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第一部 旅立ち
8.パタフル収穫祭
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ノーゴルの子に襲われ、エレンに助けられてから、二週間がたった。エレンはまだ樽村を出立してはいないようで、ときたま彼の家には明かりがともっていた。だが村人の目に触れることはなく、恐らく長旅の用意をしているものと思われた。もしかしたら僕を待っているのかも、とピッポは思った。しかしピッポは例のエレンの誘いについて深く考えていなかった。ほかにやるべきことが多すぎたのだ。一つには、この前の嵐で激しく損傷したピッポ宅の修理があった。そしてもう一つは、間もなく行われる『パタフル収穫祭』の準備であった。彼はこう思っていた。
「やっぱり『英雄ペレンの子孫』なんてのは事実にすぎない。僕に向いてるのは、パタフルでの平和な暮らしだ。パタフルを出るなんていう身の丈に合わないことは考えないで、ここで生きてゆこう。」
しかし一方では、こうも思っているのだった。
「小説や童話の主人公は、実在していなくとも美しい。僕もああいう人たちになれるかもしれない、僕の曾祖父のように……」
このような葛藤を抱えていたピッポだが、まずは収穫祭に専念しようと考えた。決定はそのあとでいいだろう、と。だが何も行動をおこしていなかったわけではない。ピッポは収穫祭準備の合間をぬって、曾祖父ペレンについて調べていた。まずピッポは樽村中央図書館に出向き、ペレンについて記された資料を探した。だがどの歴史書にも、ペレンの名はなかった。パタフルの民は外の世界に目を向けることはせず、従ってそもそもゼズノゴールや魔王の名も見当たらなかった。ピッポは続いて樽村の記録書を見た。そこには一応ペレンのことが書かれていた。
「……1787年5月5日、ペレン・ポップスをはじめとする77人がパタフルを出立した。村人会議は彼らを止めるも、効果はなく、大いなる敵を倒すべくと言って旅立った……まこと、愚の骨頂なり……」
ペレンのことはよく書かれていなかった。パタフルさえ出たことがない者が大半な中、遠く離れた国に出て戦いに参加しようとしたペレンの姿は、奇異で不可解なものに見えたのだろう……ピッポは図書館での調査を諦め、別の日に樽村役所に行った。彼はそこで働く友人パンクに、ポップス家の資料を探してもらった。パンクは
「君が自分の家系を調べようなんて、珍しいね。君は両親をはやくに亡くしてから、自分の一族については何も語らなかったね」
と言いながらも資料を探してくれ、すぐにぐるぐる巻きにされた羊皮紙を持って戻ってきた。
「どうぞ、これが君んとこの家系図だ。ここにのっているのが、今残っている情報のすべてだ」
ピッポは紙を広げ、ポップス家の家系図を見た。家系図の一番後ろには、もちろん《ピッポ・ポップス 1850~》と書かれており、その前には、《ポッポ・ポップス 1822~1853》……これはピッポの父……と、《ピープ・ポップス(旧姓ポン)1823~1853》……ピッポの母……が並んでいる。そしてその数行前には、
《ペレン・ポップス 1750~?》
ペレンの名がはっきりと書き込まれていた。しかし、没年が書かれていない。
「ということは、やっぱり彼はパタフルに戻ってきていないんだ……どうして戻らなかったんだろう……戻れなかったのかな?」
そのあともピッポは家系図をしばらく眺めていたが、それ以上の発見はなかった。
次の日から、収穫祭の準備がさらに大変になったので、ピッポがそれ以上調べる余裕はなくなった。そしてあっという間に、パタフル収穫祭がやってきてしまった。
ここでパタフルとは何か、少し注釈を加えておこう。パタフルとは、単なる地名ではない。もともと作物の名前である。種をまいて育てれば手軽に収穫できる野菜の一種でありながら、保存性に優れ、栄養もあり、調理加工もしやすいという、非常に優秀なもので、パタフル郡の位置するパタフル平野でしかとれない、貴重な作物でもあった。そこでパタフルの人々は年に一度、その豊作を祝って村ごとにフェスティバルを開催しており、ピッポの暮らす樽村では、それがパタフル収穫祭と言われていたのである。
「とは言え、今年は嵐に次ぐ嵐で、お世辞にも豊作とはいえないみたいだけれどねえ」
パンクが愚痴る。収穫祭当日、シフトを終わらせ暇になったピッポは、友人ペップとパンクと共に樽村西市場を散策していた。大通りは多くの人で賑わっていた。西市場の街灯には色とりどりの幕が貼られ、子供たちは風船を持って走り回っている。
「ほんとだよ、商売あがったりさ」
ピッポがため息をつきながらパンクに答えたが、脳裏には、嵐の原因がゼズノゴールにあると語るエレンの姿が浮かんでいた。でもあの日以来嵐はないし、大丈夫かなとも思う。
「くそ、あのゲルシュニッヅとかいう輩のせいで!そもそもパタフルに危害を及ぼしやがってあの魔王め……」
ペップが叫んだ。とんでもなく大きな声だったので、周囲の人が不審がって振り向いた。パンクも首をかしげる。ピッポは慌ててペップの口を塞ぎ、彼にささやいた。
(ばか、エレンさ……アンノーンさんには、ほかの人には魔王やその他様々のことを、軽々しく口にしないように言われたじゃないか、いらぬ注目を集めてしまうと……!)
「そうだった……ごめんごめん」
ペップは謝って口をつぐんだ。多くの人がその様子を見つめていたが、ちょうどよく鼓笛隊の演奏が向こうの方で始まり、人々の注目はそちらに流れた。ピッポはほっとして胸を撫でおろした。ただパンクには疑問が残るようで、「魔王って何?」と、今にもペップに尋ねようとしたが……
「パンク君ごめん!待った?」
と、かわいげな声が飛んできて中断された。ピッポが声の方向を見れば、息を切らして駆け寄ってくるのは容姿麗しき女性……
「待ってないよ!大丈夫さ、ハニー」
……パンクの彼女であった。数秒後には、パンクと彼女が手を繋いで去ってしまったので、ピッポはペップと二人で歩くことになった。
「……あいつ、これで11人目だぜ」
ペップがぼそりとつぶやいた。
人ごみの中をしばらく歩くと、例の嵐で倒壊した、あの門のもとに到着した。木で囲んで、修理を行っている最中だ。ここでゲルシュニッヅと出会い、あの恐ろしい恐怖を味わったわけだが……僕にはパタフルを離れてあいつらと対峙する勇気があるのか?あるはずがないよ。エレンさん……
「……あの嵐の日がまるで昨日のよう、そう思わない?ピッポ」
横で考え込むピッポに、ペップが尋ねていた。が、ピッポは返事をしなかった。ぼんやりと空を見つめている。
「ピッポ?……ねえ、ピッポ、君は何か考え事をしてるよね?」
おもむろにペップが言う。ピッポははっとして、答えた。
「いや、してないしてない。収穫祭が楽しいなあって思ってただけさ」
ペップは「ふうん、それだけか」と言いつつ、内心は納得がいっていないようで、
「エレンさんと関係があるのかな?」とつぶやいた。ピッポは内心彼の鋭さに舌を巻きながらも、「ないよ」と答えた。その様子をじっと見ていたペップは、
「彼の言ってたことが僕も気になるし、怖いと思うよ。魔王だとか、ゼズノゴールだとかさ。パタフルが本当に安全なのかって。でも、今日は楽しもうよ、パタフル収穫祭だぜ⁉」
と笑って、人ごみの中に駆けていった。ピッポもペップは気楽でいいなあ、と思いつつも、彼の言うことにも一理あるとも感じた。そうだな、今日くらい楽しもう。
ピッポはペップを追い、人ごみの中へと入っていった。
「やっぱり『英雄ペレンの子孫』なんてのは事実にすぎない。僕に向いてるのは、パタフルでの平和な暮らしだ。パタフルを出るなんていう身の丈に合わないことは考えないで、ここで生きてゆこう。」
しかし一方では、こうも思っているのだった。
「小説や童話の主人公は、実在していなくとも美しい。僕もああいう人たちになれるかもしれない、僕の曾祖父のように……」
このような葛藤を抱えていたピッポだが、まずは収穫祭に専念しようと考えた。決定はそのあとでいいだろう、と。だが何も行動をおこしていなかったわけではない。ピッポは収穫祭準備の合間をぬって、曾祖父ペレンについて調べていた。まずピッポは樽村中央図書館に出向き、ペレンについて記された資料を探した。だがどの歴史書にも、ペレンの名はなかった。パタフルの民は外の世界に目を向けることはせず、従ってそもそもゼズノゴールや魔王の名も見当たらなかった。ピッポは続いて樽村の記録書を見た。そこには一応ペレンのことが書かれていた。
「……1787年5月5日、ペレン・ポップスをはじめとする77人がパタフルを出立した。村人会議は彼らを止めるも、効果はなく、大いなる敵を倒すべくと言って旅立った……まこと、愚の骨頂なり……」
ペレンのことはよく書かれていなかった。パタフルさえ出たことがない者が大半な中、遠く離れた国に出て戦いに参加しようとしたペレンの姿は、奇異で不可解なものに見えたのだろう……ピッポは図書館での調査を諦め、別の日に樽村役所に行った。彼はそこで働く友人パンクに、ポップス家の資料を探してもらった。パンクは
「君が自分の家系を調べようなんて、珍しいね。君は両親をはやくに亡くしてから、自分の一族については何も語らなかったね」
と言いながらも資料を探してくれ、すぐにぐるぐる巻きにされた羊皮紙を持って戻ってきた。
「どうぞ、これが君んとこの家系図だ。ここにのっているのが、今残っている情報のすべてだ」
ピッポは紙を広げ、ポップス家の家系図を見た。家系図の一番後ろには、もちろん《ピッポ・ポップス 1850~》と書かれており、その前には、《ポッポ・ポップス 1822~1853》……これはピッポの父……と、《ピープ・ポップス(旧姓ポン)1823~1853》……ピッポの母……が並んでいる。そしてその数行前には、
《ペレン・ポップス 1750~?》
ペレンの名がはっきりと書き込まれていた。しかし、没年が書かれていない。
「ということは、やっぱり彼はパタフルに戻ってきていないんだ……どうして戻らなかったんだろう……戻れなかったのかな?」
そのあともピッポは家系図をしばらく眺めていたが、それ以上の発見はなかった。
次の日から、収穫祭の準備がさらに大変になったので、ピッポがそれ以上調べる余裕はなくなった。そしてあっという間に、パタフル収穫祭がやってきてしまった。
ここでパタフルとは何か、少し注釈を加えておこう。パタフルとは、単なる地名ではない。もともと作物の名前である。種をまいて育てれば手軽に収穫できる野菜の一種でありながら、保存性に優れ、栄養もあり、調理加工もしやすいという、非常に優秀なもので、パタフル郡の位置するパタフル平野でしかとれない、貴重な作物でもあった。そこでパタフルの人々は年に一度、その豊作を祝って村ごとにフェスティバルを開催しており、ピッポの暮らす樽村では、それがパタフル収穫祭と言われていたのである。
「とは言え、今年は嵐に次ぐ嵐で、お世辞にも豊作とはいえないみたいだけれどねえ」
パンクが愚痴る。収穫祭当日、シフトを終わらせ暇になったピッポは、友人ペップとパンクと共に樽村西市場を散策していた。大通りは多くの人で賑わっていた。西市場の街灯には色とりどりの幕が貼られ、子供たちは風船を持って走り回っている。
「ほんとだよ、商売あがったりさ」
ピッポがため息をつきながらパンクに答えたが、脳裏には、嵐の原因がゼズノゴールにあると語るエレンの姿が浮かんでいた。でもあの日以来嵐はないし、大丈夫かなとも思う。
「くそ、あのゲルシュニッヅとかいう輩のせいで!そもそもパタフルに危害を及ぼしやがってあの魔王め……」
ペップが叫んだ。とんでもなく大きな声だったので、周囲の人が不審がって振り向いた。パンクも首をかしげる。ピッポは慌ててペップの口を塞ぎ、彼にささやいた。
(ばか、エレンさ……アンノーンさんには、ほかの人には魔王やその他様々のことを、軽々しく口にしないように言われたじゃないか、いらぬ注目を集めてしまうと……!)
「そうだった……ごめんごめん」
ペップは謝って口をつぐんだ。多くの人がその様子を見つめていたが、ちょうどよく鼓笛隊の演奏が向こうの方で始まり、人々の注目はそちらに流れた。ピッポはほっとして胸を撫でおろした。ただパンクには疑問が残るようで、「魔王って何?」と、今にもペップに尋ねようとしたが……
「パンク君ごめん!待った?」
と、かわいげな声が飛んできて中断された。ピッポが声の方向を見れば、息を切らして駆け寄ってくるのは容姿麗しき女性……
「待ってないよ!大丈夫さ、ハニー」
……パンクの彼女であった。数秒後には、パンクと彼女が手を繋いで去ってしまったので、ピッポはペップと二人で歩くことになった。
「……あいつ、これで11人目だぜ」
ペップがぼそりとつぶやいた。
人ごみの中をしばらく歩くと、例の嵐で倒壊した、あの門のもとに到着した。木で囲んで、修理を行っている最中だ。ここでゲルシュニッヅと出会い、あの恐ろしい恐怖を味わったわけだが……僕にはパタフルを離れてあいつらと対峙する勇気があるのか?あるはずがないよ。エレンさん……
「……あの嵐の日がまるで昨日のよう、そう思わない?ピッポ」
横で考え込むピッポに、ペップが尋ねていた。が、ピッポは返事をしなかった。ぼんやりと空を見つめている。
「ピッポ?……ねえ、ピッポ、君は何か考え事をしてるよね?」
おもむろにペップが言う。ピッポははっとして、答えた。
「いや、してないしてない。収穫祭が楽しいなあって思ってただけさ」
ペップは「ふうん、それだけか」と言いつつ、内心は納得がいっていないようで、
「エレンさんと関係があるのかな?」とつぶやいた。ピッポは内心彼の鋭さに舌を巻きながらも、「ないよ」と答えた。その様子をじっと見ていたペップは、
「彼の言ってたことが僕も気になるし、怖いと思うよ。魔王だとか、ゼズノゴールだとかさ。パタフルが本当に安全なのかって。でも、今日は楽しもうよ、パタフル収穫祭だぜ⁉」
と笑って、人ごみの中に駆けていった。ピッポもペップは気楽でいいなあ、と思いつつも、彼の言うことにも一理あるとも感じた。そうだな、今日くらい楽しもう。
ピッポはペップを追い、人ごみの中へと入っていった。
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