くような、でも、心がとろけてしまいそうな香り。
あたしはリャオさんへ小さな声で頼んだ。
「どうかトモには黙っていてください」
「そうねー」
リャオさんは右手をポケットに突っ込み、車のキーをジャラッと鳴らして言った。
「ほんじゃ、少し付き合ってもらいましょうか?」
フードコートからエスカレーターを降りる。視線の先には超有名なライカムのフォトスポットである巨大水槽。
あたし達は水槽へ駆け寄った。時刻は14時。ちょうど餌付けの時間です。魚達が群れる様子に周囲が集中してて、あたしも上から落ちてくる餌に気を取られていた。だから、右横から腕を回され左肩をつかまれたことに気づくのが遅れた。
右頬に軽くキスされた。気づいて右横を見たときには、先程とどこも変わらない、直立不動の姿勢で魚を見上げる"あきおさん"がいた。彼はあたしと同じセリフを呟いた。
「どうかトモには黙っていてください」
リャオさんが運転する隣で、あたしは外の景色を眺めるふりをする。心が波立っていることを悟られないように。
普段の彼は、彼女は、決してそんな素振りさえ見せない人。
なのに時折、こんなドキッとするような振る舞いをする。
あたしには、リャオさんの真意がわからない。全然つかめない。
奥武山公園近くのアパートに着く。車を降りようとすると、リャオさんがセカンドバッグから何か取り出した。
「これ、届いてた」
なんと、トモからの手紙が三通。ありがとうリャオさん!
「トモに言っといて。家主にも一通くらいよこせって」
そう言ってリャオさんは去って行った。
トモが従軍するため韓国へ帰国して1ヶ月。
あたしはずっと周りには秘密にしている。親友のナルミにさえも。ただ、こんな伝え方はした。
「家庭教師さん、帰国しちゃった。従軍するんだって」
「従軍かあ」
ナルミは深く同情してくれた。
「サーコ、告っちゃえばいいじゃなん?」
そう言ってくれるけどさ。ナルミ、知らないんだもんね。あたしたち、既に付き合ってるんだって。
「軍隊行ったら自由行動も通信も制限されるから、ややこしいんだって」
あたしはそう言って話を終わらせる。彼女と心を割って話せたらどんなにか楽だろう。でもナルミはスピーカーだ。外国人と、それも韓国人と付き合ってるって万一ママにバレたら恐ろしいことになる。
韓国からの手紙がママに見つかるとヤバいことを、トモもリャオさんも知っている。だからトモからの手紙はいつもリャオさんの住む牧志の事務所へ届く。
春休み、ゴールデンウィーク、そして週末。あたしは宅急便のバックヤードのバイトに汗を流した。
4月から実家へ戻ったトモは5月に入営し、今は5週間の訓練期間真っ最中だ。6月下旬に軍の正式な配属先が決まれば、韓国のトモへ沖縄から小包を送れる。でも毎回となると結構値段がはるだろう。
18歳になればパスポートが申請できるので、韓国旅行に向けてお金を貯めておきたい気持ちもあった。でも高校三年生の勉強が本格化するので、5月下旬に退職を決めた。また夏休みに別のバイト探さなきゃ。
退職直前、バイト先の方からデートのお誘いを受けました。
その頃、あたしはトモにイライラしていた。彼が悪いわけでは決してないのだけど、軍隊にいる彼とは連絡が非常に取りづらい。特に徴兵開始5週間、訓練所入隊中は。軍の指定するサイトからこちらが一方的なメールを送信し (原則ハングルで)、それを軍の係員が適宜プリントアウトして兵士へ渡すというシステムだ。
兵士側は激しい訓練の合間に返事の手紙をしたため係員へ手渡しし、そこからやっと通常郵便のルートに乗る。一週間以上溜め込まれるケースも多いらしい。
軍のサイトでは、こちらからのメールを相手が読むと既読マークがつくが、5月下旬からずっと既読にならない状態が続いている。向こうからの手紙は最初こそ5、6通きたけど (そのうちいくつかは入隊前に送ってたみたい)、それは全部英語だった。もともと韓国語と英語の人ではある。日本語がうまく思いつかない時すぐ英語で話しかけたりはしょっちゅうだった。
ひょっとするとトモは激しい訓練でもう日本語を忘れてしまったのかもしれない。訓練所さえ出れば、ラインで連絡が取れるのに。
お誘いくださったのは隣の部署の方で、この春高校を卒業し、来年IT系専門学校の受験を考えていると言ってた。気さくで快活そうな印象だ。
ごめん、トモ。あたし、揺れています。どうしたらいい?
