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21話 カルムの思惑

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 少し前まで穏やかに笑っていた伯爵が、悪魔の形相ぎょうそうで朝食室をあらあらしい足音を立てて出て行く。
 伯爵がそこまで激怒する姿を、滅多めったに見たことがない副団長カルムと、執事のジェランは、呆気あっけにとられ… 思わずぼんやり見送った。


「まずい! まずい! まずい! あれは本気だ!! 団長は本気でリベルテを殺しに行く気だ!!」
 あわててカルムは、バタバタッ… と伯爵の後を追って朝食室を出て行く。

「旦那様は普段、真面目で穏やかな方ですが… 本気で怒らせると過激かげきになるのですよ!! お手数ですがソレイユお嬢様、旦那様をとめるご助力を、お願いしたいのですが?」
 執事のジェランは、珍しくあたふたとした様子でソレイユに声をかけた。

「ええっ?! …はい!」
 伯爵様は… 私のためにあんなに怒って下さるのよね…? 昨夜、初めて会ったばかりなのに… それも私は、伯爵様の婚約者でもなかったのに?! 驚いたわ?!

 ジェランと一緒にソレイユも伯爵の後を追って、ペイサージュ伯爵家当主の間へ行く。




 伯爵は自室へ戻ると服をバサバサッ… とぬぎすて、騎士服に着替える。

 騎士団の団長職を退しりぞいているため、騎士団の騎士服ではないが… ひざまである編み上げブーツや剣帯ベルトは、騎士団長時代から使っていた物を順番に装着してゆく。

「……」
 黙々もくもくと伯爵は、剣も長年愛用した魔獣退治用の大剣を、剣帯べるとに金具を引っかけて下げる。
 をつかんやいばさやから引き出し… しばらく使っていなかった剣に、曇りがないかを見て、人間の首を綺麗にねられるかどうかを確認した。

 伯爵は本気でリベルテを殺す気なのだ。

「なぁ団長!! あんまり軽率けいそつなことをするなよ?! オレはあんたに変な問題を起こして、困った立場になって欲しく無いんだよ!」

「私はこの傷がある限り、魔法騎士団の団長には復帰できない! いい加減、私のことはあきらめて… カルム、お前が団長になれ!!」
 黒布でおおった、自分の左目の傷痕きずあとを手で触れて、伯爵は淡々たんたんとカルムをさとした。

 深夜におこなったソレイユの献身けんしん的な看護により、一時的に呪毒紋じゅどくもんが消え… 呪毒のけがれがおさえられているだけなのだ。
 だが… また夜になり、闇が深くなる時間が来れば、昨晩と同じく禍々まがまがしい呪毒紋じゅどくもんが浮き出て、伯爵を苦しめることになる。 
 そんな状態の伯爵が、騎士団に復帰することなど不可能だった。

「いや、だからそこは王太子に説得してもらってだな、聖女に傷痕きずあとの浄化をさせれば良いだけで…」

「それが出来れば苦労はない!!」
 魔獣退治で負傷した時は、同行した聖女が浄化魔法で魔獣の呪毒じゅどくを消し飛ばし、治療師たちが治癒ちゆ魔法で完治させる。

 だが、現在の聖女は性悪しょうわるで… さんざん魔法騎士団の騎士たちを、我がままで振りまわしたあげく、一方的に聖女は騎士団長のペイサージュ伯爵に横恋慕よこれんぼした。

 …だが、伯爵はそんな性悪しょうわる聖女の愛をこばんだ。
『婚約者がいる身なので、聖女殿を受け入れることは、出来ません』 
 
『私の愛を受け入れなければ、騎士団長様に浄化魔法をかける気は、ありませんよ?』
 と魔獣退治で大ケガを負った伯爵を、聖女自身が浄化をこばむことでおどした。
 人格になんがあっても、浄化魔法をこの国で使えるのは、現在は聖女1人だけのため、誰も逆らうことが出来ないのだ。

 自分が愚かだとわかっていても… 聖女を受け入れることなど出来ず、伯爵は団長職を退しりぞくことで、聖女を徹底てってい的にこばむ意志をつらぬいた。



「それでだな… 団長がソレイユと結婚して、団長が聖女には全く興味が無いと、王太子殿下が納得すれば… 聖女を説得してくれると、オレは思うんだよ?」
 王太子は聖女の婚約者で、聖女に思いを寄せられる伯爵に対して、敵意てきいをもっている。

「カルム… なぜそこで、ソレイユ嬢が出てくるのだ?!」

「ソレイユは子供の頃から騎士の妻になるため、オレの両親から騎士の妻の心得こころえを、みっちり教え込まれているから… あんたのひ弱な元婚約者のように、傷を見て逃げ出したりしなかっただろう?」

「なぜ、さっき来たばかりのお前が、私の傷をソレイユ嬢が見たと知っているのだ?」
 深夜に2人っきりでいたとなれば… 未婚のソレイユの名誉めいよに傷がつく。
 伯爵はソレイユの名誉めいよのため… ジェランにさえ、ソレイユが聖水を使っていやしてくれたことを、一言もらしていない。
 長年つかえるジェランは察していたが、そのことを伯爵に追求しなかったのは、伯爵と同じくソレイユを守るためである。 

 カルムの話にいくつか疑問を感じ、伯爵は顔をジッ… と見つめて問いただした。

「え? いやそれはジェランに聞いたからだ」
 悪戯いたずらを見つかった子どものように、カルムはギクリッ… と視線をそらす。

 相手がカルムでも、口のかたい執事のジェランはソレイユの名誉を守るために、絶対に話していないと伯爵は確信している。

「ジェランはずっと私の隣にいた… お前が朝食室に顔を出して、初めてジェランも、お前の来訪を知ったはずだが?」

「ええ? そうだったっけ~っ?」
 うそが下手なカルムの視線は、あちら… こちらへと… ちゅう彷徨さまよう。

「ソレイユ嬢を伯爵夫人の部屋へ通したり… 誤解を生むような、ジェランらしくない行動もそうだが… いきなり押しかけて来たお前もおかしいぞ?! 何をたくらんでいる、カルム…?!」
 女心にはにぶくて、女性のあつかいはとことん不器用だが… 伯爵はこういうことに関しては、やたらと頭が切れる男である。

「ソレイユは幸せになって当然なんだ! あんたにならあのまかせられると思ったから… オレは…!」

「それでカルム… 具体的にお前は、何をしたんだ?」
 片目だけでも、じゅうぶん迫力のあるするどい眼力で、伯爵はカルムから真実を読み取って行く。


「いや、だから…」

「何をしたか答えろ、カルム…?!」




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