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第二話
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◆◇◆
コンコン。
部屋のドアがノックされ、適当に返事を返すと、ドアがゆっくりと開けられ、指導員が顔を覗かせた。
「セイラ、今少しいいか?」
「はい、なんですか?」
「ちょっと急なんだが、お前に面会したいという人が来ててな。アポなしだから、明日でも良いと言うんだが……どうする?」
「面会……誰ですか?」
部屋に入ってきた男性指導員のゴウエルが手招きするので、僕は不思議に思いながらも、言われるまま廊下へ出た。
それと同時に、期待と不安が入り交じった気持ちがどっと込み上げてくる。
まさか……
「休んでいたところすまんな。いやぁ、良さそうなお方なんだがね、ネットに掲載されているお前さんの情報を見て来たらしい。どうする、明日にしてもらうか?」
「いえ、それは大丈夫ですけど……あの、もしかして、雇われの依頼ですか?」
不安げに顔を上げると、ゴウエルはコクリと小さく頷いた。
雇われというのは、この施設特有の制度だ。
体質ゆえに仕事に就き辛いΩ達は全員、新たな家族や企業と契約する権利を持っている。
この制度には、大体二つの道がある。
一つは、雇う側が僕たちΩを家族の一員として迎え入れ、使用人として雇うというもの。もう一つは、一般企業の雑用係として契約を結ぶというものだ。どちらも、大抵は掃除や食事の準備、買い出し等の雑務を任せられる。
お見合いのように華やかなものではないので、僕たちΩ側は契約するかどうか慎重に検討する必要があるが、良い契約相手に恵まれたなら、ここにいるよりはずっとマシだろう。
それに、雇い主と恋に落ち、めでたく結ばれるパターンもなくはない。
と、そんな事を考えていると、ゴウエルが表情を緩めて口を開いた。
「安心しろ、かなり良さそうなお方だ。仕事は小説家をしていると言っていたが……身なりからして、もしかしたらそこそこ名のある先生かもしれんぞ」
「はぁ……そうですか」
名のある小説家先生の可能性に、ゴウエルはウキウキしている様子だけれど、僕はまだピンときておらず、その場で呆然と立ち尽くす。
すると、ゴウエルはそんな僕の肩を軽く抱き寄せ、面会人の元へ行こうと促してきた。
「どうした、浮かない顔だな。ここから出るチャンスだぞ? さぁ、会いに行こう。セイラもきっと気に入るさ」
「……はい」
僕は小さく頷くと、ゴウエルと共に正面玄関へと向かった。
◇◆◇
長い廊下を歩き、正面玄関に着くと、面会人らしき男性が一人立っており、ゴウエルがテンション高く話し始めた。
「お待たせしました、この子がご指名頂いたセイラです。どうです、男の子にしてはかわいい顔してるでしょう」
そう紹介され、少し照れ臭いと思いつつも、チラリと視線を上げると……
そこには黒いジャケットに黒いパンツをスマートに着こなした男性が一人、仕事用の鞄を片手に下げてこちらを向いていた。サラサラとした淡いブラウンの髪が窓から射し込む日の光に透けてキラキラと輝くのがとても美しく、つい見とれてしまう。
目が合うと優しく微笑まれ、その切れ長の瞳に、思わず胸がドキリと跳ねる。
「……っ」
赤くなった顔を見られまいと、僕は咄嗟に俯いて目をそらした。そして……僕の予想では、この男はαだ。
αには、僅かだけれどα特有の匂いがある。
僕は鼻が良い方なので、αに近付くと、いつも決まってこの匂いを感じとるのだ。
僕は暫く、その匂いに飲み込まれぬよう、男と距離をとったまま黙り込む。
あまり匂いを意識し過ぎてしまうと、発情する恐れがあるからだ。
すると少し間を置いて、頭上でその男性の声が響いた。
「どうもすみません、今日は急に来てしまいまして……最近、仕事が急に忙しくなりましてね。一人暮らしなんですが、急遽、家事をしてくれる子を探してるんです。そしたら、ネットでこの子のプロフィールをたまたま見つけて……ああ、やっぱり君は……」
なにやらブツブツと言ってから、男性は僕の方へすっと手を差し出した。
「コホン。いや、これは失礼。初めまして、シグレ・ロゼと申します」