6月最初の金曜日の夜。少々悩みましたが、リャオさんに相談した。あたしの話を聞くや否や"あけみさん"は爆笑しました。そんなにおかしい?
「まあ、サーコはまだ未成年だからね。気持ちに整理がつけきれないまま別の男と1度や2度デートしても責めることはできない。ただ、ねー」
リャオさんはあたしの目を覗き込んだ。
「誠実さに欠けるとお相手には失礼だよ。それに」
リャオさん、いきなり立ち上がりベランダ向いて、つぶやいた。
「私の予想だけど、たぶん、このデートは上手くいかない。サーコは物足りなく思うはずだ。トモはあんたより8つも上なんだからね。きっと、比べてしまうだろうよ。念のため、行き先聞いていい?」
そして日曜日。初めての方だから肌の露出を避けてジーンズ履くことにして、上はグリーンのTシャツに透けた白のパーカー、リャオさんがサイズ小さいといってあたしにくれた薄茶のパンプス。
タマキさんは車で奥武山公園駅まで迎えに来ました。免許取って、若者に人気の月一万コミコミプランで黄色い軽自動車です。あたしは助手席に乗りました。
車内で流れるのは流行りの洋楽。うーんと、あたしBilly Irishなら知っているけど他はわからない。
今日はライカムへ行く予定ですが、タマキさん、ずっと喋り通しだ。バイト先の話、テレビでオンエアされているドラマの話。ゲームの話。
テレビ、結局ママが処分しちゃった。で、こないだ英語の授業で先生があたしを指名したのね。
"What's the best TV program that you have watched recently?"
仕方なく答えました。
"We have no TV because we're very poor. "
あーもう情けないったらありゃしない。それが学校ばかりでなく、デートでも同じ思いをするなんて。でもタマキさんはわからなかったみたい。運転しながらネット対戦型ゲームの話に一人で興じていらっしゃる。こちらは、うなずくしかない。
58号線から西海岸道路で宜野湾まで抜けて、伊佐交差点からライカムへ。少々混んでる。駐車場空いてるかなとヤキモキする。タマキさんは駐車待ちをしながら悪態をつき、バックで入れる際に10回以上切り替えしていた。
駐車場からライカムの建物へ向かう。タマキさんがくっついてくるので距離をとる。この時点で既にあたしは彼とライカムへ来たことを後悔していた。彼はどうやら手を繋ぎたいらしい。信じられない! あたし、トモと2年付き合って手を繋いで歩いたことなんて1度もないのに!
先につかつか歩く。今日の目的は映画のはずだ。派手なアクションが売りの話題作。あまり期待はできない。チケット買って飲み物とポテトを購入、席に座る。まあ、席くらい隣でもいいですけど。
映画が始まった。ああ、これ、暴力シーン多すぎ。流血シーンがやたらリアル。男性は好きかもしれないジャンルでしょうが、わざわざデートにセレクトする映画でしょうか?
前宣伝に15分、実際の映画は80分。ようやく上映が終わった。この後はランチタイムらしい。正直、帰りたいが、ライカムから一人で那覇まで帰るのはなかなか骨が折れる。空港バス捕まえるしかないかな。ああ、困った。
お昼はピザだった。嫌いではないが今日の気分でもなかった。
ずっと前にトモと来た時、何食べたっけ。そうか、バイクに乗って場所変えたからここで食べてないんだ。近くの老舗アメリカンレストランでブレックファーストプレートとシーザーサラダ取って二人で分けたんだった。
トモといてこんなに気持ちが沈んだことなんてなかったから、もうどうしたらいいのかわからない。タマキさんは映画の感想が聞きたいらしい。どうリアクションしよう。
あ、ラインが着信してる。
「ちょっと失礼」
驚いた。リャオさんだ!
