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第二章 失って得たもの

2-58 クリストフ視点2

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 アルバレスの反徒への厳戒態勢は、実は一月ほど前にはほとんど解除されていた。
 反徒の一人の捕縛に成功した途端、彼らはすっかり鳴りを潜め、王都からも撤退したと報告されたからだ。私自身、張り込んでいたアンリの酒場から彼らがいなくなったのを確認している。
 捕縛者はまだ完全に口を割ってはいないが、彼らの内部事情が露見するのも時間の問題と考えられ、目下の騎士団の急務は捕縛者の尋問や遠方の領地の監視に切り替わった。王都内はせいぜい残党がいないか警邏する程度に落ち着いていたのだ。
 その最中に、周縁部とはいえ王都内の店に魔物の襲撃があった。その理由を示せと伯父は言っているのだ。

「魔物を誘き寄せる為の仕掛けが放り出されていたか、或いは時限錠的なものだったのでしょう。今捕縛者からその方法について聞き出している所ですので、いずれ明らかになるものと」
「違う」

 アンリについての詳細を尋ねているのに散々はぐらかされ、いよいよ苛立ちを募らせた私がおざなりに答えると、伯父は今度は明確にそれを否定した。

「お前は気付いていなかったようだが、あの日あの店にはアルバレスの残党がいた。その中には首謀者であるアルバレス王家の末裔がいたとの報告がある」
「そんな、まさか!」

 あの日はアンリの体調が気掛かりで、常ならば入店と同時に確認する客の顔触れを把握していなかった。その直後にトロフォティグルの襲撃を受け、とても客まで注意を払う余裕がなかった。しかしアルバレス反徒の残党はともかく、首謀者までいたなど。これまで誰一人その姿を確認できなかった男だ。

「連中にとって王家の末裔の存在は絶対だ。失えば叛逆の大義名分がなくなるのだからな。それほど大切な物を危険に晒すような迂闊な真似は決してしない。従ってあの店が襲撃されるとは、アルバレスの逆徒も想定もしていなかったということだ。……だが、実際には襲われた。それは何故か」

 私が何も返せないでいると、伯父は少しの間を置いて言った。

「そこに忌人がいたからだ」

 抑揚のない声で告げられた言葉に、私はすぐさま反論をしようとした。が、伯父の鋭い眼光が私が口を挟むのを許さなかった。

「あの店が襲われたのも、お前が重傷を負ったのも、全ては忌人と関わったからだ。忌人は災厄を招く。それが現実のものとなった故に、私はすぐに忌人を追い払った。それがモディアも、王都も、シュヴァリエをも守る最も義に適った方法だからだ。分かったか」
「それは精霊教会の教えの一つに過ぎず、盲信するのは危険です。物事の本質が見えなくなる恐れがあります」
「ならば本質を告げよう。四体目の魔術を使うトロフォティグルは、お前ではなくただ逃げ回るだけの忌人を狙って襲ったそうだな。魔術を扱う魔物は、群れの行動指針となる中心的存在だ。つまり忌人の禍が魔物を引き寄せ、善良な我々が巻き込まれたということに他ならない」

 私は何も言えず、ただ悔しさに握った拳を震わせるしかなかった。
 伯父が言っていることは迷信に偏っており、正しくはない。だが、結果だけを見れば事実なのだ。反論する為には、何故あの店が、何故アンリが狙われたのかを明確に説明できなければならない。

 アンリによって膨れ上がった強大な加護の力のエネルギー。体の内を力が駆け巡るあの感覚は、今まで感じたこともないほど凄まじいものだった。アンリがどうして人の加護の力に作用できるのか、私は全く知らされていない。だが恐らくその能力の為に、魔物に狙われたのだろうとは推測できる。
 しかしそれを根拠に伯父に訴えた所で、アンリの身が徒に危険に晒されるだけだ。精霊教会の教義を根底から覆すアンリの能力を禁忌と捉え、伯父は追手を放ち、命を狙うかもしれない。
 今はまだ、機ではない。アンリを無事にこの手にするまでは。

 アンリがいくら顔を隠そうと、その清らかな性質が人々の注目を集めてしまうと私は身を以て知っている。アンリの乗った馬車の足跡を辿れば、そう苦労せず行方が知れるはずだ。
 私の元でアンリの安全を確保した上で、その奇跡の御技とも言える能力を詳にし公表する。そうすれば、アンリへの理不尽な差別も薄れ、シュヴァリエ家にも受け入れられやすくなることだろう。同時に、世界の摂理が崩れ混沌が訪れるだろうが、精霊王に懐疑的な私にとって今の歪んだ世界に何の未練もない。
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