上 下
22 / 56

22 一緒に朝を

しおりを挟む
 ・・・

ーー三時間後。


「ん……にゃ……」


「あーあ……あんなに帰るって意気込んでたのにねぇ」


生姜湯を飲んで、落ち着いたら眠ってしまった颯太をベッドに寝かせ、蒼井はため息を漏らした。

あの後、颯太は渡した生姜湯をごくごく飲んで間も無く、眠気が襲ってきたらしい。

本人は絶対に寝ないと頑張っていたのだけれど、一時間もしたらスヤスヤ寝息を立てて眠ってしまっていた。

それからもう三時間ほど経過した今、颯太はまだ気持ちよさそうに寝息を立てている。


(仕方ない、今日は……)


蒼井はチラリとソファーに目をやった。

今日は自分がソファーに寝て、ベッドは颯太に譲ろう。

そう、それが今の俺にとっても、颯太にとってもベストな選択だ。


(…………)


しかし、リビングに向かう足をピタリと止め、蒼井はベッドへ引き返した。

そして、無防備に可愛らしい寝顔を晒している颯太の頬にそっと触れた。


「……こんなん、我慢できるわけねぇじゃん」


蒼井にとって、颯太は初恋の相手であると同時に、自分がゲイであると自覚させられた人物でもある。

高校生の時、蒼井は颯太に出会って、初めて同性に抱いた恋心に困惑した。

自分は普通に女性を好きになって、いつか結婚でもするものだと思い込んでいたのに、可愛くて愛おしく思う相手は佐久間颯太という男性だった。


当時、蒼井はわざと颯太を揶揄ったりして、自分の気持ちを紛らわせていた。

しかし、そうやって颯太と接していくうちに消えるはずの気持ちはどんどん膨らみ、気付けばいつも目で追ってしまっていた。

そしてある日、颯太の趣味が手芸だとクラスで発覚し、女子生徒が寄ってたかって騒ぎ立てているのを発見し、蒼井は急いで颯太を庇った。

けれど、あまり大袈裟にすると自分の気持ちが露呈してしまうので、自分も揶揄う側の人間であると装った。


(本当は、颯太が辛い気持ちを抱えてるって分かってたのにな……)


だから本当は、卒業後に急いで颯太に会って話をしたかった。

けれど、颯太はすでに連絡先を変えており、それ以降は音信不通になってしまったのだった。


それ以来、蒼井は颯太を忘れて女性を好きになろうと必死になり、来るもの拒まずで何人もの女性と付き合った。

蒼井ぐらいのイケメンだと嫌でも女性は寄ってきたので、そういう面で困ることはなかった。

けれど、誰と付き合っても好きになれず、セックスも大して気持ちよくなく終わることが大半だった。


(だからこの街に引越して、全部やり直そうと思ったんだよな。人付き合いも全部ネット経由に切り替えたし)


そう思いながら、蒼井はデスクの上の自分のスマホを見つめた。

蒼井はオンラインで家庭教師の仕事をする傍ら、趣味のサイトも見つけていた。

そのサイトというのは、オンラインサロン″大人の飲み会″ だ。

大人の飲み会は有名なブライダル会社が運営しているという事もあり、安心して利用出来るエンタメ中心の出会い系サイト。

蒼井は颯太への想いを吹っ切って、新しい出会いを得る為にも、早速会員登録を済ませた。

サイトでの名前は蒼井響(K・A  キョウ・アオイ)のイニシャルからとって、Kとしたのだった。


しかし、数日後。

偶然にもカフェで颯太の姿を見つけた時、蒼井の中で時が止まった。

運命としか思えなかった蒼井は、なるべく不自然にならないよう、颯太に声をかけたのだ。

けれどその後が問題で。

今度こそ颯太にちゃんと話して優しくしようと思うのに、なかなかそうはいかず、強引にキスまでしてしまった。

本当はもっと紳士になって、高校時代の事を謝りたかったし、好きだという気持ちも伝えたかったのに……


「ごめん、な……颯太」


そう呟くと、蒼井はゆっくりと顔を近付け、愛おしい桜色の唇に自分のそれを重ねた。


「ん…………」


優しく舌で唇を割ると、颯太が小さく喘ぐ。


「ん、ぁ……」


「……っ」


(くそ、かわい過ぎなんだよ……!)


