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人類進歩の大役

76話 イラストレーター志望の男性を導いてみる

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 街の中央部には集会を行うための大きいステージのようなものがあり、その付近に、見守りの仕事を行うための設備を備えた建物がある。
 実はこの街には他にも、導きの仕事を行える場所が多数ある。

 広場前の分かりやすい所に、導きのための場所があると言うので、今回はここに決めた。


 それで、建物の外観は........なんだあれ?

 きのこみたいだぞ。フォルムは完全にきのこだ。

 普通の一軒家ほどの大きさだ。ただ、縦にかなり長く3階建てほどある。

 きのこの笠は赤色で水玉模様がある。水玉は黄色である。
 きのこの軸の部分はベージュ色だ。

 茶色のチョコのような光沢を湛えたドアがついているので、そこから入る。

 「おっはよー!」

 「おおおおおおぉ!!!ボスぅううう!」
 「ん...おはようございます」
 「周さん、おはよー」

 全員そろっているようだ。
 ケンゴの挨拶が暑苦しい。

 建物内部は外観通りに少しファンシーである。
 全体的に丸みがかったデザインで、机と椅子とモニターと.....丸い水晶を備えている。
 水晶の大きさは30cmほどで、机の上に座布団のような物に乗せてある。

 何につかうんだ、これ?

 「俺が最後だったんだな、待たせてたらすまない」

 「私達も今来たばかりだから大丈夫よ!」
 マルメが明るい顔で言う。自然体かつ堂々とした口調。
 なかなかの豪胆さを感じる。

 「そうか、じゃあ、早速はじめようか!」

 と俺が言ったら、なぜかモニターがついた。
 

 画面にはDVDのメニューのようにいくつか項目がある。
 
 1《導きの対象を選定・導きを行う》
 2《現在のポイントの確認》
 3《現在の街の状況・街の拡張》

 の3つである。

 なぜか、これを観た瞬間、これらの項目の意味が分かった。
 いや、思い出したというべきか。

 1は文字通り、導く対象を選定し、導きを行うというもの。
 2は導きの成果により貯まったポイントを確認する。
 3は2で貯まったポイントを元に街を拡張するというもの。

 街を拡張するも何も、領民が3人だけで民家が余りすぎてるんだが。
 
 3人はこれらの事を知らないようだったので、説明しておいた。
 
 どうやら3人は俺から詳細について聴かされることになっていたらしい。

 俺が思い出せてなかったらどうすんだろう。
 これからも、無茶振りは続くんだろうか.........

 ポイントはもちろんゼロ。
 街も状況を確認するも、見た目にはただ街の地図があるだけで何もいじれなさそうだ。

 じゃあ、やる事は決まっている。

  1《導きの対象を選定・導きを行う》

 である。

 ちなみに、昨日、ユーリから話を聴いたのだが、今、アースではファントムウイルスによる死者が急減しているらしい。そのお陰か、ウイルスが流行る前に近いような心理に人類全体が近づいているようだ。
 これは、導きの仕事をする上でプラスになる要素だ。

 それで、俺は3人に聴いてみた。
 
 「どんな人を導きたいとか、希望はあるか?」

 「「「うーん.....」」」
 3人は眉間に皺を寄せ、腕を組み考え込んでしまった。

 
 「夢を叶えたい人の、夢を叶えるための導きがしたいですね」
 ユーリが呟いた。
 それを聴いて、俺は何だか違和感、というか、嫌な予感がした。

 「へー、何か理由があるのかい?」

 「ん...以前、導き手養成校の実習で色々な人の導きを行った際に、目標の無い人の導き方が分からなくて......でも、夢がある人だったら導きやすかったんです」
 人差し指でメガネを整えながら話すユーリ。

 「先生には目標が無い人の導き方について習わなかったのか?」

 「先生からは、”導き対象が目標を見つけるために様々なものに関心を抱かせなさい”とだけ教わったのみです。でも....中々上手くいかなくて....」
 流石にユーリは120人の導きに関わったことがあるので、上手くいかなかった経験も積んだようだ。

