煩わしきこの日常に悲観

さおしき

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第三章

第六話

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 「お願い翔。マウンドに立って」
 俺に投げれるのか?あの日は腕さえ動かせなかったっていうのに。
 「いいから早く投げなさいよ!あんたしかピッチャーいないんだから」
 「だから…」
 「いいから!」
 俺に有無を言わさず葉月は畳み掛けてくる。
 その勢いには流石に勝てなかった。
 「ったく。どうなっても知らないからな」
 やらなきゃいけないのか。まったく…最悪だ。
 「とりあえず軽く肩を作るぞ、それから試合再開だ」
 漣の指示に従って各々自分のやることを始めた。
 俺はマウンドに立ち、肩を作り始めた。正直、あの日みたいになると思っていたが、腕を回すことはでき、コントロールもさほど悪くはなかった。
 「どうだ?久しぶりのマウンドは」
 ボールを返すと同時に、漣が、聞いてくる。
 「さぁな」
 正直のところ、まだ何もわからない。
 そうして、数分かけて俺は肩を温めた。
 「そろそろ試合を再開したいが、桜祐、そっちは大丈夫か?」
 「あぁ。それより漣、翔はどうだ?」
 「どうもこうも、見ればわかるさ」
 「それは楽しみだな」
 なんてやり取りが聞こえてくる。頼むから余計なプレッシャーをかけないでくれ。
 「試合再開だ!皆各ポジションについてくれ!」
 そうして試合は再開した。
 5回の表の最初からスタート。
 一球目、外角高めのボール。二球目、またもやボール。三球目、低めにボール。
 ヤバい。このままだとまたあの時と同じになってしまう。
 続く四球目、外に外してフォアボール。
 「タイム!」
 漣が球審にタイムをかけさせた。
 「落ち着け翔。打たれてもいいからストライクに投げろ」
 「できるもんならやってるよ」
 その時だった。パシィン!と言う音が宙を舞った。
 「四の五の言わずにストライク投げなさいよ。暇なのよコッチは」
 葉月だった。
 まさか葉月にぶたれるなんてな…親父にもって親父には何度もぶたれてるか。
 タイムが終わり、各々ポジションへと戻っていった。
 何故だろうな。ぶたれたってのに何故か気分がスッキリしている。
 そのまま投げた一球目、ど真ん中に入った。3年ぶりのストライクだ。二球目、内角いっぱいにストライク。三球目低めに入ったのをバッターが打ち返してきた。が、ボールは、ショートが、捕り、ベースを踏んでファーストへ。無事ダブルプレーが成功して、ツーアウトランナー無し。続くバッターはファーストゴロで抑え、スリーアウトチェンジとなった。
 「翔、あんたやればできるじゃない!」
 「まったくだよ翔。にしても翔ってスゴイピッチャーだったんだね」
 「うるせーよ」
 コイツら……言いたい放題言いやがって。でも、何故だろう。素直にこの気持ちを表現するならば、嬉しい、がベストだな。
 「翔、この調子で後も頼むぞ」
 漣は嬉しそうに言ってきた。
 「あぁ」
 照れ隠しで返す返事はこれが精一杯だった。
 この勢いで逆転!と、行きたいところだが、そうはさせてくれないのが桜祐のピッチングだ。この回は三者凡退に終わり、六回の表へ。
 ただ俺も俺とて負けていられるはずもなく、ランナーは出たものの、しっかりと無失点で抑えることが出来た。
 ここで点を取らないと正直キツイ。この回は1番から。つまり点を取るならここしかない。1番の南は俊足を活かして、内野安打で一塁へ。続く浪川はなんとセーフティバント。
 「良いセーフティバントだな」
 「あぁ、ラインギリギリに狙って転がせるのが浪川の強みだからな。それにあいつは俺たちの中で、1足が速い」
 セーフティバントは成功して、ノーアウトランナー一二塁。
 この状況でネクストバッターが漣。相手にとってこんなに驚異的なことはない。
 一球目、内角低めにストライク。二球目、またもや内角低めにストライク。
 「追い込まれた……」
