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番外編
東京は午前二時
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塔子と夕飯の予定が、会議が長引いたり、昨日薬剤投与した患畜の貧血がひどくて輸血など施したりと諸々仕事が重なってまた後日となった。
家に立ち寄ることも考えてはいたものの、深夜ぎりぎりになりそうだと断念した。
食事に出てこられるということは、たぶん比較的時間に余裕があるのだろうが、人気作家としての立場を確立してもいつ干されるかわからないといった危機感で受けられるだけ仕事を受けて寝食おろそかにしがちな女だ。
たまにはちゃんと寝ろなどと言って連絡の電話を切ったが、こちらの考えなど関係なく今頃は映画かなにか動画配信されているものを見たり読書したりして起きているかもしれない。
そういったこともあの女の仕事の一部であることは、付き合う前から知っている。
それはそれで俺がいては集中できないだろう。
結局仕事が片付いて、研究室を出たのは零時過ぎだった。
夕飯は、スペイン料理から牛肉弁当へ変更になった。
マキこと助教の万城目が自分が食べるついででコンビニで買ってきてくれたものだ。
「……まったく」
目と鼻の先に住んでいるだけでなく、一方は在宅勤務、もう一方は家から地下鉄二駅の職場勤めだというのにどうしてこう会うのが難しいのだか。
「連載やってた時のほうがまだ会ってたんじゃないか?」
そんな事を思ったが、よく考えれば対面していたのは月一回の二、三時間。長くても半日だ。
それならまだ今の方が対面時間は長いかと思い直した。
単なる対談相手というだけでなく、少なくとも互いの家に行き来する関係にはなっているわけだから。
そんな事をつらつらと考えている自分に苦笑を漏らして、車のエンジンを入れた。
「十代、二十代のガキかよ……」
離婚後は、取っ替え引っ替え、大抵、夜の仕事についている女が多かった。空き時間は夜が多いから必然的にそうなる。昼の仕事に就いている女もいたがあまり長続きはしなかった。
まともに付き合っている今現在だってこんな感じだから、基本的に女と付き合うのに向かない生活で、それに、自分の家や日常生活に女が入り込むのを避けてきたところもある。
学生だってもちろん男のみだ、それだって万城目か俺のどちらかが監督はする。
痛くない腹を探られるようなことやトラブルをわざわざ自分で作るほど馬鹿じゃない。
だから意外なことに、いまの家も学生含めて入れたことがある女は塔子だけだ。
まるで姉妹のような付き合いをしているデビュー当時からの担当編集者の松苗女史の追跡網を逃れて一時的に失踪していた塔子を、その潜伏先から連れてくるよう海外出張先から俺が指示して、連れてきた万城目もたぶんそのことは知らない。
どうして入れる気になったのかと問われれば、先に塔子の仕事部屋に成り行きでも入ってしまっていたからだとしか言えない。
あのおびただしい資料とメモで埋め尽くされた、一日の大半をそこで過ごしていると聞かなくてもわかるような部屋。あの女は仕事に関してはちょっと振り切れているところがある。
だから、家に入れた時はあまり女を家に入れたといった感じではなかった。
そもそも出張から帰ってきたら、初めて入った他人の家で仕事しながら寝落ちていたのだから恐れ入る。
他人の家の本棚から仕事に役に立つ資料を引っ張り出して、散らかしているおまけ付きで。
当時は、雑誌の企画で塔子を相手に恋愛テーマの対談なんてやっていたが、本当につくづく恋愛仕様じゃないなこの女はと呆れながら、仕方なく着ていた上着を掛けてやったのを思い出す。
そう、甘糟塔子は恋愛仕様ではない恋愛小説家だ――。
「で、実際どうなの」
スツール二脚を空けた場所から、ショットグラス片手に尋ねてきた男に思わず自分が渋い顔になるのがわかった。