 ただ、残りの二人もうんうんと頷いている。
 どうやらユーリの悩みには心当たりがあるらしい。

 正直、ユーリの

 「夢を叶えたい人の夢を叶えるための導きがしたい」

 という考えは俺の中の何かが警鐘を鳴らしていて、何となくその理由も分かる。

 が......3人にとって必要な経験になると思ったので、その方向で導きを開始することにした。

 
 「分かった。じゃあ、その方向で始めようか!」

 俺がそういうと同時に、モニターにアースの世界地図を背景に人名リストが出てきた。
 画面の下部には129098783人という表示がある。

 これは明白な夢を持っている人間の数だろう。
 
 俺が自身の心に ”ユーリ達にとって良い経験になる導き対象は誰だろうか?” と問いかけると、モニターは一人の人間をピックアップした。

 山田石英せきえいという男性の姿形と説明文が表示されている。

 外見は痩せ型の少し頬がこけた感じの男性だ。
 黒髪の短髪である。

 説明文には

 
 年齢は26歳。無職。
 人見知りで優柔不断だが、想像力が逞しく、いつも自身の可能性を大きく信じている。
 イラストを描くのが好きであり、未来にはイラストレーターとして成功したいと願っている。
 
 母親と父親と3人暮らし。姉は彼氏と別の家に同居。
 両親の金銭感覚が緩く、家計はいつも火の車である。

 
 とだけ書かれている。

 実は、俺の脳裏には石英さんの別の情報が現れている。
 ただ、3人には言わないでおく。

 「記念すべき最初の導き対象は山田石英さんにしようか?」


 「いいぜ!ボス!!」
 「ん...分かりました!意向を汲んで下さり、ありがとうございます」
 「目指す方向が明確だから導きやすそうね!」

 じゃあ、早速、山田さんの様子を観察するか......と、意識した瞬間、モニターには山田さんが家でパソコンに向かっている姿が映し出された。
 雑然とした部屋で一人パソコンに向かっている。

 部屋がめちゃくちゃ汚い。

 「あー、くそっ!!どうしたらいいんだ....」
 そんな独り言を言いながら頭を抱えている。

 俺たちはその様子を食い入るように観る。
 
 「ん...彼は何をしてるんでしょうね」
 ユーリがそう呟く.....なぜか知らないが、俺には彼が何をしようとしてるのか分かった。


 「ブログを作って、そこに色々なアニメや漫画キャラを描いたイラストを載せて、そこから読者を集め、イラストの仕事に繋げようとしてるんだろうな......で、今はブログの登録の仕方が分からず困っている」

 3人は驚きで目を見張り、こっちに顔を向ける。
 
 「ボス、なんでそんなこと分かるんだ??思い悩んでるのを見ただけなのに、どうやったらそんな結論が導き出せるのか.....」

 「ああ.....俺もなぜ分かるのか分からんから、気にしないでくれ」

 「分かった」

 
 一見、これはブログの登録方法が分からずに悩んでいるように見えるが.......3人はどうするかな?

 「よし、ブログ登録のやり方を教えてあげよう!」
 マルメがそう言い、手をかざすと、魔法陣が空中に浮かび上がり、そこからマニュアルのような物が現れた。 

 ページをパラパラと高速でめくった後、マルメは水晶に手を置いた。
 目を閉じている。
 何やら石英さんに意念を送っているらしい。おそらく、自身の理解した知識をそのまま伝えようということだろう。
 ※真相界では、文字を目で読む以外に、ページを弾いた時に生じる波動のようなものから情報を読み取る方法もある。

 マニュアルの表紙を見ると、スライムブログという大手ブログサイトの登録手順が書かれているものらしい。可愛い丸っこいスライムが表紙に描かれている。

 マルメが意念を送った時、石英さんに反応が見られた。

 「ん.......ああ、そうか!僕のメールアカウントの容量が一杯だったかもしれない!だから、仮登録メールが弾かれてたのか」
 と、答えが得られたようだ。

 その後、石英さんはサクサクとブログを作ることができた。

 早速、初のイラストを載せるらしい。
 すでに描かれたものがあるようだ。

 それは『龍神の花嫁』という漫画に登場するムラサメアスカという女性キャラのイラストである。
 石英さんには確かにイラストの才能があるらしく、絵にグワっと来るような迫力がある。

