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三章:噂をせずとも奴は来る
P.58
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「和輝、ちょっと待て」
皆の間を縫って歩き出した時、和輝は不意に腕を掴まれた。
そこまで強い力では無かったものの、大きな手で鷲掴みにされた和輝の身体が反動で後ろに引っ張られる。
掴んで来た男は、未だに夏樹の居る方角に顔を向けていた。
「……何だよ、優弥。まさかコイツを口説こうとか思ってんじゃないだろうな」
「いや、そうじゃなくてな……」
優弥は一瞬、和輝の方を見てすぐに夏樹へと視線を戻した。
「少し、訊きたい事が有る」
「私に!? 何です何です?」
和輝が振り返ると、ウキウキとした表情の夏樹が嬉しそうに目を輝かせていた。
会話が続くと判っただけでそんなに喜々と出来る少女が少し羨ましい。
和輝は今度こそ「仕方無いな」の態度を示すと、足を止める事にした。
ここまで皆を乗せた車の持ち主である優弥が留まるのであれば、和輝も残らざるを得ない。
ざっくり見積もって歩いて片道四十分。ちなみに瞬の家までの時間だ。
歩けない距離ではなかろうが、既に散々酷使された和輝の身体には負担が大き過ぎた。
優弥は夏樹の方をじっと見たまま押し黙っている。
特に質問も雑談のカードも手元に残していない和輝は、彼が喋り出すのをこれまたじっと待っていた。
こういう時にこそまひろの本領が発揮されるかと思いきや、彼女は彼女でバッグから取り出したメモ帳に何かを書き記している。
一体何を記す必要が有るのか気にはなったが、その熱心さは隣の舞が思わず肩越しに覗き込んでいる程だ。
舞の目線には少し高かったようで、爪先立ちの上に首筋を伸ばしている。「うまー……」という声が聞こえたので、そのメモが夏樹の記録的な物なのだろうと理解した。
「……夏樹ちゃん、いつからここに居るんだ?」
おもむろに優弥の口から飛び出したのは、幽霊相手にしては何の変哲も無い質問だった。
こんな事を言うと後で優弥本人から何を言われるか解ったもんじゃないので口には出来ないが、今日は天気が良いですね、とかそういった類の面白みの無い問いだと思う。
問われた夏樹は、一つ前の難しい顔に戻って声を唸らせた。
「実は私……名前以外の記憶、無いんですよねぇ」
「記憶って、生きてる時の記憶?」
まひろのメモを見終わったのだろう舞が、爪先立ちのまま夏樹を見て訊ねた。
「はいぃ。生前何をしてたとか、何で死んだのかとか、いつからこの墓地に居るのかとか、もう全っ然!」
優弥の陰から現れた瞬が小首を傾げた。早いもので、涙は引っ込んだ様だ。
「んん? アンタ、ずっとこの墓地に居たのか? その、なんつったっけ……浮遊霊? とかじゃなく?」
「そうですよ! ここは私の家みたいなものです!」
言い終えて、夏樹はまた恥ずかしそうな顔をして付け加えた。
「まぁ……正確にはあの井戸の周りだけが家みたいな?」
随分と狭くなったものだ。
しかし、とすると、だ。
「お前の墓は無いのか?」
今度は和輝が問うた。
夏樹は更に難しい顔をして、白のワンピースを揺らめかせる。
「そうなんですよぉ。私も探して回ったんですけど、森崎の『も』の字も見つからなくて……」
「井戸の周辺から離れられないって事なら、地縛霊と言えそうだけれど……」
ペン先を仕舞い込む音を響かせて、唐突にまひろが応えた。
そちらの知識は豊富でありそうな彼女ですら言葉が続かないのを見るに、当然の事では無いらしい。
そりゃそうだ。記憶喪失の幽霊と出会うなんて、そうそう有ってたまるものか。
「だとすると、やっぱりアレ?」
舞が後ろを振り返り、一つの場所を指し示した。
