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【ディアンside】ファーレン家の次女3
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流石に式にはララも親族として参加するのではないかと小さな希望を抱いていたのだが、希望は打ち砕かれ、ララの姿はなかった。結婚前、ダリアにそれとなくララについて訪ねたことがある。
「ダリア、妹さんは屋敷から出さないの?貴族の令嬢は結婚してもおかしくない年齢だけど。」
ララが結婚するなど、ディアンからすれば考えたくもないことだったが、姉としてどういう考えを持っているのか聞いてみたくなった。
「殿下、あの子の話はお止めください。人様の前に出すような子ではないんです。どなたかの家に嫁ぐなんて、恥さらしもいいところだわ。あの子はいなかったと思ってください。」
その発言から、ダリアはララを極端に嫌っていることがひしひしと伝わってきた。ララは幼くて不器用な所があるが、可愛らしく純粋無垢だ。頭が良くなくても、純粋な女性は男性に好まれるだろうし、ララは探そうと思えばきっといくらでも貰い手はいるだろうとディアンは思った。しかし、ララが誰かの元に嫁ぐなど、許せるはずもなかった。これは自分勝手なエゴだと分かっているが、ララと男女関係にはなれなかったとしても、自分の側にいて欲しかったし、ララの中でディアンは特別な存在あり続けたかった。
「─────そうか。嫁がせる予定はないんだね。分かった、もう妹さんの話はしないよ。」
ララは生涯独身だろうという一種の安堵と、屋敷に閉じ込めようとしている劣悪な家庭環境への不安を覚えたディアンだった。
結婚式当日、白い花嫁衣装に包まれたダリアは美しかったが、ディアンには何の感慨も湧かなかった。ダリアは普段、感情を表に出すタイプではないが、ディアンとの結婚は強く望んでいたことだったのだろう。目を潤ませながら、遠くで祝福の声をあげている民衆を見ながらディアンに語りかけた。
「殿下·······将来、国王に相応しいのは殿下しかおりません。私は、この国の民の母になりたいです。その為に命を捧げる覚悟があります。」
決意に満ちたダリアの表情とは裏腹に、ディアンは自分の心が冷えていくのが分かった。
ディアンは、この国の王になることを望んだことはない。ただ、生まれたときから両親を含めた周囲に期待され、祭り上げられ、それ以外の道は全て断たれていた。継承権争いで人が死ぬのを見たことがある。王子としての覚悟と気概は持ち合わせているつもりだが、他の道を選ぶ余地があるならば、ディアンは迷わずそちらを選ぶだろう。
ララと愛し合い、普通の家庭を持つ夢を何度も見たことがある。夢の中では幸せなのに、夢から覚めた時のあの空虚感は、何度経験しても慣れることはなかった。愛する妻と、可愛い子ども達。裕福ではないが、この上なく幸せなあの夢が現実で、この愛のない、形ばかり派手な結婚式が夢であったならばどんなにいいだろうか。
この隣にいるダリアも、普段余計なことを言わず、良妻賢母のような顔で微笑んでいるが、実のところ狙っていたのは未来の王妃の立場なのだろう。ディアンの母である現王妃とそっくりな女だ。ダリアには隠しきれない野心の強さがある。立場を手に入れれば、慎ましさも忘れて権力争いに明け暮れる未来が見えたような気がして、ディアンは暗い気持ちになった。
いつもの張り付いたような笑顔を振り撒きながら、馬車で民衆の中を回った。まるで道化師にでもなったような気持ちでいると、騒がしい周囲の雑音の中で、一際ディアンの耳に残る祝福の言葉が聞こえた。
「お幸せに!!」
聞き間違えるはずはない、ディアンが大好きな、喧騒とは似つかわしくない、涼やかで儚げな美しい声だ。
民衆の中から、ララの姿を見つけた。一瞬目が合い、ララは満面の笑みでこちらに向かって手を振っていた。
おそらく、親族として参列することを許されなかったのだろう。愛する女性に想いを告げることも、家族から酷い扱いを受けている彼女を守ることもできず、挙げ句の果てには他の女との結婚を祝福されるなど、ディアンは自分自身の不甲斐なさに打ちのめされた。
ダリアとの初夜は、滞りなく行われた。扉の前には監視人がおり、ディアンからしてみれば、責任感と義務が入り交じった複雑な心境の儀式だったが、だからといって初めてを自分に捧げてくれる女性を軽んじていいわけではない。ダリアに対しては優しく、まるでお姫様のように丁寧に扱った。
