モブがモブであるために

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9.風紀委員長の情緒ハリケーン

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 笑いは収まったようで、人形めいた美しさに戻った篁先輩だったが、俺には最初と同じようには見えなかった。どことなく困っているような焦りを感じる。それはきっと、自分が遅れるからじゃなくて俺に授業をサボらせたくないという思いからなんだろう。
 この人なら誠意を持って話せばわかってくれるかもしれない。あれほど躊躇していたのが嘘のように、するりと言葉が口をついて出た。

「俺は生徒会の人と親しくならなきゃいけなくて。朝校門を登れば会えると聞いたんですけど」

 なんて言えば正しく伝わるのか不安で、そこまで言ってあちこちに彷徨わせていた視線を、ふと篁先輩に合わせればそこには正真正銘の鬼がいた。さっきまでの好青年はどこにかき消えたのかと何度も目を瞬いたが、深く刻まれた眉間の皺と吊り上がった目尻、反比例して下がった口角。篁先輩に鬼が憑依していた。

「生徒会……だと?」
「ひぃっ」

 思わず情けない悲鳴を漏らしてしまった俺を誰が責められようか。机が軋むほど強く拳を打ち付け、唸るような低い声で篁先輩が呟いた。怒りにわななく篁先輩の体。据わった視線は床の一点を見つめたままだ。

「どいつもこいつも生徒会生徒会と……。あいつらのせいで我々がどれだけ苦労をしていると思っているのだ。第一にファンだか親衛隊だか知らないが小さな衝突は日常茶飯事、第二に役員の気を引こうとするあまり生徒の風紀は乱れ、由緒正しきビーエル学園の名を汚すばかり。そして第三に当の生徒会の奴らは我関せずでトラブルは激化の一途だ。生徒会こそがこの学園のガンであり諸悪の根源。君もあの忌むべき組織の信奉者だったのか!」

 口を挟む隙もなく地を這うような声で呪いの言葉を吐き切ると、篁先輩が俺を睨みつけた。本当に、本当に尿意を感じてない時でよかった……!
 あらぬ疑いをかけられているとわかってはいるが、否定しようにも恐怖で体も口も動かない。一体篁先輩はどうしてしまったんだ。生徒会に親でも殺されたのかこの人は。篁先輩の情緒がやばい。

「君の目当てはどいつだ。会計の城之内か、書記の藤堂か、庶務の逢坂兄弟か。まさか会長の九条ではあるまいな?」
「ちがっ、俺はただ副会長に……」

 じりじりと間合いを詰められて耳元で怨嗟の声を聞き、咄嗟に言い返してしまった。俺の迂闊者め! これでは副会長のファンだと思われてしまう。きっとさらなる怒りを買ってしまう、と思わず瞑っていた目を恐る恐る開くと、そこには憑き物が落ちた篁先輩がいた。静かな微笑みすら浮かべている。今度は鬼がどこかにかき消えた。というか篁先輩の情緒が本気でやばいな!?

「そういうことか、すまない。早とちりをした」

 対面の椅子に静かに座り直した篁先輩が小さく頭を下げた。俺は呆然とその姿を見る。地雷が不明なら解除スイッチも不明で困惑しかない。

「君は、長らく空席だった副会長に就き、腐った生徒会を内部から変えるという志を抱いた、つまり私の同志というわけだな」

 え、待って? いろんな意味で待って?
 副会長っていないの!? それじゃ雪に教えてもらった副会長から落とす作戦はどうなる。初手を失った場合どうすればいいんだ。監禁バッドエンドは絶対嫌だ!
 それと篁先輩が完全に共闘者の眼差しで俺を嬉しそうに見つめているけど、それも待って? 確かに副会長を取っ掛かりに生徒会の攻略を狙っていたけど、篁先輩の考えていることとはまったくかすりもしてないと思います!

「いや、ちが」
「しかし君が生徒会に入るのは一抹の不安を感じる」
「だから、あの」
「第一に生徒会の奴らは狡猾だ。いくら君が使命を胸に抱いていてもミイラ取りがミイラになることもあるだろう。第二に奴らは節操がない。君の貞操だって脅かされる危険がある。そして第三に私は君を憎からず思い始めたところだ。みすみす悪の巣窟に飛び込ませるのは心配だ」

 わずかに寄せられた眉は切なげで、熱い手のひらが俺の肩に触れてどきりとはしたけど今はそれどころじゃない。ねぇ、話聞いて? お願いします。

「篁先輩、俺は別に」
「そうだ、生徒会よりも風紀委員に入ればいい。ちょうど副委員長の席が空いている。物怖じせず私に意見できる君こそ私の右腕にふさわしい。これは名案だ」

 だから! 人の話を聞いてくれよ!
 さっきから口だけパクパク動かしてる俺は鯉か。いいから喋らせてくれ、なんなんだこの人は。地雷特大だわ、情緒振り切ってるわ、なによりめんっっどくせぇ!
 どこをどうして俺が風紀に入ることになった。モブ街道まっしぐらの俺に務まるわけがないだろう。

「いいですか、篁せん」
「私と共にビーエル学園を浄化しようではないか」

 一向に俺の発言を許さない傍若無人な篁先輩が立ち上がって右手を差し出してきたところで、始業のチャイムが無慈悲に鳴り響いた。タイムアップだ。

「少し考えさせてください……」

 心がポッキリと折れた俺は、力なく握手を交わしたのだった。
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