上 下
37 / 56

37 本当の気持ち

しおりを挟む
「え……」


(や、やばい……)


桜さんの目に僅かな怒りすら感じて、俺はもう観念するしかなくなった。

それと同時に、自分が本当にしようとしている事にようやく気付かされる。


(俺、自分の事しか考えてなかった……)


サロンで最初に、桜さんと確認したはずだ……お互い、今は恋人募集中だと。

勿論、俺だってそれは嘘じゃない。

でもその前に、俺には女嫌いを克服するという課題があった。

だから本来、恋人募集中のくせに女嫌いというのは思いきり矛盾しているし、まだ恋人を募集する段階ではない。

なのに俺は桜さんに会うことで女嫌いを克服し、同時に恋人同士になれるだろうという、なんとも浅はかな考え方をしてしまっていた。

桜さんに会うなら、その前に女嫌いを克服しておくべきだったのだ。

それか、桜さんに正直に話して ″女嫌いを治す″ という名目で会うべきだった。


(俺、サイテーだな)


俺はガタンと椅子から立ち上がると、桜さんに向かって思い切り頭を下げた。


「すみませんでした……っ! 俺、自分の事ばっかり考えてて……桜さんの事、ちゃんと見てなかった、です……」


「ふん……やっぱりね」


冷たい声に、顔も上げられない。

それに、他の客席からの視線も感じて、恥ずかしくて堪らない。

けど、今はちゃんと桜さんに本当の気持ちを伝えなくては。

でも、いきなり ″実は女嫌いでした″ なんて言ったら、それこそ気分を悪くさせてしまうだろうし、どうすれば良いだろうか。

俺はチラリと桜さんの顔色を伺った。

すると、思ったよりも穏やかな表情をしており、俺は恐る恐る声をかけた。


「あの……」


「まぁ、もういいから座って? めちゃくちゃ目立って恥ずかしい」


「す、すみません……っ」


謝る以外出来ず、俺はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

そして目が合い、あまりの気まずさにそらすと、ぷっと笑い声が聞こえてきた。


「……桜さん?」


「 っはは! ごめん、ちょっともう、颯太君……っ」


「……?」


笑い転げる桜さんを、俺はひたすらポカンと見つめる。

一体何がどうしたというのか。

すると、ひとしきり笑い終えた桜さんが、ようやく顔を上げて口を開いた。


「はぁ、笑いすぎた。でも、これは颯太君への罰だからね。ていうか……」


桜さんはバックからハンドタオルを取り出すと、笑いすぎて滲み出てた涙を拭いつつ、話を続ける。


「実はね、途中からなんとなく気付いてたの。颯太君、結構分かりやすいよね」


「え、え……!? 途中って、いつから!?」


聞けば、道を一緒に歩いている時には勘付いていたという。

まぁ、あれだけ会話も弾まなければ、気付かれて当然かもしれないけれど、なんだか恥ずかしい。

桜さんは頬を赤くする俺を見てフッと笑うと、テーブルに肘を付き、絡めた指に顎を乗せてずいっと前に身を乗り出してきた。


「ま、こんな事もあるわよねぇ。で、どうする? ここの店バカみたいに高いし、今日はこの店出たら解散ってとこかしら?」


「う……」


年上女性、恐るべし。

おそらく、俺が金額の事を気にしているのもお見通しなのだろう。

でも確かに、この店を出て解散ならば、出費的には大助かりだ。

それに、高い額を支払ってデートをするなら、本当に好きな相手とするべきだろう。

色々な反省点を思い浮かべながら、俺はゆっくりと頷いたのだった。


・・・


そんなこんなで、俺は美味しくフレンチのコースを頂き、会場を出て桜さんと別れた。

食事代は割り勘というか、各々が自分の食べた分を支払うかたちで解決した。


「あーあ……」


結局、ドリンク一杯は付き合わされたのでお金はちょっとしか残っていない。

自宅へ向かって歩きながら、俺は小さくため息をついた。

今日は夜遅くまで帰らない予定だったのに、夕方前に帰宅する羽目になるなんて思っていなかった。


「俺、何やってんだろ……はぁ」


せっかくの女性とのデートだったのに、こんな風に終わってしまったのは残念でならない。

けれど、今回の出来事は今後の教訓になったので、それでよしとする。

って、結局女嫌いは治ってないし、また振り出しに戻っただけかもしれないが。


(はぁ、コンビニでも寄ってくかー)


今日はもう大きな出費をしてしまったので、カフェに寄ってまったりも出来ない。

コンビニならちょっとしたものを買えるし安く済むので、いつものところに寄ってから帰る事にしよう。

俺は心を癒す為にも、好きなスイーツを買って帰ることにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

unfair lover

東間ゆき
BL
あらすじ 高校二年生の佐渡紅はクラスを支配するアルファ性の右京美樹によるいじめを受けていた。 性行為まではいかないが、性的な嫌がらせを中心としたそれに耐え続けていたある日右京美樹が家に押しかけて来て…ー 不快な表現が含まれます。苦手な方は読まないでください。 あくまで創作ですので現実とは関係ございません。 犯罪を助長させる意図もございませんので区別できない方は読まれないことをお勧めします。 拗らせ攻めです。 他サイトで掲載しています。

儀式の夜

清田いい鳥
BL
神降ろしは本家長男の役目である。これがいつから始まったのかは不明らしいが、そういうことになっている。 某屋敷の長男である|蛍一郎《けいいちろう》は儀式の代表として、深夜の仏間にひとり残された。儀式というのは決まった時間に祝詞を奏上し、眠るだけという簡単なもの。 甘かった。誰もいないはずの廊下から、正体不明の足音がする。急いで布団に隠れたが、足音は何の迷いもなく仏間のほうへと確実に近づいてきた。 その何者かに触られ驚き、目蓋を開いてさらに驚いた。それは大学生時代のこと。好意を寄せていた友人がいた。その彼とそっくりそのまま、同じ姿をした者がそこにいたのだ。 序盤のサービスシーンを過ぎたあたりは薄暗いですが、|駿《しゅん》が出るまで頑張ってください。『鼠が出るまで頑張れ』と同じ意味です。 感想ください!「誰やねん駿」とかだけで良いです!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

虫嫌いの男子高校生が山登り遠足に行って、虫の浮いている汚いトイレで用を足せなくて、道中で限界を迎える話

こじらせた処女
BL
虫嫌いの男の子が山のトイレを使えない話

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

太陽と可哀想な男たち

いんげん
BL
自他共に認める外見の良い主人公に、周囲の人間がブンブン振り回されているお話です。 主に二人の男が主人公にアプローチ。 孤高の料理人 × 主人公 幼馴染の執着大学生 × 主人公 の二本立て!! 両方のエンド書いちゃいました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...