こんなに愛おしいのに、どうにかして忘れようなんて絶対に無理だ。

好きな気持ちが溢れてきて、蒼井はそのまま暫く、眠る颯太の唇を侵し続けた。


・・・


ーー翌朝。


「ん……」


目を覚ますと、窓の外はもう明るくなっており、朝だと分かる。

朝日が差し込む窓辺はキラキラとしていて、俺はぼんやりとそれを眺めた。

それから視線を下へとずらし……


(……え!?)


目の前に、蒼井の端正な寝顔があり、俺は勢いよく起き上がった。


「なっ、なっ……」


「んんー……そうたぁ……もっと」


「~~~~っ!!」


ぎゅっと抱きつかれ、俺は声にならない声をあげる。

するとその声に反応するように、蒼井が目を覚ました。


「……あ、おはよ」


「おっ……おはよ、じゃねぇえええええ!!」


更に絡んでこようとする蒼井に、俺は盛大な叫び声を上げる。

なんで蒼井が俺の隣で寝ているのか。


(……あ、そうか……!)


寝ぼけていた頭が徐々に冴えてきて、俺はようやく昨日の事を思い出した。

昨日、俺は蒼井の部屋に連れてこられて、シャワーを浴び、コンビニで買ったパフェを食べ、そして……


(確か、20時までには復活して帰るとか言ってたんだよな……)


そう豪語していたところまでは記憶がある。

けれど、その後の事は覚えていないので、おそらくそこから今まで爆睡していたのだろう。


(あ、ああああああああ俺のバカァ!)


後悔したところで、もう俺は蒼井のベッドで、蒼井と一緒に過ごしてしまったのだ。

変えられない過去に、俺は重々しいため息をついた。


「はぁ……もういい」


「ん、どした?」


「別にっ」


……と言うわけで。

こうして、今日もまた一日が始まった。


・・・


そして、バタバタと着替えだなんだを済ませ、朝の9時。

俺は綺麗に洗濯された自分の服に身を包み、なぜかまだ蒼井の部屋に居る。

熱はだいぶ引いたようで、体調は昨日よりだいぶマシになっていた。

とはいえ、朝からサクサクのクロワッサンとブラックコーヒーというのは、まだ胃腸にキツイ気がする。


「さ、食べて?」


「あのなぁ……」


「あ、コーヒーはお代わり自由だから、遠慮なく言って……」


「じゃなくて!! 俺、もう帰るからっ」


いい加減、帰らないとまじでヤバい。

このままでは、ここの住人として認定されそうだ。

俺は朝食には手を付けず、椅子から立ち上がった。

今度こそ、ちゃんと自分の服を着て、準備万端で帰ってやる。


(えーと、服は着てるから、あとはスマホと財布……ぐらいか?)


そもそも、俺はコンビニに行って発送を終わらせるだけだったので、荷物なんてほとんど無いに等しかった。

そんなわけで、準備は即完了し、いそいそと玄関へ向かう。


「颯太」


「んだよっ、今度こそ帰るんだから止めんなよ?」


「……」


強めの口調で言うと、蒼井は俺の姿をじっと見つめたままその場で立ち止まった。

俺は構わず玄関に向かう。

けれど今度は、蒼井が追いかけてくる様子はない。


(なんだよ……なんか、調子狂う)


靴を履きながら、悶々と考える。

ここを出る前に、蒼井に声をかけるかどうか……。

別に無言で出ていったって良い訳なのだが、それもなんとなく気持ちが引っかかる。

迷った末、俺は出る前にもう一度だけ蒼井に声をかけることにした。


「じゃーな! 俺、帰るから!」


「……」


しかし、やはり蒼井は無言のまま佇んでおり、返事はない。


(な、なんだよ……)


俺は少しだけ心配になってしまい、出ていくのを躊躇う。

けれど、今戻ったらまた引き止められてしまうかもしれないし、そもそもこれは蒼井の作戦かもしれない。

カフェで連絡先を交換した時の事を思い出し、蒼井への情が薄れると迷いが消えた。


(……ええい、もう気にすんな! とにかく俺は帰るっ!)


