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第一部 旅立ち
4.アンノーンの正体
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するとペップが勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「パタフルに魔王の子息がいるって……まずいじゃないですか!よくわかんないけどパタフルまでやられちゃう!どうして危険を役所に伝えないんですか!」
アンノーンが冷静に答える。
「ペップ君、落ち着いて。今すぐにパタフルが襲われることはない。暗黒軍が接近しているという情報は入っていないよ。それにパタフル役所への進言は私だって行ってるさ。ただどうも、このパタフルという土地は異様なほど……魔法的と言えるほどに変わっている。他の国への興味、好奇心、それに恐れといったものが極端に欠如しているようなんだ。私の進言は五回中五回撤回したことにされている」
ペップは座り直したが、その手は震えていた。彼は強い不安に襲われているようだった。
それはピッポも同じだった。魔王がいて、世界を征服しようとしていると聞くだけで恐ろしいのに、ましてやその子供とかいうゲルシュニッヅがパタフルまで来ているとは。争いとは無縁のこの村で暮らしてきた彼らに、この事実は重すぎた。
「だが一つ安心してもらいたいのは、ゲルシュニッヅについてだ。」
そんな二人の様子を見たアンノーンが言った。ピッポとペップは顔を上げた。
「魔王の子、ゲルシュニッヅは、私とクライニッドで撃退した」
「奴は死んだんですか?」
その報告を聞き、ペップが嬉しそうに言う。だがアンノーンは悔しそうに答えた。
「いや、殺せはしなかった。樽村から追い出しただけさ。魔王の三つの子は全員、その心臓を貫かない限り死なない。」
「三つの子とはどういうことですか?」
「こんな歌を聞いたはずだ。
ジェドルとその三つの子、それらが君らの救いの手。
ここから逃げてみたければ、直ちに仕えよ我らが王に。
此処から逃げると言うならば、消えて居るのは君だけだ。
これは魔王の三つの子……上からバルガロス、エルバッド、ゲルシュニッヅ……が弱い者を誘惑し、惹きつけるのに使う。奴らは魔王の命に従って動いている。魔王にとって一番頼りになる、恐ろしい参謀だ」
「なるほど。 ゲルシュニッヅがパタフルまできて、エレン・ベナードを探していた。そこでたまたま僕とペップが出くわしてしまい、尋問を受けていたとき、あなたとクライニッドなる人物が僕たちを助けてくれた、それでゲルシュニッヅを撃退した」
ピッポが言う。
「しかしそうするとよくわからないのが、ゲルシュニッヅの強さなんですが、奴は魔王の子で、めちゃくちゃ強いのではないのですか」
「なるほど、そんな奴をこの私と、友人クライニッドの二人だけで撃退出来てしまえるものなのかという質問だね」
ピッポの疑問は至極まっとうなものだった。正直にいってしまえば、ケルベロス・アンノーンという男は痩せているし、あまり強そうには見えなかった。それに比べてゲルシュニッヅは恐怖の塊と言ってよさそうな存在だ。どう考えても、ゲルシュニッヅのほうに分がありそうなものだ。しかしアンノーンはこう答えた。
「私はこう見えて強い。メルセテゥーア国にいたころ、相当特訓していたからね。我が友クライニッドも非常に心強い仲間だ。ただ、もっと大きな理由は、ゲルシュニッヅが本来の強さを発揮出来ていないことだ」
ピッポとペップは首をかしげた。
「私がゲルシュニッヅにナイフを投げつけたのを覚えているかい」
ピッポは思い出した。忘れていたが、確かにゲルシュニッヅはナイフを食らっていた。そしてその直後、意識が朦朧とし始めたのだ。
「ゲルシュニッヅは例の歌を唄って標的を引き付けたあと、標的に意識を集中させることで、標的を自分の思うがままに操ることができる。だからゲルシュニッヅにとって何か集中を激しく妨げるもの、今回はナイフによる攻撃だった、があれば、標的は束縛から解放される」
