モブがモブであるために

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13.爽やかイケメンとお色気イケメンの接点

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 校門を出て少し歩くと草太は学生用駐輪場に向かい、一台の自転車を示した。聞けば、運動部員が学外グラウンドに行くために利用する共有物らしい。言われるがままに俺は後ろにまたがり、草太が勢いよくペダルを漕いだ。大して面白味のない田舎の風景が流れて行く。草太は、風が気持ちいいね、なんて笑って言うけど、さっきのことについては何も語らなくて少し居心地が悪い。
 しばらく当たり障りのないことをお互いに話して、赤信号で止まった時だった。草太が、ごめん、とまた謝った。

綾人あやとに煽られると昔から抑えが効かなくて。蛍のことだったからなおさらカッとなっちゃった」

 綾人……ってのは話の流れ的に城之内先輩のことだよな。学年も違うのに名前で呼び合うって、本当君たちどういった知り合いなの。
 色んな可能性を探って俺が相槌も打たずに考え込んでいると、察したらしい草太が苦笑まじりに答えをくれた。

「俺と綾人は兄弟なんだ」

 きょう……だい……?
 そんなバカな、全然似てないじゃないか。
 城之内先輩は高身長で、やや細い目は少し垂れてて、常に妖艶に弧を描いている薄い唇。
 一方草太は高身長で、やや細い目は少し垂れてて、常に快活に弧を描いている薄い唇。

 完全に一致!!

 纏う雰囲気が真逆すぎてDNAの示す証拠に全く気がつかなかった。
 いやでも待て、焦るな俺。苗字が違うじゃないか。草太の苗字は……あれ、なんだったかな? いつも下の名前で呼んでいるから思い出せないが、少なくとも城之内なんてデュエルスタンバイしそうな苗字じゃないことは確かだ。それだったら俺が覚えてるはず。

「デュエルスタンバイ……」
「俺は中学の頃に後継のない分家の養子に入ったから苗字は違うけどね」

 うっかり零れ出た頭のおかしい独り言は風で聞こえなかったようだ。風ありがとう。
 そして俺は気づいた。ずっと庶民派だと思っていた、仲間だと思っていた草太が実はセレブだということに。後継、分家、養子……由緒あるお家柄なんですね裏切り者!!
 ノレンに続き草太までも隠れセレブだったことにショックを隠せない俺が黙り込んでいると、信号が青に変わりまた自転車が進む。少し走ると公園があった。そこに自転車を止めた草太がちょっと遊ぼうと言い出した。これだから草太はお子様で困る。高校生にもなって公園の遊具なんぞで遊べるか。

 そして俺たちは滑り台やシーソーで陽が傾くまで遊んだ。
 ……はい、すげー楽しかったです。最終的に二人でかくれんぼとか色鬼で白熱バトルまでしました。
 汗まみれになってどっかりとブランコに腰掛けると、草太が飲み物を買って来ると言って自販機に向かった。そしてあったか~いおしるこを二つ手にして帰って来た。
 真冬でもないこの季節に汗だくの中なぜおしるこチョイスなのか。そういうとこだぞ、草太。しかしもらえるものはありがたくもらう性分なので、しっかり振ってから早速蓋を開ける。
 濃厚な甘みは意外にも疲れた体に心地よかった。とろりと流れ込む柔らかな液体は、圧倒的な砂糖の甘さの中に小豆のほくりとした食感と自然な優しさが残る。喉を通りすぎる頃にはすぐにまた強烈な甘さが恋しくなって小さな缶では物足りなく思えるほど。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
 
 俺が底に残った小豆に四苦八苦していると、草太が目を細めて笑っていた。同じものを飲んでるはずなのに、イケメンは余裕の嘲笑か。腑に落ちない! 草太は手の中で缶を弄びながら口を開いた。

「やっぱり蛍には生徒会に入ってほしくないな。綾人と関わってほしくない」
「……あのさ、草太と城之内先輩ってなんで仲悪いの?」

 片や生家に残り、片や養子に出された兄弟の間に何もないはずがない。でも二人の関係はもっと個人的にこじれた問題に見えた。
 俺なんかが気軽に聞いていいことじゃないのかもしれないけど、何も知らない俺だから話せることだってあると思う。俺にとって草太は一番付き合いが長くて仲のいい友達だ、このまま見て見ぬ振りはしたくない。

