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第一話

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今日も僕は部屋で一人、
読み飽きた小説に目を通す。



(……外にでも行こうかな)



ここ一ヶ月ほど、髪を切っていないので、だいぶ伸びてしまった。

床屋にでも行きたいところだが、外に出るには外出許可を取らなければならないし、金もかかる。

しかし、ただでさえ真っ黒な僕の髪は伸びると更に重苦しくなってしまうので、最悪、指導員に頼んで切ってもらうしかないだろう。

(……あれ、髪ガタガタになるからいやなんだよなぁ)



◆◇◆



さて、そんなわけで。


僕が今居る場所は、:Ω(オメガ)だけが生活している大型のマンション、とでも言えば良いだろうか。

ここには、身寄りの無い:Ω(オメガ)という第二の性を持つ者のみが集められている。


Ωとは、定期的に発情期が来たり、男女問わず妊娠が可能だったりと、色々な事情を抱えた者たちのことだ。



……それにしても。


今日は特にイベントや勉強会も無いから、僕は暇で仕方がない。


(ちゃんとした学校、行きたいなぁ……)


中学三年までの生活が懐かしくなり、窓の外を眺めると、嫌でもため息が出てしまう。

僕は、中学を卒業してすぐここに預け入れられた。行きたかった高校はあったのだけれど、当然そこへは行けず、このつまらない生活を送る羽目になったのだ。もちろん、大学も出ていない。年齢は今年で二十歳になった。


(高校、行きたかったな……)


ふと、N高校の見学会に行った時の事を思いだす。

そこでは、優秀なαやβが学園生活を送っており、みんなキラキラして楽しそうだった。

僕もそこに混じりたくて、いっそΩであることを隠してでも入学したいと思ったのだけれど、それは親に大反対され叶わなかった。


(あの人も、今頃は卒業して社会人やってるのかな……)


あの人、とは、N高校で偶然知り合った、というか、肩がぶつかった人の事だ。

N高校の学生だから、入学していれば僕の先輩になったかもしれない人。

彼は、ぶつかった拍子に落としてしまった僕の書類を、丁寧に拾い集めてくれたのだ。

サラサラの髪や、切れ長の綺麗な瞳が印象的で、つい見とれてしまったのを覚えている。


(N高校に入学出来たら、会えたのかな……)


そう思うと、なんだかとても切ない気持ちになってしまい、僕はフルフルと頭を振った。


・・・


さて、僕達の生きるこの世界についてもう少し説明をしようと思う。

この世界はいつからか、男女の他に   "α・β・Ω"   という第二の性、いわゆる   "第二性"   と呼ばれる性が生まれた。

男女共に、αは生まれつきのエリート、βは一般人、Ωは子孫繁栄のための存在などといわれており、中でもΩは、男女問わず妊娠する事が可能で、人口はとても少ない。


そしてβ。
βは、第二性の中でもちょうど中間層。ごく普通の人間で、無難な人生を歩む者がほとんどだ。

ちなみに、ここの院長や指導員達は皆、第二性が   :β(ベータ)か:Ω(オメガ)。

:α(アルファ)という性を持つ者は基本的に出入り禁止だ。

なぜなら、αはΩを襲う可能性があるからだ。

αはΩと同様、人口は少ない。超エリートで、非の打ち所がない、というのが特徴だ。

しかし、Ωのフェロモンにだけは抗えず、Ωの発する甘い香りを嗅ぎつけると、たちまち野獣のように性欲を抑えられなくなってしまう。

だから、αは常に抑制剤を持ち歩いている。


僕たちΩも、発情期に備えて抑制剤は常に常備している。

発情期以外は匂いもそれほどきつくないから大丈夫だけれど、発情中のΩの匂いはヤバいし、抑制剤を飲んだからといって外に出るのは危険だろう。


その第二性の判定検査は、15歳になると各学校や病院等の施設で行われる。

判定後は、今まで平等に接していたクラスメイトや部活仲間との間に、α、β、Ωという差別が生まれるわけだ。

僕はそれがあまり好きじゃなかった。


最近は、自分の子供がΩだと判定された時点で、こういった施設に引き渡す親が増えている。

理由は、Ωの子を家に置いても手間がかかるばかりで、養うのが大変だから。

Ωは3ヶ月に一度発情期があり、その間は働くことも出来ず、家に引きこもるばかりになる。


その上、性処理で汚れた服や下着の洗濯に、部屋の消臭、抑性剤の調達や通院と、かかる手間は計り知れない。

そうなれば当然、経済的にも精神的にも、親の負担は増える一方で、面倒を見きれないという事になるのだ。



と、そんなΩの中でも希に   "運命の相手"   と出会えるΩもいるらしい。

それは強運の持ち主と言えるだろう。

運命の相手――所謂、   "運命の:番(つがい)"   というやつだ。


Ωは、αと番になることが出来るという、Ωならではの特権がある。


その番というのは、αがΩの:項(うなじ)を噛むことで成立する関係だ。


しかし、そんな相手と出会える確率は極めて低く、Ωの大半が、望まない相手(α)と無理矢理番にさせられたり、βと恋に堕ちて、番にはなれないけれど普通に結婚する者もいる。

ちなみに、この施設のホームページでは、αに向けたお見合いページのようなものがあり、僕たちΩの顔写真付きのプロフィールが掲載されている。

このページに辿り着いたαは、気に入ったΩが居れば施設に連絡し、面会の予約を取ってから訪れるというのがスタンダードなやり方だ。

勿論、Ω側にも選ぶ権利があるので、相性が悪そうであれば断ることもできる。

中にはめでたく好きなαと番になれる者もいるが、   "運命の相手"   ではない場合がほとんどらしい。


では、その   "運命の相手"   をどうやって見分けるのかというと。


運命の相手に項を噛まれたΩは、首筋に特殊なアザが浮かび上がる。そのアザは星型をしており、とても小さいのでパッと見にはわからないらしいけれど、大抵は行為の最中にαが気付くという噂だ。


と……これが、今僕が生きている世の中の、大まかな仕組みだ。



僕の場合、優秀な公務員のくせに女癖の悪い父親と、体が弱い母親によってここに預けられたわけだけれど、父親については、僕が幼い頃に母と離婚しているので、もうほとんど顔も覚えていなければ、どこでどうしているのかもわからない。

母親も病が悪化し、病院で安静にするよう医師から言われており、暫くは面会すら出来なかった。

今はたまに面会が出来るようになったけれど、おそらく、もう長く持たないのだろう。


だから僕は、同じ施設の子達と打ち解けようと思い、自ら話しかけたり、遊びに誘ったりと、友達を作る努力をした。

僕には兄弟もいないし、いつか母もいなくなれば、本当に一人ぼっちになってしまう。だから、一人でもいい、自分を受け入れてくれる存在が欲しかったのだ。

けれど、皆人見知りだったり、トラウマを抱えていたりで、仲良くなっても続かない事が多かった。

そんなこんなで、話し相手すらろくに見つからないまま、もはや五年が経とうとしている。


折角、ここには仲間ともいえるΩが集まっているというのに、これではどうしようもない。

今や、僕も友達を作ろうという気力は無く、淡々と毎日を諦めて過ごしているだけだ。



しかし、そんなある日。


僕に、ある知らせが届けられた。




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