水割りの氷を指で軽く弾けば、グラスの中でカラリと小さく音を立てる。
グラスは世界的に有名な高級クリスタル製で、琥珀色した液体に透明に溶ける氷を内包してまるでグラス自体が発光しているかのようにきらきらとよく光り、バーカウンターの木目を浮かび上がらせている薄暗い店内のオレンジ色の照明を拡散し照らしていた。いいグラスを揃えるのは店主の趣味で、酒も食も丁寧な仕事ぶりを見せる店だ。
「トーコちゃんは」
車は駐車場に停め、その足でなんとなくぶらりと歩いて飲みにきた先にどうしてこいつがいるのだか。
住宅街の中にあるせいか、静かな客が多いはずなのに。
「だから、で、からの問いが意味不明だ。なんであんたがいるんだか……スタジオ兼住居渋谷だろう、弓月さん」
「脱サラ前は目黒だったの。珍しくこの辺りで仕事だったから、久しぶりの古巣で飲んでたらセンセーが来るんだもん」
「近所だからな」
「で、トーコちゃんどうなの?」
「だから、で、からの質問がおかしいだろ……」
ぼやきながらグラスを口に、いつの間にか隣に座っている弓月を横目に見れば、頬杖ついてこちらを興味津々といった様子で見ているのに溜息が出た。
「……なにが聞きたい」
「やっぱり、トーコちゃんってエロい?」
聞くかそれをと顔を顰めたが、飄々とした様子でいながらまるでカメラを構えている時のような注視の気配を感じて再度溜息を吐いた。
悔しくはあるが恋愛仕様ではない塔子の、本人もたぶん知らない一面を最初に暴いたのはこの男だ。
逃亡幇助の報酬として、ごく私的な撮影に塔子を付き合わせ、塔子を擬似的な情事の距離感で撮影した。それも少々強引に。
手は出していないらしいが、それはその言葉のままの意味だろう。
手は、出してない。
けれどなんとなくだが、キスくらいはしていそうな気がする。
弓月本人に見せられた写真の塔子はなんていうかひどく生々しかった。
幼い少女が大人に向かって泣いたり笑ったりする際に無意識に自分の魅力をわかっているような、妙に大人びた表情を一瞬見せるようなそれに近くて、同時に自分を見つめている相手の内側を引きずり出そうとするそんな誘引力のある眼差しをしていた。
塔子は時折そういった顔を見せる。
細く白くしなやかな腕や脚を俺に絡ませ、両手でつかめてしまえそうな細い腰を俺に捉えさせながら。
「――悪いが、自分の女について好んで話す趣味はない。知ってる奴ならなおさら……なに飲んでんだよ」
「ロン・サカパの23年」
バタースコッチのような甘い香りがかすかに鼻先を掠めた気がして、赤味の濃い液体の入ったショットグラスに目線を落とした俺に答えた弓月に、ラムかよと呟いた。
ただのラム酒とは違う、甘みの強い濃厚な蜜のような”ラムの中のコニャック”、度数もそれなりに高い。
「相変わらず強い酒をお猪口傾けるように飲みやがって」
「あんま酔えないんだよねー、センセーはいいよねアルコールいらずで」
なんてね。
そうおどけて小さなグラスの縁を軽く舐め、いつものように軽薄な様子で笑んだ弓月に、黙って俺は自分のグラスを傾けた。
一瞬、塔子の媚態を考えてしまったのを読まれた。
「……詳細は省くが、学生じゃあるまいしとはたまに思うよ」
「うわーなにそれ、やらしー」
「あんたにだけは言われたくない」
「僕がいくらけしかけても、頑なにどうもしないって言ってたのそうなる予感でもあったわけ?」
「さてね。あんたちょっと酔ってんじゃないのか?」
「酔ってない」
いや、酔ってるだろと俺は内心毒づいた。
なにを考えているのかよくわからないのはいつものことだが、どこかふてくされた感じにも見えた。
「仕事で腹立つことでもあったか」
「ないよ。けどちょっとさ」
ずずっと、カウンターに突っ伏すように両腕を張って顔を埋めた弓月に、絶賛幸せ恋愛真っ只中なセンセーにはわからないなどと毒づかれた。
「塔子ちゃんとさ、センセって一回り違いじゃない」
「あん?」