 誰かがそう呟いた。だがバッターはあの桐原漣。あの新人戦で稼いだ点数は全て漣のおかげだからな。
 そして投げられた三球目、漣は狙っていたと言わんばかりのフルスイング。
 だが、ボールはキャッチャーミットの中だった。
 「ライズ、か……」
 あいつ、あんなライズボール投げられるなんて……
 「ライズって何?」
 雫が不思議そうに聞いてきた。
 「ライズボール。ボールが上に上がる変化球のことをライズボールって言うんだよ」
 ワンナウト、ランナー一二塁。
 「あいつ、俺の知らない内にライズ身につけてたなんてな」
 ベンチに戻ってきた漣が、そう呟く。
 その間に4番の本郷が打席に立つ。二球で追い込まれ、三球目、あのライズボールで空振り三振。ツーアウトランナー一二塁。それでもチャンスには変わりない。ここは最低一点は欲しいところ。続く5番の高峰もライズボールの餌食になり、スリーアウトチェンジ。
 そして迎えた最終回。このまま一点差で抑えないと裏の逆転が難しくなる。
 緊張がエグすぎる。
 「落ち着いて、さっきのピッチングな」
 漣がそう声をかけて、ポジションに戻る。
 緊張は半端ない。が、それと同時にワクワクが止まらない。さっきの桜祐のピッチングがいい刺激になったのか、俺の球はさっきよりも走っていた。
 俺は二人を内野ゴロで抑えた。次抑えればチェンジ。でも、それは簡単には行きそうにない。
 そう、次は3番ピッチャー氷室桜祐。そう、これこそ、あの日の続き。
 一球目やや内角よりに甘い球が入ってしまった。桜祐は見逃さずにフルスイング。ボールは物凄い飛距離を飛んだ。が、ギリギリファールで助かった。マジで危かった。あれ入ってたらキツかったな。続く二球目、外角に外してワンボールワンストライク。三球目は高めいっぱいに入ってワンボールツーストライク。よし!ようやく追い込んだ。このまま抑えなければ、あの日から何も変われてない。その気持ちを込めて思いっきり投げた四球目。桜祐はバットを振り、ボールはミットの中。スリーアウト、チェンジ。
 「翔、チェンジアップ投げるの久しぶりだけど、流石だな」
 ちなみにチェンジアップとはストレートと同じ腕の振りで投げるが、握りにより、回転数が少なくなって、球速がストレートに比べると遅く、相手のタイミングをずらせる変化球だ。
 この回の先頭打者は葉月。葉月はセンス抜群だが、ライズを打つことはできず。空振り三振だった。続くバッターは雫。雫は一球目から積極的だった。しっかりと芯で捉え、ライト前まで持っていった。ワンナウトランナー一塁。
 さて、次は俺の番か。
 「翔、思いっきり決めなさい!」
 葉月がそう言ってくる。
 「当たり前だ」
 いつもならうるさいと返すのに、俺は自然とそう返していた。
 一球目外角高めのボール球。二球目いきなりライズボール。俺はビックリして手が出ず、ツーボール。いきなりライズとは、これはわからなくなってきた。次はライズか、ストレートか。今のカウントはツーボール。絶対にここは入れてくるはず。甘い球を待って、それを思いっきり叩く!雫が作ってくれたチャンスを絶対に無駄にはしない。
 三球目、ど真ん中にボールが飛んできた。
 そのボールは放物線を描き、柵を越えた。
 「逆転だ!逆転ホームランだ!」
 誰かが、そう叫んだ。
 俺はホームベースを踏み、ベンチへ戻って行く。そこには、先にホームインした雫に加えて、葉月に彼方、漣やチームメイトが待っていた。
 「2対1で東高の勝ちです。双方礼!」
 「ありがとうございました!」
 終わりの挨拶が鳴り響く。
 「翔」
 振り向けばそこには桜祐と漣がいた。
 「お前、ソフトもっかいやらないのか?」
 「やらない」
 即答だった。
 「何故だ?」
 桜祐がそう尋ねてくる。
 「俺の居場所はここじゃない。それだけだ」
 確かにソフトは楽しい。今日の試合でトラウマも払拭できた。
 でも雫や葉月のおかげで払拭することができた。素直に言えないが、凄く感謝している。
 だからこそ、俺の居場所はソフト部じゃない。
 俺の居場所は、SWCここだ。
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