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「友達夫婦」の終わり

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 弘人の母親は、冷たい目で奈緒子を見た。
「あらぁ奈緒子さん。お久し振り。最近ずっと顔を見せないと思ってたら、なんだか大変なことになっているみたいね。今日はゆっくり話しましょう。」
 相変わらずだな、と奈緒子は思ったが、以前のようにこの人の態度をいちいち気にすることはなくなっていた。

 食卓テーブルに座り、はるかが口を開き、いきなり本題に入った。
「お母さん、私、弘人さんの赤ちゃんを妊娠してます。」
「·····ああ、弘人から電話で少し聞いたよ。あなたは、はるかさん?」
「ええ。奈緒子さんと弘人さんとは、高校の時の同級生です。」
 それを聞いた弘人の母親は、堪えきれないように笑いだした。
「───はは!同級生!?友達の旦那を寝取ったんだ?······やっぱり、親子って似るんだねぇ。弘人の父親も、他所で女作って出ていったよ。そんなふうに育ってほしくなかったけど、結局は血は争えないんだねぇ····」
 弘人はいたたまれないように下を向いた。
「───一緒になりなよ。」
 弘人の母親の言葉に、全員が反応した。
「子どもできたんでしょ?奈緒子さんとは別れて、その人と結婚しな、弘人。奈緒子さんは、子どもを作れないじゃない。始まりが不倫だとしても、一緒になって子育てしてしまえば、立派な家族になるんだ。」
 奈緒子は予想通りだと思った。心構えはしていたつもりだが、やはり面と向かって言われると、精神的に辛いものはあった。しかし、それでもこの場面を乗り切る覚悟はできていた。
「はい、私もそのほうがいいと思います。お義母さん。今日はこれを持ってきました。」
 奈緒子はカバンから、離婚届を出しテーブルに置いた。
「私の分は記入済みです。弘人さんにも書いてもらったら、離婚成立です。」
 弘人はそれを見て、権面蒼白になった。
「な、奈緒子!俺は離婚しないって····!考え直してくれ!」
「無理。私は、あなたと1秒も一緒の空間にいたくないの。2人ともどう思います?お義母さん、はるか。」
「弘人!奈緒子さんもこう言ってくれてるんだし、さっさと書いてけじめつけな。」
「そうよ弘人さん。赤ちゃんに父親は必要よ!」
 奈緒子からは見限られ、2人からサインするよう責められ、追い込まれた弘人は、震える手で離婚届にサインした。
「弘人ありがとう。今までお世話になりました。」
 奈緒子は、出会って14年、結婚して5年、一緒に過ごした弘人への最後の礼儀だと思い、感謝の言葉を口にした。この言葉に偽りはなかった。

「···········離婚に当たって、今回はそちらの浮気が原因だから、慰謝料は請求させてもらいます。後日、弁護士さんから内容証明を送るから、確認してね。」
 奈緒子は離婚届をカバンに入れ、帰り支度をすると、席を立とうとした。その時はるかが
「奈緒子はこれから一人になるんだもんね。給料も高くないだろうし、苦労するかもしれないから、慰謝料は言い値で払うわ。」と言った。
 最後まで奈緒子を攻撃しようとしてくるはるかに拍手を送りたくなった。本当は、2人への最後の情から、このまま帰ろうと思っていたのに·····
「───ありがとう、はるか。そうさせてもらうね。でも、はるかもこれから苦労するかもね。」
 はるかは不思議そうな顔をして奈緒子を見た。
「数ヶ月前にね、私と弘人で不妊治療しようって話があって、クリニックで調べてもらってたのよ。弘人忘れてたでしょ?先週、その結果を聞きに行ってきた。私には何の問題もなかった。弘人は、造精機能障害っていって、いわゆる男性不妊症なんだって。」
 クリニックからもらった検査結果の紙を、3人に見せた。
「弘人、良かったね。何の治療もしてないのに、はるかとの間に赤ちゃんできて。私とは5年してもダメだったのに、はるかとはたった1回でできちゃうんだもん。」
 弘人の母親は、すごい形相で検査結果の紙を奪い取り、食い入るように見ていた。手がわなわなと震えている。
「それじゃあ、皆さんお幸せに。それと、もうお義母さんでも何でもないから言いますけど、私あなたのこと大っ嫌いでした。下品で、意地汚くて。二度と会いませんように、心から願ってます。さようなら。」
 奈緒子はドアを出て、カンカンとアパートの階段を降りた。途中、弘人の母親の金切り声が聞こえてきたが、振り向かずにタクシーを拾って駅まで帰った。

 役所で離婚届を提出した後、奈緒子は川縁に座って水面を眺めていた。

 すごく、スッキリとした気分だ。

 今まで悩んでいたことが嘘のように、肩や背中が軽くなった気がした。独り身になった不安よりも、これからまた自由だという解放感の方が強かった。
 薬指から指輪を外し、川の中へ投げた。指輪はきれいな弧を描き、川の中程へポチャンと落ちた。

 さぁ、これからが私の人生、第二章の始まりだ。

 奈緒子は未来の自分に思いを馳せ、ワクワクした気持ちで、あのアパートへ帰るのだった。
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