「なるほど、だからあの時急に力が抜けたんですね」
「そうだ。私はそのあと、ゲルシュニッヅによる攻撃がすぐ来るだろうと予想したが、来なかった。
「私は2年前にも一度奴と対峙している。その時、奴の腹を突き刺し、致命傷を与えたはずが、奴の体はすぐに回復した。油断した私は敗北し、メルセテゥーアは制圧された。
「だから私は奴の顔もすぐに回復するものだと考えたが、奴は少し手間取っていた。端的に言えば、ゲルシュニッヅは2年前よりも弱くなっている。だからこそ、私とクライニッドはゲルシュニッヅを樽村から追い出すことができた」
「そういうことなんですか」
ペップが納得して言った。だがまだ気になることは多い。ペップは何か言おうとしたが、
「そこはわかったのですが......アンノーンさん、あなたは何者ですか」
ピッポが尋ねた。その単刀直入な質問に、アンノーンがこちらを見据えた。
「突然すみません。でも不思議なんです。あなたは2年前に樽村へ越してきた。それまではメルセテゥーアという国に住んでいたんですよね?何故引っ越す必要があったのですか、よりによってこんな辺鄙なところ、外界から切り離されたところに。それにケルベロス・アンノーンも本名じゃないですよね」
ピッポは実のところ、ゲルシュニッヅの探していたエレン・ベナードという男こそ、目の前にいるケルベロス・アンノーンだと考えていた。引っ越してきた時期も一致するし、微かに記憶に残るゲルシュニッヅとアンノーンの会話もそれを裏付ける。
「ピッポ君の洞察力は素晴らしい。下手に隠す必要もないようだ」
アンノーンはそう言うと立ち上がり、懐から長い鞘をおもむろに取り出した。錆と汚れで汚くなってはいたが、不思議な力を感じさせる何かがある、とピッポは思った。アンノーンは柄を掴むと、ゆっくりと剣を抜いた。刃は汚れていたが、アンノーンの微かな動きに合わせて、七色の光を放った。
「私はエレン・ベナード。メルセテゥーア王国の王、カイロン・ベナードの息子」
ピッポとペップの目の前にたつ男は、紛れもなく、二人が物語のなかでしか触れたことのない、一国の王子であった。
「パタフルに魔王の子息がいるって……まずいじゃないですか!よくわかんないけどパタフルまでやられちゃう!どうして危険を役所に伝えないんですか!」
アンノーンが冷静に答える。
「ペップ君、落ち着いて。今すぐにパタフルが襲われることはない。暗黒軍が接近しているという情報は入っていないよ。それにパタフル役所への進言は私だって行ってるさ。ただどうも、このパタフルという土地は異様なほど……魔法的と言えるほどに変わっている。他の国への興味、好奇心、それに恐れといったものが極端に欠如しているようなんだ。私の進言は五回中五回撤回したことにされている」
ペップは座り直したが、その手は震えていた。彼は強い不安に襲われているようだった。
それはピッポも同じだった。魔王がいて、世界を征服しようとしていると聞くだけで恐ろしいのに、ましてやその子供とかいうゲルシュニッヅがパタフルまで来ているとは。争いとは無縁のこの村で暮らしてきた彼らに、この事実は重すぎた。
「だが一つ安心してもらいたいのは、ゲルシュニッヅについてだ。」
そんな二人の様子を見たアンノーンが言った。ピッポとペップは顔を上げた。
「魔王の子、ゲルシュニッヅは、私とクライニッドで撃退した」
「奴は死んだんですか?」
その報告を聞き、ペップが嬉しそうに言う。だがアンノーンは悔しそうに答えた。
「いや、殺せはしなかった。樽村から追い出しただけさ。魔王の三つの子は全員、その心臓を貫かない限り死なない。」
「三つの子とはどういうことですか?」
「こんな歌を聞いたはずだ。
ジェドルとその三つの子、それらが君らの救いの手。
ここから逃げてみたければ、直ちに仕えよ我らが王に。
此処から逃げると言うならば、消えて居るのは君だけだ。
これは魔王の三つの子……上からバルガロス、エルバッド、ゲルシュニッヅ……が弱い者を誘惑し、惹きつけるのに使う。奴らは魔王の命に従って動いている。魔王にとって一番頼りになる、恐ろしい参謀だ」