――今、ライカムのフードコートにいます」
ええ? 本当に?
あたしはハンドバッグを手に取ると、目を皿のようにしてフードコート内を探した。
……いた。それも、かなり近くに。
廊下の向こう側、二ブロック離れたテーブル席の端っこで、"あきお君"がざるそばを食べている。
あたしはトコトコ歩いて行った。
アルマーニの背広を脱ぎ、薄いピンク色のYシャツにボルドーな色味のサスペンダーを身につけた中国人が、ざるそばを美味しそうに食べている。
あ、こっち向いた。あたしを一瞥してひとこと。
「何がおかしいの?」
そして、何食わぬ顔でそばを箸でつまんで、つゆにつけて、ズルズルッと音立てて食べた。
「美味しいですか?」
「まあね」
そしてまた、そばをつゆにつけて、音立てて食べた。
取り立ててどうということもないはずの、その様子が、何故かユーモラスに思える。
あたしはクスクス笑いながら側に立っていた。先程までの重い気分がいっぺんに軽くなった。
「お隣、いらっしゃるようですが」
あきおさんが尋ねる。
あたしはタマキさんの方を向く。事態が飲み込めないのだろう、彼は呆然としている。あたしは、にっこり微笑み、思い切って言った。
「知り合いが来たので一緒に帰ります。今日はありがとうございました」
そして、タマキさんへぴょこんと頭を下げると、あきおさんの隣に腰掛けた。
「いつもお気遣いいただき、感謝申し上げます」
「べつに、それほどでも」
あきおさんは相変わらず、そばを食べ続ける。
「あの、麻子さん」
声をかけるタマキさんへ、そばを食べ終えたあきおさんは箸を置くと向き直った。
「ということですから、彼女は私が連れて帰ります」
そして、コップの水をごくりと飲んで立ち上がり、背広着ながらあたしに言いました。
「じゃあ、サーコ、帰ろうか」
「はい」
あきおさんはトレーを持った。あたしも続く。もう後ろは振り返らない。食器を返してそのまま歩く。
「本当に助かりました」
「そりゃ、よかった」
良かった。これで那覇に帰れる。あたしはリャオさんに語りかける。
「まさか、迎えに来てくれるとは思ってもみませんでした」
「だから、言ったでしょ? 上手くいかないって」
あきおさんの目が笑ってる。
あたしは気づいた。
あの香りがする。シトラス系だけどスパイシーな、あの香り。
落ち着くような、でも、心がとろけてしまいそうな香り。
あたしはリャオさんへ小さな声で頼んだ。
「どうかトモには黙っていてください」
「そうねー」
リャオさんは右手をポケットに突っ込み、車のキーをジャラッと鳴らして言った。
「ほんじゃ、少し付き合ってもらいましょうか?」
フードコートからエスカレーターを降りる。視線の先には超有名なライカムのフォトスポットである巨大水槽。
あたし達は水槽へ駆け寄った。時刻は14時。ちょうど餌付けの時間です。魚達が群れる様子に周囲が集中してて、あたしも上から落ちてくる餌に気を取られていた。だから、右横から腕を回され左肩をつかまれたことに気づくのが遅れた。
右頬に軽くキスされた。気づいて右横を見たときには、先程とどこも変わらない、直立不動の姿勢で魚を見上げる"あきおさん"がいた。彼はあたしと同じセリフを呟いた。
「どうかトモには黙っていてください」
リャオさんが運転する隣で、あたしは外の景色を眺めるふりをする。心が波立っていることを悟られないように。
普段の彼は、彼女は、決してそんな素振りさえ見せない人。
なのに時折、こんなドキッとするような振る舞いをする。
あたしには、リャオさんの真意がわからない。全然つかめない。
奥武山公園近くのアパートに着く。車を降りようとすると、リャオさんがセカンドバッグから何か取り出した。
「これ、届いてた」
なんと、トモからの手紙が三通。ありがとうリャオさん!
「トモに言っといて。家主にも一通くらいよこせって」
そう言ってリャオさんは去って行った。
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