「シグレ、さん……えと……」
差し出されたその手を、僕は気軽に握り返す事ができず……少し迷った挙げ句、再び俯いてしまった。
すると、それを見ていたゴウエルが、軽く笑いながらフォローを入れてくれた。
「ははは、すみませんねぇ。セイラは緊張しているんですよ。普段も大人しいんですが、とても真面目でね。言われた事はきちんとこなす子ですよ。どうです、もし良かったら使用人として、先生のところで引き取って貰えませんか。きっとお役に立てるかと……」
ゴウエルは場を盛り上げようと、懸命に僕の事を、自分より幾分か背の高いシグレ・ロゼに向かって話し始めた。
その内容は、僕の父親は行方がわからない事、母親は病院で療養中な事等、おおまかな事情をザックリとではあるが、ゴウエルなりにまとめて説明していく。
僕は、イケメン小説家のシグレ・ロゼがどんな顔で聞いているのか気になり、そっとそちらに視線を向ける。
と、彼は真剣な眼差しで、時折、相槌を打ちながら話を聞いていた。
(優しそうな人……)
なんとなく、どこか懐かしいような雰囲気のある人だ。
少し不思議に思いながら見つめていると、ふいにチラリと視線をよこされた。
再び優しく微笑まれ、僕は思わず目を逸らす。
シグレ・ロゼはそんな僕を見てクスっと笑みを零すと、大きく頷き、ゴウエルに向かって言った。
「なるほど、セイラについてはよくわかりました。詳細は後々本人に聞いても?」
「ええ、そうですね。きっと心を開いてくれると思いますよ」
「ありがとうございます。では是非、私と契約させて頂きたいのですが……セイラ、どうかな?」
その言葉に僕は一瞬戸惑ったけれど、おずおずと頷いてみせた。
「良かった……!よろしくね、セイラ」
シグレ・ロゼはそう言うと、先ほどと同じように右手を差し出してきた。
(……っ)
また怖気づきそうになったものの、今度はそっと握り返すと、シグレ・ロゼは穏やかな笑みを浮かべる。
その瞬間、僅かに電流が走るような感覚に襲われ、僕は慌てて手を離した。
これもαに触れたせいだろうか。
初めてなのでよくわからない。
「ああ、良かったな、セイラ!」
ゴウエルは目を輝かせると、早速、契約書の準備に取り掛かった。
コンコン。
部屋のドアがノックされ、適当に返事を返すと、ドアがゆっくりと開けられ、指導員が顔を覗かせた。
「セイラ、今少しいいか?」
「はい、なんですか?」
「ちょっと急なんだが、お前に面会したいという人が来ててな。アポなしだから、明日でも良いと言うんだが……どうする?」
「面会……誰ですか?」
部屋に入ってきた男性指導員のゴウエルが手招きするので、僕は不思議に思いながらも、言われるまま廊下へ出た。
それと同時に、期待と不安が入り交じった気持ちがどっと込み上げてくる。
まさか……
「休んでいたところすまんな。いやぁ、良さそうなお方なんだがね、ネットに掲載されているお前さんの情報を見て来たらしい。どうする、明日にしてもらうか?」
「いえ、それは大丈夫ですけど……あの、もしかして、雇われの依頼ですか?」
不安げに顔を上げると、ゴウエルはコクリと小さく頷いた。
雇われというのは、この施設特有の制度だ。
体質ゆえに仕事に就き辛いΩ達は全員、新たな家族や企業と契約する権利を持っている。
この制度には、大体二つの道がある。
一つは、雇う側が僕たちΩを家族の一員として迎え入れ、使用人として雇うというもの。もう一つは、一般企業の雑用係として契約を結ぶというものだ。どちらも、大抵は掃除や食事の準備、買い出し等の雑務を任せられる。
お見合いのように華やかなものではないので、僕たちΩ側は契約するかどうか慎重に検討する必要があるが、良い契約相手に恵まれたなら、ここにいるよりはずっとマシだろう。
それに、雇い主と恋に落ち、めでたく結ばれるパターンもなくはない。
と、そんな事を考えていると、ゴウエルが表情を緩めて口を開いた。
「安心しろ、かなり良さそうなお方だ。仕事は小説家をしていると言っていたが……身なりからして、もしかしたらそこそこ名のある先生かもしれんぞ」
「はぁ……そうですか」
名のある小説家先生の可能性に、ゴウエルはウキウキしている様子だけれど、僕はまだピンときておらず、その場で呆然と立ち尽くす。