そして、夫婦としての生活が始まった。ファーレン家を招いての食事会が幾度も開かれたが、ララが姿を現すことはなく、まるでいない者のように扱われた。
もう忘れた方がいいことは分かっているのに、彼女の無邪気に笑った顔や、透き通るような声、屈託なくディアンの名を呼ぶ光景が頭に浮かび、忙殺される日々の中で、ディアンは毎晩どうしようもなくララに会いたくなった。
「ダリア、妹さんは屋敷から出さないの?貴族の令嬢は結婚してもおかしくない年齢だけど。」
ララが結婚するなど、ディアンからすれば考えたくもないことだったが、姉としてどういう考えを持っているのか聞いてみたくなった。
「殿下、あの子の話はお止めください。人様の前に出すような子ではないんです。どなたかの家に嫁ぐなんて、恥さらしもいいところだわ。あの子はいなかったと思ってください。」
その発言から、ダリアはララを極端に嫌っていることがひしひしと伝わってきた。ララは幼くて不器用な所があるが、可愛らしく純粋無垢だ。頭が良くなくても、純粋な女性は男性に好まれるだろうし、ララは探そうと思えばきっといくらでも貰い手はいるだろうとディアンは思った。しかし、ララが誰かの元に嫁ぐなど、許せるはずもなかった。これは自分勝手なエゴだと分かっているが、ララと男女関係にはなれなかったとしても、自分の側にいて欲しかったし、ララの中でディアンは特別な存在あり続けたかった。
「─────そうか。嫁がせる予定はないんだね。分かった、もう妹さんの話はしないよ。」
ララは生涯独身だろうという一種の安堵と、屋敷に閉じ込めようとしている劣悪な家庭環境への不安を覚えたディアンだった。
結婚式当日、白い花嫁衣装に包まれたダリアは美しかったが、ディアンには何の感慨も湧かなかった。ダリアは普段、感情を表に出すタイプではないが、ディアンとの結婚は強く望んでいたことだったのだろう。目を潤ませながら、遠くで祝福の声をあげている民衆を見ながらディアンに語りかけた。
「殿下·······将来、国王に相応しいのは殿下しかおりません。私は、この国の民の母になりたいです。その為に命を捧げる覚悟があります。」
決意に満ちたダリアの表情とは裏腹に、ディアンは自分の心が冷えていくのが分かった。
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ララと愛し合い、普通の家庭を持つ夢を何度も見たことがある。夢の中では幸せなのに、夢から覚めた時のあの空虚感は、何度経験しても慣れることはなかった。愛する妻と、可愛い子ども達。裕福ではないが、この上なく幸せなあの夢が現実で、この愛のない、形ばかり派手な結婚式が夢であったならばどんなにいいだろうか。
この隣にいるダリアも、普段余計なことを言わず、良妻賢母のような顔で微笑んでいるが、実のところ狙っていたのは未来の王妃の立場なのだろう。ディアンの母である現王妃とそっくりな女だ。ダリアには隠しきれない野心の強さがある。立場を手に入れれば、慎ましさも忘れて権力争いに明け暮れる未来が見えたような気がして、ディアンは暗い気持ちになった。
いつもの張り付いたような笑顔を振り撒きながら、馬車で民衆の中を回った。まるで道化師にでもなったような気持ちでいると、騒がしい周囲の雑音の中で、一際ディアンの耳に残る祝福の言葉が聞こえた。
「お幸せに!!」
聞き間違えるはずはない、ディアンが大好きな、喧騒とは似つかわしくない、涼やかで儚げな美しい声だ。
民衆の中から、ララの姿を見つけた。一瞬目が合い、ララは満面の笑みでこちらに向かって手を振っていた。
おそらく、親族として参列することを許されなかったのだろう。愛する女性に想いを告げることも、家族から酷い扱いを受けている彼女を守ることもできず、挙げ句の果てには他の女との結婚を祝福されるなど、ディアンは自分自身の不甲斐なさに打ちのめされた。
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そして、夫婦としての生活が始まった。ファーレン家を招いての食事会が幾度も開かれたが、ララが姿を現すことはなく、まるでいない者のように扱われた。
もう忘れた方がいいことは分かっているのに、彼女の無邪気に笑った顔や、透き通るような声、屈託なくディアンの名を呼ぶ光景が頭に浮かび、忙殺される日々の中で、ディアンは毎晩どうしようもなくララに会いたくなった。
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