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第一部 旅立ち
9. 紫電一閃
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遥かそびえるパタフル山 麓にありし 我らが故郷!
豊かな木々に 広き海 共に讃えよ 我が故郷!
ああパタフル、パタフル! なんて素敵な我が故郷!
5時間後、酒場《樽々亭》では、両手に空っぽのワインボトルを引っ掴み、へべろけに酔っぱらったペップが「パタフル讃歌」を大声で歌い上げ、拍手喝采を浴びていた。
「流石だなあペップ!樽村一の歌い手っていう評判は、間違ってねえな!」
「もう一曲、今度は『リーピーの唄』を歌ってくれや、おごるからさ!」
《樽々亭》には樽村に住む大人のほぼ全員が集まり、大宴会を行っていた。みなペップの歌に聞き入り、あれやこれやと大騒ぎしていた。ピッポもその中に加わって、お酒を振り回していた。彼はエレンからの誘いや、曾祖父ペレンのことなんてすっかり忘れて宴を楽しんでいた。
さて、パンクからの熱いリクエストに応え、続いて『リーピーの唄』を歌おうとしたペップだったが、
「きんちょう、きんちょう!」
という声で、それは中断された。声の持ち主は、白髭のおじいさん……樽村村長の、ペペーン・イーテンコッコーだった。村民たちは口をつぐみ、村長の演説をきこうとそれぞれ席についた。ピッポも席についたが、不思議な違和感を覚え、頭を触った。頭痛ではないが、この感覚は何だ?
「よいしょ、と……皆さん、ありがとうございます。今日という日に、パタフルの収穫を祝えること、この上ない喜びでございます」
ピッポの様子には誰も気づかず、村長は台の上に登るとこう言い、そして語りだした。
「祝う、と申しましても……今年は例年までとは違うこともございました。あの忌々しき嵐!あれのせいで我らの農業は何度も危機に晒されました。パタフルも被害を受けました……しかし我々の、樽村の心は決して屈しなかったのであります!」
「そうだ!」「その通り! 」と相槌が入り、ぱちぱちと拍手も起こった。村長は嬉しそうに微笑むと、続けた。
「ありがとうございます……そして私は、むしろ今年のパタフル収穫祭は、例年より楽しく、優れたものであったことを確信しておるのです!そう思いませんか、皆さん!」
この力強いお言葉に、樽村の皆は一人残らず立ち上がって拍手喝采を浴びせた。お酒の入った者達が騒ぎだし、口々に「その通りだ!」「正に!」「そう思います!」と叫ぶ。ペップも「パタフル最高!」と怒鳴り、パンクも隣に座っていた彼女にキスした。人々は過去最高と言えるほどに、パタフル収穫祭を楽しんでいた。
しかし一人だけ、この騒ぎに乗らずじっと座りこんでいる男がいた。ピッポ・ポップスだ。ジョッキを手から離して突っ伏しているその顔は真っ青で、手はわなわなと震えている。
この感覚……背筋の凍る、冷たくて暖かみのない感覚……死にたくなるような恐怖の感覚……これはまるで……まるで……
ピッポは顔を上げた。そして勢いよく立ち上がった。弾みでジョッキが床に落ち、ビールを床に撒き散らしながら粉々に砕ける。騒々しい音を聞き、ペップやパンク、村民達がこちらを見る。
「どうしたんだよピッポ?」
「興奮しすぎだぜ!?」
だがピッポは無言のまま、ハンガーにかけていた上着を羽織った。
「おいピッポ?」
ピッポは心配そうにこちらを見つめる仲間達の顔を見ると、
「……すぐ戻るよ」
と言うと、素早く扉を開け、《樽々亭》を飛び出していった。扉にかけられた鈴がチリンチリンと静かに鳴る。後に残された村民達は、しばらく呆気にとられ、ピッポの出ていった理由をあれこれ推測した。しかし間もなくパンクの出した「パタフルを食べすぎてお腹を壊した説」が採用され、てんやわんやの宴が再開された。
ピッポは《樽々亭》を出ると、誰もいないパタフル大通りを全力で走った。寒気は広がるばかりだ。ピッポには確信があった。この寒気、死にたくなるような恐怖の感覚……「魔王の子」が、パタフルにいる。
エレンはゲルシュニッヅを撃退したと言っていた。しばらくパタフルにやってくることはないだろうと……ではなぜ?他の二人……バルガロスとエルバッドが来たのか?ピッポには何がなんだか全くわからなかったが、一つだけ確かなことがあった……奴らの狙いは、間違いなくメルセトゥーア王子エレン・ベナード、ケルベロス・アンノーンだ。では彼に危険を伝えなくては!急いで向かわなくては……在宅しているかは不明だが……とにかくエレンの家へ!