すると、ゴウエルはそんな僕の肩を軽く抱き寄せ、面会人の元へ行こうと促してきた。
「どうした、浮かない顔だな。ここから出るチャンスだぞ? さぁ、会いに行こう。セイラもきっと気に入るさ」
「……はい」
僕は小さく頷くと、ゴウエルと共に正面玄関へと向かった。
◇◆◇
長い廊下を歩き、正面玄関に着くと、面会人らしき男性が一人立っており、ゴウエルがテンション高く話し始めた。
「お待たせしました、この子がご指名頂いたセイラです。どうです、男の子にしてはかわいい顔してるでしょう」
そう紹介され、少し照れ臭いと思いつつも、チラリと視線を上げると……
そこには黒いジャケットに黒いパンツをスマートに着こなした男性が一人、仕事用の鞄を片手に下げてこちらを向いていた。サラサラとした淡いブラウンの髪が窓から射し込む日の光に透けてキラキラと輝くのがとても美しく、つい見とれてしまう。
目が合うと優しく微笑まれ、その切れ長の瞳に、思わず胸がドキリと跳ねる。
「……っ」
赤くなった顔を見られまいと、僕は咄嗟に俯いて目をそらした。そして……僕の予想では、この男はαだ。
αには、僅かだけれどα特有の匂いがある。
僕は鼻が良い方なので、αに近付くと、いつも決まってこの匂いを感じとるのだ。
僕は暫く、その匂いに飲み込まれぬよう、男と距離をとったまま黙り込む。
あまり匂いを意識し過ぎてしまうと、発情する恐れがあるからだ。
すると少し間を置いて、頭上でその男性の声が響いた。
「どうもすみません、今日は急に来てしまいまして……最近、仕事が急に忙しくなりましてね。一人暮らしなんですが、急遽、家事をしてくれる子を探してるんです。そしたら、ネットでこの子のプロフィールをたまたま見つけて……ああ、やっぱり君は……」
なにやらブツブツと言ってから、男性は僕の方へすっと手を差し出した。
「コホン。いや、これは失礼。初めまして、シグレ・ロゼと申します」
「シグレ、さん……えと……」
差し出されたその手を、僕は気軽に握り返す事ができず……少し迷った挙げ句、再び俯いてしまった。
すると、それを見ていたゴウエルが、軽く笑いながらフォローを入れてくれた。
「ははは、すみませんねぇ。セイラは緊張しているんですよ。普段も大人しいんですが、とても真面目でね。言われた事はきちんとこなす子ですよ。どうです、もし良かったら使用人として、先生のところで引き取って貰えませんか。きっとお役に立てるかと……」
ゴウエルは場を盛り上げようと、懸命に僕の事を、自分より幾分か背の高いシグレ・ロゼに向かって話し始めた。
その内容は、僕の父親は行方がわからない事、母親は病院で療養中な事等、おおまかな事情をザックリとではあるが、ゴウエルなりにまとめて説明していく。
僕は、イケメン小説家のシグレ・ロゼがどんな顔で聞いているのか気になり、そっとそちらに視線を向ける。
と、彼は真剣な眼差しで、時折、相槌を打ちながら話を聞いていた。
(優しそうな人……)
なんとなく、どこか懐かしいような雰囲気のある人だ。
少し不思議に思いながら見つめていると、ふいにチラリと視線をよこされた。
再び優しく微笑まれ、僕は思わず目を逸らす。
シグレ・ロゼはそんな僕を見てクスっと笑みを零すと、大きく頷き、ゴウエルに向かって言った。
「なるほど、セイラについてはよくわかりました。詳細は後々本人に聞いても?」
「ええ、そうですね。きっと心を開いてくれると思いますよ」
「ありがとうございます。では是非、私と契約させて頂きたいのですが……セイラ、どうかな?」
その言葉に僕は一瞬戸惑ったけれど、おずおずと頷いてみせた。
「良かった……!よろしくね、セイラ」
シグレ・ロゼはそう言うと、先ほどと同じように右手を差し出してきた。
(……っ)
また怖気づきそうになったものの、今度はそっと握り返すと、シグレ・ロゼは穏やかな笑みを浮かべる。
その瞬間、僅かに電流が走るような感覚に襲われ、僕は慌てて手を離した。
これもαに触れたせいだろうか。
初めてなのでよくわからない。
「ああ、良かったな、セイラ!」
ゴウエルは目を輝かせると、早速、契約書の準備に取り掛かった。
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