「普段、どんな感じなの?」
「どんな感じもこんな感じも、対談ん時と変わらん。大体、会うのも月に一、二度ってところだし。今日は俺がすっぽかした」
「ああ、それで」
「なんとなく真っ直ぐ部屋戻る気にもなれず」
空になったグラスを、それまで黙ってカウンター内でグラスを拭いていた三十代半ばくらいのバーテーダーに突き出すようにおけば、静かに頷いて飲み干した酒の瓶に手をかけた。
ボウモアの18年。芳しくもスモーキーな味わいのアイラモルトの女王様は、そのままよりも少し水を足した方がふわりと穏やかに香り立つ。
「一緒に住めばいいのに」
「あーそりゃ無理だ。まず広い家探さなきゃいけなくなるし双方そんな暇はない。生活時間の問題もあるし、時期尚早だろ……月一程度で約半年じゃ、お互いまだそこそこ狂ってる」
戻ってきたグラスを上から掴むように持ち上げてそういえば、カウンターから身を起こして弓月は軽く肩をすくめた。
「相変わらずセンセーは冷静だね」
「俺が冷静じゃないんだよ」
「へえ」
「ちょっと前まで喪女だったくせに、落ち着き払ってあの女……」
時々、出し抜かれて煽られる。
素直なのかなんなのか、一度自覚して認めたことに対して塔子は従順で貪欲でもある。
もっと官能に対して頑なな反応になるかと思ったら、全然、まったく、そうではないから困る。
「あーそれ、なんか分かる気がする。見つめられるとぞくっとくるしねぇ。対抗心煽られるというか……僕は仕事だからいいけどさ、あれ男女関係だとちょっと堪えるだろうねー、虐めたいと愛おしみたいが同時にくるというか」
「……いつものことながら恥じらいも身も蓋もなくぽんぽん言語化してくれる奴だな」
「他人事だからねー」
「そうかよ」
「惚気られると腹立つから先回りして言ってやってんの」
「そうかよ……」
「先生さ……」
「ん?」
「いま幸せ?」
「……さあ、どうかね」
苦笑しながら答えれば、けらけら笑いながらむかついたしぼちぼち帰るとスツールから降りて店を出ていった弓月に、腕時計を見て俺も奴の後を追うようにスツールを降りた。
東京は、午前二時――。
家に立ち寄ることも考えてはいたものの、深夜ぎりぎりになりそうだと断念した。
食事に出てこられるということは、たぶん比較的時間に余裕があるのだろうが、人気作家としての立場を確立してもいつ干されるかわからないといった危機感で受けられるだけ仕事を受けて寝食おろそかにしがちな女だ。
たまにはちゃんと寝ろなどと言って連絡の電話を切ったが、こちらの考えなど関係なく今頃は映画かなにか動画配信されているものを見たり読書したりして起きているかもしれない。
そういったこともあの女の仕事の一部であることは、付き合う前から知っている。
それはそれで俺がいては集中できないだろう。
結局仕事が片付いて、研究室を出たのは零時過ぎだった。
夕飯は、スペイン料理から牛肉弁当へ変更になった。
マキこと助教の万城目が自分が食べるついででコンビニで買ってきてくれたものだ。
「……まったく」
目と鼻の先に住んでいるだけでなく、一方は在宅勤務、もう一方は家から地下鉄二駅の職場勤めだというのにどうしてこう会うのが難しいのだか。
「連載やってた時のほうがまだ会ってたんじゃないか?」
そんな事を思ったが、よく考えれば対面していたのは月一回の二、三時間。長くても半日だ。
それならまだ今の方が対面時間は長いかと思い直した。
単なる対談相手というだけでなく、少なくとも互いの家に行き来する関係にはなっているわけだから。
そんな事をつらつらと考えている自分に苦笑を漏らして、車のエンジンを入れた。
「十代、二十代のガキかよ……」
離婚後は、取っ替え引っ替え、大抵、夜の仕事についている女が多かった。空き時間は夜が多いから必然的にそうなる。昼の仕事に就いている女もいたがあまり長続きはしなかった。
