55 / 59
54話 騎士団長の取り調べ
しおりを挟む騎士団長のあとに、筆記具を持った王宮の書記官があらわれ、部屋のすみに置かれた小さな文机に着くと… クレマンの取り調べが始まった。
「クレマン君、君は相手が誰か知っていて、殴り倒したのか?」
「いいえ、暗がりのことだったので… 僕の婚約者はクリーム色のドレスを着ていて、月明かりの下でも彼女だとわかりましたが…」
「君は相手が誰か知らずに、気絶するまで殴ったのか?!」
騎士団長はズバズバと単刀直入に質問してゆく。
「嫌がる僕の婚約者の腕を、無理矢理つかんで転ばせた、下劣な男だから殴りました」
ミレイユにあんな乱暴をふるった男が相手なら、婚約者の僕には、絶対に殴る権利があると思う! 気絶するまで殴ったのは、少しやりすぎたかも知れないけれど……?
「ふむ…」
「さっき、騎士たちの待機所についてから、明かりの下で彼女の手首を見たら… 乱暴に捕まれて痣になっていました! あれは立派な暴力です!」
片方の長手袋が脱げたミレイユの華奢な手首に、赤く腫れた指の痕まで残っていた…! 絶対に許せない!
「その件に関しては、王宮の医療室でミレイユ嬢を診察をさせて、今夜中に診断書を書いて出すよう指示してある」
「あ… はい!」
診断書?! そんなこと考えもしなかった?! でも、そうやってミレイユが暴行を受けた直後の証拠を、残して置かないと… 僕とミレイユ、そして相手の暴行犯しか、暴行した事実を知らないとしたら…?! 騎士団長は、なんて抜け目のない人なんだ?!
思わずクレマンは騎士団長を、キラキラと輝かせた尊敬の眼差しで見つめる。
「確かにあの暗がりでは… クレマン君の言うとおり、相手が誰かわからなくてもおかしくない… 君とミレイユ嬢はあれだけ広間で注目を浴びていたのに、喧嘩騒ぎを目撃して警備の騎士を呼んだ招待客たちは、喧嘩をしているのが君だとは誰も気づかなかった」
騎士団長はクレマンをジッ… と見つめながらうなずいた。
「あの… それで、相手の男は誰だったのですか?」
騎士団長の質問の傾向からして、僕が相手を知っているか、どうかが重要なポイントのようだけど?! 何でだろう?
「アルブライトン公爵家の令息ジョゼフだ!」
「あの、ゲス野郎―――っ!!」
もっと殴ってやれば良かった!! クレマンはカッ… と怒り、拳をにぎりガンッ!! と両手で机を殴った。
騎士団長は、クレマンが婚約者ミレイユを守るためではなく… 『元々恨みがあってジョゼフを暴行したのではないか?』 …と真偽を確認するために、意地悪な質問をいくつか続けたのだ。
「僕たちを学園で侮辱するだけではたらず… あんな暴力を!! ミレイユを怖がらせてまで…!」
クソッ…!
「君が腹をたてるのは当然だが、相手は王国内でも大きな力を持つ、4大公爵家の1つだ…! これからは、くれぐれも注意するように! 挑発されても、けして乗ってはいけない!」
騎士団長はクレマンの相手が4大公爵家の子息だと知り、慎重にことを進めなければ… ただの喧嘩騒ぎが、大きな事件へ発展するかも知れないと予想した。
そこで最初の取り調べから、騎士団長自身が関わることにしたのだ。
「……っ」
ああ、そういうことか?! 僕がいくら正しくても、権力でねじ伏せられてしまうかも知れないと…?! なるべくそんな相手には、関わらないようにしろと…?!
ようやくすべてが理解できたクレマンは、ぼうぜんと騎士団長を見つめた。
「わかったか?」
「……」
クレマンはコクリッ… とうなずいた。
「だが、私個人の意見を言えば… 良く守った! とほめてやろう!」
騎士団長はニヤリ… と笑った。
クレマンのもとへ来る前に騎士団長は…
医療室で目覚めたばかりのジョゼフを、3人の屈強な騎士たちで囲んで、ミレイユを襲おうとした理由を聞きだしていた。
『クレマンの醜聞が、王妃様とミレイユのせいで上手く消されたうえに… 僕が学園で不正を行ったことまで、父上に知られて責められたから…』
強面の騎士ににらまれ、ジョゼフはオドオドと怯えながら吐いた。
『それでお前は逆恨みをして、ミレイユ嬢に暴行を加えようとしたのか?!』
『暴… 暴行だなんて! 僕はただ、あの生意気な女のドレスを乱して… 淫らなことをしていたように見せかけようと! …それで醜聞になれば良かっただけだ…! 実際に襲うつもりはなかった!!』
一応ジョゼフにも、女性への暴行には抵抗があるらしいが… 自分の行動には、それ以前の問題があると、動揺しきったジョゼフは気づかなかった。
『若い令嬢のドレスを乱すだって? それを暴行と言うのではないのか?!』
『僕は… あの女の手をつかんだだけで、実際にまだ何もしていない! クレマンが僕をいきなり殴ってきたから! 先にクレマンが僕を暴行したんだ!! 僕の方が学園で成績が上だから、あいつは僕に嫉妬しているんだ!』
論文で不正をしたが、ジョゼフの成績自体は本人の主張どおり、20位以内に入っている。
前回の試験結果から言えば、確かにジョゼフの方がクレマンよりも良い成績だが… 新たに猛勉強を始めた後のクレマンの成績は、次回の試験を受けるまでは未定である。
「まだ何もしてないから、自分に罪はないだと? …まったく! 頭でっかちの愚かな子供が考えそうなことだ!」
騎士団長は嫌そうな顔をして、吐き捨てた。
だが、騎士団長が迅速に行動し、ジョゼフの悪巧みを聞きだしていなかったら… クレマンは破滅への道を進むことになったかも知れない。
「……」
だから僕が… 相手がジョゼフだと知らずに殴ったことが、重要視されたんだ?!
騎士団長から話を聞き、クレマンは心底ゾッ… とする。
その後、警備騎士にケンカ騒ぎが起きていると、報告した招待客たちが、ミレイユがジョゼフに襲われそうになっていたと証言した。
事件直後にクレマンとジョゼフ、双方から取った調書と証言、医師の診断書を照らし合わせ… 正当性が認められたクレマンは、暴行の罪に問われずにすんだ。
44
お気に入りに追加
1,567
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる