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「……父上」
 以前は侯爵としての威厳に満ち溢れ、側にいれば足が竦んでしまうほどだった。誰の目から見ても溺愛していた母を亡くした時すら弱い姿を見せようとはせず、その背は常に大きくて、時に恐怖すら覚えたものだが、もはや立ち上がることすらできなくなった父は随分とやせ衰え、ただ静かだった。
「今日は、お加減はいかがですか?」
 父の寝台は前当主にふさわしく大きなもので、ギリギリまで車椅子を寄せても少し距離がある。寝台に乗り上げることのできないアシェルは父と視線を合わせることができなかったが、それでも父がアシェルの声に反応し目を開いたのはわかった。
「父上……」
 話したいことも、話さなければならないことも沢山あるはずなのに、この父を前にするといつも上手く言葉が出てこない。
「…………申し訳ありません」
 急に理由も言わず謝られたところで父も困るだろうに、ポツリと零れたのは謝罪の言葉だった。チラと、父がアシェルに視線を向けたのがわかる。
「父上、私は……」
 おそらくはじぃからアシェルが家を出ようとしていることは報告されているだろう。当主の座を退き、病の床にあったとしても、父は我が子の事に関しては逐一報告するようじぃに命じているのだ。父に忠実なじぃが報告を怠るとも思えない。
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