まともに付き合っている今現在だってこんな感じだから、基本的に女と付き合うのに向かない生活で、それに、自分の家や日常生活に女が入り込むのを避けてきたところもある。
学生だってもちろん男のみだ、それだって万城目か俺のどちらかが監督はする。
痛くない腹を探られるようなことやトラブルをわざわざ自分で作るほど馬鹿じゃない。
だから意外なことに、いまの家も学生含めて入れたことがある女は塔子だけだ。
まるで姉妹のような付き合いをしているデビュー当時からの担当編集者の松苗女史の追跡網を逃れて一時的に失踪していた塔子を、その潜伏先から連れてくるよう海外出張先から俺が指示して、連れてきた万城目もたぶんそのことは知らない。
どうして入れる気になったのかと問われれば、先に塔子の仕事部屋に成り行きでも入ってしまっていたからだとしか言えない。
あのおびただしい資料とメモで埋め尽くされた、一日の大半をそこで過ごしていると聞かなくてもわかるような部屋。あの女は仕事に関してはちょっと振り切れているところがある。
だから、家に入れた時はあまり女を家に入れたといった感じではなかった。
そもそも出張から帰ってきたら、初めて入った他人の家で仕事しながら寝落ちていたのだから恐れ入る。
他人の家の本棚から仕事に役に立つ資料を引っ張り出して、散らかしているおまけ付きで。
当時は、雑誌の企画で塔子を相手に恋愛テーマの対談なんてやっていたが、本当につくづく恋愛仕様じゃないなこの女はと呆れながら、仕方なく着ていた上着を掛けてやったのを思い出す。
そう、甘糟塔子は恋愛仕様ではない恋愛小説家だ――。
「で、実際どうなの」
スツール二脚を空けた場所から、ショットグラス片手に尋ねてきた男に思わず自分が渋い顔になるのがわかった。
水割りの氷を指で軽く弾けば、グラスの中でカラリと小さく音を立てる。
グラスは世界的に有名な高級クリスタル製で、琥珀色した液体に透明に溶ける氷を内包してまるでグラス自体が発光しているかのようにきらきらとよく光り、バーカウンターの木目を浮かび上がらせている薄暗い店内のオレンジ色の照明を拡散し照らしていた。いいグラスを揃えるのは店主の趣味で、酒も食も丁寧な仕事ぶりを見せる店だ。
「トーコちゃんは」
車は駐車場に停め、その足でなんとなくぶらりと歩いて飲みにきた先にどうしてこいつがいるのだか。
住宅街の中にあるせいか、静かな客が多いはずなのに。
「だから、で、からの問いが意味不明だ。なんであんたがいるんだか……スタジオ兼住居渋谷だろう、弓月さん」
「脱サラ前は目黒だったの。珍しくこの辺りで仕事だったから、久しぶりの古巣で飲んでたらセンセーが来るんだもん」
「近所だからな」
「で、トーコちゃんどうなの?」
「だから、で、からの質問がおかしいだろ……」
ぼやきながらグラスを口に、いつの間にか隣に座っている弓月を横目に見れば、頬杖ついてこちらを興味津々といった様子で見ているのに溜息が出た。
「……なにが聞きたい」
「やっぱり、トーコちゃんってエロい?」
聞くかそれをと顔を顰めたが、飄々とした様子でいながらまるでカメラを構えている時のような注視の気配を感じて再度溜息を吐いた。
悔しくはあるが恋愛仕様ではない塔子の、本人もたぶん知らない一面を最初に暴いたのはこの男だ。
逃亡幇助の報酬として、ごく私的な撮影に塔子を付き合わせ、塔子を擬似的な情事の距離感で撮影した。それも少々強引に。
手は出していないらしいが、それはその言葉のままの意味だろう。
手は、出してない。
けれどなんとなくだが、キスくらいはしていそうな気がする。
弓月本人に見せられた写真の塔子はなんていうかひどく生々しかった。
幼い少女が大人に向かって泣いたり笑ったりする際に無意識に自分の魅力をわかっているような、妙に大人びた表情を一瞬見せるようなそれに近くて、同時に自分を見つめている相手の内側を引きずり出そうとするそんな誘引力のある眼差しをしていた。
塔子は時折そういった顔を見せる。