和輝はすっかり記憶の片隅に追いやってしまっていたが、その方角を見て「あぁ」と納得できる確かな物が、そこには見えた。
皆の間を縫って歩き出した時、和輝は不意に腕を掴まれた。
そこまで強い力では無かったものの、大きな手で鷲掴みにされた和輝の身体が反動で後ろに引っ張られる。
掴んで来た男は、未だに夏樹の居る方角に顔を向けていた。
「……何だよ、優弥。まさかコイツを口説こうとか思ってんじゃないだろうな」
「いや、そうじゃなくてな……」
優弥は一瞬、和輝の方を見てすぐに夏樹へと視線を戻した。
「少し、訊きたい事が有る」
「私に!? 何です何です?」
和輝が振り返ると、ウキウキとした表情の夏樹が嬉しそうに目を輝かせていた。
会話が続くと判っただけでそんなに喜々と出来る少女が少し羨ましい。
和輝は今度こそ「仕方無いな」の態度を示すと、足を止める事にした。
ここまで皆を乗せた車の持ち主である優弥が留まるのであれば、和輝も残らざるを得ない。
ざっくり見積もって歩いて片道四十分。ちなみに瞬の家までの時間だ。
歩けない距離ではなかろうが、既に散々酷使された和輝の身体には負担が大き過ぎた。
優弥は夏樹の方をじっと見たまま押し黙っている。
特に質問も雑談のカードも手元に残していない和輝は、彼が喋り出すのをこれまたじっと待っていた。
こういう時にこそまひろの本領が発揮されるかと思いきや、彼女は彼女でバッグから取り出したメモ帳に何かを書き記している。
一体何を記す必要が有るのか気にはなったが、その熱心さは隣の舞が思わず肩越しに覗き込んでいる程だ。
舞の目線には少し高かったようで、爪先立ちの上に首筋を伸ばしている。「うまー……」という声が聞こえたので、そのメモが夏樹の記録的な物なのだろうと理解した。
「……夏樹ちゃん、いつからここに居るんだ?」
おもむろに優弥の口から飛び出したのは、幽霊相手にしては何の変哲も無い質問だった。
こんな事を言うと後で優弥本人から何を言われるか解ったもんじゃないので口には出来ないが、今日は天気が良いですね、とかそういった類の面白みの無い問いだと思う。
問われた夏樹は、一つ前の難しい顔に戻って声を唸らせた。
「実は私……名前以外の記憶、無いんですよねぇ」
「記憶って、生きてる時の記憶?」
まひろのメモを見終わったのだろう舞が、爪先立ちのまま夏樹を見て訊ねた。
「はいぃ。生前何をしてたとか、何で死んだのかとか、いつからこの墓地に居るのかとか、もう全っ然!」
優弥の陰から現れた瞬が小首を傾げた。早いもので、涙は引っ込んだ様だ。
「んん? アンタ、ずっとこの墓地に居たのか? その、なんつったっけ……浮遊霊? とかじゃなく?」
「そうですよ! ここは私の家みたいなものです!」
言い終えて、夏樹はまた恥ずかしそうな顔をして付け加えた。
「まぁ……正確にはあの井戸の周りだけが家みたいな?」
随分と狭くなったものだ。
しかし、とすると、だ。
「お前の墓は無いのか?」
今度は和輝が問うた。
夏樹は更に難しい顔をして、白のワンピースを揺らめかせる。
「そうなんですよぉ。私も探して回ったんですけど、森崎の『も』の字も見つからなくて……」
「井戸の周辺から離れられないって事なら、地縛霊と言えそうだけれど……」
ペン先を仕舞い込む音を響かせて、唐突にまひろが応えた。
そちらの知識は豊富でありそうな彼女ですら言葉が続かないのを見るに、当然の事では無いらしい。
そりゃそうだ。記憶喪失の幽霊と出会うなんて、そうそう有ってたまるものか。
「だとすると、やっぱりアレ?」
舞が後ろを振り返り、一つの場所を指し示した。
和輝はすっかり記憶の片隅に追いやってしまっていたが、その方角を見て「あぁ」と納得できる確かな物が、そこには見えた。
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