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捨て猫の君

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 〈クライン視点〉

「あれ?クライン様、来てくれたんですか?今日は来ないと思ってました!」

 どうしても気になって、仕事終わりに様子を見に図書室に来てしまった。
 俺の姿を見つけると、イアンの表情がぱぁっと明るくなったので本当にかわいいな子だなと思い目を細めた。
 レインとソラは、俺を見ると明らかに不機嫌そうな表情をした。
 向かい合って座ればいいものを、イアンを両脇に挟むようにして引っ付いて座っている。イアンは何も気にしていないようで、能天気な顔で問題を解いていた。

「兄上は暇なんですか?ここは学生が通う場所なんですが。」
「そうですよ。殿下はお忙しいでしょうから、僕たちに任せてお引き取りください。」
 レインとソラから嫌みを言われたが、気にせず少し離れた席に腰を下ろした。
 すると、図書室在中の女性職員が、コーヒーと茶菓子を出してきた。
「あの·······これ、よろしければどうぞ。」
 おどおどしながら、顔を紅潮させて俺に話しかけてきたのは、メガネをかけた大人しそうな女性職員だった。
 こういった反応には実は慣れている。王子というだけですり寄ってくる人間は、男女問わず多かった。
「ありがとう。」
 俺が人好きのする笑みを浮かべ礼を言うと、女性職員は更に顔を紅くして、そそくさと逃げていった。

 俺は王子という立場上、誰にでも心を開いてもらえるよう、親切に接するよう心掛けていた。しかし、時にそれが相手の距離感を狂わせ、俺に気に入られているのだと勘違いしてくる者も後を絶たなかった。
 レインのように、嫌いな者は排除し、他人には気を遣わず『俺は王子だぞ!』というスタンスでいた方がいいのではないかと考えたこともあったが、そもそも俺はそういう性格でもない。
 皇后様(レインの母)は、皇后になるべくして産まれ育てられたような厳しい方だった。平民と貴族、そして王族をはっきりと区別し、礼節やしきたりを重んじる方だ。
 それに比べて俺の母は、平民出身の元侍女で、優しげで穏やかではあるが、側室となった今でも、王宮での暮らしが合わないようだった。周りは敵ばかりで、信じられるのは数人の侍女と、息子である俺だけだ。
 そのように、育てられ方や産まれ持った気質が正反対であるレインと俺は、言うまでもなく相性が最悪だった。

 レインやソラはイアンのことを『馬鹿だからかわいい』と言ったが、俺は別にイアンが馬鹿だから気になるのではない。(ややアホの子寄りなのは否定のしようがない。)

 イアンは突然俺の前に現れ、住む場所も、仕事も、頼る場所もなく、ボロボロになってさ迷い歩いていた。
 俺が王子だったから接近してきたのではなく、本当に何も持たない彼を拾ったのが、たまたま俺だったのだ。
 子どもの頃、海で綺麗な貝殻を見つけた時のような、雨に濡れた子猫を持ち帰ったときのような、特別な拾い物をした気分だった。

 昨日腹が立ってしまったのは、イアンは俺だけの捨て猫だと思っていたのに、彼を特別だと思っていた人間は他にもいたということだ。ソラとはキスをして、レインとはその先までやらされたというのだから、腹立たしいことこの上なかった。

 俺は夢の中でしか、イアンと特別な意味で触れあったことはない。
 真面目な顔をして机に目を落とすイアンをつい見入ってしまう。
あの形の良いピンク色の唇を塞いだら、と想像するとおかしな気分になりそうだった。邪念を振り払い、手元の本に集中しようとするが、全く内容が頭に入ってこなかった。

「──イン様!クライン様!!」

 イアンの顔が突如、間近に現れドギマギしてしまった。俺は名前を呼ばれていたのに気が付かなかったらしい。
「本に集中されてましたね。図書室が閉まるので、僕達そろそろ帰ります。」
「あぁ、お疲れ様····!」
 すると、イアンが俺に顔を近付け、こっそり耳打ちしてきた。
「あの········今度、美術学校行ってもいいですか?友達にも会いたいし。モデルが必要ならやります。」
 レインとソラは知らない、2人だけの繋がりのようで秘密めいたものを感じ、大人げなく俺の胸は高鳴ってしまった。
「分かった。じゃあ次の休みに。また泊まりにもおいで。」
 イアンは「いいんですか?やったぁ」と喜び、小さくガッツポーズをした。こんなことで喜んでくれるなら本望だ。

 イアンと出掛ける口実ができてしまった。仕事が恋人のような生活を送っていたが、俺は久しぶりに次の休みが待ち遠しくなった。
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