後でまた蒼井の事が気になるようなら、メッセージでも送れば良いのだ。

それに、蒼井は俺が出ていったぐらいで落ち込むような弱い奴じゃない。

なんなら、俺なんかが心配しても無意味に終わるだろう。

そう自分に言い聞かせると、俺は勢いよくドアを開け、今度こそ部屋を出て行った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

unfair lover

東間ゆき
BL
あらすじ 高校二年生の佐渡紅はクラスを支配するアルファ性の右京美樹によるいじめを受けていた。 性行為まではいかないが、性的な嫌がらせを中心としたそれに耐え続けていたある日右京美樹が家に押しかけて来て…ー 不快な表現が含まれます。苦手な方は読まないでください。 あくまで創作ですので現実とは関係ございません。 犯罪を助長させる意図もございませんので区別できない方は読まれないことをお勧めします。 拗らせ攻めです。 他サイトで掲載しています。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

五国王伝〜醜男は美神王に転生し愛でられる〜〈完結〉

クリム
BL
 醜い容姿故に、憎まれ、馬鹿にされ、蔑まれ、誰からも相手にされない、世界そのものに拒絶されてもがき生きてきた男達。 生まれも育ちもばらばらの彼らは、不慮の事故で生まれ育った世界から消え、天帝により新たなる世界に美しい神王として『転生』した。  愛され、憧れ、誰からも敬愛される美神王となった彼らの役目は、それぞれの国の男たちと交合し、神と民の融合の証・国の永遠の繁栄の象徴である和合の木に神卵と呼ばれる実をつけること。  五色の色の国、五国に出現した、直樹・明・アルバート・トト・ニュトの王としての魂の和合は果たされるのだろうか。  最後に『転生』した直樹を中心に、物語は展開します。こちらは直樹バージョンに組み替えました。 『なろう』ではマナバージョンです。 えちえちには※マークをつけます。ご注意の上ご高覧を。完結まで、毎日更新予定です。この作品は三人称(通称神様視点)の心情描写となります。様々な人物視点で描かれていきますので、ご注意下さい。 ※誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます。励みになりますです!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

儀式の夜

清田いい鳥
BL
神降ろしは本家長男の役目である。これがいつから始まったのかは不明らしいが、そういうことになっている。 某屋敷の長男である|蛍一郎《けいいちろう》は儀式の代表として、深夜の仏間にひとり残された。儀式というのは決まった時間に祝詞を奏上し、眠るだけという簡単なもの。 甘かった。誰もいないはずの廊下から、正体不明の足音がする。急いで布団に隠れたが、足音は何の迷いもなく仏間のほうへと確実に近づいてきた。 その何者かに触られ驚き、目蓋を開いてさらに驚いた。それは大学生時代のこと。好意を寄せていた友人がいた。その彼とそっくりそのまま、同じ姿をした者がそこにいたのだ。 序盤のサービスシーンを過ぎたあたりは薄暗いですが、|駿《しゅん》が出るまで頑張ってください。『鼠が出るまで頑張れ』と同じ意味です。 感想ください!「誰やねん駿」とかだけで良いです!

本物のシンデレラは王子様に嫌われる

幸姫
BL
自分の顔と性格が嫌いな春谷一埜は車に轢かれて死んでしまう。そして一埜が姉に勧められてついハマってしまったBLゲームの悪役アレス・ディスタニアに転生してしまう。アレスは自分の太っている体にコンプレックを抱き、好きな人に告白が出来ない事を拗らせ、ヒロインを虐めていた。 「・・・なら痩せればいいんじゃね?」と春谷はアレスの人生をより楽しくさせる【幸せ生活・性格計画】をたてる。 主人公がとてもツンツンツンデレしています。 ハッピーエンドです。 第11回BL小説大賞にエントリーしています。 _______ 本当に性格が悪いのはどっちなんでしょう。    _________

処理中です...