細く白くしなやかな腕や脚を俺に絡ませ、両手でつかめてしまえそうな細い腰を俺に捉えさせながら。
「――悪いが、自分の女について好んで話す趣味はない。知ってる奴ならなおさら……なに飲んでんだよ」
「ロン・サカパの23年」
バタースコッチのような甘い香りがかすかに鼻先を掠めた気がして、赤味の濃い液体の入ったショットグラスに目線を落とした俺に答えた弓月に、ラムかよと呟いた。
ただのラム酒とは違う、甘みの強い濃厚な蜜のような”ラムの中のコニャック”、度数もそれなりに高い。
「相変わらず強い酒をお猪口傾けるように飲みやがって」
「あんま酔えないんだよねー、センセーはいいよねアルコールいらずで」
なんてね。
そうおどけて小さなグラスの縁を軽く舐め、いつものように軽薄な様子で笑んだ弓月に、黙って俺は自分のグラスを傾けた。
一瞬、塔子の媚態を考えてしまったのを読まれた。
「……詳細は省くが、学生じゃあるまいしとはたまに思うよ」
「うわーなにそれ、やらしー」
「あんたにだけは言われたくない」
「僕がいくらけしかけても、頑なにどうもしないって言ってたのそうなる予感でもあったわけ?」
「さてね。あんたちょっと酔ってんじゃないのか?」
「酔ってない」
いや、酔ってるだろと俺は内心毒づいた。
なにを考えているのかよくわからないのはいつものことだが、どこかふてくされた感じにも見えた。
「仕事で腹立つことでもあったか」
「ないよ。けどちょっとさ」
ずずっと、カウンターに突っ伏すように両腕を張って顔を埋めた弓月に、絶賛幸せ恋愛真っ只中なセンセーにはわからないなどと毒づかれた。
「塔子ちゃんとさ、センセって一回り違いじゃない」
「あん?」
「普段、どんな感じなの?」
「どんな感じもこんな感じも、対談ん時と変わらん。大体、会うのも月に一、二度ってところだし。今日は俺がすっぽかした」
「ああ、それで」
「なんとなく真っ直ぐ部屋戻る気にもなれず」
空になったグラスを、それまで黙ってカウンター内でグラスを拭いていた三十代半ばくらいのバーテーダーに突き出すようにおけば、静かに頷いて飲み干した酒の瓶に手をかけた。
ボウモアの18年。芳しくもスモーキーな味わいのアイラモルトの女王様は、そのままよりも少し水を足した方がふわりと穏やかに香り立つ。
「一緒に住めばいいのに」
「あーそりゃ無理だ。まず広い家探さなきゃいけなくなるし双方そんな暇はない。生活時間の問題もあるし、時期尚早だろ……月一程度で約半年じゃ、お互いまだそこそこ狂ってる」
戻ってきたグラスを上から掴むように持ち上げてそういえば、カウンターから身を起こして弓月は軽く肩をすくめた。
「相変わらずセンセーは冷静だね」
「俺が冷静じゃないんだよ」
「へえ」
「ちょっと前まで喪女だったくせに、落ち着き払ってあの女……」
時々、出し抜かれて煽られる。
素直なのかなんなのか、一度自覚して認めたことに対して塔子は従順で貪欲でもある。
もっと官能に対して頑なな反応になるかと思ったら、全然、まったく、そうではないから困る。
「あーそれ、なんか分かる気がする。見つめられるとぞくっとくるしねぇ。対抗心煽られるというか……僕は仕事だからいいけどさ、あれ男女関係だとちょっと堪えるだろうねー、虐めたいと愛おしみたいが同時にくるというか」
「……いつものことながら恥じらいも身も蓋もなくぽんぽん言語化してくれる奴だな」
「他人事だからねー」
「そうかよ」
「惚気られると腹立つから先回りして言ってやってんの」
「そうかよ……」
「先生さ……」
「ん?」
「いま幸せ?」
「……さあ、どうかね」
苦笑しながら答えれば、けらけら笑いながらむかついたしぼちぼち帰るとスツールから降りて店を出ていった弓月に、腕時計を見て俺も奴の後を追うようにスツールを降りた。
東京は、午前二時――。
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