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第一章 孤児院時代

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 程なくして孤児院の入り口の門に辿り着いた。

「ありがとうございました。とても助かりました」

 深く頭を下げると、彼は小さく頷いてすぐに踵を返した。
 彼の名前は何と言うのだろう。所属はどこだろう。また改めてお礼を伝えたい。けれど僕みたいな忌人がのこのこと顔を出したら彼の立場が悪くなるかもしれない。そんな思いがぐるぐるとして結局何も言い出せないまま、遠くなって行く彼の背中を見つめていた。
 彼の頭上を精霊が火の粉を散らして飛んでいる。彼の赤い髪と同じ色で美しかった。

「アンリ! どこにいたんだ!」

 突然孤児院の扉が開いて、マルクが飛び出して来た。

「畑にもどこにもいないから心配してたんだぞ!」
「あ……ごめん。繁華街で迷子になっちゃって。でも、あの人が送ってくれたんだ」

 僕が小さくなった彼の姿を指差すと、マルクは酷く驚いたように目を瞠っていた。

「あのね、さっきの人に僕、この髪と目を見られたけど、それでも親切にここまで送ってくれたんだよ。そんな優しい人もいるんだね」

 マルクの他にも、と続けようとした僕の言葉はマルクの苛立った声に遮られた。

「あの白金の胸当ては近衛騎士だ。騎士とは名ばかりの貴族のお坊ちゃんさ。顔の良さで騎士の爵位を得てるなんて噂もある浮ついた連中だよ。アンリも案外面食いなんだな」
「そ、そんな言い方はないんじゃないかな。彼は僕なんかにもとても紳士的だったし、まさに騎士道の人だったよ」

 珍しく僕がマルクに反論すると、マルクの眉が跳ね上がった。不機嫌そうに腕を組んで眇めた目で僕を見る。

「大体なんで繁華街になんか行ったんだよ。アンリが一人で街へ出るなんて危険過ぎる」
「それは……マルクを探して……」
「俺を? なんで?」

 僕は言葉に詰まったが、それで許してくれるマルクではない。絶対に追求の手を緩めないだろうマルクの視線に負けて、僕は正直に告白した。

「僕は……やっぱりマルクはどこかの家に養子に入るべきだと思う。だからマルクのおつかいの様子を……」
「俺を尾行してたのか。俺のやり口を先生に告げるつもりだった? それで、俺には独り立ちしたいって夢があるのを知りながら、養子に入って養い親の言いなりの人生を送れって? なに、俺と一緒にいるのが嫌になった?」
「違う! そんなことないよ! 僕は……」

 僕はマルクのように頭の回転が速くない。僕の気持ちをマルクに正しく伝えたいのに、うまく言葉にならない。
 こっそり後をつけるなんて姑息な手段をとるべきじゃなかった。マルクをこんな風に傷つけてしまうなんて、自分の浅はかさに後悔しかなかった。誤解を解きたいのに、マルクの二つ目の精霊に触れずに何と説明すればいいのか分からない。
 気ばかり焦ってまともに言葉を紡げない僕に、マルクは強い語調で言った。まるで自分に言い聞かせるような、決意を秘めた声だった。

「アンリが何と言おうと俺は夢を諦めないし、アンリの側から離れない。たとえアンリがあの近衛騎士に惚れてたって構うもんか。アンリの隣にいるのは俺だ」

 どうしてあの人の話がここで出るのだろうか。意図が分からなくて眉間に皺を寄せると、それを何と思ったのか、マルクが吐き捨てるように言った。

「貴族の中にはあんなのがよくいるよ。アンリは優しくされたと思って浮かれてるようだけど、それは勘違いだ。あれは優しさじゃなくて憐れみだよ。実際は俺達を蔑んでるくせに、ああやって施しを与えて自分に酔ってる連中さ」

 僕はショックだった。彼のことを悪し様に言われたのもあるけれど、理性的なマルクがこんな風に誰かを非難する姿を初めて見たからだ。
 マルクは案外すぐに頭に血が上るタイプだが、主観だけで誰かを攻撃したりは絶対にしない。批判に値するだけの客観的事実を充分に集めた上で理詰めで攻めて行く。だからマルクから指摘されたらほとんどの人は反論もできずに自分の行いを改めることしかできなくなるのだ。
 そのマルクが、あれほど直情的な侮言を口にするなんて。きっと僕がマルクにそうさせてしまったんだ。僕がマルクの心を酷く傷つけてしまったから。
 僕は心臓がギュッと痛くなった気がして、胸の辺りの服を掴んだ。息が苦しい。

 マルクが声にならないうなり声のようなものを上げて、乱暴に頭を掻いた。
 気を落ち着かせる為か、溜息を吐いてから

「……ごめん。アンリにそんな顔をさせたかった訳じゃない」

 そう言ったマルクは、まるで泣きそうな顔をしていた。

「嫉妬で八つ当たりとか、格好悪いな。ごめん、少し頭冷やす」

 マルクは気落ちした様子で孤児院の中へ戻って行った。
 ごめん、は僕が言うべき言葉だったのに、結局謝ることもできなかった。僕はただ自分の無能さに打ちひしがれて、その場にしばらく佇んでいた。
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