ピッポはどんどん広がる寒気を必死で抑えながら、東へ走った。エレンの家への一本道は遠いのだった。
------
樽村の西の外れ、村中が見渡せる小高い丘の上に、三つの暗い影が並んでいた。それぞれ太古の猛獣の形をとっており、上には漆黒の鎧に身を固めた影が騎乗している。
「貴殿の報告通りの、『陽気な』場所だな、ゲルシュニッヅよ」
そのうちの一人が右を向き、低くくぐもった、冷徹な声で言った。ゲルシュニッヅが答える。
「何時まで陽気で居られるか、見物だな」
エルバッドと呼ばれた影はそれを聞き、冷たい笑い声をあげたが、三人の真ん中に位置する影が口を開いた為に、笑うのを止めた。
「貴殿らの思いはわからぬでもない。しかし現在の我らの目的は二つ……一つは、メルセトゥーアの世継ぎの抹殺」
特に低く、その言葉を聞いたものを畏怖させる声がそう告げる。エルバッドとゲルシュニッヅは静かに頷いた。
「そして今一つ……父上からのもう一つの密旨を忘れるな」
「承知」
「当然だ」
「では、抜かりなく」
バルガロスがこう言った次の瞬間、目にも止まらぬ早さで影達は動き出した。邪魔者を殺すために、敵を根絶やしにする為に。草を踏み倒し、動物を踏み潰し、影達は走る。
魔王の三人の子が、パタフルに終結し、仕事に取り掛かった。
豊かな木々に 広き海 共に讃えよ 我が故郷!
ああパタフル、パタフル! なんて素敵な我が故郷!
5時間後、酒場《樽々亭》では、両手に空っぽのワインボトルを引っ掴み、へべろけに酔っぱらったペップが「パタフル讃歌」を大声で歌い上げ、拍手喝采を浴びていた。
「流石だなあペップ!樽村一の歌い手っていう評判は、間違ってねえな!」
「もう一曲、今度は『リーピーの唄』を歌ってくれや、おごるからさ!」
《樽々亭》には樽村に住む大人のほぼ全員が集まり、大宴会を行っていた。みなペップの歌に聞き入り、あれやこれやと大騒ぎしていた。ピッポもその中に加わって、お酒を振り回していた。彼はエレンからの誘いや、曾祖父ペレンのことなんてすっかり忘れて宴を楽しんでいた。
さて、パンクからの熱いリクエストに応え、続いて『リーピーの唄』を歌おうとしたペップだったが、
「きんちょう、きんちょう!」
という声で、それは中断された。声の持ち主は、白髭のおじいさん……樽村村長の、ペペーン・イーテンコッコーだった。村民たちは口をつぐみ、村長の演説をきこうとそれぞれ席についた。ピッポも席についたが、不思議な違和感を覚え、頭を触った。頭痛ではないが、この感覚は何だ?