「なるほど。 ゲルシュニッヅがパタフルまできて、エレン・ベナードを探していた。そこでたまたま僕とペップが出くわしてしまい、尋問を受けていたとき、あなたとクライニッドなる人物が僕たちを助けてくれた、それでゲルシュニッヅを撃退した」
ピッポが言う。
「しかしそうするとよくわからないのが、ゲルシュニッヅの強さなんですが、奴は魔王の子で、めちゃくちゃ強いのではないのですか」
「なるほど、そんな奴をこの私と、友人クライニッドの二人だけで撃退出来てしまえるものなのかという質問だね」
ピッポの疑問は至極まっとうなものだった。正直にいってしまえば、ケルベロス・アンノーンという男は痩せているし、あまり強そうには見えなかった。それに比べてゲルシュニッヅは恐怖の塊と言ってよさそうな存在だ。どう考えても、ゲルシュニッヅのほうに分がありそうなものだ。しかしアンノーンはこう答えた。
「私はこう見えて強い。メルセテゥーア国にいたころ、相当特訓していたからね。我が友クライニッドも非常に心強い仲間だ。ただ、もっと大きな理由は、ゲルシュニッヅが本来の強さを発揮出来ていないことだ」
ピッポとペップは首をかしげた。
「私がゲルシュニッヅにナイフを投げつけたのを覚えているかい」
ピッポは思い出した。忘れていたが、確かにゲルシュニッヅはナイフを食らっていた。そしてその直後、意識が朦朧とし始めたのだ。
「ゲルシュニッヅは例の歌を唄って標的を引き付けたあと、標的に意識を集中させることで、標的を自分の思うがままに操ることができる。だからゲルシュニッヅにとって何か集中を激しく妨げるもの、今回はナイフによる攻撃だった、があれば、標的は束縛から解放される」
「なるほど、だからあの時急に力が抜けたんですね」
「そうだ。私はそのあと、ゲルシュニッヅによる攻撃がすぐ来るだろうと予想したが、来なかった。
「私は2年前にも一度奴と対峙している。その時、奴の腹を突き刺し、致命傷を与えたはずが、奴の体はすぐに回復した。油断した私は敗北し、メルセテゥーアは制圧された。
「だから私は奴の顔もすぐに回復するものだと考えたが、奴は少し手間取っていた。端的に言えば、ゲルシュニッヅは2年前よりも弱くなっている。だからこそ、私とクライニッドはゲルシュニッヅを樽村から追い出すことができた」
「そういうことなんですか」
ペップが納得して言った。だがまだ気になることは多い。ペップは何か言おうとしたが、
「そこはわかったのですが......アンノーンさん、あなたは何者ですか」
ピッポが尋ねた。その単刀直入な質問に、アンノーンがこちらを見据えた。
「突然すみません。でも不思議なんです。あなたは2年前に樽村へ越してきた。それまではメルセテゥーアという国に住んでいたんですよね?何故引っ越す必要があったのですか、よりによってこんな辺鄙なところ、外界から切り離されたところに。それにケルベロス・アンノーンも本名じゃないですよね」
ピッポは実のところ、ゲルシュニッヅの探していたエレン・ベナードという男こそ、目の前にいるケルベロス・アンノーンだと考えていた。引っ越してきた時期も一致するし、微かに記憶に残るゲルシュニッヅとアンノーンの会話もそれを裏付ける。
「ピッポ君の洞察力は素晴らしい。下手に隠す必要もないようだ」
アンノーンはそう言うと立ち上がり、懐から長い鞘をおもむろに取り出した。錆と汚れで汚くなってはいたが、不思議な力を感じさせる何かがある、とピッポは思った。アンノーンは柄を掴むと、ゆっくりと剣を抜いた。刃は汚れていたが、アンノーンの微かな動きに合わせて、七色の光を放った。
「私はエレン・ベナード。メルセテゥーア王国の王、カイロン・ベナードの息子」
ピッポとペップの目の前にたつ男は、紛れもなく、二人が物語のなかでしか触れたことのない、一国の王子であった。
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