上 下
36 / 81
逃避

近所の人たち

しおりを挟む
“チリン、チリン”

オーランと軽食の話をしているところで、カフェの扉が開く音がした。

「ルシル嬢ちゃん!無事だったか?急に王家の紋章の馬車なんかに乗って行ったっきり帰ってこねぇもんだから心配したぞ!」

 入ってきたのは、父の飲み仲間で近所でパン屋を営んでいるマックだった。相変わらず、父と同い年くらいだったのにも関わらず、いい体格をして身長も高い。

 いつかその上腕筋のサイズを測ってみたいと密かに思っている。

「マックさん!心配をかけてごめんなさい。貴族のお嬢様と間違えられてしまって」

 咄嗟に嘘をついてしまった。その後ろでオーランは危険人物かを見極めるように剣に手をかけ警戒していた。その様子をみてルシルは慌てて止めた。

「オーランさん大丈夫です。この方は、近くでパン屋をやっているマックさん。マックさん、こちらはお城で仲良くなった方の弟さん。私が心配でこうして様子を見に来てくれたみたいで。あ、そうだ、ちょうどマックさんのパンを買いに行こうと思っていたところなの。食パン1斤ってまだあるかしら。」

 危険な人間ではないと分かったオーランは剣から手を離した。その様子にホッと一安心した。しかし、マックはその様子に気がつかなかったのか、気づかないふりをしてくれたのかいつもの調子で会話を続けた。

「食パンあるぞ。今持ってきてやるからまってな。」

 マックが一旦店へと戻ろうと扉を開けると、扉の周りには見知った顔の人たちが集まっていた。

「ルシルちゃん、帰って来たんだね。」

「コーヒーの香りがするから、顔見にきたよ。」

 それぞれ私の心配をした近所の人達だった。

「皆さん、心配かけてすみません。」

 集まった人に頭を下げた。

「いいんだよ!レイモンドさんには世話になったし。ルシルちゃんの可愛い顔を見ないと元気もでんしな。ところで、帰って来たばっかりだろう。食うもんはあんのか?」

 杖をついたおじいが心配そうに話しかけた。

「今、ちょうど買いに出ようかと思っていたんです。」

「ならよかった。ほれ、今日取れた玉子だ。帰って来たばっかりで疲れているだろう。今日はこれを食ってゆっくりしな。」

 籠に入った卵を渡しルシルの頭を撫でた。

「ウチの野菜も食べてくれ!」

「ウチのもあるぞ!」

 みんなそれぞれ、心配してくれたようでいろいろなものをもって来てくれていた。

「あ、ありがとうございます。」

 皆、生活に余裕があるわけではない。でもそんな中で気にかけてくれたことがとても嬉しかった。

「お、こりゃあ俺だけ金もらうわけにいかねーな。」

 ちょうど食パンを店から持ってきたようで、片手にパンを抱えたマックが笑いながらいった。そして、そのパンを手渡した。

「しっかり食って、しっかり寝ろよ!」

 代金を払おうとしていた私をよそにマックはパンだけを渡して帰っていった。

 

 

 

 近所の人で私のことをしらない人はいない。

 皆、私がレイモンドに拾われたことも知っていたし、瞳の色のことも知っている。

 小さい頃は、いじめられたりしたがここの街へ帰ってくるといつもどこか自分の居場所があるように感じていた。

 たった数週間離れていただけで、こんなに心配してくれる人がいる。それはとても幸せなことだと感じていた。

 「ルシルさんは、街の方たちに好かれているんですね。」

 近所の方からもらった、野菜や玉子などを店に運び入れながらオーランはいった。

「そうね。私にとっても街の人はとっても大切な、第2の家族ってところかしら。聞いているかもしれないけれど、私はこの下町に捨てられたの。でも、パパ・・・いや、育てのパパにこの家に住まわせてもらっていたの。だから、近所の人たちは私のことを知っているし、この瞳のことも知っているの。それでも気にかけてくれる優しい人たちだわ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...