 だが......それ以降、特に、”イラストのご依頼はこちらまで”といった、依頼受付のための窓口をブログ内に作る事も無く、作業を終えてしまった。

 3人が、依頼受付の窓口を作るよう意念を送っていたにも関わらずである。


 実は、俺は石英さんが作業を早々に終えてしまった理由を知っている。
 
 ただ、それは二つある。

 一つ目は『お金を稼ぐのは悪いことだ』と潜在意識レベルで価値観づいていること。
 幼少期の頃から、石英さんの前で、両親が金持ちの悪口を言ったり、お金を汚いものであるかのように言っていた事も原因の一つだろう。

 だから、イラストを仕事にし、お金を稼ごうと思いつつも、その一歩を踏み出せない。
 アクセルと同時にブレーキを踏んでいる状態だ。

 実は、最初の、メールアカウントのデータ容量が一杯で、仮登録メールが弾かれていた事すらも、この理由と絡んでいた。
 お金を稼ぐことへの抵抗がありすぎて、その意識が潜在意識にまで及び、お金を稼ぐ行動を実際にストップさせるような出来事を生んだのだ。

 特に、お金を稼ぐ事は悪という考えは芸術家志向の人に強い。
 もれなく、石英さんはその一人である。


 2つ目は........さらに根本の理由だ。もっとも解決すべき点になるだろう。

 『重要な精神的課題が解決されるまでは、そもそもお金を稼ぐ事への抵抗が外れにくくなっている』

 ということ。

 現在、彼は実家で親に養ってもらっている事に強い引け目を感じている。
 それがゆえに、自分の得意とするイラストでお金を稼ぎ、両親にお金を渡し、かつ、一人暮らしを始めたいと考えていた。

 が.........実際はお金を稼ごうとしてもうまく行きにくいようになっている。
 これは人生の仕組み上、そうなっている。表面的には、お金を稼ぐことへの抵抗という形で表れてはいるが。

 彼には、お金を稼ぐことよりも大事な事がある。

 なぜ、彼が無職で、両親と同居せざるえない状況なのか.....

 それは、彼の今世の課題点が
 『環境整備など、身の回りの事を丁寧にこなせる広い視野を身に着けること』
 という点に原因がある。

 彼は目標を見つけるとそれ以外の事に意識が極端に向かなくなる。
 それは、彼の汚い部屋を観ても分かる。

 さらにいえば、両親までもが掃除や片付けに無頓着なため、床にまで物やゴミが散乱している。

 実は、彼にとっての人生の成功を掴むためには、家事に手をつけることがもっとも大切である。お金を稼ぐよりも遥かに優先すべきことになるだろう。

 掃除をした事でお金が入ってくるなど、よく言われているが、実際の所、それは人それぞれである。

 だが、彼の場合では、掃除や家事などに手を付ければその通りの事が起こるだろう。

 彼の場合、掃除や家事などでお金の問題も解消されていくことになる。

 まるでシャンパンタワーのように、一番上のグラスにシャンパンを注げば、末端の多くのグラスに行きわたるようにである。
 1の努力で無数の分野で良い波及効果をもたらすことになる。
 
 その大事で一番上のグラス行動が、彼にとっては”目標に囚われず、家事をこなせるだけの広い視野が身に着くのに良い行動をすること”である。

 そういった性質を磨くために、仕事を持つことで注意が一か所に向かないよう無職の立場になり、彼同様に家事の苦手な両親と同居することになっていて、両親の分まで家事をこなすことが、彼にとってはもっとも未来を開くのに有効だということだ。


 本来は、思いつめながら目標へと行動するよりも、家事や掃除などをしながら過ごせればそちらの方が良い結果になる。


 だが......おそらく、待っていても石英せきえいさんがこの結論にいたる可能性はゼロだろう。

 
 さて.........ここの3人の成長にとっても、石英さんにとっても一番良い導き方はなんだろうか。

 俺は....石英さんが途中で作業をやめたことに口を尖らせぶーぶー文句を言っている3人を見て、静かに考えていた。
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