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04.夏色の季節

ジング氏、バイクでサーコの高校へ乗りつける

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03のつづき。サーコのモノローグです。
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リャオさんが退院してから、あたしは毎朝お弁当を作ってもらうようになった。
「仕事復帰するとなると早起きしなくちゃならないし。退院後のリハビリみたいなものよ」
彼は、彼女はそう言った。
「試しに6月中旬から始めるから、事務所へ取りにおいで」

月曜日の朝、モノレールで普段は県庁前駅で降りるところを、美栄橋駅で下車。定期を精算機に突っ込んで差額を払う。駅から歩いて5、6分で牧志の事務所。あー、そうなんだ。ここリャオさんの家と思ってたら、KNJ商事という会社の事務所だったんだね。
部屋がいくつかあって、そのうち一つが事務室。テレワークに特化してて、FAX兼複合機、Webカメラ、マイク付きヘッドセットとか色々ある。リャオさんはここから世界中の企業と取引を続けているんだって。

「おはよう、お弁当出来てるよ」
あたしが訪ねると、朝からばっちりメイクを決めた“あけみさん”は、大判のバンダナに包んだずしりと重い弁当箱をあたしに手渡した。
「……ありがとうございます」
あたしはぴょこんと頭を下げた。リャオさんはピシッと言い放つ。
「高校生は、よく学びよく遊びよく食べるのが仕事です。遠慮しないの!」
強い言葉に頭を上げると、リャオさんの満面の笑顔があった。いたずらっぽい大きな瞳で、彼は、彼女は、右肘を差し出してブラブラさせる。
「ほら、タッチ!」
「行ってきます!」
あたしも笑顔で右肘をくっつけて応じると、学校へ駆け出した。

リャオさんのお弁当、すっごく豪勢なの。揚げ春巻に、塩おにぎり、野菜炒め。オレンジまで詰めてある。みんなの注目の的。
「サーコ、いいなー」
クラスメートから色々聞かれるけど、牧志の事務所の件は誰にも話せない。トモと付き合ってることも内緒のまま。
「世話好きな近所のおばさんが作ってくれるの」
あたしはそう言ってお茶を濁した。

ですが、いきなり翌週、昨日今日と高校の中間テストでした。勉強した、はずなんですが、うーん、やっぱり難しかった。
テストの時は四校時で帰宅です。つまり、ご飯なしです。だから昨日からリャオさんちには行ってない。先週ラインでお弁当いらない件を連絡したら、残念そうなメッセージが返ってきた。リャオさんにしてみれば、基本お弁当には朝ご飯の残りを詰めるので、あたしの弁当があるときイコール豪華な朝ご飯を食べていい、と勝手にルール作っていたらしい。
そうそう、テスト勉強あったし、確かトモも大学が再開してレポートの締め切りがあったはず。邪魔になるだろうからこちらへはしばらく連絡入れてません。

で、帰宅しようかとカバンを取り、教室の窓から道路側をちらりと見た。テストを終えた生徒達がまばらに校門から出ていく……ん? 校門前に何か止まってる? パトカー? 
あたしがパトカーと考えたのには理由がある。ここから徒歩五分圏内に裁判所があるのよ。おかげで選挙前とか基地問題が発生すると、右や左の主張者のみなさまの街宣車が騒がしい。先週だってそういった皆様が過激なビラを朝から校門で生徒達に配ってた。その取り締まりか何かだと思ったのだ。
でもあれは、いや、車じゃない。バイクみたい。車体は青でフロントにガラスが付いてて、レーサーが走らせるようなやつ。ちょっとトモのバイクに似てるな、と思ったとき、ナルミの声がした。
「サーコ、ちょっと来てよ! トッケビに超似ている、すっごいイケメンがいるの!」
ナルミはそういってあたしの右腕を引っ張る。ちょ、ちょっと待ってよ。有無を言わさず引っ張られそのまま階段をズダダダと駆け下りた。
「まるで映画スターみたいだってば! 校門で誰か待ってるみたいよ?」

靴箱で履き替えて外に出る。すぐ真正面が校門で、黒山の人だかりとまではいかないが三十人以上の生徒が集まっている。女子が多いかと思いきやバイク好きの男子生徒の声も混じる。
「なあこれ、ヤマハYZF-R25だよな? カッケー!」
質問に答える声がある。
「いや、YZF-R3です、300ccモデルなので」
え、この声めちゃめちゃ聞き覚えがある。まさか。
「サーコ!」
回答者が声を張り上げた。ズキーンと心臓の音がした。トモ! え、まじ? なんでうちの高校に来たのよ?
彼は一応ネックウォーマーしてて、それをマスクのように鼻のところまで上げているから顔がすべてわかるわけではないんだけど、でも背丈がコン・ユさんが公称184cmでしょ、トモは180cmって言ってた。でもすらりとしているから遠目にはやっぱりそっくりさんに見える。

名指しされたので人だかりの真ん前に進まざるを得ない。久々に会うのに、なんかもう大勢の目に晒される緊張感と恥ずかしさで素直に喜べない。カチコチになりながら尋ねる。
「あの、どうかしましたか?」
比べてトモはいたって普通の、飄々とした態度だ。ナップザックからフルフェイスの真新しいメットを出した。
「連れて行きたいところがあるんです。これ被って」
言葉と同時にあたしの頭にメットを置く。目の前が一瞬暗くなり、今度はVRを掛けたような視界が広がる。トモが顎のベルトを指さして締めるように指示するが、メットの重さのせいかうまくいかない。そしたらトモ自身があたしの顎に手を掛けてベルトを締めた。
周囲から歓声が上がる。誰よ口笛やら指笛やら吹いてはやし立てるの! やめてよ恥ずかしいから! 
たぶんあたしの顔は真っ赤なはずだがメットで全然見えないのだろう。トモはスペースの空いたナップザックにあたしのカバンを収めて背中に背負った。
「サーコ、それ、誰? あんた、どこ行くの? ちょっと、わかるように説明しなさいよ!」
甲高いナルミの声を遮ったのは、トモだった。
「私は彼女の家庭教師です。すみません、今日は急いでますので説明はまたの機会に」
軽く目礼して慣れた手つきでメットを被りバイクにまたがる。
「サーコ、乗って!」
えー、どうやって乗るんですか? あたしスカートですよ? 跨がらなきゃダメですか? ああ、トモ、その目は、急いでいるからさっさと跨がってちゃんと背中に抱きつけ、と仰せですよね? はい、承知しました。
なんとか言われたとおりに跨がって背中に抱きつきます。トモがスロットルを回してエンジンを掛けた。だからもう冷やかしのかけ声はやめてったら!
「じゃ、出します。ちゃんとつかまって」
あたしはコクンと頷くとトモは左右の安全を確認してバイクを走らせた。
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