「よいしょ、と……皆さん、ありがとうございます。今日という日に、パタフルの収穫を祝えること、この上ない喜びでございます」
ピッポの様子には誰も気づかず、村長は台の上に登るとこう言い、そして語りだした。
「祝う、と申しましても……今年は例年までとは違うこともございました。あの忌々しき嵐!あれのせいで我らの農業は何度も危機に晒されました。パタフルも被害を受けました……しかし我々の、樽村の心は決して屈しなかったのであります!」
「そうだ!」「その通り! 」と相槌が入り、ぱちぱちと拍手も起こった。村長は嬉しそうに微笑むと、続けた。
「ありがとうございます……そして私は、むしろ今年のパタフル収穫祭は、例年より楽しく、優れたものであったことを確信しておるのです!そう思いませんか、皆さん!」
この力強いお言葉に、樽村の皆は一人残らず立ち上がって拍手喝采を浴びせた。お酒の入った者達が騒ぎだし、口々に「その通りだ!」「正に!」「そう思います!」と叫ぶ。ペップも「パタフル最高!」と怒鳴り、パンクも隣に座っていた彼女にキスした。人々は過去最高と言えるほどに、パタフル収穫祭を楽しんでいた。
しかし一人だけ、この騒ぎに乗らずじっと座りこんでいる男がいた。ピッポ・ポップスだ。ジョッキを手から離して突っ伏しているその顔は真っ青で、手はわなわなと震えている。
この感覚……背筋の凍る、冷たくて暖かみのない感覚……死にたくなるような恐怖の感覚……これはまるで……まるで……
ピッポは顔を上げた。そして勢いよく立ち上がった。弾みでジョッキが床に落ち、ビールを床に撒き散らしながら粉々に砕ける。騒々しい音を聞き、ペップやパンク、村民達がこちらを見る。
「どうしたんだよピッポ?」
「興奮しすぎだぜ!?」
だがピッポは無言のまま、ハンガーにかけていた上着を羽織った。
「おいピッポ?」
ピッポは心配そうにこちらを見つめる仲間達の顔を見ると、
「……すぐ戻るよ」
と言うと、素早く扉を開け、《樽々亭》を飛び出していった。扉にかけられた鈴がチリンチリンと静かに鳴る。後に残された村民達は、しばらく呆気にとられ、ピッポの出ていった理由をあれこれ推測した。しかし間もなくパンクの出した「パタフルを食べすぎてお腹を壊した説」が採用され、てんやわんやの宴が再開された。
ピッポは《樽々亭》を出ると、誰もいないパタフル大通りを全力で走った。寒気は広がるばかりだ。ピッポには確信があった。この寒気、死にたくなるような恐怖の感覚……「魔王の子」が、パタフルにいる。
エレンはゲルシュニッヅを撃退したと言っていた。しばらくパタフルにやってくることはないだろうと……ではなぜ?他の二人……バルガロスとエルバッドが来たのか?ピッポには何がなんだか全くわからなかったが、一つだけ確かなことがあった……奴らの狙いは、間違いなくメルセトゥーア王子エレン・ベナード、ケルベロス・アンノーンだ。では彼に危険を伝えなくては!急いで向かわなくては……在宅しているかは不明だが……とにかくエレンの家へ!
ピッポはどんどん広がる寒気を必死で抑えながら、東へ走った。エレンの家への一本道は遠いのだった。
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樽村の西の外れ、村中が見渡せる小高い丘の上に、三つの暗い影が並んでいた。それぞれ太古の猛獣の形をとっており、上には漆黒の鎧に身を固めた影が騎乗している。
「貴殿の報告通りの、『陽気な』場所だな、ゲルシュニッヅよ」
そのうちの一人が右を向き、低くくぐもった、冷徹な声で言った。ゲルシュニッヅが答える。
「何時まで陽気で居られるか、見物だな」
エルバッドと呼ばれた影はそれを聞き、冷たい笑い声をあげたが、三人の真ん中に位置する影が口を開いた為に、笑うのを止めた。
「貴殿らの思いはわからぬでもない。しかし現在の我らの目的は二つ……一つは、メルセトゥーアの世継ぎの抹殺」
特に低く、その言葉を聞いたものを畏怖させる声がそう告げる。エルバッドとゲルシュニッヅは静かに頷いた。
「そして今一つ……父上からのもう一つの密旨を忘れるな」
「承知」
「当然だ」
「では、抜かりなく」
バルガロスがこう言った次の瞬間、目にも止まらぬ早さで影達は動き出した。邪魔者を殺すために、敵を根絶やしにする為に。草を踏み倒し、動物を踏み潰し、影達は走る。
魔王の三人の子が、パタフルに終結し、仕事に取り掛かった。
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