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憧れの人

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 妊娠後期に差し掛かり、ララは外出を少しずつ控えるようになった。
 部屋で絵を描く時間が増えたララは、ここ最近は熱心に人物画を描いていた。
 まだ全貌が分からない描きかけの絵を見ながら、レックスはララに尋ねた。
「人物画を描くなんて珍しいな。誰の絵?」
「私の憧れの人。」
 ララは即答すると、再び絵に目を落として筆を走らせた。

 それから後日、ララとレックスがアリソンの屋敷に帰ってきていると聞き付けたイリオが訪ねてきた。
 本当はもっと頻繁に訪れたかったが、ディアンがいなくなったこともあり、普段の勉学に加え政務も増え、なかなか時間を作れなかったのだった。

 約一年ぶりに見るイリオは背が伸び、長かった髪も切っていた。中性的な雰囲気はそのままだが、もう女の子には見えず、「立派な王子」という風貌に変わっていた。

 しかし、ララにとって、イリオはいつまでも『橋の下の友達』『冒険をした仲間』であることに変わりはなかった。
 ララとイリオが対面した瞬間、2人は跳び跳ねながら抱き合い再会を喜んだ。その喜びようは、「おい、妊娠中だぞ!」とレックスにたしなめられる程だった。

 ララと2人きりで話したかったイリオは、レックスに対し「何見てる?気が利かないな。席を外せ」と言い放ち、レックスは不満そうだったが言われた通りに部屋を出ていった。

 2人きりになったイリオは、ララの手を握りながら満面の笑みで話しかけてきた。
「ララ元気か?会いに行ってやれなくてすまない。俺がいなくなるとまた大騒ぎになるからな。」
「ううん!会えて嬉しい。イリオ背が伸びたわ!前は私と同じくらいだったのに。なんだか悔しい。」
 イリオは笑いながら、ララの頭を撫でた。
「そうだろ!ララを見下ろせるぞ。もはや立派な男だ。兄上が嫌になったり先に死んだりしたら、俺のところに来いララ。妻にしてやる。子も面倒見るぞ。」
「フフッ。イリオは相変わらず面白いのね!」
 ララに冗談として一蹴されたイリオは不満そうな顔をした。
「別にふざけてるわけじゃないんだがな······ララ、そこに立て掛けてある布は?」
 イリオは、ララが座っている椅子の横に置いてある、四角い大きな布を指差した。
「ああ········これね、イリオに渡したくて。」
 イリオへの贈り物だったが、気恥ずかしかったララは、渡すタイミングが掴めずにいた。恥ずかしそうに贈り物をイリオに手渡すと、イリオは意外そうな顔をした。
「俺に贈り物?なんだろう····ドキドキするな。」
 嬉しそうな、緊張したような顔のまま、イリオは布の結び目を解いた。
 中にあったのは絵画だった。

 描かれているのは、『ライラ』だった時のイリオだった。窓際に座り、窓の外を眺めている絵だ。少女にも少年にも見えるが、表情には力強さと儚さが混在しており、自分であり自分ではないような、不思議な魅力のある絵だとイリオは思った。

「───これって·····あの宿屋の時の?」
「そう。イリオの姿が頭の中で焼き付いて離れなくて。私にとって、ライラとイリオはヒーローだから·······」
 ララが照れているのを見て、イリオは微笑んだ。
「········ありがとうララ。俺が人生の中で貰ったどんな贈り物よりも嬉しいよ。大切にする。」
 イリオに贈り物を喜んで貰えたことで、ララはほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば、子どもの名前は決まったのか?」
「うん!ディアンは、名前は私が決めていいよって。男の子でも女の子でも、もう決まってる。」
「へぇ············先に聞いても?」
「────『ライラ』。」
「··············ライラ······?何故?」
「美しくて、強くて、賢い子になってほしいからかな。ライラは私の憧れなの。」
 イリオはしばらく黙った後、笑いながら顔を背けた。一瞬泣きそうになったことを、ララに悟られない為だった。
「··········教えてくれてありがとう。────またいつか、ライラが産まれたら会わせてくれ。」
「うん!」

 そして、かつての『橋の下の友達』は、また会おうと約束をし、王宮に帰っていった。

 それから10年後、現国王が病に倒れこの世を去った後、イリオは王位に就くことになる。機転が効き、視野が広く、弱い者に寄り添うその政策は国民から支持され、王として長く愛された。

 この時贈ったララの絵は、後に彼が王となった後も、イリオの寝室に飾られ続けた。

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