雇われオメガとご主人様

第五十一話 嫉妬

担当さんの姿を見るのは、これが初めてだ。

こんなに若くて綺麗な女性だったとは、思いもよらなかった。

つい見入ってしまいそうになり、ハッとして踵を返す。

そして、キッチンへ足を踏み入れたその時、後ろからシグレさんの声が響いてきた。


「では、よろしく、エドナ。ええと、この間の打ち合わせで……」


（え……っ）


”エドナ”　という名前に、僕は思わず振り向いた。

シグレさんは僕には気付かず、真剣な表情で打ち合わせに集中している。


（エドナって、あのメモの人、だよね……？担当さんの事だったんだ！）


ずっと気になっていた人の正体が分かり、ホッと胸を撫でおろす。

けれど、担当さんだからシグレさんとそういう関係ではないと言い切れるだろうか。


（……）


ホッとしたのも束の間、また不安な気持ちが込み上げてきて、僕はキッチンへ逃げ込んだ。


「はぁ……」


シンクに手をつき、ため息をひとつ。

とりあえず落ち着かなければと、僕は自分で飲む為の紅茶を淹れる事にした。

アールグレイの香りを嗅げば、少しは癒されるかもしれない。


「……」


カップに湯を注ぎ、ティーバックを浸すと、じんわりと茶葉から色が溶け出していく。

同時に良い香りが漂ってきて、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


（担当さんが、あのメモの人……エドナ・アロシュ、か）


僕は記憶に残っているメモの内容を思い出していく。

メモには確か、スマホの番号と名前、それらと共に　”キス止まり？”　というメモが書かれていた。


（キス止まり？……は、きっと小説の内容の事だよね。疑問形なのは気になるけど、何か事情があるんだよ）


半ば無理矢理、僕は自分に言い聞かせる。

しかし、やはり　”キス止まり？”　という言い回しはあまり仕事っぽくない。

急いでいてそう書いてしまったとか、そういう理由かもしれないけれど、どうしても不安が残ってしまう。

僕はもう一度ため息をつき、残りの紅茶をゆっくりと飲み干した。


（考えていても仕方ない事だよね……よし、仕事しなきゃ）


空になったカップをシンクで軽く濯ぎ、水切りラックに置く。

それから大きく深呼吸をすると、僕は強制的に思考を切り替えて仕事モードになった。

まずは、夕飯の下ごしらえから。

今日は僕もシグレさんに合わせて、おかゆやスープにする予定だ。


（ええと、お米をといで……）


容器に米を入れ、水で綺麗に洗う。

そして、白く濁った水をシンクに流していると、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。