「物心ついた頃からずっとダメなんだよね、綾人とは。俺の何が気に入らないのか嫌がらせばっかりしてきてさ。俺もスルーできるほど大人じゃないからいつも大喧嘩になって、見兼ねた親が俺を養子に出したくらい」
「え、それが理由なわけ!?」

 戸籍を変えるほどの兄弟喧嘩ってやばくない?
 俺の脳内では拳銃チャカ持った城之内先輩と草太がタマり合いしている仁義なきイメージが再生されていた。え、もしかして草太の家って”ヤ”のつくご職業かなにかでらっしゃる……?
 俺の顔は蒼白になっていたんだろう、草太が慌てて違う違うと首を振った。

「もちろんそれだけじゃないよ! たまたま分家で養子を取る話があったからそれなら離してみようかって。どうせ寮暮らしだし卒業後は家を出るから書面上のものだけだしね」
「そうは言ってもさ、普通はなくない? どんな世紀末兄弟喧嘩だよ」
「大したことじゃないんだけど、積もり積もってって感じかなぁ。俺が気に入ってるものを全部横取りしてっちゃうんだ。子どもの頃は好きだったオモチャ、それから夢中になってる趣味やお気に入りの場所、今は……好きな人も」

 草太は伏せていた視線をこちらに投げかけてきた。いつものタレ目がちの柔らかい眼差しは、夕日を背に熱っぽく潤んでいる。
 そこで俺はピーンと来たね。草太は城之内先輩と一緒にいた美少年のことが好きだったんじゃなかろうか?!
 だとしたらこんな悪質な嫌がらせはないだろう。好きな人まで奪われてしかもあんな場所でこれ見よがしに仰向け(かどうかはわからないけど)になるなど、鬼の所業といってもいい。草太のいたいけな恋心を思うと俺は悔しさに拳を握りしめた。許すまじ、仰向けの人。

「綾人はなんでも俺より器用にできるから、みんな綾人のものになっちゃうんだ。それが悔しくてバスケだけは取られたくないって頑張ってきたけど。もっと渡したくないものがあった、って今日気づかされた気分」

 草太は力なく笑って言った。
 俺は泣いていた。男泣きだ。
 わかる、わかるぞ! 今日目の前で事後な関係を見せつけられてさぞ悔しかっただろう、悲しかっただろう!
 俺は勢いよく立ち上がると、草太の正面に回り込みその自信なく揺れる瞳を見つめて言った。

「俺は草太が好きだからな! これから先も、何があっても、絶対草太の味方だからな!」

 草太は目を大きく見開いて数度瞬いてから、垂れた目尻に皺を刻んでくしゃりと笑った。草太の両手がゆっくりとブランコのチェーンから離れたと思うと、俺の胸に顔を埋めるようにして抱き締められた。

「俺も。蛍は誰にも渡さない」

 俺の言葉に感動したらしい草太が俺の背に回した腕に力を込めた。草太の体はとても熱かった。
 失恋を補完する尊い友情、これぞ男のロマン。そうだ、今は心のままに泣けばよいのだ友よ、と慈愛顔でちらと見下ろすと、草太の目に涙はなく俺の胸に額を押し付けながら何度も深呼吸していたのは謎だったが。瞑想か何かか。
 しかしこれでわかった。草太が俺の生徒会入りを嫌がる理由。好きな人だけでなく友達まで城之内先輩に取られるかもしれないと不安なのだろう。万が一にもそれはないが、やはり生徒会には近寄らない方がいいだろう。親友のためにも毅然とした態度で生徒会入りを断ろうと俺は決意した。

 すっかり日も暮れて生徒会体験入会をなし崩し的にサボって帰宅した寮の自室、そのドアの前に誰かがいた。同室の颯真ではもちろんない。金色にも見える長い髪、すらりとした手足、漏れ出る色気をそのままに、例の人がいた。仰向けの人が体育座りの人になって俺の入室を阻んでいたのだ。

 ……次回、俺死す! デュエルスタンバイ!
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