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17話 弁護士と面談
しおりを挟むシェンストーン侯爵家の執務室にある、応接用のソファセットに腰をおろし… 祖父バスティアン・ガーメロウの弁護士、ジャコブ・ラントン卿とむきあい、アデルは遺産相続に関する重要事項をさらりと言った。
「ジャコブ卿、私がお祖父様から相続する遺産のすべてを、クロヴィスの名義にしてほしいのです」
アデルは弁護士のジャコブにほほ笑みかけた。
「伯爵夫人…… 今、なんとおっしゃられたのですか?」
すでに初老と言われる年齢にたっしていた弁護士ジャコブは、自分の耳の機能を疑い、アデルに聞きなおす。
「遺産はすべて、私の隣にいるクロヴィスの名義にして下さいと言ったのです… ジャコブ卿?」
アデルは隣に座るクロヴィスの太い腕にふれ、弁護士ジャコブにもう1度答えた。
「…クロヴィス卿にですか? 遺産のすべてを?!」
弁護士ジャコブは喪服姿で儚げにほほ笑むアデルと、その隣で意地悪そうにニヤリッ… と笑う大男を、何度もこうごに見る。
「……」
やっぱりジャコブ卿は、私の計画を否定しそうだわ? 当然ね。
クロヴィス本人でさえ、最初に私のこの考えを聞いたときは、お祖父様の遺産を自分名義にすることに、ひどく抵抗を感じたらしく拒否しようとしたもの。
こんなやりかたは普通に考えれば、世間知らずのおろかな娘が考えそうな無謀な浅知恵としか思えないだろう。
あきらかにジャコブの顔には… 『若いアデルはクロヴィスにだまされている』 とアデルを心配し、クロヴィスを軽蔑する表情がうかんでいた。
そんな善良そうな弁護士の顔を、しばらくながめてからクロヴィスは口をひらく。
「昨夜… 伯爵邸からアデルを実家のガーメロウ邸へつれ帰るとちゅうで、アデルは殺害目的で襲撃をうけた… 護衛をしていたオレもその場にいたから、当主が不在のガーメロウ邸には行かず、このシェンストーン侯爵家にアデルの保護を依頼し、身をかくすことにしたんだ」
前日におきた凶悪事件と今にいたる経緯を、クロヴィスは簡単に説明した。
「なんと…っ?!」
「1人は逃亡、1人は死亡、生きたまま捕まえた2人は、王都騎士団の牢で尋問をうけている」
逃げ出した襲撃犯もクロヴィスが撃った銃弾の傷をもとに、王都じゅうの医師に銃創患者がいないかをあたり、王都騎士団が捜査している。
「そ… それでは伯爵様は…?! 奥様が命を狙われたのなら、夫のバーンウッド伯爵様はどのような対応を、されているのでしょうか?」
弁護士ジャコブは善良そうな顔を青くして、おそるおそる、クロヴィスにたずねると…
クロヴィスの隣でアデルはさりげなく、レースのハンカチを取り出して… 出てもいない涙をふき、ふき、ジャコブを煽るようにアデルは大袈裟な態度で疑問に答えた。
「祖父の葬儀が終わったとたん… 夫のピエールは恋人のシャルロット嬢をバーンウッド伯爵邸に連れ込み、彼女こそ『真実の妻』だと使用人たちのまえで宣言し… 私を侮辱しましたのよ?! ああ… 本当に残酷だと思いませんか、ジャコブ卿?!」
「バーンウッド伯爵様がですか?! 昨日の葬儀でお会いしたときはとても温和そうなかたに見えましたが……?」
誰もがピエールの演技にだまされていた。 アデルの祖父バスティアンでさえも。
「私は夫の侮辱に耐えられず、離婚したいと夫に申しあげましたら… 私は祖父の遺産相続人だから嫌いでも離婚しないと…! 私… このままでは、夫に殺されてしまうわ?! あああっ…」
少しも涙は出ていないが… アデルはクロヴィスの膝につっぷして泣きくずれる。
「なんと卑劣な…!」
弁護士ジャコブは怒り心頭のようすで、アデルの望みを受け入れ… すぐに処理を始めると約束して帰った。
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